かさな)” の例文
濃いもやが、かさなり重り、汽車ともろともにかけりながら、その百鬼夜行ひゃくきやこうの、ふわふわと明けゆく空に、消際きえぎわらしい顔で、硝子がらす窓をのぞいて
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
圓く太い妙な書體で料理屋待合などの屋號を書いた番傘とかさなり合つて、風にゆられながら過ぎ行く景色を、好んで眺めた事がある。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
その文庫の中から、伊東も自分の証書を盗ったのですが文庫には山村の指紋があり、それにかさなって、伊東の指紋も検出されました
(新字新仮名) / 楠田匡介(著)
かどのパレエの大時鐘おほどけい、七時を打つた——みやこの上に、金無垢きんむく湖水こすゐと見える西のそら、雲かさなつてどことなく、らいのけしきの東の空。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
丁度ちょうどその時、時計は午後十時のところに針がかさなったので、三人はそのまま黙々もくもくと立って、測定装置の前に、並んだのだった。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かくて中門を入り錦川橋を渡れば、前には壮大な勤政殿が聳え、背後には康寧殿や慶会楼の瓦が波うつ如くかさなっている。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
老夫は鞭をうさぎうまに加へて、おのれもひたと引き添ひつゝ、暗きみちせ出せり。われは猶媼の一たび手もてさしまねくを見しが、その姿忽ちかさなる梢に隱れぬ。
登は女のあとから往ってその縁側へ出、障子を開け放してある室へ往った。庭のさきは青あおとした木の枝がかさなっていて、それに夕陽が明るくしていた。
雑木林の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
と、蝋燭ろふそくの火をげて身をかゞめた途端とたんに、根太板ねだいたの上の或物は一匹いつぴきの白いへびに成つて、するするとかさなつたたヽみえてえ去つた。刹那せつな、貢さんは
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
浪は相不変、活動写真の舞踏ダンス歩調あしどりで、かさなり重り沖から寄せて来ては、雪の舌を銀の歯車の様にグルグルと捲いて、ザザーツと怒鳴り散らして颯と退く。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかるに澤の井は其後漸くつきかさなり今はつゝむに包まれず或時あるとき母に向ひはづかしながら徳太郎ぎみ御胤おんたね宿やどしまゐらせ御内意ごないい
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
定規じょうぎで予定通りに新しく造り上げた処にあるものでなく、幾代も幾代もの人間の心と力と必要とが重なりかさなって
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
三週間もたたないうちにその原稿は積もり積って三四百枚にもなっていた。うずたかいそのかさなりを眺めてみずから驚嘆した。む事なくなお熱心に続けて行った。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
もっとも、個々の現象は複雑無限であって、その機巧きこうは到底わからないが、そういう現象が非常にたくさんかさなり合って、全体として一つの現象を示すことがある。
中堂金内のほまれの矢の根、八重の家にはその名の如く春がかさなったという、この段、信ずる力の勝利を説く。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
底へゆくほど流れがかさなりかかっていること、わけても大桑の淵にはそれが著しかったこと、その日はますを料亭から受け合って捕りに這入ったことなどを思い出した。
(新字新仮名) / 室生犀星(著)
もう下の方を見まわしても、かさなった山やとおい野が少し見えるきりで、初めのようなうつくしい景色けしきにはいりませんでした。薄黒うすぐろくもがすぐ前をんで行きました。
強い賢い王様の話 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
余はお一語をも発し得ずだ「あ、あ、あれ、あれ」とどもりつゝくだん死体しがいに指さすのみ、目科は幾分か余の意をさとりしにや直様すぐさま死体しがいかさなり掛り其両手を検め見て
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
屹度きつと調戯からかふつもりに相違ない。かう思つて静かに樹の影の中に入ると、影と影のかさなり合つた中に、更に濃い影があつてそれが動いてゐる。急に、微かに笑ふ声がした。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
が、死骸の重なりかさなつた池の前に立つて見ると、「酸鼻さんび」と云ふ言葉も感覚的に決して誇張でないことを発見した。殊に彼を動かしたのは十二三歳の子供の死骸だつた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「偶然ではないよ。そんなに偶然が幾つもかさなるということはないよ」庄太郎は勝ちほこって云った「ず灰神楽だ。灰の中のボールだ。それから君達の打ったたまが塀を ...
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
往時英国の潜航艇に同様不幸の事のあつた時、艇員は争つて死を免かれんとするの一念から、一所にかたまつて水明みづあかりの洩れる窓の下に折りかさなつたまゝ死んでゐたといふ。
文芸とヒロイツク (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
正午しやうごまた夜半やはん十二もととし、このときには短針たんしん長針ちやうしんたゞしくかさなあふて十二ところす。
改暦弁 (旧字旧仮名) / 福沢諭吉(著)
その年月ねんげつがどうしてわかるかといへば、ゑつけた記録きろくによるほかには、よこつて、生地きじてゐるまるいくつもかさなつてゐるそのきめすうかぞへてみるとわかるのです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
長椅子ながいすうへよこになつたり、さうしてくひしばつてゐるのであるが、れが段々だん/\度重たびかさなればかさなほどたまらなく、つひには咽喉のどあたりまでがむづ/\してるやうなかんじがしてた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
または山の裾が幾重もかさなって屈曲して入込んでいるのをいうのか、いずれとも決しかねる。
峠に関する二、三の考察 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あいひわ朽葉くちばなどかさなりあってしまになった縁をみれば女の子のしめる博多はかたの帯を思いだす。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
新吉の居場処いばしょも聞いたがうっかり逢う訳に参りません、段々だん/\日数ひかずかさなると娘はくよ/\ふさぎ始めました。すると或夜日暮から降出した雨に、少し風が荒く降っかけましたが、門口かどぐちから
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかし、もうここまで来ると、舞台が狭くなって、始め房枝を殺した犯人を捜すつもりの推理が、澄子の奇怪な殺害事件とかさなり合って来て、まるで変テコなものになってしまうのだった。
銀座幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
かうした事がかさなり/\して平安朝末に既に至尊風の歌風は、特殊性を失ひかけて居た。至尊族伝来の寛けくて憑しい歌風は、鈍くて暗くなつて居た。でも至尊風の歌は、隔世的に現れた。
本糸目というと、即ち骨のかさなった所及び角々かどかど全部へ糸目をつけたものである。
凧の話 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
かさなり畳まる山嶽と遥か彼方に展開する国土と清く澄んでいる空気と、そういう空間的関係が如是にょぜの感情を起させる、その一種のあやしさこそ東洋山水画の動因ともなっているのであろうか。
リギ山上の一夜 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
山の襟が折りかさなっているので、谷がまだ幾筋も出ていると知り、奥山の隈がぼーっと青くなっているので、日が未だ高いのであると思っている、そうして前の山も後の山も、森林のために
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
同棲時代からの宿痾しゅくあにわかかさなって、去年の春ついに大杉の跡を追って易簀えきさくした。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
と一声、弾丸のように走って、いま正に石の階段をなかばまで駈下りた給仕ボーイの背中へ、だっとばかり跳躍した。思切った奇襲である。もんどり打って二人は、かさなり合ったまま地下室へ転げ落ちる。
亡霊ホテル (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今年は極めて威勢が好い。たちまちのうちに若葉がかさなって幹の大半を隠してしまう。花つきの悪いのはそのためであろう。それでも若葉の底の方の、思いもかけぬところから真紅しんくの花のつぼみのぞく。
高山たかやまの雪ふかつもりてこほりたる上へなほ雪ふかくかさなり、時の気運きうんによりていまだこほらで沫々あわ/\しきが、山のいたゞきの大木につもりたる雪、風などの為に一塊ひとかたまえだよりおちしが山のそびえしたがひてまろくだ
この屏風形べうぶがたいわは、遠方えんぽうからると、たゞ一枚いちまい孤立こりつしてるやうだが、いまそのうへのぼつてると、三方さんぽう四方しほうおなかたちいわがいくつもかさなつて、丁度ちやうど羅馬ローマ古代こだい大殿堂テンプル屋根やねのやうなかたちをなし
北の方の空は青くすんでいる。遠くに連っている町の頭が犇々ひしひしかさなって固っている。ぎらぎらとするのは瓦家根かわらやねが多いからであろう。翻々ひらひらと赤い旗も見える。長い竿の先に白い旗のひるがえるのも見える。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
疲労ひろうと不眠と空腹とがかさなった上に、又もやの難所を二時間余も彷徨さまよったのであるから、身体からだの疲れと気疲れとて、彼は少しく眼がくらんで来た。脳に貧血をきたしたらしい。ここで倒れては大変だ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その後一八九五年の九月二十八日に病がかさなってこの偉大な碩学せきがくはついにこの世を去りました。フランスでは彼を尊重して、ノートルダムの聖堂で国葬を行ってこの上もない哀惜の念を表したのでした。
ルイ・パストゥール (新字新仮名) / 石原純(著)
疑惑は疑惑にかさなりぬ。私語はいよいよかしましくなりぬ。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
深き青みのかさなりにまじらひけぶる
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
峨々がゞとしていはかさなれば
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
と大空の雲、かさなる山、続くいただきそびゆる峰を見るにつけて、すさまじき大濤おおなみの雪の風情を思いながら、旅の心も身にみて通過ぎました。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
兇器を刺しとおしたため出来た傷口のほかに、それと丁度ちょうどあいかさなって、兇器によるとは思われない皮膚と筋肉との損壊そんかい状態を発見したことにある。
電気看板の神経 (新字新仮名) / 海野十三(著)
編む場合は皮が二重になるが、鏝貼りは小口だけがかさなってゆき、同じ貼りでも奥行が出てくる。こういう仕事も将来もっと取り入れてよくはないか。
樺細工の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かさなり合つた薄暗い木立の間には、其處までも烈しく射込さしこむ日の光が、風の來るび動搖する影と光との何とも云へぬ美しい網目の模樣を作つて居る。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
船は樺太からふとからの引揚民ひきあげみんで一杯であった。人々は折りかさなってつめたい甲板上にねていた。それからそれにも増して混んでいる東北線で一昼夜つぶされて、やっと東京へ着いた。
流言蜚語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
「うむ、何しろ長い間の衰弱がかさなってるもんだから。」と啓介は弁解するような調子で答えた。
二つの途 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)