鼠色ねずみいろ)” の例文
そこには直径一寸以上もある瓦斯ガス管のような太い鉛の管が、穴蔵の天井を伝って、床の近くまで、鼠色ねずみいろの蛇のようにい降りていた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
空にそびえている山々の巓は、この時あざやかな紅に染まる。そしてあちこちにある樅の木立は次第に濃くなる鼠色ねずみいろひたされて行く。
木精 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「おやあ」と上を見ると、いつの間にか空が鼠色ねずみいろの雲でひくくとざされている。そして大粒の雨が、急にはげしくふりだしたのだ。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
鼠色ねずみいろの壁と、不景気なガラス窓とに囲まれた、伽藍がらんのような講堂には、何百人かの罹災民諸君が、雑然として、憔悴しょうすいした顔を並べていた。
水の三日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鼠色ねずみいろの空はどんよりとして、流るる雲もなんにもない。なかなか気が晴々せいせいしないから、一層いっそ海端うみばたへ行って見ようと思って、さて、ぶらぶら。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ヴィクトリヤで用をして、テート画館のはた河沿かわぞいにバタシーまで来ると、今まで鼠色ねずみいろに見えた世界が、突然と四方からばったり暮れた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見ると、二十五、六の鼠色ねずみいろの背広を着た日本人が木陰のベンチから半ば立ち上がって、嘆願するようにわたしを見上げている。
謎の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
発作の時ずたずたに裂いてしまった鼠色ねずみいろの服のうえから、り込みの大きいごわごわのズックの狭窄衣が、ぴっちりと胴体をめつけている。
何品でしたか、鼠色ねずみいろで一面に草花の模様でした。袖口そでぐちだけ残して、桃色の太白たいはく二本で、広く狭く縫目ぬいめを外にしてありました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
あれあれうす鼠色ねずみいろおとこ竜神りゅうじんさんが、おおきなくちけて、二ほんつのてて、くもなかをひどいいきおいけてかれる……。
半ば鮮かな茜色あかねいろを帯びながら、半ばまだ不確かなような鼠色ねずみいろに徐々に侵され出しているのを、うっとりとして眺めていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
借家の格子戸こうしどがガタガタいって容易にかない。切張きりばりをした鼠色ねずみいろの障子にはまだランプの火も見えない。上框あがりがまち真暗まっくらだ。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼は労働者の上衣を着、鼠色ねずみいろの麻のズボンをはき、長いひさしの帽子で顔を隠していた。現在ではもう彼はコゼットのそばで落ち着いて幸福であった。
せなかに大きな桔梗ききょうもんのついた夜具やぐをのっしりと着込きこんで鼠色ねずみいろふくろのようなはかまをどふっとはいておりました。そして大きな青いしま財布さいふを出して
紫紺染について (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
変ることにはやく、形を消すに早い夕雲は間もなく鼠色ねずみいろのひと色にとざされてしまった。だが、まだ筒井は気のせいか庭戸から離れようとしなかった。
津の国人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
継ぎはぎだらけの、洗いざらしためくらじま半纏はんてんに、綿入の股引ももひきをはき、鼠色ねずみいろになった手拭てぬぐいほおかぶりをしている。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
斯くて四里をあゆんで、午後の一時渓声けいせい響く処に鼠色ねずみいろ天幕てんまくが見えた。林君以下きながしのくつろいだ姿で迎える。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
中折帽を眼深まぶかにかむって、鼠色ねずみいろのスプリング・コートのポケットへ、何故か右手を絶えず突込んだままでいる。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
斜めになった陽の光は、河岸のあちこちにそば立つ断崖だんがいのいただきの木立のあたりにためらい、岩壁の濃い鼠色ねずみいろと紫色とをいっそう深くきわだたせていた。
裾廻すそまわしも要れば裏地も要るのであるが、裾廻しには、叔母の持ち合わせの古い鼠色ねずみいろの切れをつけてくれ、袖口そでぐち黒襦子くろじゅすも有り合わせのものを恵んでくれた。
しばらくしてみじかかたむいた。やしろもりつゝんで時雨しぐれくもひがしそらぱいひろがつた。濃厚のうこう鼠色ねずみいろくもすごひとせまつてるやうで、しかもくつきりともりかした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
もしお祖母ばあ様ののであった鼠色ねずみいろのキレにを移すならば、緑色だった空はたちまち暗くなって雨が降って来る。
少年・春 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
小さい前栽せんざいと玄関口の方の庭とを仕切った板塀いたべいの上越しに人の帰るのを見ると、蝙蝠傘こうもりがさかざして新しい麦藁むぎわら帽子をかぶり、薄い鼠色ねずみいろのセルの夏外套なつがいとうを着た後姿が
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ひろい空はすきまもなく、鼠色ねずみいろにかわっていた。厚い雲がのびたと見るまに雨は野面をたたきつけて来た。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
何か仔細しさいの有りそうな、もとは良家の青年らしく、折角せっかく染めた木綿の初袷はつあわせを、色もあろうに鼠色ねずみいろに染めたと、若い身空みそらで仏門に入ったあじきなさをたんじていると
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
片隅かたすみ外套がいとうを脱捨つれば、彼は黒綾くろあやのモオニングのあたらしからぬに、濃納戸地こいなんどじ黒縞くろじま穿袴ズボンゆたかなるを着けて、きよらならぬ護謨ゴムのカラ、カフ、鼠色ねずみいろ紋繻子もんじゆす頸飾えりかざりしたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
お濱さんは居なかつたがおなじ様に鼠色ねずみいろ無地むぢ単衣ひとへを着た盲唖院の唖者をしの男の子が二人、ぬまの岸の熊笹くまさヽが茂つた中にしやがんで、手真似で何か話し乍らうなづき合つて居た。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
たれこめた鼠色ねずみいろの雲の堆積から、さながら、にじみ出るかのように、濃い、乳色の気体きたいが立ちならんだ人家の上を、通りの中を、徐々に、流れはじめたのでございました。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
とざしてある汽車の窓から外を見れば、空は鼠色ねずみいろで、細かい雨が降っている。立ちめている霧の中を見込むと、時々おかや村が近い所に見える。電信柱が背後うしろへ走ってく。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
正面しやうめん本院ほんゐんむかひ、後方こうはう茫廣ひろ/″\とした野良のらのぞんで、くぎてた鼠色ねずみいろへい取繞とりまはされてゐる。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
人品骨格満更まんざらの乞食とも思えませんが、お釜帽の穴のあいたのを目深まぶかに、念入のボロを引っかけて、片足は鼠色ねずみいろになった繃帯ほうたいで包み、本当の片輪かどうかはわかりませんが
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
くろものばかりのなかでは、鼠色ねずみいろしろえまするもので。‥‥』と、玄竹げんちく得意氣とくいげつた。
死刑 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
画き表装のもの少なからず、またしばしば鼠色ねずみいろの紙表装をほどこし、黒く塗った細い竹軸を用いた。すべてが貧しい安ものであったのを左証する。だが運命は不可思議に廻る。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それらの土器どきかたは、まへまをした彌生式土器やよひしきどきたところのあかいろやはらかい素燒すやきのものもありますが、たいていは鼠色ねずみいろをした、ごくかた陶器とうきとでもいへるものであつて
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
ひさしふかさがおいかぶさって、あめけむったいえなかは、くらのように手許てもとくらく、まだようや石町こくちょうの八つのかねいたばかりだというのに、あたりは行燈あんどんがほしいくらい、鼠色ねずみいろにぼけていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
時刻はひる少し過ぎたるころなり。窓の外には鼠色ねずみいろたいらなる屋根、高き春の空、しずかに揺ぐ針葉樹の頂を臨む。○画家ゲオルク・ミルネル。丈余り高からず。二十四歳ばかり。ブロンドなり。
鼠色ねずみいろの瓦屋根も、黄土色の壁も、トンネルの紅色の煉瓦も、いぶされまたさらされて、すっかり原色を失い、これを舌の風味にしたなら裸麦で作った黒パンの感じだと鼈四郎はいつも思う。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
卷上れば天一坊はあつたけからざる容體ようだいに着座す其出立には鼠色ねずみいろ琥珀こはく小袖こそでの上に顯紋紗けんもんしや十徳じつとくを着法眼袴はふげんはかま穿はきたり後の方には黒七子くろなゝこの小袖に同じ羽織茶宇ちやうはかま穿はき紫縮緬むらさきちりめん服紗ふくさにて小脇差こわきざし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
晩秋の樺太のうつりやすい天候は、もう空一面を鼠色ねずみいろの雲で蔽っていた。
ツンドラへの旅 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
この人物は何者であろう? 誰かが懐中ふところをのぞいたならば、すこしふくらんだふところの中に鼠色ねずみいろをした捕縄ほじょうと白磨き朱総しゅぶさの十手とが、ちゃんと隠されてあることに、きっと感づいたに相違ない。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
正面は堂々たる床の間だが、屏風びょうぶが立てられているので、なかば以上かくされている。屏風はひどく古い鼠色ねずみいろになった銀屏風。しかし、破れてはいない。上手かみては障子。その障子の外は、廊下の気持。
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
因つて首は終に焼かぬ事にきめて今に鼠色ねずみいろなり。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
周囲まはりから暗く、鼠色ねずみいろし寄せる。
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わたしはあの鼠色ねずみいろの雲だ
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
鼠色ねずみいろそらはどんよりとして、ながるゝくもなんにもない。なか/\晴々せい/\しないから、一層いつそ海端うみばたつてようとおもつて、さて、ぶら/\。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ただ一つ、丁度静子の居間の上の、梁から天井をつるしたささえ木の根元の、一寸目につかぬ場所に、小さな鼠色ねずみいろの丸いものが落ちていた。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこは鼠色ねずみいろの土ほこりの立つ、妙にすえくさいさびた鉄粉てっぷんのにおう場所で、まだ、ところどころに、まっ黒な水のよどんだ沼地があった。
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
戸があくとすぐに、衣の上に鼠色ねずみいろ木綿合羽もめんかつぱをはおつた僧侶が二人つと這入はひつて、低い声に力を入れて、早くその戸をめろと指図した。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
信輔は鼠色ねずみいろの校舎の中に、——丈の高いポプラアのそよぎの中にこう言う囚徒の経験する精神的苦痛を経験した。のみならず——
長屋門ながやもん這入はいると鼠色ねずみいろ騾馬らばが木の株につないである。余はこの騾馬を見るや否や、三国志さんごくしを思い出した。何だか玄徳げんとくの乗った馬に似ている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)