あやう)” の例文
ただ一呑ひとのみ屏風倒びょうぶだおしくずれんずるすさまじさに、剛気ごうき船子ふなこ啊呀あなやと驚き、かいなの力を失うひまに、へさきはくるりと波にひかれて、船はあやうかたぶきぬ。
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
細身ほそみ造りの大小、羽織はかまの盛装に、意気な何時いつもの着流しよりもぐっとせいの高く見える痩立やせだち身体からだあやういまでに前の方にかがまっていた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
もし此辺このへんにてこの禁をおかせば、必ず波風大きに起りてあやうきことあり。三味線はねこの皮にて張りたるものなれば、鼠のむ故なりとぞ云々
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
実にうつゝのような心持で参りましたのでございましたが、貴方さまのお助けで、思い掛けなくあやうい処をのがれまして、誠に有難う存じまする
文士は自己の建築したものの下に、坑道を穿うがって、基礎をあやうくしていると云ってもい。蒲団や煤烟には、無論事実問題も伴っていた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
あやうく四馬剣尺の魔手ましゅからのがれた、春木、牛丸の二少年は、つぎの日、山をくだると、そこで後日ごじつを約して戸倉老人とわかれた。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
馬車の中でも、もう皆くたびれていると見えて、誰も口をつぐんでいた。ただ馬車が、あやうい道を揺り上げ、揺り上げ駆けていた。
月見草 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
丁度硫黄島いおうじまあやうしと国内騒然たる時のこととて、日本では卵が立つか立たないかどころの騒ぎでなかったことはもちろんである。
立春の卵 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
同役の一人が阿古十郎の前で、なにげなく自分の顎を掻いたばかりに、抜打ちに斬りかけられ、あやうく命をおとすところだった。
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
庸兵をはなって之を追い、殺傷甚だ多し。このえきや、燕王数々しばしばあやうし、諸将帝のみことのりを奉ずるを以て、じんを加えず。燕王も亦これを知る。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
右等みぎらの事件に至りては、他国の内政に与聞せざる善政の度外どがいおくべきものなり。ゆえにこの種の事をはかるはその実はなはあやうしとす。〈同五百廿葉〉
やがて手桶の尻をどっさと泥の底にえてしまった。あやうく倒れるところを手桶のかかって向うを見ると、叔父さんは一間ばかり前にいた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
悲しくつらく玉の緒も断えんばかりにあやうかりし悲惨を免れてわずかに安全の地に、なつかしい人に出逢でおうた心持ちであろう。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
蝙蝠かわほりのような怪しい鳥が飛んで来て、蝋燭の火をあやうく消そうとしたのを、重太郎は矢庭やにわ引握ひっつかんで足下あしもとの岩に叩き付けた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すなすべりのたにじつたにばるゝごとく、吾等われら最早もはや一寸いつすんうごことあたはず、くわふるに、猛獸まうじう襲撃しふげき益々ます/\はなはだしく、この鐵檻車てつおりのくるまをもあやうくせんとす。
細君はあやうく瓦斯のために窒息しかかったのですが、大事に至らないうちに眼を覚まして、夜中に大騒ぎになったのです。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
治良右衛門は、あやうく身をかわして、そこに下っている軽気球の繩梯子に飛びついた。そして、素早く上へ駈上りながら
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
正助爺さんはこの門を通つて、お城の中へ参りましたが、その美しいのに恍惚うつとりとして、あやうく竜の駒から落ちようとしたことが幾度あつたか知れません。
竜宮の犬 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
この句は此の如く理想を含みたる句の上にては上乗じょうじょうとすべき名句なれども、初学者のこの種の句を学ぶは最もあやうし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
官軍の事をも感服しない、戦争するなら銘々めいめい勝手にしろと、裏も表もなくその趣意しゅいで貫いて居たから、私の身も塾もあやうい所を無難ぶなんに過したことゝ思う。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「それには入院おさせになった方が便利ではないかと思うんです」自分は多加志の容体ようだいはSさんの云っているよりも、ずっとあやういのではないかと思った。
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
赤間あかまの関で役人にとらえられすでにあやうきところをのがれ、船頭せんどうをだましてようやくこの島に着くことができました。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
花もも取る者はついにみきも根も取り尽し、その結果は社会の進歩も安寧あんねいあやうくするものであろうと思う。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
道のまんなかに荒れ馬がつながれていると別の道をまわって君子あやうきに近よらず、これが武芸の奥義だという、悟道に達して、何々教の教祖の如きものとなる。
娘の手を取って、石垣伝いにあやうい道を降ろし、懐中電灯を片手に、小腰をかがめて二人は穴の中へ入りました。
古城の真昼 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
れいかつたのを今回こんくわい見出みだしたのだ。俵形ひやうけい土器どきから植物しよくぶつさがしたのは、じつである。あやう人夫にんぷてやうとしたのを、引取ひきとつて調しらべたからである。
吟味中ぎんみちゅう入牢じゅろう仰付おおせつくといい渡された時には歌麿は余りのことに、あやう白洲しらす卒倒そっとうしようとしたくらいだった。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
事を好んであやうきに近寄るのは、人の難儀を見て見のがせなかったためか、ただしは多くの人の見る前で腕を現わしてみたいのか、いくら兵馬が年が若いからとて
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私はあやうく声を立てるところであった。最前の手紙の中の文句に……私の生命いのちあぶない……今一人の相棒の生命いのちも駄目になる……とあったのを思い出したからである。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
名所圖繪をひもときても、其頃はみち嶮に、けいあやうく、少しく意を用ゐざれば、千じん深谷しんこくつるの憂ありしものゝ如くなるを、わづかに百餘年を隔てたる今日こんにち棧橋かけはしあとなく
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
オホホホと笑いをこぼしながら、お勢は狼狽あわてて駈出して来てあやうく文三に衝当ろうとして立止ッた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
そして今毛一本程のあやうさで、首をつないでいるにしても、自分は「日雇」でない、だから、そんなワケの分らないことに引きずり込まれたらことだと思っているらしかった。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
しかしとにかく一身のあやうきを忘れて一国の紊乱びんらんを正そうとした事の中には、智不智を超えた立派なものが在るのではなかろうか。空しく命を捐つなどと言い切れないものが。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その大きい切窓から、向うの峰、下の谷が眺められて、いい景色であったが、仁十郎が、疲労によろめいて、どかりと腰を降ろすと、座敷中がゆらめいたくらいにあやうくもあった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
今度こんどは一つ夫婦めおとのいさかいから、あやう入水にゅうすいしようとしたおんなのおはなしいたしましょうか……。
百右衛門たまらず仰向けに倒れたが、一向に死なず、へびごとく身をくねらせて手裏剣しゅりけんを鋭く八重に投げつけ、八重はひょいと身をかがめてあやうく避けたが、そのあまりの執念深さに
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
流石さすがの目科も持余もてあまして見えたるが此時彼方なる寝台の下にていぬこわらしくうなるを聞く、是なんかねて聞きたる藻西太郎の飼犬かいいぬプラトとやら云えるにして今しも女主人が身をあやうしと見
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
そのとき忍熊王おしくまのみこ伊佐比宿禰いさひのすくねとは、あやうく船に飛び乗って、湖水の中へにげ出しました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
どこへでも二人が並んで顔を出すと、人が皆ささやき合う。男はしっかりしてあやうげがなく、気力があふれて人をしのいで行く。女はすらりとして、内々ないない少し太り掛けていると云う風の体附きである。
彼は思わず今までのあやうかったことを忘れて、微笑みを洩らしました。それは洋傘をてした形が、熊には何と見えたろうと考えたからです。ほんとに熊にはどんな怪物に見えましたろう。
(新字新仮名) / 久米正雄(著)
しな天秤てんびんなゝめよこけて、みぎまへ手桶てをけひだりうしろ手桶てをけけて注意ちういしつゝおりた。それでもほとんど手桶てをけぱいさう蒟蒻こんにやく重量おもみすこしふらつくあしあやうたもたしめた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彼が改革の峻急しゅんきゅう酷烈こくれつなりしも、またべならずや。彼は封建社会の解体の、滔々とうとうとしてむべからざるを見たり、彼は社会の中心点の欹傾いけいするを見たり、彼は徳川幕府の命数のあやうきを見たり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
同じく大刀根岳よりはつするものたり、数間ことかなら瀑布ばくふあり、而して両岸をかへりみれば一面の岩壁屏風びやうぶの如くなるを以て如何なるあやうき瀑布といへども之をぐるのほかみちなきなり、其危険きけん云ふべからず
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
復一はようやくそこの腐葉土ふようどのぬかるみで、あやうく踏み止まった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と言へり。あやうかりしことかな。
東京市騒擾中の釣 (新字旧仮名) / 石井研堂(著)
「君子あやうきに近寄らずじゃ」
日置流系図 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「夫が、夫が、早乙女のお殿様へ早うお伝えせいと申しましたゆえ、おすがりに参ったのでござります。今、只今、宿の表で捕り方に囲まれ、その身もあやういのでござります。お助け下さりませ。お願いでござります! お願いでござります!」
たむあやう刹那せつな
しやうりの歌 (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
蚊帳をうかがうこの姿が透いたら、気絶しないでは済むまいと、思わずよろよろと退すさって、ひっくるまるもすそあやうく、はらりとさばいて廊下へ出た。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
伊「師匠お礼を云いなよ、何方どちらのお方か存じませんがあやういところをお助け下さり、誠に有難う存じまする、師匠お礼を云いなよ」