おのづ)” の例文
また夜更けに話すのと、白晝に話すのとは、おのづから人の氣分も違ふ譯ですから、勢ひ周圍にある天然をよそにする譯に行かないでせう。
小説に用ふる天然 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
貫一は食はんとせし栗を持ち直して、とお峯に打向ひたり。聞く耳もあらずと知れど、秘密を語らんとする彼の声はおのづからひそまりぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
必らずむくふべしと思ふ程ならば、酬はずしておのづから酬ゆるものを。必らず忘れじといふ恩ならば、忘るゝとも自から忘るまじきを。
哀詞序 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
私は初めての事でもあり、且つは、話題はなしを絶やさぬ志田君と隣つて居る故か、おのづと人の目について、返せども、/\、盃が集つて来る。
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
衆人醉へる中に獨り醒むる者はれられず、斯かる氣質なれば時頼はおのづから儕輩ひと/″\うとんぜられ、瀧口時頼とは武骨者の異名いみやうよなど嘲り合ひて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
彼寺かのてら此邸このてい、皆それ等古人の目に触れ、前の橋、うしろみちすべそれ等偉人の足跡をしるして居るのだと思へば予の胸はおのづからをどる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
野々宮君は生涯現実世界と接触する気がないのかも知れない。要するに此静かな空気を呼吸するから、おのづからあゝ云ふ気分にもなれるのだらう。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
おのづからときめく胸を抑へてわたしは其処へ行つた。と、またこれはどうしたことぞ、其処は大きなランプ部屋であつた。
木枯紀行 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
是を以て君のたまふときは臣承はり、上行ふときは下なびく。故に詔を承はりては必ず慎め、謹まずんばおのづからに敗れなむ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
かくの如く路地は一種云ひがたき生活の悲哀のうちおのづから又深刻なる滑稽の情趣を伴はせた小説的世界である。
路地 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ソレから其年靜岡に行くまでには馬鹿な危險の目にもおのづから出遇ツたし、今考へて見るとお話しをするにも困る程の始末だが、たゞ其頃はすこしも山氣やまぎなし
兵馬倥偬の人 (旧字旧仮名) / 塚原渋柿園塚原蓼洲(著)
信仰にりて我等が認むる所の物もかしこにては知らるべし、但しあかしせらるゝにあらず、人の信ずる第一の眞理の如くこの物おのづから明らかならむ 四三—四五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
それはおのづから作品の中にさういふものが含まれるといふだけであつて、作家としての心構へとしてはやつぱり見物と対等の立場で作品を書くべきだと思ひます。
対話 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
おのづから睡氣ねむけの差すまで、かうして過してゐる二三十分間が、彼れには一日中の最も樂しい時間であつた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
強いて一度は冷かな笑を湛え得たにしても、それはおのづから内から崩れて行く。忽ち縦断されて了ふ。
心理の縦断 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
さう心に誓つてゐて、私は自棄の気味とおのづからなる性の目覚めとで、下女とみだらな関係を結んだ。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
東岸一帶は小高い丘をなしておのづから海風をよけ、幾多の人家は水のはたから上段かけて其蔭に群がり、幾多の舟船は其蔭にいこうて居る。余等は辨天社から燈臺の方に上つた。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
おのづから振作するの勇氣は、以て笑ひつゝ天災地變に臨むことが出來ると思ふものゝ、絶つに絶たれない係累が多くて見ると、どう考へても事に對する處決は單純を許さない。
水害雑録 (旧字旧仮名) / 伊藤左千夫(著)
櫻町さくらまち殿との面影おもかげいまくまでむねうかべん、良人をつと所爲しよゐのをさなきもしひかくさじ、百八ひやくはち煩惱ぼんなうおのづからえばこそ、殊更ことさらなにかはさん、かばほのほえばもえよとて
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
なし流れ/\て嘉川家へいり込しに當時嘉川の評判ひやうばんあしき故おのづから知音ちいんの人もとほざかりしにより常陸ひたち筑波つくば山の近邊に少しの知音を便たより行んと千住へ出筑波をさして急ぎしが先江戸近邊きんぺん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
俊男としをは見るともなくおのづにははびこツたくさむらに眼を移して力なささうに頽然ぐつたり倚子いすもたれた。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ユウゴオの趣味は典雅ならず、性情奔放にして狂颷きようひよう激浪の如くなれど、温藉静冽おんしやせいれつの気おのづからその詩を貫きたり。対聯たいれん比照に富み、光彩陸離たる形容の文辞を畳用して、燦爛さんらんたる一家の詩風を作りぬ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
おのづから詩の情想の底に漂つてゐる。
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
今にして思へば政海の波浪はおのづから高く自からひくく、虚名を貪り俗情にはるゝの人にはさをつかひ、かいを用ゆるのおもしろみあるべきも
三日幻境 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
私は初めての事でもあり、且つは、話題を絶やさぬ志田君と隣つて居る故か、おのづと人の目について、返せども返せども、盃が集つて來る。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
男たちはおのづからすさめられて、女のこぞりて金剛石ダイアモンド心牽こころひかさるる気色けしきなるを、あるひねたく、或は浅ましく、多少の興をさまさざるはあらざりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
つゞいて、だから先刻さつき云つたかねを貸してください、といふ文句がおのづからあたまなか出来上できあがつた。——けれども代助はたゞ苦笑してあによめの前にすはつてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
わがかく説分ときわくる處正しくば、愛せらるゝ禍ひは即ち隣人となりびとの禍ひなる事亦おのづから明かならむ、而して汝等のひぢの中にこの愛の生ずるさま三あり 一一二—一一四
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
独逸ドイツは南北によつて風土にも人情にも差があると聞いて居たが、南独逸ドイツ精粋せいすゐであるミユンヘンは自然の景勝も人づきあひもおのづから仏蘭西フランスに似た所が多い様である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
……よくとしよりがつてかせた。——ひるがへつておもふに、おのづからはゞかるやうに、ひとからとほざけて、渠等かれら保護ほごする、こゝろあつた古人こじん苦肉くにくはかりごとであらうもれない。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
其の騷々しさは又おのづから牽手の心を興奮させる。自分は二頭の牝牛を引いて門を出た。腹部まで水に浸されて引出された乳牛は、どうされると思ふのか、右往左往と狂ひ廻る。
水害雑録 (旧字旧仮名) / 伊藤左千夫(著)
うしろ向きの表情の何処かにそれがおのづから出るんだといふ、さういふ暗示的な一つの表現として受取れば受取れるんだけれども、それが少し行過ぎると作者の悪戯になるでせうね。
対話 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
その若者の群の中にもおのづから勢力の有るものと、無いものとの区別があつて、其勢力のある者が、まだ十六七の若い青年を面白半分に悪いところに誘つて行く、これが第一の弊だと思ふ。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
偖又半四郎はときうつるに隨ひてゑひは十分にはつおのづから高聲かうせいになり彼町人體の男に向ひ貴樣の樣なる者は道連みちづれになると茶屋なとへ引づりこみ此樣に打解うちとけて酒を呑合のみあひ百年も交際つきあひし如くなして相手の油斷ゆだん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
名利みやうりの外に身をけば、おのづから嫉妬の念も起らず、憎惡ぞうをの情もきざさず、山も川も木も草も、愛らしき垂髫うなゐも、みにくき老婆も、我れに惠む者も、我れを賤しむ者も、我れには等しく可愛らしく覺えぬ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
おのづから跳り、枝おのづから飛びて
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
春は俗を狂せしむるによけれど、秋の士を高うするにかず。花の人を酔はしむると月の人をましむるとは、おのづからあじはひを異にするものあり。
秋窓雑記 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
山田やまだ元来ぐわんらい閉戸主義へいこしゆぎであつたから、からだかう雑務ざつむ鞅掌わうしやうするのをゆるさぬので、おのづからとほざかるやうにつたのであります
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そこはかとなき若い悲哀かなしみ——手頼たよりなさが、消えみ明るみする螢の光と共に胸に往来して、ひとにとも自分にとも解らぬ、一種の同情が、おのづ呼吸いきを深くした。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
「いや学校ぢや英語丈しか受持つてゐないがね、あの人間が、おのづから哲学に出来上つてゐるから面白い」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
もつともいとけなしといへども、のちおのづから設得まうけえんと。はたせるかなひととなりて荊州けいしう刺史ししとなるや、ひそか海船かいせんあやつり、うみ商賈しやうこ財寶ざいはう追剥おひはぎして、とみいたすことさんなし。のち衞尉ゑいゐはいす。
唐模様 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
よぶものなく叮嚀屋と云へば長八の事となり段々心安き得意もふえ相應に屑も買出かひいだせしかば早晩いつしかむかしの身の上も忘れて追々錢のまうかるに隨ひおのづから商賣にはげみが付て長八は毎日々々相變らず裏々うら/\の長屋々々を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
少焉しばし泣きたりし女の声はやうやく鎮りて、又湿しめがちにも語りめしが、一たびじようの為に激せし声音は、おのづから始よりは高く響けり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
知らぬうちとて、黙思逍遙の好地と思ひしところ、この物語を聞きてよりは、おのづからに足をそのあたりに向けずなりにき。
鬼心非鬼心:(実聞) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
そこはかとなき若き悲哀——手頼りなさが、消えみ明るみする螢の光と共に胸に往來して、ひとにとも自分にとも解らぬ、一種の同情が、おのづと呼吸を深くした。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
其内そのうち定期ていきの三週間しうかんぎて、御米およね身體からだおのづからすつきりなつた。御米およね奇麗きれいとこはらつて、あたらしいのするまゆふたゝかゞみらした。それは更衣ころもがへ時節じせつであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
盲人めくらは、こゝに先達せんだつ長頭ながあたまであることは、おのづから坂上さかがみむねひゞく。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
万物そのおのづからなる声をなして、而して美術はその声を具躰にしたるものに過ぎざれば、形は如何にありとも、その声の主なる心にして卑野なれば
万物の声と詩人 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
宗助そうすけ小六ころく所置しよちける好機會かうきくわいが、もとめざるにさきだつて、はるともおのづからめぐつてたのをよろこんだ。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
口がおのづからポカンと開いたも心付かず、臆病らしい眼を怯々然きよろきよろと両側の家に配つて、到頭、村もはづれ近くなつたあたりで、三国屋さんごくやといふ木賃宿の招牌かんばんを見付けた時は、かれには
赤痢 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)