往来わうらい)” の例文
旧字:往來
おれは時々こんな空想を浮べながら、ぼんやり往来わうらい人音ひとおとを聞いてゐる。が、いつまでたつても、おれの所へは訪問に来る客がない。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
水をわたすがたたるゆゑにや、又深田ふかたゆくすがたあり。初春しよしゆんにいたれば雪こと/″\こほりて雪途ゆきみちは石をしきたるごとくなれば往来わうらい冬よりはやすし。
さうおこつてはこまる喧嘩けんくわしながら歩行あるく往来わうらいひとわらふぢやアないか。だつてあなたが彼様あんなことばつかしおつしやるんだもの。
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
もうしばら炬燵こたつにあたつてゐたいと思ふのを、無暗むやみと時計ばかり気にする母にせきたてられて不平ふへいだら/\、河風かはかぜの寒い往来わうらいへ出るのである。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
枝折戸しをりどぢて、えんきよほどに、十時も過ぎて、往来わうらいまつたく絶へ、月は頭上にきたりぬ。一てい月影つきかげゆめよりもなり。
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
私は一瞬はげしい憤怒を感じたが、今度は直ぐ心が元に帰つた。そして急いで著物を著、戸を開けて往来わうらいに出た。街上には人の往来が未だ絶えてゐなかつた。
南京虫日記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
かつしやい、孤家ひとつや婦人をんなといふは、もとな、これもわしにはなにかのえんがあつた、あのおそろし魔処ましよはいらうといふ岐道そばみちみづあふれた往来わうらいで、百姓ひやくしやうをしへて
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
十分な事を書くわけには行かんのでありますから、当時たうじ往来わうらいしてつた人達ひとたち問合とひあはせて、各方面かくはうめんから事実をげなければ、沿革えんかくふべき者を書く事は出来できません
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
アヽ華族くわぞくいへうまれたが、如何いか太平たいへい御代みよとはまうせども、手をそでにして遊んでつてはまぬ、えわが先祖せんぞ千軍萬馬せんぐんばんばなか往来わうらいいたし、きみ御馬前ごばぜんにて血烟ちけむり
華族のお医者 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
二人ふたり片足かたあしづゝげまして、さかになつたむら往来わうらいを『ちんぐら、はんぐら』とよくあそびました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
悠然いうぜん車上しやじようかまんで四方しはう睥睨へいげいしつゝけさせる時は往来わうらいやつ邪魔じやまでならない右へけ左へけ、ひよろひよろもので往来わうらい叱咜しつたされつゝ歩く時は車上しやじようの奴やつ癇癪かんしやくでならない。
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
それからしたはうへかけて、カリフォルニヤがい坂道さかみちを、断間たえまなく鋼索鉄道ケーブルカー往来わうらいするのがえる。地震ぢしんときけたのが彼処あすこ近頃ちかごろてかけた市庁しちやうあれと、甲板かんぱんうへ評定ひやうぢやうとり/″\すこぶやかましい。
検疫と荷物検査 (新字旧仮名) / 杉村楚人冠(著)
その代り人気ひとげのない薄明りの往来わうらいを眺めながら、いつかはおれの戸口へ立つかも知れない遠来の客を待つてゐる。前のやうに寂しく。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかもなくこの陰鬱いんうつ往来わうらい迂曲うねりながらにすこしく爪先上つまさきあがりになつてくかと思ふと、片側かたがはに赤くつた妙見寺めうけんじへい
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
よつ三升みます目印めじるし門前もんぜんいちすにぞ、のどづゝ往来わうらいかまびすしく、笑ふこゑ富士ふじ筑波つくばにひゞく。
落語の濫觴 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
はい、これは五十ねんばかりまへまではひと歩行あるいた旧道きうだうでがす。矢張やツぱり信州しんしうまする、さきは一つで七ばかり総体そうたいちかうござりますが、いや今時いまどき往来わうらい出来できるのぢやあござりませぬ。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
初編しよへんにもいへるが如く、○ホウラは冬にあり、雪頽なだれは春にあり。他国の人越後に来りて山下さんか往来わうらいせばホウラなだれを用心すべし。他国の人これに死したる石塔せきたふ今も所々にあり、おそるべし/\。
これつい不便ふべんな事は、其昔そのむかし朝夕あさいふ往来わうらいして文章を見せ合つた仲間の大半は、はじめから文章をもつて身をたてこゝろざしの人でなかつたから、今日こんにちでは実業家じつげふかつてるのも有れば工学家こうがくかつてるのも有る
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何しろその頃洛陽といへば、天下に並ぶもののない、繁昌を極めた都ですから、往来わうらいにはまだしつきりなく、人や車が通つてゐました。
杜子春 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
往来わうらいの片側に長くつゞいた土塀どべいからこんもりと枝をのばした繁りのかげがいかにもすゞしさうに思はれた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
六十余州よしう往来わうらいする魔物まもの風流ふうりうおもふべく、はたこれあるがために、闇川橋やみがはばしのあたり、やまそびえ、はなふかく、みちゆうに、みづはや風情ふぜいるがごとく、能楽のうがくける、まへシテと段取だんどりにもる。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
初編しよへんにもいへるが如く、○ホウラは冬にあり、雪頽なだれは春にあり。他国の人越後に来りて山下さんか往来わうらいせばホウラなだれを用心すべし。他国の人これに死したる石塔せきたふ今も所々にあり、おそるべし/\。
こがらしの吹く町のかどには、青銅からかねのお前にまたがつた、やはり青銅からかねの宮殿下が、寒むさうな往来わうらい老若男女らうにやくなんによを、揚々と見おろして御出おいでになる。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
座頭ざとうむくと起直おきなほつて、はらて、道端みちばたにあつて往来わうらいさまたげなりと、二三十にんばかりにてもうごかしがたき大石だいせきかどをかけ、えいやつといふて引起ひきおこし、よりたかくさしげ、谷底たにそこ投落なげおとす。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
父は往来わうらいの左右を見ながら、「昔はここいらは原ばかりだつた」とか「なんとかさまの裏の田には鶴が下りたものだ」とか話してゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
以前いぜん激流げきりうさからつて、大石だいせきころばして人助ひとだすけのためにしたとふのも、だい一、かちわたりをすべきかはでないからいしがあるのが、まで諸人しよにん難儀なんぎともおもはれぬ。往来わうらいあながあるのとはわけちがふ。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おれの家の二階の窓際には、古ぼけた肱掛椅子ひぢかけいすが置いてある。おれは毎日その肱掛椅子ひぢかけいすへ腰をおろして、ぼんやり往来わうらい人音ひとおとを聞いてゐる。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
経師屋閉口して、仰向あふむけに往来わうらいへころげたら、河童一匹背中を離れて、川へどぶんと飛びこみし由、幼時母より聞きし事あり。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕は泥のはねかかつたタクシイの窓越しに往来わうらいを見ながら、金銭を武器にする修羅界しゆらかいの空気を憂鬱に感じるばかりだつた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕は教師をしてゐた頃、ネクタイをするのを忘れたまま、澄まして往来わうらいを歩いてゐた。それを幸ひにも見つけてくれたのは当年の菅忠雄すがただを君である。
続澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
父「何しろ変りも変つたからね。そら、昔は夕がたになると、みんな門を細目ほそめにあけて往来わうらいを見てゐたもんだらう?」
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
運河には石の眼鏡橋めがねばし。橋には往来わうらい麦稈帽子むぎわらばうし。——忽ちおよいで来る家鴨あひるの一むれ。白白しろじろと日に照つた家鴨の一むれ。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
夜寒よさむの細い往来わうらい爪先上つまさきあがりにあがつてくと、古ぼけた板屋根の門の前へ出る。門には電灯がともつてゐるが、柱に掲げた標札の如きは、ほとん有無うむさへも判然しない。
漱石山房の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
夜寒よさむの細い往来わうらい爪先上つまさきあがりにあがつてくと、古ぼけた板屋根の門の前へ出る。門には電燈がともつてゐるが、柱にかかげた標札へうさつの如きは、ほとん有無うむさへも判然しない。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
大正十二年の冬(?)、僕はどこからかタクシイに乗り、本郷ほんがう通りを一高の横から藍染橋あゐそめばしくだらうとしてゐた。あの通りは甚だ街燈の少い、いつも真暗まつくら往来わうらいである。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
遠藤は妙子の手紙を見てから、一時は往来わうらいに立つたなり、夜明けを待たうかとも思ひました。が、お嬢さんの身の上を思ふと、どうしてもぢつとしてはゐられません。
アグニの神 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかしそのは吉江氏を始め、西条君や森口君とはずつと御無沙汰ごぶさたをつづけてゐる。唯鎌倉の大町おほまちにゐた頃、日夏君も長谷はせきよを移してゐたから、君とは時々往来わうらいした。
「仮面」の人々 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
鴛鴦をしどりさぎよりも幾分か器量は悪いかも知れない。僕はそれぎりこの二人を忘れ、ぶらぶら往来わうらいを歩いて行つた。往来は前にも云つた通り、夏の日の照りつけた銀座である。
鷺と鴛鴦 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
学生時代の僕は第三次並びに第四次「新思潮」の同人どうじんと最も親密に往来わうらいしてゐた。元来作家志望でもなかつた僕のとうとう作家になつてしまつたのは全然彼等の悪影響である。
「仮面」の人々 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
両国りやうごくより人形町にんぎやうちやうづるあひだにいつか孫娘と離れ離れになる。心配なれども探してゐるひまなし。往来わうらいの人波。荷物の山。カナリヤの籠を持ちし女を見る。待合まちあひ女将おかみかと思はるる服装。
何かものを考へるのにいのはカツフエの一番隅の卓子テエブル、それから孤独を感じるのにいのは人通りの多い往来わうらいのまん中、最後に静かさを味ふのに善いのは開幕中の劇場の廊下らうか、……
都会で (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
どこへつけるつて、宿やどへつけるのにきまつてゐるから、宿だよ、宿だよと桐油とうゆうしろから、二度ばかり声をかけた。車夫はその御宿おやどがわかりませんと云つて、往来わうらいのまん中に立ち止まつた儘、動かない。
京都日記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕は往来わうらいを歩きながら、さめの卵を食ひたいと思ひ出した。
春の夜は (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
五 春の日のさした往来わうらいをぶらぶら一人歩いてゐる
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)