“築(きづ)” の例文
その日東海坊は火伏せの行を修(しゆう)して、火事早い江戸の町人を救ふと觸れさせ、人家に遠い道灌山を選んで、火行の壇(だん)を築(きづ)かせました。
道に沿ふて高い石垣を築(きづ)き、其の上へ城のやうに白壁の塀を𢌞(めぐ)らした家もあつた。邸風(やしきふう)の忍返(しのびがへ)しが棘々(とげ/\)と長屋門(ながやもん)の横に突き出てゐた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
其に、どれも此も、此頃急にはやり出した築土垣(つきひぢがき)を築(きづ)きまはしまして。何となく、以前とはすつかり変つた処に参つた気が致します。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
つまり河流(かりゆう)と上汐(あげしほ)とが河口(かこう)で暫時(ざんじ)戰(たゝか)つて、遂(つひ)に上汐(あげしほ)が勝(かち)を占(し)め、海水(かいすい)の壁(かべ)を築(きづ)きながらそれが上流(じようりゆう)に向(むか)つて勢(いきほひ)よく進行(しんこう)するのである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
關館と大木(おほき)と兩方から土手を築(きづ)き出して、まん中に橋を架(か)けた處まで來ると、馬の肌(はだ)よりも黒い若い衆が一人裸で馬(うま)を洗つてゐた。
筑波ねのほとり (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
第十代(だいじゆうだい)崇神天皇(すじんてんのう)と、次(つ)ぎの垂仁天皇(すいにんてんのう)の頃(ころ)から、前(まへ)が角(かく)で後(うしろ)の圓(まる)い前方後圓(ぜんぽうこうえん)の立派(りつぱ)な車塚(くるまづか)が、築(きづ)かれるようになつたことは疑(うたが)ひありません。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
金銀(きんぎん)珠玉(しゆぎよく)巧(たくみ)を極(きは)め、喬木(けうぼく)高樓(かうろう)は家々(かゝ)に築(きづ)き、花林曲池(くわりんきよくち)は戸々(こゝ)に穿(うが)つ。さるほどに桃李(たうり)夏(なつ)緑(みどり)にして竹柏(ちくはく)冬(ふゆ)青(あを)く、霧(きり)芳(かんば)しく風(かぜ)薫(かを)る。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
其子(そのこ)曰(いは)く、「築(きづ)かずんば且(まさ)に盜(たう)有(あ)らんとす」と。其(その)鄰人(りんじん)の父(ちち)も亦(また)云(い)ふ。暮(くれ)にして果(はた)して大(おほい)に其財(そのざい)を亡(うしな)ふ。其家(そのいへ)甚(はなは)だ其(そ)の子(こ)を(一〇一)知(ち)として、鄰人(りんじん)の父(ちち)を疑(うたが)へり。
コレハ/\よく作られたと賞揚(しやうやう)一番(ばん)、その後(あと)で新詩(しんし)を一律(いちりつ)また贈(おく)られては、再(ふたゝ)び胸に山を築(きづ)く、こゝは大(おほき)に考(かんが)へもの、面(まのあた)り捧(さゝ)げずに遠く紙上(しじやう)で吹聴(ふいちやう)せば、先生髯(ひげ)を握(にぎ)りながら
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
工事(こうじ)の場所(ばしよ)は霞(かすみ)ヶ浦(うら)に近(ちか)い低地(ていち)で、洪水(こうずゐ)が一旦(たん)岸(きし)の草(くさ)を沒(ぼつ)すと湖水(こすゐ)は擴大(くわくだい)して川(かは)と一(ひと)つに只(たゞ)白々(しら/″\)と氾濫(はんらん)するのを、人工(じんこう)で築(きづ)かれた堤防(ていばう)が僅(わづか)に湖水(こすゐ)と川(かは)とを區別(くべつ)するあたりである。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
こは車の大道を去るべき知らせなり。我は道の傍に築(きづ)きたる壇に上りぬ。脚下には人の頭波立てり。今やコルソオの競馬始らんとするなれば、兵士は人を攘(はら)はんことに力を竭(つく)せり。
高塚(たかつか)よりも横穴(よこあな)の方(はう)が、時代(じだい)に於(おい)て若(わか)いと考(かんが)へられ居(を)るので、高塚(たかつか)は高塚(たかつか)で或時代(あるじだい)に築(きづ)かれ、横穴(よこあな)は横穴(よこあな)で其後(そののち)に造(つく)られると、斯(か)う大概(たいがい)考(かんが)へられて居(ゐ)たのであるが、それを坪井博士(つぼゐはかせ)は
二つの死骸は美吉屋夫婦と共に高原溜(たかはらたまり)へ送られた。道筋には見物人の山を築(きづ)いた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
幕府砲臺(はうだい)を神奈川に築(きづ)き、外人の來り觀るを許さず、木戸公役徒(えきと)に雜り、自ら畚(ふご)を荷(にな)うて之を觀る。茶店の老嫗(らうをう)あり、公の常人に非ざるを知り、善く之を遇す。公志を得るに及んで、厚く之に報ゆ。
おう、国境(こくきやう)を越(こ)えて腕(うで)を結(むす)び×(24)の防塞(ぼうさい)を築(きづ)くその日(ひ)はいつ。
幾萬年人生(あ)れ繼ぎて築(きづ)きてしバベルの塔の崩れむ日はも
和歌でない歌 (旧字旧仮名) / 中島敦(著)
きし方(かた)の悔(くい)をもて築(きづ)きたる此小舍(こや)は
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
ひと夜(よ)さに嵐(あらし)来(きた)りて築(きづ)きたる
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
折角築(きづ)き上げた大身代を、甥(をひ)や養女や、赤の他人に、熊鷹(くまたか)に餌(ゑさ)を奪(うば)はれるやうに滅茶々々にされて了ふのが心外でたまらなかつたのです。
世間の氏々の上は大方もう、石城(しき)など築(きづ)き廻(まは)して、大門小門を繋ぐと謂つた要害と、装飾とに興味を失ひかけて居るのに、何とした自分だ。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
それには遠方(えんぽう)より土(つち)を次第(しだい)につんで傾斜(けいしや)した坂道(さかみち)を築(きづ)き上(あ)げ、それへ石(いし)を押(お)し上(あ)げてこれを縱(たて)に落(おと)し立(た)て、それからその上(うへ)に横石(よこいし)を載(の)せたもので
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
廊下(らうか)を二曲(ふたまが)り、又(また)半(なか)ばにして、椽続(えんつゞ)きの広間(ひろま)に、線香(せんかう)の煙(けむり)の中(なか)に、白(しろ)い壇(だん)が高(たか)く築(きづ)かれて居(ゐ)た。袖(そで)と袖(そで)と重(かさ)ねたのは、二側(ふたかは)に居余(ゐあま)る、いづれも声(こゑ)なき紳士(しんし)淑女(しゆくぢよ)であつた。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
屋敷(やしき)が兩方(りやうはう)に跨(また)がつて居(ゐ)るといふ柄(がら)ではない。汗(あせ)だらけの浴衣掛(ゆかたが)けである。が、實際(じつさい)余(よ)は此時(このとき)、四十一番地(ばんち)に住(じう)し、角力(すまふ)の土俵(どへう)を築(きづ)いたので、四十番地(ばんち)をも借(か)りて居(ゐ)たのだ。大分(だいぶ)茶番氣(ちやばんげ)がさして來(き)た。
青石(あをいし)築(きづ)く墓ならで
花守 (旧字旧仮名) / 横瀬夜雨(著)
小石川水道端に、質屋渡世で二萬兩の大身代を築(きづ)き上げた田代屋又左衞門、年は取つて居るが、昔は二本差だつたさうで恐ろしいきかん氣。
吹雪(ふゞき)の中(なか)の、雪道(ゆきみち)に、白(しろ)く續(つゞ)いた其(そ)の宮(みや)を、さながら峰(みね)に築(きづ)いたやうに、高(たか)く朦朧(もうろう)と仰(あふ)ぎました。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
また日本(につぽん)は島國(しまぐに)であつて、外國人(がいこくじん)から攻(せ)められるといふ心配(しんぱい)もありませんでしたから、城(しろ)を築(きづ)く必要(ひつよう)も少(すくな)くなかつたので、さうした種類(しゆるい)の遺蹟(いせき)もたくさんはありません。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
山谷から三輪(みのわ)に通ずる八丁の土手は、諸大名に命じて築(きづ)かせた荒川の水除(よ)けで、これを日本堤と言つたのには、いろ/\の江戸人らしい傳説や附會があります。
敦賀(つるが)で悚毛(おぞけ)の立(た)つほど煩(わづら)はしいのは宿引(やどひき)の悪弊(あくへい)で、其日(そのひ)も期(き)したる如(ごと)く、汽車(きしや)を下(お)りると停車場(ステーシヨン)の出口(でぐち)から町端(まちはな)へかけて招(まね)きの提灯(ちやうちん)、印傘(しるしかさ)の堤(つゝみ)を築(きづ)き、潜抜(くゞりぬ)ける隙(すき)もあらなく旅人(たびびと)を取囲(とりかこ)んで
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
斯う平次に疊み込んで來られると、折角ガラツ八の築(きづ)き上げた疑ひが、甚(はなは)だ怪しいものになります。
平次は唸(うな)りました。いろ/\な證據を築(きづ)き上げて、次第に曲者の外形が纒(まと)まつて來る樣子です。
新城を築(きづ)くことは嚴禁同樣、修復、改造にも、恐ろしく神經を尖らせ、程度次第では、繪圖面を引いて公儀の許しを受けなければ、謀叛(むほん)同樣に見做(みな)される場合もあつたのです。
平次は殘る隈(くま)なく手を廻して、さて一人になつて靜かに考へました。かう相手の素姓が分らないと、幾通りも可能の假定を築(きづ)き上げて、下手人の姿を描き出す外はありません。
王朝時代に東(あづま)に下つた、業平朝臣(なりひらあそん)の裔(すゑ)だとも言ひ、染井村に土着して、代々豪士として勢威を振ひ、太田道灌(だうくわん)が江戸に築(きづ)いた頃は、それに仕官して軍功を樹てましたが、徳川家康入府の際には
平次は、自分の築(きづ)き上げた疑ひを、自分から、又突(つ)き崩(くづ)して居ります。