暫時しばし)” の例文
『おまへ亞尼アンニーとかつたねえ、なんようかね。』とわたくししづかにふた。老女らうぢよむしのやうなこゑで『賓人まれびとよ。』と暫時しばしわたくしかほながめてつたが
取出してのみ暫時しばし其處に休み居ける中段々夜も更行ふけゆき四邊あたりしんとしける此時手拭てぬぐひに深くおもてをつゝみし男二人伊勢屋のかどたゝずみ内の樣子を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
暫時しばしの沈黙のうちに、男と女の瞳が互いにその奥底の深意を読もうとあせって、はげしく絡みあい、音をたてんばかりにきしんだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
今云った国際問題等に興味をつに至って浦塩うらじおから満洲にり、更に蒙古にろうとして、暫時しばし警務学堂に奉職していた事なんぞがある。
予が半生の懺悔 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
夫婦してひとつコップから好きな酒を飲み合い、暫時しばしも離れぬので、一名鴛鴦おしの称がある。夫婦は農家の出だが、別にたがやす可き田畑もたぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
きびすかへしてツト馳出はせいづればおたかはしつて無言むごん引止ひきとむるおびはし振拂ふりはらへばとりすがりはなせばまとひつきよしさまおはらだちは御尤ごもつともなれども暫時しばし
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
悪々にくにくしい皮肉を聞かされて、グッと行きづまって了い、手をんだまま暫時しばしは頭もあげず、涙をほろほろこぼしていたが
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
母に慈愛のまなざしで諭されたことも有ったろうが、それも勿体ないが雲辺うんぺんとりの影、暫時しばしのほどしか心にはとどまらなかったのであったろう。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お定は暫時しばし恍乎うつとりとして、自分の頬を天鵞絨の襟に擦つて見てゐたが、幽かな微笑ほほゑみを口元に漂はせた儘で、何時しか安らかな眠に入つて了つた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
わが目もいつかこゝにて我より奪はるゝことあらむ、されどそは暫時しばしのみ、その嫉妬ねたみのために動きて犯せる罪すくなければなり 一三三—一三五
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
「何馬鹿だ?」と二郎は嬉しいやら、懐かしいやら、不思議やらで暫時しばし心の狂って、其処そこにあった棒で兄をなぐりました。
迷い路 (新字新仮名) / 小川未明(著)
こらへよ、暫時しばし製作せいさくほねけづり、そゝいで、…苦痛くつうつくなはう、とじやうぬまたいして、瞑目めいもくし、振返ふりかへつて、天守てんしゆそらたか両手りやうてかざしてちかつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
尋常よのつねの犬なりせば、その場に腰をもぬかすべきに。月丸は原来心たけき犬なれば、そのまま虎にくってかかり、おめき叫んで暫時しばしがほどは、力の限りたたかひしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
私は抽斗をあけると黄ろく色の変った紙片がうず高く積みあがっているのを見て、暫時しばしは途方に暮れたが、やがてその中から一枚の紙片をとりあげた。
い天気になりましたなあ。」と、市郎も鸚鵡返おうむがえしに挨拶して、早々にここを行き過ぎた。女は枯柳の下に立って、暫時しばしの後姿を見送っていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
義理と情の二岐ふたみちかけて、瀧口が心はとつおいつ、外には見えぬ胸の嵐に亂脈打ちて、暫時しばし思案に暮れ居しが、やゝありて、兩眼よりはら/\と落涙し
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
おつぎは卯平うへいいたはるにはいく勘次かんじ八釜敷やかましくても一々ことわりをいうてはなかつた。勘次かんじはおつぎが暫時しばしでもなくなると假令たとひ卯平うへいそばるとはつても
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
楊貴妃様から暫時しばしのお暇を頂いた妾は、お二人の行衛を探し出すつもりで、とりあえずこの家に来て見ました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いよ/\発令の時には知らしてれることに約束して、帰宅して日々便りをまって居ると、数日の後に至り、今日発令したと報知が来たから、暫時しばし猶予ゆうよは出来ず
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
とこから起上おきあがって、急いでその戸棚をガラリ開けて見ると、こは如何いかに、内には、油の染潤にじんだ枕が一つあるばかり、これは驚いて、男は暫時しばし茫然としていたが
一つ枕 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
篠田さんお叱りを受けますかは存じませぬが、暫時しばし御身おんみを潜めて下ださることはかなひませぬか、——別段御耻辱と申すことでも御座いませんでせう——犬に真珠を
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
暫時しばし、三人は黙した。ケンチャンが白いものを着て、髪の毛にもくしの歯を見せて、すましかえって熱い珈琲コーヒーをはこんで来た。三人はだまって角砂糖を入れて掻廻かきまわした。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ゆく尿ししの流れは臭くして、しかも尋常の水にあらず、よどみに浮ぶ泡沫うたかたは、かつ消えかつ結びて、暫時しばしとどまる事なし、かの「五月雨さみだれに年中の雨降り尽くし」とんだ通り
一同、とんびに物をさらわれたような気持になって、自身番へ持ち込んだ親爺連の後ろを恨めしげに見送っていること暫時しばし、幸いに大した騒ぎにはならずに散ってしまいました。
たゞ今のごもんは、梟鵄けうし守護章というて、たれも存知の有り難いお経の中の一とこぢゃ。たゞ今から、暫時しばしの間、そのご文の講釈を致す。みなの衆、ようく心を留めて聞かしゃれ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
女王樣ぢよわうさま滿面まんめんしゆをそゝいだやうに眞赤まつかになつておいかりになりました、暫時しばしあひだ野獸やじうごとあいちやんを凝視みつめておでになりましたが、やがて、『あたまばすぞ!ね——』とさけばれました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
見えなくなったその後を芳江は暫時しばし眺めていたがふと寂しそうに首垂うなだれた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『やあ、大高うじか。……こいつは閉口。今、蚊帳かやを外すから、暫時しばしそこで』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうも君の心づかい、うれしく思います。お察しの通り、私は今困っている。弟子の君から、そういう心づかいをされてはさかさま事だが折角のお志ゆえ、では辞退せず暫時しばし拝借することにしよう」
悲しみは眼を閉ぢて、暫時しばしやすらひもせし。
新らしき悲しみにうつる時 (新字旧仮名) / 漢那浪笛(著)
かくてこそ暫時しばしを深く照らしぬれ。
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ず、暫時しばし、——いまはたきつ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
靄の青みに静ごころ君暫時しばし
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
二人は暫時しばしだまつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
暫時しばし休息した。
月世界跋渉記 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
暫時しばし沈黙だんまり
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
本國ほんごく日本につぽん立去たちさつたひと其人そのひといまかる孤島はなれじまうへにて會合くわいごうするとは、意外いぐわいも、意外いぐわいも、わたくし暫時しばし五里霧中ごりむちう彷徨はうくわうしたのである。
開いて見れば不思議にも文字もんじえてたゞの白紙ゆゑ這は如何せし事成かと千太郎は暫時しばしあきはて茫然ばうぜんとして居たりしが我と我が心を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
わたし不運ふうん御座ござりますとて口惜くやしさかなしさ打出うちいだし、おもひもらぬことかたれば兩親ふたおやかほ見合みあはせて、さては其樣そのやうなかかとあきれて暫時しばしいふこともなし。
十三夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
二郎は虫の音に暫時しばしききとれていたが、思わず立上って蔦葛の裡をそっと覗き込んで見たが、姿は見えなかった。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
苦しさに堪えかねて、暫時しばし路傍みちのべうずくまるほどに、夕風肌膚はだえを侵し、地気じき骨にとおりて、心地ここち死ぬべう覚えしかば。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「おしなさん、おとつゝあたよ、確乎しつかりしろよ」と近所きんじよ女房にようばうがいつた。それをいておしな暫時しばししづかにつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
やがて落葉を踏む音して、お杉ばばあ諷然ひょうぜんと帰って来た。男は黙って鳥をかじっていた。二人共に暫時しばしは何のことばをも交さなかったが、お杉の方からしずかに口を切った。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
刀を杖にたじろいだのも暫時しばし、モンドリうってその土に倒れたのは、月輪剣門の一士若松大太郎だった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
されば最初よりかゝる事もやあらむと疑ひ居りし我は、恥かしさ、口措くちをしさ総身にみち/\て暫時しばし、途方に暮れ居たりしが、やがて嫁女奈美殿の前に両手をつかへつ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お定は暫時しばし水を汲むでもなく、水鏡に寫つた我が顏をみつめながら、呆然ぼんやりと昨晩ゆうべの事を思出してゐた。
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
心ゆくばかりに弾じたのであろう心らいに、暫時しばしの余韻をもっていとの上から手はおろされた。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ただ今のごもんは、梟鵄きょうし守護章というて、たれも存知の有りがたいお経の中の一とこじゃ。ただ今から、暫時しばしの間、そのご文の講釈をいたす。みなの衆、ようく心をめて聞かしゃれ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
この時かかる目的の為に外面そといでながら、外面に出て二歩三歩ふたあしみあしあるいて暫時しばし佇立たたずんだ時この寥々りょうりょうとして静粛かつ荘厳なる秋の夜の光景が身の毛もよだつまでに眼にしみこんだことである。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
降積りたる雹を染め候が、赤き霜柱の如く、暫時しばしは消えもやらず有之これあり候よし、貧道など口にいたし候もいかが、相頼まれ申候ことづてのみ、いずれ仏菩薩の思召す処にはこれあるまじく
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)