爪尖つまさき)” の例文
燃えさしの薪を靴の爪尖つまさきで踏みつけると、真赤な焚きおとしが灰の上にくずれて、新らしいほのおがまっすぐにとんがって燃えあがった。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
林の中は爪尖つまさきもわからないほど暗かった、そこをぬけ出ると畑地で、すぐ左がわに農家の灯が見える、それは墓守り七兵衛の家だった
荒法師 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
窓縁まどぶちを力に両手でおさえつけている家の中の者と、爪尖つまさき立ちをして締木しめぎにかけられている下の者とは、地の利において大変な相違がある。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すがる波に力あり、しかと引いて水をつかんで、池にさかさまに身を投じた。爪尖つまさきの沈むのが、かんざし鸚鵡おうむの白くはねうつが如く、月光にかすかに光つた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
起きても、羽織すら用意して来なかったので、内湯に行ったのである。広いという程でないけれど、澄み切った礦泉が湯槽ゆつぼに溢れている。足の爪尖つまさきまで透き通って見ることが出来る。
渋温泉の秋 (新字新仮名) / 小川未明(著)
甲斐々々かいがいしい支度をした、小綺麗な女中が、いそがしそうな足を留めて、玄関に立ちはたがって、純一を頭のてっぺんから足の爪尖つまさきまで見卸して、「どこもいておりません、お気の毒様」
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
誰も彼も爪尖つまさきで歩くやうな思ひで座敷を出入した。すべての緊迫した注意が書斎に向けられた。家中はしんとしてゐた。そして書斎から起る音は紙一枚剥くる音でも異常な響をもたらした。
父の死 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
痩せこけた頬にの血色もない、塵埃ごみだらけの短い袷を著て、よごれた白足袋を穿いて、色褪せた花染メリンスの女帶を締めて、赤い木綿の截片きれを頸に捲いて……、俯向いて足の爪尖つまさきを瞠め乍ら
葬列 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それは、あるいは彼が魔法を使ったのではないかと疑われたほどに、よもや人間の世界にあろうとは思われぬ奇怪な符号だった。磔身たくしんの頭から爪尖つまさきまでが、白くラン形で残されてしまったからだ。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
さらさらと、さらさらと、ちらちらと乱れる上を、真珠に似たる爪尖つまさきで、お鶴は七八ツの時分から、行ったり来たり我が庭同様。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はなにもはいていないはだしの爪尖つまさきで、道のしめった土をひっきながら、眼脂めやにだらけの眼でじろじろ相手を眺めまわした。
似而非物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それから彼は空でも見上げるように顔を仰向け、背中を丸めて、靴の爪尖つまさきで犬をさぐり、杖で地面を叩きながら、とぼとぼと歩いて行った——何も知らずに。
幻想 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
縋る波に力あり、しかと引いて水をつかんで、池にさかさまに身を投じた。爪尖つまさきの沈むのが、釵の鸚鵡おうむの白く羽うつがごとく、月光にかすかに光った。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
誰かが酒を注いでやる、ぎ州は右足の爪尖つまさきで床板をとんとん叩きながら、気取ったようすで盃をあおった。
留さんとその女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
あまり爪尖つまさきに響いたので、はっと思って浮足で飛び退すさった。その時は、ひなうぐいすにじったようにも思った、傷々いたいたしいばかり可憐かれんな声かな。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしためらうようすはなかった。ひと足ずつ静かに、爪尖つまさきで底をさぐりながら、葦の間を進んでいった。
葦は見ていた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と指をかけようとする爪尖つまさきを、あわただしく引込ひっこませるを拍子ひょうしに、たいを引いて、今度は大丈夫だいじょうぶに、背中を土手へ寝るばかり、ばたりと腰をける。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
弱々しくためらいがちな、爪尖つまさきで歩くようにさえ聞えた。高雄は妻が坐るまで黙っていた。それから眼をあいて岳樺の枝を見あげ、薄くかすみをかけたような空の青を眺めた。
つばくろ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
大跨おおまたに下りて、帽を脱し、はたと夫人の爪尖つまさきひざまずいて、片手を額に加えたが、無言のまま身を起して、同一おなじ窓に歩行あゆみ寄った。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、伊兵衛はただ爪尖つまさきで立って、木刀をすっと頭上へ挙げただけである。
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こうじたさまして、しろ駒下駄こまげたの、爪尖つまさきをコト/\ときざ洋傘かうもりさきが、ふるへるばかり、うちにつたうてはなれる。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
半次は足の爪尖つまさきで廊下を擦りながら、ねたような声で云った。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さつあをつた面影おもかげと、ちらりとしろ爪尖つまさきばかりののこつたときで——けものやがえたとおもふと、むねうつしたかげ波立なみだち、かみ宿やどしたみづうごいた……
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
蒲團ふとんをすつぽり、炬燵櫓こたつやぐらあし爪尖つまさきつねつてて、庖丁はうちやうおときこえるとき徐々そろ/\またあたまし、ひと寢返ねがへつて腹這はらばひで
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
火沙汰に丘を駆けたというにも、襟裏のくれないのちらめくまで、衣紋えもんは着くずれたが、合わせたつま爪尖つまさきは、松葉の二針相合あいがっしたようにきりりとしている。
宗吉は——煙草たばこまないが——その火鉢のそば引籠ひきこもろうとして、靴を返しながら、爪尖つまさきを見れば、ぐしょぬれの土間に、ちらちらとまたくれないの褄が流れる。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
出額おでこをがッくり、爪尖つまさき蠣殻かきがらを突ッかけて、赤蜻蛉あかとんぼの散ったあとへ、ぼたぼたとこぼれて映る、烏の影へ足礫あしつぶて
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
桂木は足袋たびを脱ぎ、足の爪尖つまさきを取つて見たが、泥にもまみれず、綺麗きれいだから、其のまゝむしろの上へ、ずいと腰を。
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
たとえば歩行の折から、爪尖つまさきを見た時と同じさまで、前途ゆくてへ進行をはじめたので、啊呀あなやと見る見る、二けんげん
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
木の葉落つる中に、一人いちにんの画工と四個の黒き姿としきりに踊る。画工は靴を穿いたり、後の三羽の烏皆爪尖つまさきまで黒し。はじめの烏ひとり、裾をこぼるる褄紅つまくれないに、足白し。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
木の葉落つる中に、一人いちにんの画工と四個の黒き姿としきりに踊る。画工は靴を穿いたり。あとの三羽の烏皆爪尖つまさきまで黒し。はじめの烏ひとり、すそをこぼるゝつまくれないに、足白し。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
壁も柱もまだ新しく、隙間すきまとてもないのに、薄い霧のようなものが、すっと這入はいっては、そッと爪尖つまさきめるので、変にスリッパがすべりそうで、足許あしもと覚束おぼつかない。
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「それは構わん。」といって客は細く組違えていた膝を割って、二ツばかり靴の爪尖つまさきを踏んで居直った。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
えんかどはしらに、すがりながら、ひと氣取きどつてつと、爪尖つまさきが、すぐに浴室よくしつ屋根やねとゞいて、透間すきまは、いはも、くさも、みづしたゝ眞暗まつくらがけである。あぶなつかしいが、また面白おもしろい。
飯坂ゆき (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
時々爪尖つまさきからまるのは葉のしずく落溜おちたまった糸のようなながれで、これは枝を打って高い処を走るので。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
時々とき/″\爪尖つまさきからまるのはしづく落溜おちたまつたいとのやうなながれで、これはえだつてたかところはしるので。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
(従って、爪尖つまさきのぼりの路も、草が分れて、一筋ひとすじ明らさまになったから、もう蛇も出まい、)その時分は大破して、ちょうつくろいにかかろうという折から、馬はこの段のしたに、一軒
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すぐに、上框あがりがまちへすっと出て、柱がくれの半身で、爪尖つまさきがほんのりと、常夏とこなつ淡く人を誘う。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
目まぐるしきばかり、靴、草鞋わらんじの、かばかかと灰汁あくの裏、爪尖つまさきを上に動かすさへ見えて、異類異形いぎょういなごども、葉末はずえを飛ぶかとあやまたるゝが、一個ひとつも姿は見えなかつたが、やがて
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
蹴出けだしも雪の爪尖つまさきへ、とかくしてずり下り、ずり下る寝衣ねまきつまおさえながら、片手で燈をうしろへ引いて、ぼッとする、肩越のあかりに透かして、蚊帳をのぞこうとして、爪立つまだって
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と云うと、一刎ひとはね刎ねたままで、弾機ぜんまいが切れたようにそこに突立つったっていた身構みがまえが崩れて、境は草の上へ投膝なげひざで腰を落して、雲が日和下駄ひよりげた穿いた大山伏を、足の爪尖つまさきから見上げて黙る。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一軒二軒……三軒目の、同じような茗荷の垣の前を通ると、小家こや引込ひっこんで、前が背戸の、早や爪尖つまさきあがりになる山路やまみちとの劃目しきりめに、桃の樹が一株あり、葉蔭に真黒まっくろなものが、牛の背中。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
爪尖つまさきを懸けると更になく、おぶさった私の方がかえって目をふさいだばかりでした。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その二の腕、顔、襟、うなじはだに白い処は云うまでもない、袖、つまの、えんに色めく姿、爪尖つまさきまで、——さながら、細い黒髪の毛筋をもって、線を引いて、描き取った姿絵のようであった。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
小走りに急いで来る、青葉の中に寄る浪のはらはらと爪尖つまさき白く、濃い黒髪のふさやかな双のびんづら浅葱あさぎひもに結び果てず、海水帽を絞ってかぶった、ゆたかほおつややかになびいて、色の白いが薄化粧。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
其處そこ遁路にげみちこしらく、間道かんだう穴兵糧あなびやうらうくだん貯蓄たくはへ留桶とめをけみづを、片手かたてにざぶ/\、とつては、ぶく/\、ざぶ/\とつては、ぶく/\、小兒こども爪尖つまさきひざから、またへそからむねかたから咽喉のど
銭湯 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
臆面おくめんもなく別の待合へ入りましたが、誰もりません、あすこはまた一倍立派でございますね、西洋の緞子どんすみたようなあやで張詰めました、腰をかけますとふわりと沈んで、爪尖つまさきがポンとこう
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
で、両掌りょうて仰向あおむけ、低く紫玉の雪の爪尖つまさきを頂く真似して、「やうにむさいものなれば、くど/\お礼など申して、お身近みぢかかえつてお目触めざわり、御恩は忘れぬぞや。」と胸をぢるやうにつえで立つて
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
年少判事はこのおおいなる責任のために、手も自由ならず、足の運びも重いばかり、光った靴の爪尖つまさきと、杖の端の輝く銀とを心すともなく直視みつめながら、一歩進み二歩く内、にわかにさっと暗くなって
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と考えが道草みちくさの蝶にさそわれて、ふわふわとたまが菜の花ぞいに伸びたところを、風もないのに、さっとばかり、横合よこあいから雪のかいなえりで、つと爪尖つまさきを反らして足を踏伸ふみのばした姿が、真黒まっくろな馬に乗って
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)