かたぶ)” の例文
ただ一呑ひとのみ屏風倒びょうぶだおしくずれんずるすさまじさに、剛気ごうき船子ふなこ啊呀あなやと驚き、かいなの力を失うひまに、へさきはくるりと波にひかれて、船はあやうかたぶきぬ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かたぶ其許そのもと何時いつ江戸へ參られしやととふに彦三郎は今朝こんてう福井町へちやくすぐに承まはりたゞし只今爰許こゝもとへ參りしと申ゆゑ彌々いよ/\合點行ず段々樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
春の日脚ひあしの西にかたぶきて、遠くは日光、足尾あしお越後境えちござかいの山々、近くは、小野子おのこ子持こもち赤城あかぎの峰々、入り日を浴びて花やかに夕ばえすれば
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
籠を箱から出すや否や、文鳥は白い首をちょっとかたぶけながらこの黒い眼を移して始めて自分の顔を見た。そうしてちちと鳴いた。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
折柄おりから四時頃の事とて日影も大分かたぶいた塩梅、立駢たちならんだ樹立の影は古廟こびょう築墻ついじまだらに染めて、不忍しのばずの池水は大魚のうろこかなぞのようにきらめく。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
五百は火鉢の前に坐って、やや首をかたぶけていたが、保はその姿勢の常に異なるのに気が附いて、急にってかたわらに往き顔をのぞいた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
他人たにんけば適當てきたうひやうといはれやせん別家べつけおなじき新田につたにまではからるゝほど油斷ゆだんのありしはいへうんかたぶときかさるにてもにくきは新田につたむすめなり
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それでもかれ強健きやうけん鍛練たんれんされたうでさだめられた一人分にんぶん仕事しごとはたすのはやゝかたぶいてからでもあなが難事なんじではないのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
母もおぼつかない挨拶だと思うような顔つきをしていたがさすがになおいてとも言いかね、やがてややかたぶいた月を見て
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
かさかたぶけるもの、道づれを呼ぶもの、付近の休み茶屋へとかけ込むもの、途中で行きあう旅人の群れもいろいろだ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
源起きいで誰れぞと問うに、島まで渡したまえというは女の声なり。かたぶきし月の光にすかし見ればかねて見知りし大入島の百合ゆりという小娘にぞありける。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
笠の裏にかゝんとせしが茶店の亭主仔細らしき顏して二人が姿を見上げ見下みおろし小首かたぶけ痛はしやいかなる雲の上人のなど云出ん樣子なればチヤクと其笠に姿を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
〔評〕南洲、顯職けんしよくに居り勳功くんこうふと雖、身極めて質素しつそなり。朝廷たまふ所の賞典しやうてん二千石は、こと/″\く私學校のつ。貧困ひんこんなる者あれば、のうかたぶけて之をすくふ。
渡りて河中に到りし時に、その船をかたぶけしめて、水の中に墮し入れき。ここに浮き出でて、水のまにまに流れ下りき。すなはち流れつつ歌よみしたまひしく
私が揺り上げ揺りかたぶはしけの中から初めて見た敷香しくかの第一印象は、一頭のその黒い牝牛めうしであった。すぐとっつきの砂浜の一角にぽっつりと彼女は突っ立っていた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
「こはきことを聞き得たり」ト、数度あまたたび喜び聞え、なほ四方山よもやまの物語に、時刻を移しけるほどに、日も山端やまのはかたぶきて、ねぐらに騒ぐ群烏むらがらすの、声かしましく聞えしかば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
やや有りて彼はしどなくベットの上に起直りけるが、びんほつれしかしらかたぶけて、カアテンひまよりわづかに眺めらるる庭のおもに見るとしもなき目を遣りて、当所無あてどなく心の彷徨さまよあとを追ふなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
おぎの波はいと静かなり。あらしの誘う木葉舟の、島隠れ行く影もほの見ゆ。折しも松の風を払って、たえなる琴の音は二階の一間に起りぬ。新たに来たる離座敷はなれの客は耳をかたぶけつ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
やすらはで寝なましものを小夜さよふけてかたぶくまでの月をみしかな、は実に好い歌であるが、あれも右衛門自身の情から出た歌では無くて、人に代って其時の情状を写実に詠んだものである。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ひさしかたぶきたるだいなる家屋の幾箇いくつとなく其道を挾みて立てる、旅亭の古看板の幾年月の塵埃ちりほこりに黒みてわづかに軒に認めらるゝ、かたはら際立きはだちて白く夏繭なつまゆの籠の日に光れる、驛のところどころ家屋途絶とだえて
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
まる/\とした月をかたどるを作って、大勢の若い男女が、白い地をみ、黒い影を落して、歌いつおどりつ夜を深して、かたぶく月に一人ひとり二人ふたり寝に行き、到頭とうとう「四五人に月落ちかゝる踊かな」のおもむき
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
見ると日はもうかたぶきかけている。初夏しょか日永ひながの頃だから、日差ひざしから判断して見ると、まだ四時過ぎ、おそらく五時にはなるまい。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
第二に広島某新聞の主筆は、保が初めその任に当ろうとしていたが、次で出来た学校の地位に心をかたぶけたために、半途にして交渉を絶った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
皆其隣のうちの者の住居すまいにしてある座敷にかたまっているらしい。塩梅あんばいだと、私は椽側に佇立たたずんで、庭を眺めているふりで、歌に耳をかたぶけていた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「おゝいてえまあ」とかほしかめてかれるまゝくびかたぶけていつた。みだれたかみ三筋みすぢ四筋よすぢ手拭てぬぐひともつよかれたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
討取うちとらば此度の公事は必定ひつぢやう勝利しようりならん右兩人を討取うちとり手段てだてを一こくはやくさるが捷徑ちかみちなりと申ければ主税之助は首をかたぶけ兩人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
とつぶやきながら、やおらその肥え太りたる手をさしのべて煙草たばこ盆を引き寄せ、つづけざまに二三服吸いて、耳かたぶけつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
秋の初の西に傾いたあざやかな日景ひかげは遠村近郊小丘樹林をくまなく照らしている、二人の背はこの夕陽ゆうひをあびてそのかたぶいた麦藁帽子むぎわらぼうしとその白い湯衣地ゆかたじとをともに照りつけられている。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
大宮の をとつ端手はたで すみかたぶけり。 (歌謠番號一〇六)
三日月山三日の月よりなほほそくかたぶく山にかかる白滝
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と独り笑みかたぶけてまたけぶりを吐き出しぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
あきれたる貫一はまたたきもせで耳をかたぶけぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
健三の心には細君の言葉に耳をかたぶける余裕がなかった。彼は自分に不自然なひややかさに対して腹立たしいほどの苦痛を感じていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
有信は長左衛門のために産をかたぶけ、深川の地所を売つて、麻布鳥居坂にうつつた。今伊沢信平さんの住んでゐる邸が是である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ほこりてんこがしてつた。ほこり黄褐色くわうかつしよくきりごと地上ちじやうすべてをおほつゝんだ。雜木林ざふきばやしは一せいなゝめかたぶかうとしてこずゑ彎曲わんきよくゑがいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
き恐れ其不敵なるを感じ世にたぐひなき惡者わるものも有れば有る者とます/\心をかたぶけて兩人とも一味なして寶澤がうん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
さて落着て居廻りを視回みまわすと、仔細しさいらしくくびかたぶけて書物かきものをするもの、蚤取眼のみとりまなこになって校合きょうごうをするもの、筆をくわえていそがわし気に帳簿を繰るものと種々さまざま有る中に
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
欲には酌人しゃくにんがちと無意気ぶいきと思いがおに、しかし愉快らしく、さいのおすみの顔じろりと見て、まず三四杯かたぶくるところに、おんなて来し新聞の号外ランプの光にてらし見つ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
煌々くわうくわうと光りて動く山ひとつ押しかたぶけてる力はも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
余の病気はしだいに悪い方へかたぶいて行った。その時、余は夜の十二時頃長距離電話をかけられて、かたい胸を抑えながら受信器を耳に着けた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
初め抽斎は西洋ぎらいで、攘夷に耳をかたぶけかねぬ人であったが、前にいったとおりに、安積艮斎あさかごんさいの書を読んで悟る所があった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
秋の日影もややかたぶいて庭の梧桐ごとうの影法師が背丈を伸ばす三時頃、お政は独り徒然つくねんと長手の火鉢ひばちもたれ懸ッて、ななめに坐りながら、火箸ひばしとって灰へ書く、楽書いたずらがき倭文字やまともじ、牛の角文字いろいろに
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
厚く青き悲みは満ちかたぶきぬ。
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と思うと、すらりとゆらくきいただきに、心持首をかたぶけていた細長い一輪のつぼみが、ふっくらとはなびらを開いた。真白な百合ゆりが鼻の先で骨にこたえるほど匂った。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
爺が「こゝに伊の字があります」と云ふ。「どれ/\」と云つて、進み近づいて見れば、今掘つてゐる所に接して、一の大墓石が半ばかたぶいて立つてゐる。台石は掘り上げた土に埋もれてゐる。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
文鳥はすでに留り木の上で方向むきを換えていた。しきりに首を左右にかたぶける。傾けかけた首をふと持ち直して、心持前へしたかと思ったら、白い羽根がまたちらりと動いた。
文鳥 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その声の清きに、いま来し客は耳かたぶけつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
春の影はかたぶく。永き日は、永くとも二人の専有ではない。床に飾ったマジョリカの置時計が絶えざる対話をこの一句にちんと切った。三十分ほどしてから小野さんは門外へ出る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
留守るすでは仕方がない。どうしたものだろうと思って、石の上にたたずんで首をかたぶけているところへ、うしろに足音がするようだからふり向くと、先刻さっき鉄嶺丸で知己ちかづきになった沼田さんである。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこでこの坑夫の忠告にはつつしんで耳をかたぶけていたが、別段先方の注文通りに、では帰りましょうと云う返事もしなかった。そのうちいったん静まりかけた愚弄ぐろうしたがまた動き出した。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)