蕎麥そば)” の例文
新字:蕎麦
平次は現場を下つ引に任せて、八五郎を誘つて米澤町の蕎麥そば屋に入りました。朝からの活躍で、お互ひに腹は減りきつて居ります。
勘次かんじはおつたの姿すがたをちらりと垣根かきね入口いりぐちとき不快ふくわいしがめてらぬ容子ようすよそほひながら只管ひたすら蕎麥そばからちからそゝいだのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
下谷したや團子坂だんござか出店でみせなり。なつ屋根やねうへはしらて、むしろきてきやくせうず。時々とき/″\夕立ゆふだち蕎麥そばさらはる、とおまけをはねば不思議ふしぎにならず。
神楽坂七不思議 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
蕎麥そば里芋さといもをまぜてつくつたその燒餅やきもちげたところへ大根だいこんおろしをつけて焚火たきびにあたりながらホク/\べるのは、どんなにおいしいでせう。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その時分じぶん蕎麥そばふにしても、もりかけが八りんたねものが二せんりんであつた。牛肉ぎうにく普通なみ一人前いちにんまへせんでロースは六せんであつた。寄席よせは三せんか四せんであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
やがて日が暮れ體中に酒の沁みるのを待つて、いよいよこれから談話を始めようとする前、腹こしらへにと言つて蕎麥そばを出されたが、私は半分ほど食べ殘した。
足相撲 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
それから蕎麥そば、夏ならばそうめん。芋大根の類、寒い時なら湯豆腐、香のものもうまいものだ。土地々々の風味の出てゐるのはこの香の物が一番の樣に思ふがどうだらう。
樹木とその葉:07 野蒜の花 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
蕎麥そば玉蜀黍とうもろこしを人間が常用食にして呉れると、一國の經濟が非常に助かるといふ説も出で、これには贊成もあり、反對もあつたが、蕎麥は知らぬが、玉蜀黍の方は今は亞米利加あめりかの常食だ。
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)
丸山の下の横丁まで來ると、其角そのかどを曲る出前持の松公に逢つた。松公は蕎麥そばの出前を、ウンと肩の上へ積上げて、片手に傘をして居たが、女の姿を見て見ぬふりをして行過ぎやうとする。
絶望 (旧字旧仮名) / 徳田秋声(著)
草をひしいで積み重ねた材木に腰かけ、職人達に蕎麥そばを振舞い、自分も食べた。
牡丹 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
送らんことに木曾とありては玉味噌と蕎麥そばのみならん京味を忘れぬ爲め通り三丁目の嶋村にて汲まんと和田鷹城子わだおうじやうしと共に勸められ南翠氏が濱路はまぢもどきに馬琴ばきんそつくりの送りのことばに久しく飮まぬゑひ
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
返しけるに源八は一かうはらをもたゝ否々いや/\まだ初戀はつごひのお高殿一度や二度では勿々なか/\成就じやうじゆすまじ氣永きながに頼むとて又々與八へさけさかななど振舞ふるまひ手拭てぬぐひ雪駄等せつたとうに至るまで心付或時は蕎麥そばなどくはせて頼みしかば與八は又々文を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「成る程ね。それにつけても、あんまり詰め込むなよ、毒だぜ。とつさんが、仕入れた蕎麥そばがおしまひになり相で心配して居るぜ」
勘次かんじまた蕎麥そばつたことがあつた。かれ黄蜀葵ねりつなぎにしてつた。かれまたおつぎへ注意ちういをしてくはでさせなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
諸君しよくんかずや、むかし彌次郎やじらう喜多八きたはちが、さもしいたびに、いまくひし蕎麥そば富士ふじほど山盛やまもりにすこしこゝろ浮島うきしまがはら。やまもりに大根だいこんおろし。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その蕎麥そばにほひのするきたてのおもちなかからおほきな里芋さといもなぞがしろときは、どんなにうれしいでせう。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
夜、膝を突き合せて二人は引越し蕎麥そばを食べた。小さな机を茶餉臺ちやぶだい代りにして、好物のねぎ韲物あへものを肴に、サイダーの空壜に買つて來た一合の酒を酌み交はし、心ばかりの祝をした。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
手桶てをけつめたいみづさらした蕎麥そば杉箸すぎはしのやうにふといのに、黄蜀葵ねり特色とくしよくこはさとなめらかさとでわんからをどさうるのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
とき蕎麥そばへば——ていと——なし。——なんだか三題噺さんだいばなしのやうだが、姑忘聽之しばらくわすれてきけていふのは、かつて(いまうだらう。)なしべるとふとふ。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「まアいゝ、兄哥の言ふのが皆んな本當として、——人を殺しに行く者が、夜泣蕎麥そばを二杯も喰へるだらうか」
多勢おほぜい旅人たびびと腰掛こしかけて、めづらしさうにお蕎麥そばのおかはりをしてました。伯父をぢさんはとうさんたちにもやまのやうにりあげたお蕎麥そばをごりまして、草臥くたぶれてつたあしやすませてれました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
蕎麥そば、お汁粉しるこなど一寸ちよつとはひると、一ぜんではまず。二ぜんは當前あたりまへ。だまつてべてれば、あとから/\つきつけ習慣しふくわんあり。古風こふう淳朴じゆんぼくなり。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
やうやく田町を流してゐるのを突き留めて、蕎麥そば屋へ入つて一杯呑ませながら聽くと、十手より酒精アルコールの方が利いて、思ひの外スラスラと話してくれました。
くもくもきたり、やがてみづごとれぬ。白雲しらくも行衞ゆくへまがふ、蘆間あしまふねあり。あは蕎麥そば色紙畠しきしばたけ小田をだ棚田たなだ案山子かゝしとほ夕越ゆふごえて、よひくらきにふなばたしろし。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「パイ一も有難いが、それより腹へ底を入れなきや、呑んだやうな氣がしませんよ。朝つから蕎麥そばを二杯食つた切りで、山の手一圓から、芝まで駈け廻つたんで——」
その、はじめてみせをあけたとほりの地久庵ちきうあん蒸籠せいろうをつる/\とたひらげて、「やつと蕎麥そばにありついた。」と、うまさうに、大胡坐おほあぐらいて、またんだ。
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「證據があるんだから文句は言はせねえ心算つもりさ。東禪寺前で夜泣蕎麥そばを二杯も喰つてゐるし——」
さぞうちたての蕎麥そばのゝしつて、なしつてることだらう。まだそれ勝手かつてだが、かくごと量見りやうけんで、紅葉先生こうえふせんせい人格じんかく品評ひんぺうし、意圖いと忖度そんたくしてはゞからないのは僭越せんゑつである。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ガラツ八はさすがにきもを潰しました。十六文の蕎麥そばを毎晩二つづつ喰へる身分になりたいと思ひ込んでゐる八五郎に取つては、八千兩といふのは全く夢のやうな大金です。
胃弱ゐじやくにして、うちたてをこなしないがゆゑに、ぐちやり、ぐちやりと、つばとともに、のびた蕎麥そばむのは御勝手ごかつてだが、そのしたで、時々とき/″\作品さくひん批評ひへうなどするとく。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
これぢやろくな蕎麥そばも喰へません。
銭形平次捕物控:124 唖娘 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
らうしやするにさけもない。柳川やながは卷煙草まきたばこもつけずに、ひとりで蕎麥そばべるとてかへつた。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
山家やまが村里むらざと薄紅うすくれなゐ蕎麥そばきりあはしげれるなかに、うづらけば山鳩やまばとこだまする。掛稻かけいねあたゝかう、かぶらはや初霜はつしもけて、細流せゝらぎまた杜若かきつばたひるつきわたかりは、また戀衣こひぎぬ縫目ぬひめにこそ。
五月より (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
尾上をのへはるかに、がけなびいて、堤防どてのこり、稻束いなづかつて、くきみだみだれてそれ蕎麥そばよりもあかいのに、ゆめのやうにしろまぼろしにしてしかも、名殘なごりか、月影つきかげか、晃々きら/\つやはなつて、やまそでに、ふところ
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)