きぬ)” の例文
『おきぬさん!』とぼくおもはずげた。おきぬはにつこりわらつて、さつとかほあかめて、れいをした。ひとくるまとのあひだる/\とほざかつた。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
袋だけはそまつなごわごわした物を入れてあるくために、きぬや布以外の多くの材料をつかったのが、今でもまだひろくもちいられている。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
白粉おしろいをつけ、頬紅ほおべに口紅くちべにをつけ、まゆずみを引き、目のふちをくま取り、それからきえちゃんの芸服げいふくを着せ、きぬ三角帽さんかくぼうをかぶせました。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
かすかながら、きぬくような悲鳴が——多分悲鳴だと思ったのですが——遠く風に送られ何処からか響いたように感じました。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
時々彼女は白いきぬ※子ハンケチで顔をきながら、世慣れた調子ではなしたり笑ったりした。どうかするとお牧にでも話しかけると同じように話した。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「不幸続きのあげくがおらの長患いで、とうとうおきぬを泥の中へ沈めてしまった、それを思うとおらあ——自分の体の治ったのが恨めしいだ」
暗がりの乙松 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そうしてその前には姉のおきぬが、火鉢のふちひじをやりながら、今日は湿布しっぷを巻いていない、綺麗きれい丸髷まるまげの襟足をこちらへまともにあらわしていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それはりっぱなきぬ産着うぶぎ想像そうぞうしたところと、目の前の事実とはこのとおりちがっていた。でもそれがなんだ。愛情あいじょうとみよりもはるかにたっとい。
あなたのおへやへつれていってください。そうして、ふたりでねられるように、あなたのかわいらしいきぬのベッドをきちんとなおしてください。
けれども、商人はニコニコしながら手まねきしては、ニールスの気をひこうとするように、美しいきぬビロードを、台の上にひろげてみせました。
はだおほうたともえないで、うつくしをんなかほがはらはらと黒髮くろかみを、矢張やつぱり、おなきぬまくらにひつたりとけて、此方こちらむきにすこ仰向あをむけにつてます。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
髪を長くのばして油をこてこてに塗って綺麗きれいに分け、青いきぬのハンカチを首にいて、そして巻煙草まきたばこをふかしながらよくそこいらをふらついていた。
忍びやかに庭を歩く人の足音、普通の人には聞こえないが、そこはおきぬ忍び衆である。早くも牢内から聞きとがめた。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
芝地しばちのまん中には、赤や黄や白の薄いきぬころもを着、百合ゆりの花のかんむりをかぶった、一人の女が立っていました。そして王子を見て、微笑ほほえんで手招きしました。
お月様の唄 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
海驢あじかの皮八枚を敷き、その上にきぬの敷物を八枚敷いて、御案内申し上げ、澤山の獻上物を具えて御馳走して、やがてその女トヨタマ姫を差し上げました。
また税関のある地方からは珊瑚珠さんごじゅ、宝石、布類、羅紗らしゃきぬ及び乾葡萄ほしぶどう乾桃ほしもも乾棗ほしなつめ類、また地方によっては皮あるいは宝鹿ほうろく血角けっかくを納めるところもある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
きぬはいくらってもってもりません。がねはたたくと近江おうみ国中くにじゅうこえるほどのたかおとをたてました。
田原藤太 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
これらの事につき熟思つら/\おもふに、きぬおるにはかひこいとゆゑ阳熱やうねつこのみぬのを織にはあさの糸ゆゑ阴冷いんれいこのむ。さてきぬは寒に用ひてあたゝかならしめ、布はしよに用てひやゝかならしむ。
四番よばんめの大伴おほとも大納言だいなごんは、家來けらいどもをあつめて嚴命げんめいくだし、かならたつくびたまつていといつて、邸内やしきうちにあるきぬ綿わたぜにのありたけをして路用ろようにさせました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
らなければ、わたくし一寸ちよつとやうかしら」と窓の所で立つた儘云ふ。三四郎は帰つてくれといふ意味に解釈した。ひかきぬを着換たのも自分のためではなかつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あしたは克巳が町に帰るといふ日のひるさがりには、三人でたらひをかついで裏山のきぬ池にいきました。
(新字旧仮名) / 新美南吉(著)
それがきぬハンケチを首に巻いて二重𢌞にぢゆうまはしの下から大島紬おほしまつむぎ羽織はおりを見せ、いやに香水をにほはせながら
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
古めかしい木彫の菩薩像ぼさつぞうの、夢の様なエロティクに見入っていた時、うしろに、忍ばせた足音と、かすかなきぬずれの音がして、誰かが私の方へ近づいて来るのが感じられた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
男の子はまるできぬつつんだ苹果りんごのような顔いろをしてジョバンニの見る方を見ているのでした。
銀河鉄道の夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
さいくどりは、皇帝のお寝台ねだいちかく、きぬのふとんの上に、すわることにきまりました。この鳥に贈られて来た黄金と宝石が、のこらず、鳥のまわりにならべ立てられました。
横山町の米屋——といっても、金貸の方で名高い万両分限、越後屋佐兵衛えちごやさへえの跡取り娘おきぬ、弁天とも小町とも、いろいろの綽名あだなで呼ばれる、界隈かいわい切っての美人だったのです。
そのとき、一ぴきのとんぼが、ここへんできました。とんぼは、ひろ世界せかいまれてから、まだがありません。うすいきぬのようにかがやきのあるはねをひらめかしていました。
春の真昼 (新字新仮名) / 小川未明(著)
はてな、やっぱり誰もいないのかしら? ……と思っていると、家の中でごくひそやかに袋戸棚でもけたようなすべがした。そして柔らかいきぬずれが窓の近くへ寄ってきた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羽織はをりたもとどろりてにくかりしを、あはせたる美登利みどりみかねてくれないきぬはんけちを取出とりいだし、これにておきなされと介抱かいほうをなしけるに、友達ともだちなかなる嫉妬やきもちつけて
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
名もきぬとあらためて、立派なおかみさんになって居た。夫妻共稼ともかせぎで中々せわしいと云った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その頭の上でゆれているきぬのようなうす毛を、じっと見つめているうちに私は涙がこみあげてきた。人間の判断はんだんでは及びもつかないような意志いしが、この奇蹟をつくりあげたのである。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
他の二人も老人らしくつこらしい打扮だが、一人の褐色かっしょく土耳古帽子トルコぼうしに黒いきぬ総糸ふさいとが長くれているのはちょっと人目を側立そばだたせたし、また他の一人の鍔無つばなしの平たい毛織帽子に
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
よそほひし京の子すゑてきぬのべて絵の具とく夜を春の雨ふる
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
きぬは楽屋へはいって水色の𧘕𧘔かみしもをぬいだ。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鏽銀しやうぎんかねよりは一条ひとすぢきぬ薄青うすあをさがりてひかる。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「助けて、助けて!」ときぬをさく悲鳴ひめい
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
きぬ柔軟しなしたうすいかわつけて
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
慎太郎しんたろうがふと眼をさますと、もう窓の戸の隙間も薄白くなった二階には、姉のおきぬ賢造けんぞうとが何か小声に話していた。彼はすぐに飛び起きた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
白いフランネルの上着にたいそうしなやかなあさの服を重ね、白いきぬでふちを取って、美しい白の縫箔ぬいはくをしたカシミアの外とうを着ていました。
しからば矢張やはり失戀しつれんであらう! ぼくはおきぬ自分じぶんもの自分じぶんのみをあいすべきひとと、何時いつにか思込おもひこんでたのであらう。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
これから、ここへいらっしゃるたびに、きぬひもを一本ずつもってきてください。それで、はしごをあみますわ。
怪鳥はきぬをさくようなさけび声をあげるし、恐竜もまただしぬけのしょうとつにびっくりしたと見え、巨体をゆすると、ざんぶりと海水の中へ身を投げた。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
服紗はきぬの美しい小さなもの、一方にはそまつな大風呂敷おおぶろしきもあって、物を包むだけにしか使わぬが、服紗には物を包む以外のいろいろの使いみちがあった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
黒繻子くろじゆすえりのかゝつたしま小袖こそでに、ちつとすきれのあるばかり、空色そらいろきぬのおなじえりのかゝつた筒袖こひぐちを、おびえないくらゐ引合ひきあはせて、ほつそりとました。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
すると、空を流れるくもきぬのようにつややかなブナのみきこまかく入りくんだ枝、ブナの落ち葉をおおっているシモ、こうしたすべてのものがさっと赤くなりました。
お新もすこし疲れたらしく、白足袋穿いた足なぞを投出し、顔へは薄いきぬ※子ハンケチをかけていた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
三四郎には此一言いちげんが非常に嬉しく聞えた。女はひかきぬてゐる。先刻さつきから大分だいぶたしたところを以て見ると、応接ためにわざわざ奇麗なのに着換へたのかも知れない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
カイロ男爵だんしゃくだって早く上等じょうとうきぬのフロックをて明るいとこへびだすがいいでしょう。
イーハトーボ農学校の春 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
するとどこからともなくいいかおりが、すうすうとはなさきながれてきました。そしてしずかな松風まつかぜおとにまじって、さらさらとうすきぬのすれうようなおとが、みみのはたでこえました。
白い鳥 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
すると、なにかやわらかなものが、忍剣のほおをなでてははなれ、なでてははなれするので、かれはうるさそうにそれを手でつかんだ時、はじめて赤いきぬ細帯ほそおびであったことを知った。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)