だま)” の例文
旧字:
「へえ、左様そんなもんですかな」と門野かどのは稍真面目まじめな顔をした。代助はそれぎりだまつて仕舞つた。門野かどのは是より以上通じない男である。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ひるすこしまえにはもう二人ふたりにいさんが前後ぜんごして威勢いせいよくかえってた。一人ひとりにいさんのほう袖子そでこているのをるとだまっていなかった。
伸び支度 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「はいはい、ちゃんとご奉公申しあげます」とご返事をしましたが、中でなまこがたった一人、お答えをしないでだまっておりました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
だまっていて明日あしたの朝拾ってくればいいです。僕も実はバットがありません。大入道がくしゃみをした時、はなしてしまったんです」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
すずめは、こころうちに、こんな不平ふへいがありましたけれど、しばらくだまって、こまどりの熱心ねっしんうたっているのにみみかたむけていていました。
紅すずめ (新字新仮名) / 小川未明(著)
「誰だ。石を投げるものは。おれたちは第一条の犯人を押えようと思って一日ここに居るんだぞ。早くだまって帰れ。って云った。」
毒もみのすきな署長さん (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
利助りすけさんは、いままで調子ちょうしよくしゃべっていましたが、きゅうにだまってしまいました。そして、じぶんのほっぺたをつねっていました。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
母はほっと溜息ためいきをついて、考え込んでしまった。父もだまってしまった。わたしはこの会話の間じゅう、ひどく照れくさかった。——
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
ひかけて、左右さいうる、とほりくさばかりではく、だまつて打傾うちかたむいて老爺ぢゞいた。それを、……雪枝ゆきえたしか面色おもゝちであつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
といったまま、モンクスは、目をひきつらして、ほんとうに気絶きぜつしてしまったのだ。見物人も気絶したように、だまってしまった。
柔道と拳闘の転がり試合 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
その一人の、新吉より年下とししたのきえちゃんが、今こんな目にあっているのですから、新吉はだまって見ていられるはずはありません。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
「ふふふふ、きん、なんできゅうおしのようにだまんじゃったんだ。はなしてかせねえな。どうせおめえのはらいたわけでもあるめえしよ」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
じいやのほうでは一そうったもので、ただもううれしくてたまらぬとった面持おももちで、だまって私達わたくしたち様子ようすまもっているのでした。
それはそれはみんながおとなしいおとなしいただだまつて一生懸命に働く人達ひとたちばかりになつたので国中がだん/\金持になりました。
蚊帳の釣手 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
や、巡査じゅんさ徐々そろそろまどそばとおってった、あやしいぞ、やや、またたれ二人ふたりうちまえ立留たちとどまっている、何故なぜだまっているのだろうか?
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
しかし、にいさんたちはだまって、ウマを先に進ませて行きました。ふたりはひとことも言いませんでした。いまはそれどころではありません。
甚五郎は最初だまって聞いていたが、みなが撃てぬと言い切ったあとで、独語ひとりごとのように「なに撃てぬにも限らぬ」とつぶやいた。
佐橋甚五郎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わて親爺おやじに無心して払いまっさ」と柳吉もだまっているわけに行かなかったが、種吉は「そんなことしてもろたら困りまんがな」と手をった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
それ以来いらい二人ふたり夕方ゆうがた、しばしば一しょに散歩さんぽかけた。だまって歩いて、河に沿っていったり、野を横切よこぎったりした。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
そしてもう一度なんとかして自分の失敗を彌縫びほうする試みでもしようと思ったのか、小走りに車の手前まで駈けて来て、そこにだまったまま立ち停った。
卑怯者 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いま小初はだまって「一」の動作を初めたが、すぐ思い返して途中とちゅうからの「二」と号令をかけ跳び込みの姿勢を取った。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「マリちゃん!」とおかあさんがった。「おまえなんでそんなことをしたの! まア、いいから、だまって、だれにもれないようにしておいでなさいよ。 ...
こう覚悟かくごをきめると、それからはもう為朝ためともはぴったりだまんだまま、しずかにてきせてくるのをっていました。
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
鄭寧ていねいに云つて再びこたへを促した。阿母さんは未だだまつてる。見ると、あきらにいさんの白地しろぢの薩摩がすり単衣ひとへすそを両手でつかんだ儘阿母さんは泣いて居る。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
喬之助は、ほんとに眠ってでもいるように、だまりこくったまま、身動きもしない。やはり平伏したまんまなのである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そこで私は思い切って、がむしゃらにその坂を上って行った。するとこんどは少女たちの方で急にだまってしまった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「あなたの奥さんは御姙娠でせう。」残花がだまつてゐると「あなたお気が附いてゐますか、黒子ほくろのあることを?」
斎藤緑雨と内田不知菴 (新字旧仮名) / 坪内逍遥(著)
妻と婢とはだまって笑って見ていた。今度からは汝達おまえたちにしてもらう、おぼえておけ、と云いながら、自分は味噌の方を火に向けて片木へぎ火鉢ひばちの上にかざした。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
孔子もさすがに不愉快になり、冷やかに公の様子をうかがう。霊公は面目無げに目をせ、しかし南子には何事も言えない。だまって孔子のために次の車をゆびさす。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それぎりで弥次右衛門はだまってしまった。喜兵衛も黙っていた。ただ聞えるのは虫の声ばかりである。河原を照らす月のひかりは霜をおいたように白かった。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だまつて障子をあけると、座敷と茶の間との間に下げてあるレースのかげに娘三人と細君花子とが夕餉の茶ぶ台を囲んでゐて、あけ放した縁側には蚊を追ふために
来訪者 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
与平は炉端に安坐を組んで銭勘定ぜにかんじょうをしていた。いままで、かつて、そうしたところを見たこともなかっただけに、千穂子は吃驚して、だまって台所へ降りて行った。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
だまっておいでよ、ね。そして辛抱して働くんだよ。親方にも私からよく云っておいてあげるから。」
少年の死 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
かげったり、照ったり、さわいだり、だまったり、雲と日と風の丘と谷とに戯るゝ鬼子っこを見るにも好い。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この Physical なしにという言葉は、清三に一種の刺戟しげきを与えた。郁治もだまって歩いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
縫えたことだけをほめてくれる父親の前で、実枝はだまって着物をたたんだ。その実枝の、年よりも大きなのびた体を重吉はさするように眺め、また煙管をとり上げた。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
なみだもろい西田にしだは、もう目をうるおした。礼子れいこもでてきてだまってお辞儀じぎをする。西田はたちながら
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
軽業芸かるわざげいをつくして広大な空の下で、いわゆる、なんにも言わないでいるだまっている人がいたのだ、この松どもは、どれを見ても人ですよ、どれも人といっしょにくらして
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
顔つき合せては、恥かしく、というより、何も彼にもが、しろがね色に光り輝く、この雰囲気ふんいきのなかでは、しゃべるよりもだまって、あなたと、海をみているほうが、たのしかった。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
田川は返事にきゅうしたらしく、だまりこんだ。しかし、心で納得なっとくしたようには、すこしも見えなかった。かれは、それまで膝の上に突っぱっていた両腕を組んで、天井てんじょうあおいだ。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
だまっているお蔭で、遂に私は素晴すばらしいことを発見した。それはあのラジウムを、安全に獄外へはこびだす工夫だった。まず大丈夫うまく行くと思われる一つの思い付きだった。
柿色の紙風船 (新字新仮名) / 海野十三(著)
群衆に近づいて見ると、彼等はだまっているのではない。銘々めいめいに何かわめいているのである。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
高橋れい悪口わるくちを言出せば、先生、だまって見てれ、そのかわりに我れ鰻飯うなぎめしなんじおごらんと。
そう言ったまゝ、後はだまあって此度は一層強い太息ためいきを洩らしながら、それまでは火鉢の縁にかざしていた両手を懐中ふところに入れて、傍の一閑張りの机にぐッたりと身を凭せかけた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
だまつて人のふことを聞け、醋吸すすひの三せい結構けつこうでございます、なれども御祝儀ごしゆうぎの席には向きませんかとぞんじます、孔子こうし老子らうし釈迦しやかぶつだからおいはひの席にはけられませんと
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
死んだものはモウき帰らない。それがために腹を切ったところが、それまでであります。それで友人に話したところが、友人も実にドウすることもできないで一週間だまっておった。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
幼児をさなごだまつて、あたしをつめてくれた。この森蔭もりかげはづれまであたしは一緒いつしよつてやつた。此児このこふるへもしずにあるいてく。つひにそのあかかみが、とほひかりえるまで見送みおくつた。
ルピック氏——もういいから、だまっとれ、阿呆あほう! わしから注意しといてやるが、もし、頭のいいっていう評判をくしたくなけりゃ、そんなでたらめはよその人の前でいわんこった。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
太郎、いかでさる宝をくるる人此のあたりにあるべき。一三五あなむつかしの唐言からこと書きたる物を買ひたむるさへ、一三六世のつひえなりと思へど、父のだまりておはすれば、今までもいはざるなり。
多分たぶん彼等かれらつてはたのしい一であるべきはずだつたのであらうがおしのやうにだまりこくつた我々われ/\にが表情へうぜう無愛相ぶあいそう態度たいどとが、如何いか彼等かれら失望しつぼうさせたかは、想像そうぞうあまりあるものであつた。
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)