有様ありさま)” の例文
旧字:有樣
殊に歳暮さいぼの夜景の如き橋上けうじやうを往来する車のは沿岸の燈火とうくわと相乱れて徹宵てつせう水の上にゆらめき動く有様ありさま銀座街頭の燈火とうくわよりはるかに美麗である。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
荷物にも福澤と記さず、コソ/\して往来するその有様ありさまは、欠落者かけおちものが人目を忍び、泥坊どろぼうが逃げてわるようなふうで、誠に面白くない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
火元から遠くにある家々は猛烈な煙の為に全く囲まれてしまって、人々は煙にむせび、呼吸すら全く自由には出来ない有様ありさまであった。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
王子おうじはこういうあわれな有様ありさまで、数年すうねんあいだあてもなく彷徨さまよあるいたのち、とうとうラプンツェルがてられた沙漠さばくまでやってました。
ここでは国見岳(四四二〇尺)が正面に見え、左に妙見右に江丸えまると外輪山が、環状に堵列とれつして普賢ふけんむかっている有様ありさまがよく分かる。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
折悪しく、利助は持病で昨夜から枕も上がらぬ有様ありさま。娘のお品は、岡っ引の真似をするわけではありませんが、ともかく、行ってみると
しかるにおうとのぞみは、ついえずたちまちにしてすべてかんがえ圧去あっしさって、こんどはおも存分ぞんぶん熱切ねっせつに、夢中むちゅう有様ありさまで、ことばほとばしる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
感激的というのはこんな有様ありさまで情緒的教育でありましたから一般の人の生活状態も、エモーショナルで努力主義でありました。
教育と文芸 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
行儀作法も知らず言葉遣いは下等人物同様で一挙一動がことごとく感情まかせという動物性の人間もすくなくない。実に野蛮界の有様ありさまを現出しているね。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
ぴんと立っていると足は痛くなる体は疲れてぐにゃぐにゃになるといった有様ありさまなので、私はよく、後ろの電信柱にりかかって体を休めた。
そしてこんな有様ありさまはそれから毎日まいにちつづいたばかりでなく、しそれがひどくなるのでした。兄弟きょうだいまでこのあわれな子家鴨こあひる無慈悲むじひつらあたって
ようやれてたのであろう。行燈あんどん次第しだいいろくするにつれて、せまいあたりの有様ありさまは、おのずからまつろうまえにはっきりした。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
窟の奥からそっと抜け出して、ず表の有様ありさまぬすると、夜はう更けたらしい、山霧は雨となって細かに降っている。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
空想が生き生きと目ざめて、いつもいつも同じまぼろしのまわりを素早すばやけめぐる有様ありさまは、朝焼けの空につばめの群れが、鐘楼しょうろうをめぐって飛ぶ姿に似ていた。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
そのころ彼は、宗教家たらんとの念が最高潮に達していたときであったが、この有様ありさまを見、この考えが急に一転した。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
その匍匐ほふくする有様ありさまを見てりますと、あるときはまがきの上を進む蛞蝓なめくじのように、又あるときは天狗の面の鼻が徐々に伸びて行くかのように見えるのです。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
世界中のいろいろな有様ありさまを見るのは自分にとってほんとうに望ましいことです。自分は夢のなかに見るような日本を
肉体とが日に日に頽廃して行く有様ありさまを自分でジッと凝視みつめていなければならなくなったのには少々悲観させられた。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
其の動機は事業の失敗しつぱいで、奈何いか辛辣しんらつ手腕しゆわんも、一度逆運ぎやくうんに向ツては、それこそなたの力を苧売おがらで防ぐ有様ありさまであつた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ボクリ、ボクリと土の音がするたびに、何か出て来やしまいか、何か手ごたえがして来るだろうと、眼も心も鍬の先にあつまって、他念のない有様ありさまです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
故障続出して、心痛常に絶ゆることなかりし、かかる有様ありさまなれば残余の人夫に対しては、あるいは呵責かせきし、あるいは慰撫いぶし、したがって勢い賃金を増すにあらざれば
実際、ケメトスが炬火をかざして塔から河の淵へ飛んだ有様ありさまは、空に出る彗星とそっくりだったそうです。
彗星の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
畢竟つまり売捌うりさばきの方法が疎略そりやくであつたために、勘定かんじやう合つてぜにらずで、毎号まいがう屹々きつ/\印刷費いんさつひはらつて行つたのが、段々だん/\不如意ふによいつて、二号にがうおくれ三がうおくれとおはれる有様ありさま
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「万事万端皆しゃくだ」「大きく出たな。これはかなわぬ」「今の浮世の有様ありさまは、いって見れば蓋をした釜だ。人を窒息させようとする」「おれにははっきり解らないが」
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何か兄の身体の上に三十センチほどの厚さのものがおおっている——としか考えられない有様ありさまでした。
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
石ノ上の奴、まるでもう、何と云うか、それこそものにでもかれてしまったような有様ありさまだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
男瀧をだきはうはうらはらで、いしくだき、つらぬいきほひ堂々だう/\たる有様ありさまぢや、これが二つくだんいはあたつて左右さいうわかれて二すぢとなつてちるのがみて、女瀧めだきこゝろくだ姿すがた
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その有様ありさまが沢山の坊主頭を並べているようだからその名があるのだともいうし、また円内坊えんないぼうとかいう坊さんが二重ますをつかって百姓から米穀をむさぼり取ったがために
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
戦争中国内の有様ありさまさっすれば所在しょざい不平士族ふへいしぞくは日夜、けんして官軍のいきおい、利ならずと見るときは蹶起けっきただちに政府にこうせんとし、すでにその用意ようい着手ちゃくしゅしたるものもあり。
とても今日の有様ありさまではシナ政府がチベット内地に踏み込んで征服するというような事は出来ない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
地元じもとさとはいうまでもなく、三近郷近在きんごうきんざいからもたいへんな人出ひとでで、あのせま海岸かいがん身動みうごきのできぬ有様ありさまじゃ。往来おうらいには掛茶屋かけちゃややら、屋台店やたいみせやらが大分だいぶできてる……。
菊之丞は、この有様ありさまを眺めると、持っていた包を投げ出して、清左衛門を抱き起した。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
もう一人の女大力は、相撲人すもうびと、大井光遠の妹である。光遠は、横ぶとりの力強く足早き角力すもうであった。妹は、形有様ありさま尋常じんじょうで美しい女であった。光遠とは、少し離れた家に住んでいた。
大力物語 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
陵一個のことはしばらくけ、とにかく、今数十矢もあれば一応は囲みを脱出することもできようが、一本の矢もないこの有様ありさまでは、明日の天明には全軍がしてばくを受けるばかり。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
一体いったい夏菊という花は、そう中々なかなかしおれるものでない、それが、ものの二時間もあいだにかかる有様ありさまとなったので、私も何だか一種いやな心持こころもちがして、その日はそれなり何処どこへも出ずすごした
鬼無菊 (新字新仮名) / 北村四海(著)
つまりその頃そのなにがしという日本画の生徒は、場所は麹町番町こうじまちばんちょうの或るいえに下宿していた。自分一人では無くて友達と二人で、同じ部屋に起臥きがを共にしていたというような有様ありさまであったのだ。
白い光と上野の鐘 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
はいよ/\うれしくてたまらず、川面かわづらは水も見えぬまで、端艇ボート其他そのたふねならびて漕開こぎひらき、まは有様ありさま屏風びやうぶに見たる屋島やしまだんうら合戦かつせんにもて勇ましゝ、大尉たいゐ大拍手だいはくしゆ大喝采だいかつさいあひだ
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
かなり広いが、これも長年手をはいらぬと見えて、一面にこけして、草が生えたなりの有様ありさまなのだ、それに座敷の正面のところに、一本古い桜の樹があって、あだか墨染桜すみぞめざくらとでもいいそうな
怪物屋敷 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
香坂皇子かごさかのおうじは、くぬぎの木に上って、その猟の有様ありさまを見ていらっしゃいました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
此の有様ありさま如何どうじゃ、何と怖い事じゃアないか、と云うので、盆の十六日はお閻魔様えんまさまへ参詣致しますると、地獄の画が掛けてあるから、此の画を見て子供はおゝ怖い、悪い事はしまいと思う。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私はそれを讃岐さぬきの国学者、猪熊方主翁の書翰によって知ったのであるが、この人は当時の大阪の市中に、もっぱらその風説を伝えたとっているから、或いは『浮世うきよ有様ありさま』のような書物にも
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
それもこれも最早もはや後の祭りで既に遅い、男はそろそろかないに秋風が吹いて来た、さあ、こうなると、こんなつまらない女房は無いうちへ帰ってもつまらないと、会社からすぐ茶屋へまわるという有様ありさま
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
信号燈から円く落された光の中には恐ろしい有様ありさまが、展開されていた。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
その花や南京玉なんきんだま有様ありさまが手にとるようにじたにみえた。
花をうめる (新字新仮名) / 新美南吉(著)
目もてられない有様ありさまです。
しっぺい太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
れから彼の国の巡回中色々観察見聞したことも多いが、れは後の話にして、ず使節一行の有様ありさまを申さんに、その人員は
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかるに今の若い女がまだ物の味も知らないで五銭のアイスクリームを食べるとぐに恋愛心を起すというような有様ありさまだから実に危険千万さ。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
私はこの家に来てからも実に、私自身の家の有様ありさまを、そっくりそのまま見せつけられているような気がして悲しかった。
廊下でへだてられ、コジ開けた二枚の戸は片寄せてありますが、廊下に立つともう、プーンと血の臭い、うとあかりの下に、惨憺さんたんたる有様ありさまが展開するのです。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
何といふことは無く考へるのが面白い。此の考は、始めふはりと輕く頭に來た。恰で空明透徹くうめいとうてつな大氣の中へあは水蒸氣すいじようきが流れ出したやうな有様ありさまであツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)