“凝(じつ)” の例文
と呟(こぼ)した事があつた。そして相手の農夫(ひやくしやう)が値上げの張本人であるかのやうに凝(じつ)とその顔を見つめた。顔は焼栗のやうに日に焦(や)けてゐた。
宿(やど)に凝(じつ)としてゐるのは、猶(なほ)退屈(たいくつ)であつた。宗助(そうすけ)は匆々(そう/\)に又(また)宿(やど)の浴衣(ゆかた)を脱(ぬ)ぎ棄(す)てゝ、絞(しぼ)りの三尺(さんじやく)と共(とも)に欄干(らんかん)に掛(か)けて、興津(おきつ)を去(さ)つた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
唯時々凝(じつ)とお時の手先を見詰めたり襟筋を見詰めたりするより外何も爲なかつたのです。それでも自分だけでは何となく滿足なのでした。
反古 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
軈てお八重も新太郎に伴れられて帰つて来たが、坐るや否や先づ険しい眼尻を一層険しくして、凝(じつ)と忠太の顔を睨むのであつた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
二筋(ふたすぢ)三筋(みすぢ)、後毛(をくれげ)のふりかゝる顔(かほ)を上(あ)げて、青年(わかもの)の顔(かほ)を凝(じつ)と視(なが)めて、睫毛(まつげ)の蔭(かげ)に花(はな)の雫(しづく)、衝(つ)と光(ひか)つて、はら/\と玉(たま)の涙(なみだ)を落(おと)す。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
その前に浮ぶありとある輝やかしい幻想を凝(じつ)と見つめさせることだつた——確かにそれは數多く輝やかしいものであつた。
万作は木の株の上に立つたまゝ凝(じつ)と見てゐると多勢はだん/\と近寄つて来て、万作の姿を見るや否や一斉に
蚊帳の釣手 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
一つ篠田様にお願申して見る外無いと思ひましてネ、二日目の夕方、ブラリと出て新聞社へ参つたのですヨ、——先生様が、凝(じつ)と私の顔を見つめなすつて
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
と云(い)つて、出(で)て行(い)つて呉(く)れ、默(だま)つてゐて呉(く)れとは彼(かれ)には言(い)はれぬので、凝(じつ)と辛抱(しんばう)してゐる辛(つら)さは一倍(ばい)である。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
愛(あい)ちやんは處(こ)れは奇妙(きめう)だと思(おも)つて、近寄(ちかよ)つて凝(じつ)と見(み)てゐますと、やがて其中(そのなか)の一人(ひとり)が云(い)ふことには、『意(き)をお注(つ)けよ、何(なん)だね、五點(フアイブ)!こんなに私(わたし)に顏料(ゑのぐ)を撥(は)ねかして!』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
彼は生の慾望と死の壓迫の間に、わが身を想像して、未練に兩方に徃つたり來たりする苦悶を心に描き出しながら凝(じつ)と坐つてゐると、背中一面の皮が毛穴ごとにむづむづして殆ど堪らなくなる
知られざる漱石 (旧字旧仮名) / 小宮豊隆(著)
益子は凝(じつ)と考へ込んだ。かの女の眼には米三君の顔が再び描き出された。
田舎からの手紙 (新字旧仮名) / 田山花袋、田山録弥(著)
目は目でまばたきもしないで凝(じつ)とそれを見てゐる
そして、轅(ながえ)は凝(じつ)とその先端(さき)を地に著けてゐる。
詩集夏花 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
彼は此気掛(きがゝり)が、自分を駆(か)つて、凝(じつ)と落ち付(つ)かれない様に、東西に引張回(ひつぱりまは)した揚句、遂(つい)に三千代の方に吹(ふ)き付(つ)けるのだと解釈した。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
醜い乞食の女は、流れた血を拭かうともせず、どんよりとした疲労の眼を怨し気に睜(みは)つて、唯一人残つた私の顔を凝(じつ)と瞶めた。私も瞶めた。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
置いてきぼりにされた小山内氏は、履直(げたなほ)しのやうに道(みち)ツ傍(ばた)にぺたりと尻を下した。そして一念こめて凝(じつ)と電車の後(あと)を睨んだ。
彼の眉は顰み、殆んど不機嫌な程に嚴(きび)しいその眼は、凝(じつ)と私を見てゐた。私は彼に這入つて來るやうにと云つた。
と凝(じつ)と視(なが)める、と最(も)う其(そ)の鳥居(とりゐ)の柱(はしら)の中(なか)へ、婦(をんな)の姿(すがた)が透(す)いて映(うつ)る……木目(もくめ)が水(みづ)のやうに膚(はだ)に絡(まと)ふて。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
院長(ゐんちやう)は其側(そのそば)に腰(こし)を掛(か)けて、頭(かしら)を垂(た)れて、凝(じつ)として心細(こゝろぼそ)いやうな、悲(かな)しいやうな樣子(やうす)で顏(かほ)を赤(あか)くしてゐる。ハヾトフは肩(かた)を縮(ちゞ)めて冷笑(れいせう)し、ニキタと見合(みあ)ふ。ニキタも同(おな)じく肩(かた)を縮(ちゞ)める。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
云(い)ひながらも王樣(わうさま)は、名簿(めいぼ)を彼方此方(かなたこなた)と索(さが)して居(を)られました、ところで愛(あい)ちやんは、次(つぎ)なる證人(しようにん)が何(ど)んなのだらうかと頻(しき)りに見(み)たく思(おも)ひながら、凝(じつ)と白兎(しろうさぎ)を瞻戍(みまも)つて居(ゐ)ました、が軈(やが)て
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
醜い乞食の女は、流れた血を拭かうともせず、どんよりとした疲勞の眼を怨し氣に睜(みは)つて、唯一人殘つた私の顏を凝(じつ)と瞶(みつ)めた。私も瞶めた。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
三四郎は此時、凝(じつ)と座に着いてゐる事の極めて困難なのを発見した。脊筋から足の裏迄が疑惧(ぎく)の刺激でむづ/\する。立つて便所に行つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
鴻池の主人は、皿を掌面(てのひら)に載せた儘凝(じつ)と考へてゐたが、暫くすると亭主を呼んで、この皿を譲つてはくれまいかと畳の上に小判を三十枚並べた。
青磁の皿 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
私がかう云つた時、彼は私を凝(じつ)と見た。今迄彼は殆んど私のゐる方へ目を向けない位だつたのである。
其處(そこ)へ、魂(たましひ)を吹込(ふきこ)んだか、凝(じつ)と視(み)るうち、老槐(らうゑんじゆ)の梟(ふくろふ)は、はたと忘(わす)れたやうに鳴止(なきや)んだのである。
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
續(つゞ)いてダリユシカも來(き)、何(なん)とも云(い)へぬ悲(かな)しそうな顏(かほ)をして、一時間(じかん)も旦那(だんな)の寐臺(ねだい)の傍(そば)に凝(じつ)と立(たつ)た儘(まゝ)で、其(そ)れからハヾトフもブローミウム加里(カリ)の壜(びん)を持(も)つて、猶且(やはり)見舞(みまひ)に來(き)たのである。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
代助は其笑(わらひ)の中(なか)に一種(いつしゆ)の淋(さみ)しさを認めて、眼(め)を正(たゞ)して、三千代の顔(かほ)を凝(じつ)と見た。三千代は急に団扇(うちは)を取つて袖(そで)の下(した)を煽(あほ)いだ。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
鴻池の主人は、皿を掌面(てのひら)に載せた儘凝(じつ)と考へてゐたが、暫くすると亭主を呼んで、この皿を譲つてはくれまいかと畳の上に小判を三十故並べた。
泣きたくなるのを漸く辛抱して、凝(じつ)と畳の目を見てゐる辛さ。九時半頃になつて、漸々(やうやう)「疲れてゐるだらうから。」と、裏二階の六畳へ連れて行かれた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私(わたし)は傍目(わきめ)も觸(ふ)らないで、瞳(ひとみ)を凝(じつ)と撓(た)めて視(み)たんですが、つひぞ覺(おぼ)えのない人(ひと)なんです……
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「さうか知ら。ぢや、基督はちやんと潜航艇の事まで御存じなんだな。」とウヰルソン氏は睡(ねむ)さうな眼で牧師の顔を見ながら凝(じつ)と考へてゐたが
三四郎は凝(じつ)と其横顔(がほ)を眺めてゐたが、突然手杯(こつぷ)にある葡萄酒を飲み干して、表へ飛び出した。さうして図書館に帰つた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
定老爺は、暫く凝(じつ)と此女乞食を見てゐたが、『村まで行つたら可がべえ。医者様もあるし巡査も居るだア。』
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
お婿(むこ)さんが葡萄酒(ぶだうしゆ)をお計(はか)んなさる間(あひだ)に、細(ほつそ)りした手(て)を、恁(か)うね、頬(ほゝ)へつけて、うつくしい目(め)で撓(た)めて爪(つめ)を見(み)なすつたんでせう、のびてるか何(ど)うだかつて——凝(じつ)と御覧(ごらん)なすつたんですがね
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
下(した)から覗(のぞ)くと、寒(さむ)い竹(たけ)が朝(あさ)の空氣(くうき)に鎖(とざ)されて凝(じつ)としてゐる後(うしろ)から、霜(しも)を破(やぶ)る日(ひ)の色(いろ)が射(さ)して、幾分(いくぶん)か頂(いたゞき)を染(そ)めてゐた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と同時に、怎やら頭の中の熱が一時颯(さつ)と引いた様で、急に気がスツキリとする。凝(じつ)と目を据ゑて竹山を見た。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
侯爵夫人は側(そば)にゐる大隈侯の顔をちらりと見た。侯爵は鱈(たら)の乾物(ひもの)のやうな顔をして凝(じつ)と何か考へ込んでゐた。
其(そ)の手(て)を、密(そつ)と伸(の)ばして、お薬(くすり)の包(つゝみ)を持(も)つて、片手(かたて)で円(まる)い姿見(すがたみ)を半分(はんぶん)、凝(じつ)と視(み)て、お色(いろ)が颯(さつ)と蒼(あを)ざめた時(とき)は、私(わたし)はまた泣(な)かされました。……私(わたし)は自分(じぶん)ながら頓狂(とんきやう)な声(こゑ)で言(い)つたんですよ……
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
そのうち、障子(しやうじ)丈(だけ)がたゞ薄白(うすじろ)く宗助(そうすけ)の眼(め)に映(うつ)る樣(やう)に、部屋(へや)の中(なか)が暮(く)れて來(き)た。彼(かれ)はそれでも凝(じつ)として動(うご)かずにゐた。聲(こゑ)を出(だ)して洋燈(らんぷ)の催促(さいそく)もしなかつた。
門 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
と言つて、安々(やす/\)と娘の暖(あたゝか)さうな掌面と不恰好な自分のをぴたりと合せたと思ふと、その儘(まゝ)凝(じつ)と握り締めた。
雨の降る日は老爺は盡日(ひねもす)圍爐裏に焚火をして、凝(じつ)と其火を瞶(みまも)つて暮す。お雪は其傍で穩しく遊んで暮す。
散文詩 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
蓋(ふた)を向(むか)うへはづすと、水(みづ)も溢(あふ)れるまで、手桶(てをけ)の中(なか)に輪(わ)をぬめらせた、鰻(うなぎ)が一條(ひとすぢ)、唯(たゞ)一條(ひとすぢ)であつた、のろ/\と畝(うね)つて、尖(とが)つた頭(あたま)を恁(か)うあげて、女房(にようばう)の蒼白(あおじろ)い顏(かほ)を、凝(じつ)と視(み)た。——と言(い)ふのである。
夜釣 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其眼(め)のうちには明(あき)らかに憎悪(ぞうお)の色がある。三四郎は凝(じつ)と坐(すは)つてゐにくい程な束縛(そくばく)を感じた。男はやがて行き過(す)ぎた。其後(うし)ろ影を見送りながら、三四郎は
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
世捨人の和尚の身にとつても、納所(なつしよ)坊主の他愛もないお談義を聴いてゐるよりか、鯉の戯けるのを見てゐる方がずつと面白かつた。和尚は夢中になつて凝(じつ)と見とれてゐた。
と、真砂町へ抜ける四角(よつかど)から、黒い影が現れた。ブラリブラリと俛首(うなだ)れて歩いて来る。竹山は凝(じつ)と月影に透して視て居たが、怎(どう)も野村らしい。帽子も冠つて居ず、首巻も巻いて居ない。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
外道、退(ひ)くな。(凝(じつ)と視(み)て、剣の刃を下に引く)虜(とりこ)を離した。受取れ。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「未(まだ)ですわ。だつて、片付(かたづ)く訳が無(な)いぢやありませんか」と云つた儘、眼(め)を睜(みは)つて凝(じつ)と代助を見てゐた。代助は折(を)れた小切手を取り上(あ)げて二つに開(ひら)いた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
私は先日中(こなひだぢゆう)から、こんな事になるだらうと思つてましたが、今日まで凝(じつ)と辛抱(がまん)して来ました。所がとうと大変な事になりました。私はもう隠してばかりは居られなくなりました。
と思ふと、両親の顔や弟共の声、馬の事、友達の事、草刈の事、水汲の事、生れ故郷が詳(つまび)らかに思出されて、お定は凝(じつ)と涙の目を押瞑(おしつぶ)つた儘、『阿母(あツばあ)、許してけろ。』と胸の中で繰返した。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)