おぼ)” の例文
旧字:
康頼 しかしありありと歌までおぼえているのです。霊夢れいむ相違そういありません。たとえそうでなくっても、わしはそうと信じたいのです。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ところがまず最初の日に面白い事実を発見した。確かにその筋の人間とおぼしき労働者風の二人の男がドーブレクの邸を見張っていた。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
しかしわたくしは三かわらしいものをわたったおぼえはない……閻魔様えんまさまらしいものにった様子ようすもない……なになにやらさっぱりちない。
そのとき、ある婦人雑誌から、はじめて父親になった感想かんそうを求められ、父親たるべき腹の出来ていないことを答えたことをおぼえている。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
もう冬と名のつく月に入ったのだったが、今夜はそう寒くもなかった。しかしこう霧が降りていては、連絡をとるのにやや困難をおぼえた。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一体いつたい東海道とうかいだう掛川かけがは宿しゆくからおなじ汽車きしやんだとおぼえてる、腰掛こしかけすみかうべれて、死灰しくわいごとひかへたから別段べつだんにもまらなかつた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そのじいさんのかおはよくおぼえています。けれど、だれも今日きょうこのむらにやってきたこのじいさんをっているものはなかったのです。
空色の着物をきた子供 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして嫁の寝ている胸の真上とおぼしきところまで、その足音が来たかと思う時、その死にひんした病人がはねえるように苦悶くもんし始めた。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
ややありていう「牢守ろうもりは牢のおきてを破りがたし。御子みこらは変る事なく、すこやかに月日を過させたもう。心安くおぼして帰りたまえ」
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わたしはおまえさんのためをおもってそうってげるんだがね。とにかく、まあ出来できるだけはやたまごことや、のどならことおぼえるようにおし。
いたずらに、もてあそんでいた三味線みせんの、いとがぽつんとれたように、おせんは身内みうちつもさびしさをおぼえて、おもわずまぶたあつくなった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「ぼくにはずいぶんやさしいと思えますよ。あなたのお母さまが読んでいらっしゃるときに聞いていて、ぼくはたいていおぼえました」
わたし数人すうにん男女だんじよのR国人こくじん紹介せうかいされて、それらの人達ひとたち力強ちからつよと一/\握手あくしゆをした。しかしたれたれだかおぼえてもゐられなかつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
奥さんのおぼえも芽出度い。教育が矢張り物を言うのだろう。美代子さんも銀二郎君が好きだった。銀さんぐらいの忠義者はない。
心のアンテナ (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
背中の心臓とおぼしきあたりに、つかまで通ったジャックナイフ。その傷口からは、ぬれた着物を通してボトボトと血が垂れている。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
足を留めて見ると、およそ二町ばかりをへだてた道の傍らの柿の木とおぼしい大きな木の上で、しきりに助けを呼んでいる者がある。
、数々お重ねなされましたごようす、私などおよびもつきませぬ。何とぞ今後は妹ともおぼし召して、万事お教えくださいますよう
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
またなんぞあい関渉して教門のためにして政治その害を受くることあらんや。余よみてこの文に至り、おおいに了解しがたきおぼう。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
夜に入ってはただ月白く風さわやかに、若葉青葉のかおりが夜気にらぐをおぼゆるのみである。会は実におもしろかりし楽しかりし。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
あづかつたおぼえはないとふのはひどやつだ、塩原しほばらいへへ草をやさずに置くべきか、とつて吾妻橋あづまばしからドンブリと身を投げた。
塩原多助旅日記 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
野婦之池のぶのいけの方角というだけを目あてに急いでみたが、陽が暮れると、冴え切った星空に反して、地上の暗さは、一尺先の足元もおぼつかない。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
聞きおぼえのある足音が、後ろでひびいた。振返ってみると——こっちへ、例の速い軽快な足どりでやってくるのは、父だった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
手早く豆洋燈まめらんぷに火を移しあたりを見廻わすまなざしにぶく、耳そばだてて「我子よ」と呼びし声しわがれて呼吸も迫りぬとおぼし。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それは、いかにも無意識のようであって、彼女は、自分の夢に浸りきっていて、ものを云うのもおぼつかなげな様子だった。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
娘はかゝるやうを見てこはなに事ぞといふ。母はうれしくしか/\のよしいひければ、むすめは御機おはたによりしとはおぼえしがのちはしらずといふ。
法相擁護おうご春日かすが大明神、如何いかなる事をかおぼしけん。されば春日野の露も色変り、三笠の山の嵐の音、うらむる様にぞ聞えける。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
のちに、養母やしないおやは、江木家へ引きとられていたが、養家では、生みの男の子には錺職かざりしょくぐらいしかおぼえさせなかったが、勝気な栄子えいこには諸芸を習わせた。
江木欣々女史 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
としこそいろいろだがいずれも食いもの屋のねえさんたちとおぼしいのが、寝入りばなを起されてそのまま飛び出て来たらしい、しどけない姿である。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
江戸ものおぼしき見目うるわしき女子を見初みそめ、この七年間、何ものにも眼をくれず、黄金のみ追い来りし文珠屋佐吉もんじゅやさきち
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
即ち左手には田町たまちあたりに立続く編笠茶屋あみがさぢゃやおぼしい低い人家の屋根を限りとし、右手ははるか金杉かなすぎから谷中やなか飛鳥山あすかやまの方へとつづく深い木立を境にして
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
中門のあたりとおぼしい所にほと/\と戸をたゝく者があるので、開けて見ると、亡くなった筈の菅丞相がたゝずんでいた。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
翌朝よくちょうかれはげしき頭痛ずつうおぼえて、両耳りょうみみり、全身ぜんしんにはただならぬなやみかんじた。そうして昨日きのうけた出来事できごとおもしても、はずかしくもなんともかんぜぬ。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
陳者のぶればかねてより御通達の、潮流研究用とおぼしき、赤封蝋ふうろう附きの麦酒ビール瓶、拾得次第届告とどけつげ仕る様、島民一般に申渡置候処もうしわたしおきそうろうところ、此程、本島南岸に、別小包の如き
瓶詰地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
どこか「夜啼鶯」とでもいひたいが、——うみどりとおぼしいそのこゑは囁きつゞける。張りのある、わかい調子で。
(新字旧仮名) / 高祖保(著)
そんなことはありません、魔法などというものが子供におぼえられるでしょうか。僕は魔法使なんてものに知合しりあいはありません。僕は楽に熊が殺せる手だてを
負けない少年 (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
さすがに霊界の天使達も、一時手を降すのすべなく、おぼえず眼をおおいて、この醜怪なる鬼畜の舞踊から遠ざかった。それは実に無信仰以上の堕落であった。
くだらぬ歌書ばかり見て居っては容易に自己のまよいましがたく見るところ狭ければ自分の汽車の動くのを知らで隣の汽車が動くようにおぼゆるものに御座候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
家は腰高こしだか塗骨障子ぬりぼねしょうじを境にして居間と台所との二間のみなれど竹の濡縁ぬれえんそとにはささやかなる小庭ありとおぼしく、手水鉢ちょうずばちのほとりより竹の板目はめにはつたをからませ
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
聞えて来た方角は鎮守の森の奥の、こんもりと空高く聳える木立ちに囲まれた、社殿のうしろとおぼしきあたりです。しかも、声はさらにつづいて伝わりました。
先ず新調とおぼしい家具置物、張り替えて間もない畳、唐紙、そして、火鉢には盛りあがるような炭火。彼の記憶では、わが家にしては例のなかつたことである。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
肉体的とも精神的とも分野をつき止めにくいあこがれが、低気圧のうずのように、自分の喉頭のどのうしろのあたりうっして来て、しっきりなしに自分にかわきをおぼえさせた。
桃のある風景 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
みんなで成り上ってしまって、自分勝手に躍り狂っているのでありますから、自ら開拓して芸術の殿堂を建立しようなんてことはとてもおぼつかないことであります。
雷同性に富む現代女流画家 (新字新仮名) / 上村松園(著)
かれはたくさんの書物しょもつんだが、なかでも愛好あいこうしてやまなかったのは『ロビンソン』『リアおう』『ドン・キホーテ』などで、これらのしょはほとんどそらでおぼえていた。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
そこは陳東海の居間とおぼしく、三十畳程の広々とした部屋で、床には油団ゆとんを敷詰め、壁には扁額へんがくや聯を掛け、一方の壁に寄せて物々しいまでに唐書とうしょを積上げてある。
流星の落ちたとおぼしきさびしき場所へは、余程の勇士でも、うも恐ろしくて行き兼ねるとう事だ。
黄金の腕環:流星奇談 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
楽章にいたりては、外国のものは用に適せず。内国に行わるるものまた、いまだ適当とおぼしきものなし。
国楽を振興すべきの説 (新字新仮名) / 神田孝平(著)
下総しもふさ市川いちかは中山なかやま船橋辺ふなばしへん郊行かう/\興深きようふかからず、秋風あきかぜくさめとなるをおぼえたる時の事にそろ。(十七日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
そのさま巨勢が共に行くべきを、つゆ疑はずとおぼし。巨勢はただ母に引かるる穉子おさなごの如く従ひゆきぬ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ゆるし給へ、我れはいかばかり憎くき物におぼしめされて、物知らぬ女子をなごとさげすみ給ふもいとはじ。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
他の者つゐいたる、岩に近づけば菩薩ぼさつ乳頭にうとうおぼしき所に、一穴あり、頭上にも亦穴をひらけり、古人の所謂いわゆる利根水源は文珠菩薩のちちよりづとは、即ち積雪上をみ来りしさい
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)