かげ)” の例文
茫然ぼんやりしてると、木精こだまさらふぜ、昼間ひるまだつて用捨ようしやはねえよ。)とあざけるがごとてたが、やがいはかげはいつてたかところくさかくれた。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
その時こうのにわとこのかげからりすが五ひきちょろちょろ出てまいりました。そしてホモイの前にぴょこぴょこ頭を下げてもうしました。
貝の火 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
そこでわたしは、あの人と一緒に、あの庭の暗がりへ、木立のそよぐもとへ、噴水のさわさわ鳴るかげへ、姿を消してしまうの……とね
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
手拭てぬげかぶつてこつちいてる姐樣あねさまことせててえもんだな」ふさがつたかげから瞽女ごぜ一人ひとり揶揄からかつていつたものがある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
王宙は伯父のへやを出て庭におり、自個じぶんの住居へ帰るつもりで植込うえこみ竹群たけむらかげを歩いていた。夕月がさして竹の葉がかすかな風に動いていた。
倩娘 (新字新仮名) / 陳玄祐(著)
女を慕いそれをうたう時はこういう隙間やかげからうたうものらしいと、私の盗みはそこから眼をさましかけ、それにつとめたものである。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
話しする声さえ、今はその音が低く、民は日光をいとって暗いかげに集るようである。如何なる勢いが貴方がたをかくはさせたのであるか。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
二つのランプの光は赤くかすかに、かげは暗くあまねくこのすすけた土間をこめて、荒くれ男のあから顔だけが右に左に動いている。
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
康頼 草のかげほらのすみを捜しても、あの清盛が見つけ出さずにはおきますまい。そうなったら今度はとても生かしてはおきますまい。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
保元、平治の乱と、うち続いた天下の乱れが漸く治ったのも、実は重盛のかげの力が物をいったからだ。わしの働きなど問題にはならぬ。
わが身の上の物語を己が身の上の事と知る、彼も尼なりき、また同じさまにてそのかうべより聖なる首帕かしらぎぬかげを奪はる 一一二—一一四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
惣兵衛ちやんは、土蔵のかげに置かれた縁台の上で、矢を削つてゐた。かたはらには、生木の枝をまげて作つた下手な弓がおいてあつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
馬上、金瓢きんぴょうの下、かぶとのびさしに、かげって見える秀吉の眉にも、こんどは少し、むずかしい顔つきが見られた。年齢とし、このとき四十二。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おほきなそろへて、ふすまかげからはひつて宗助そうすけはういたが、二人ふたり眼元めもとにも口元くちもとにも、いまわらつたばかりかげが、まだゆたかにのこつてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一間ひとまこもったまま足腰のきかなかったおばあさんが、ふとかげをかくして、行方知れずになったということがあるというのです。
糸繰沼 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
でもみずの中に少女おとめたちがどうするか、様子ようす見届みとどけて行きたいとおもって、羽衣はごろもをそっとかかえたまま、木のかげにかくれてていました。
白い鳥 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
うわべはおとなしく素直に受け合って置きながら、かげへ廻って執念ぶかく他にたたろうという彼は、まるで蛇のような奴である。
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
どこまでも留守をあずかる人のようにこしらえて、かげになり、ひなたになって、姉を助けて志を成さしめていただきたい、それを御承知ならば
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しょうちゃんは、そとあそびにゆきました。それから、だいぶ時間じかんがたちました。そのうちに、かげって、かぜさむくなりました。
ねことおしるこ (新字新仮名) / 小川未明(著)
「いや、君はときどき面白いことをいうね。いま君に笑わせてもらったおかげで、おじさんはたいへん気がおちついてきたよ」
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「何、安田やすだ炭鉱たんこうへかゝってたんですがね。エ、二里ばかり、あ、あの山のかげになってます。エ、最早しちゃったんです」
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
その日の夕方、日のかげる頃を見計って朝太郎の吉松殿は、牡丹ぼたんに丸の定紋じょうもんのついた、立派な駕籠かごに乗せられて、城下の方へつれて行かれました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
少女は実際部屋の窓に、緑色の鸚鵡おうむを飼いながら、これも去年の秋まくかげから、そっと隙見すきみをした王生の姿を、絶えず夢に見ていたそうである。
奇遇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
この大勢の人達は人を食おうと思ってかげになりひなたになり、小盾になるべき方法を考えて、なかなか手取早く片附けてしまわない、本当にお笑草わらいぐさだ。
狂人日記 (新字新仮名) / 魯迅(著)
ああら有難ありがたし、これも腹式呼吸のおかげ、強健術実行の賜物たまものぞと、勇気日頃に百倍し、半身裸体に雨を浴びてぞ突進する。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
いづれ、さういふことを幼い者にやらせて、かげで指揮してゐるものがあるに相違ないが、私はその指揮者の男を打なぐつてやりたいと思ふほどだつた。
脱却の工夫 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
気がついて見ると、いつの間にか日がかげって、私達がそれまですっかり話に気をとられて腰かけたままでいたヴェランダの上は、何か急に寒々さむざむとして来た。
朴の咲く頃 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
かげひなたに正木先生と連絡を取って、御自分の地位と名誉を投げ出す覚悟で声援をしておられた形跡があります。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ひかるが叔母さんの前ですることがかげなら、かあさんの前ですることもやはりかげで、そんなにいヽと思ふこともして居ないと私はおつやさんに云ひたかつたのですが
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
千人にもあまる乱破の結束が大炊介をかげの大将にし、当人の好むと好まぬにかかわらず、日毎、実誼じつぎ合力ごうりきをしていると知ったら、心の慢った蘆屋道益でも
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
これは渋川のもく八と云う奴で、元より峰松と馴合って居りますからはずしたので、車を林のかげに置き、先へ廻って忍んで居りましたがゴソ/″\と籔蔭やぶかげから出て
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
芝生しばふはしさがっている崖の上の広壮な邸園ていえん一端いったんにロマネスクの半円祠堂しどうがあって、一本一本の円柱は六月のを受けてあざやかに紫薔薇色ばらいろかげをくっきりつけ
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
いやすべては互いに裏となり表となり、かげとなり、ひなたとなって生かし、生かされつつある貴い存在ものなのです。まことに、「つまらぬというは小さき智慧袋」です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
寝室の口に立った修験者は耳をそばだてました。几帳のかげの話は、生暖かな夜の空気に融け込んでなまめかしく聞えました。修験者は狂人きちがいのようになってけ込みました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それと同じく役所や会社に勤務する者が上官や重役と異なる独特の意見を有するなら、かげでかれこれ言わずに第一着に社長なり長官なりに意見を陳述ちんじゅつすべきである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
自分の一度でも口をきいた人達は皆幸福であって欲しいと自分の身の幸福なおかげで千世子はいつまでもそう思って居るのがてんからぶちこわされて仕舞った様な気がした。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
 まぶしとは猟師りょうしが木の枝などを地に刺し、そのかげに隠れて鉄砲を放つものなりとぞ。一のまぶしとはまぶしいくつもあるうちに第一に射撃すべき処をいふにやあらん。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
カゲ(山のかげの意)と呼んで、多少、あはれんでゐる傾向が無いわけでもないやうに思はれる。
津軽 (新字旧仮名) / 太宰治(著)
長吉ちやうきちは帽子を取つて軽く礼をしたがのまゝ、けるやうに早足はやあしもと来た押上おしあげはうへ歩いて行つた。同時に蘿月らげつ姿すがたは雑草の若芽わかめおほはれた川むかうの土手どてかげにかくれた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
多数の漂着物は永い年代にわたって、誰ひとりかえりみる者もなく、空しく磯山いそやまかげち去った。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
だが何人も集まらなかった、いつものこととて生徒等はこそこそと木立ちのかげにかくれた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
かげまわりて機械からくりいとひききしは藤本ふぢもと仕業しわざきはまりぬ、よしきううへにせよ、もの出來できるにせよ、龍華寺りうげじさまの若旦那わかだんなにせよ、大黒屋だいこくや美登利みどりかみまいのお世話せわにもあづからぬもの
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そのなかわたしがはひつてくと、陳列棚ちんれつだなかげほう一人ひとり少年しようねんがゐて、手帳てちようしていつしょう懸命けんめいたものについて筆記ひつきしてゐました。わたしはこの少年しようねん熱心ねつしんさに感心かんしんしたので
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
再び手出しもならざらんやう、かげながら卑怯者ひきようものの息の根をめんと、気もくるはしく力をつくせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そういう大きい椎のある家であれば、自然そのかげになっている家は鬱陶しいに相違ない。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
フトダマの命がこれをささげ持ち、アメノコヤネの命が莊重そうちよう祝詞のりととなえ、アメノタヂカラヲの神が岩戸いわとかげに隱れて立つており、アメノウズメの命が天のカグ山の日影蔓ひかげかずら手襁たすき
蒼白あおじろまぶたかげには、いろいろな場面がひろげられた。六十幾年間の自分自身の苦闘の姿であった。そこには、寝小便ばかりではない。食事最中にまで、自分のふところうんこをした伜や孫がいた。
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
いやにひやつく繖形花さんけいくわ、わたしはおまへのかげに寢て、自殺者じさつしやの聲で眼が醒めた。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
うしろで老人達も泣いているようだ。急に、雨雲のかげが湖の上をみるみる暗く染めて行くように、あおい大きなかげが自分の上にかぶさって来る。目のくらむような下降感に思わず眼を閉じる。————
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
同じ航海が往きと還りとでは、千種にとつて、かげ日向ひなたとの違ひであつた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)