にしき)” の例文
れ絹の風に開く中から見える女衣装は花のにしきを松原に張ったようであったが、男の人たちの位階によって変わった色の正装をして
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
帰省者も故郷へにしきではない。よってくだんの古外套で、映画の台本や、仕入ものの大衆向で、どうにか世渡りをしているのであるから。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
故郷へにしきを着るというほどでもないが、まあ教師になって這入った。そうして初めて教えたのが、今いう安倍能成君らであります。
模倣と独立 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
からには、蜀江しよくかうとて、にしきを洗ふ所と、詩歌にも作るところあり。日本ひのもとのすのまたなどのやうに広く、いかめしう人も通はぬ大川たいせんなり。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
召返し寶田村名主役仰付られければこゝに於て傳吉は寶田村たからだむらの名主になりむかしに歸る古卿のにしき家を求て造作なし夫婦の中もむつましく樂き光陰を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
左右のがけから紅に黄に染みたもみじが枝をさしのべ落葉を散らして、頭上はにしき、足も錦を踏んで行く。一丁も上って唐風からふうの小門に来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
築地ついじへいだけを白穂色しらほいろにうかべる橘のやかたに、彼女を呼ばう二人の男の声によって、夕雲はにしきのボロのようにさんらんとして沈んで行った。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
春がくればにしきをかざる牧原、秋がくればたわわにみのる果樹園かじゅえん。このようにめぐまれた土地は、世界のどこにもないと思います。
ジェンナー伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
大和やまとくにのある山寺やまでら賓頭廬樣びんずるさままへいてあるいしはち眞黒まつくろすゝけたのを、もったいらしくにしきふくろれてひめのもとにさししました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
落葉おちばし尽した木立こだちの間から石と泥とを混ぜた家家いへいへ白茶しらちやけた壁に真赤まつか蔦紅葉つたもみぢつて居るのはつゞれにしきとでも月並ながら云ひたい景色であつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
公主はあかにしきで顔をくるんでしっとりと歩いて来た。二人は毛氈もうせんの上へあがって、たがいに拝しあって結婚の式をあげた。
蓮花公主 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
それでもおまへさゝづるにしきまもぶくろといふやうな證據しようこいのかえ、なに手懸てがゝりはりさうなものだねとおきやうふをして
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
時の将軍様のもちいたにしきのきれはじであり、腰にさげている猩々緋しょうじょうひ巾着きんちゃくは、おなじく将軍火事頭巾ずきんの残りれだという。
手回しのいいこの和尚はすでに旅の守り袋を用意したと言って、青地のにしき切地きれじで造ったものをそこへ取り出して見せた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
やがて、主人は手文庫の中から、疊紙たゝうに包んだにしきの袋を出し、その中を探つて、薄黒い梅干ほどの丸藥を取出しました。
翻訳はよくいったところでただ『にしきの裏』を見せるに過ぎないもの、色彩意匠の精妙は到底伝えられないものである。
茶の本:02 訳者のことば (新字新仮名) / 村岡博(著)
今度こんどは石をにしきつゝんでくらをさ容易よういにはそとに出さず、時々出してたのしむ時は先づかうたいしつきよめるほどにして居た。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
縮緬ちりめんが多く着られます。薄色の透綾も着られます。にしきの帯、繻珍しゆちんの帯が多くしめられます。緋縮緬や水色縮緬のしごきがその帯の上から多く結ばれます。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
松明の光に映えて秋の流れは夜のにしきと見え、人の足手は、しがらみとなって瀬々を立ち切るという壮観であった。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
裝潢さうくわうにはあふひの紋のあるにしきが用ゐてある。享保三年に八十三歳で、目黒村の草菴さうあんに於て祐天のじやくしたのは、島の歿した享保十一年に先つこと僅に八年である。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
あの帽子は東京で一番高価たかいゼイタクなものだったので、大得意で故郷ににしきを飾るつもりで冠って来たものです。染得そめえたり西湖柳色のというところですよ。
父杉山茂丸を語る (新字新仮名) / 夢野久作(著)
御馳走ト云ッテモ有リアワセノモノシカナカッタガ、酒ノさかなニハ到来ノ鱲子ト、昨日妻ガにしきノ市場デ買ッテ来タ鮒鮨ふなずしガアッタノデ、スグブランデーニナッタ。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
翻訳は常に叛逆はんぎゃくであって、明朝みんちょうの一作家の言のごとく、よくいったところでただにしきの裏を見るに過ぎぬ。縦横の糸は皆あるが色彩、意匠の精妙は見られない。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
いろいろの時代のいろいろの火成岩や水成岩が実に細かいきれぎれになってつづれのにしきを織り出している。
カメラをさげて (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
老人は大きな眼をみはりながら叫んだ、「……にしき御旗みはたが、……砲煙の向うに、やりや刀がきらきらと光っている向うの方に、あかい朱い、美しい錦の御旗が見える」
春いくたび (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そのわりこんどは和尚おしょうさんにたのんで、ただのちゃがまのようにいろりにかけて、火あぶりになんぞしないようにして、大切たいせつにおてら宝物ほうもつにして、にしき布団ふとんにのせて
文福茶がま (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
八重桜と紅葉もみじにしきと、はりぼての鹿とお土産みやげと、法隆寺の壁画、室生寺むろうじ郡山こおりやまの城と金魚、三輪明神みわみょうじん恋飛脚大和往来こいびきゃくやまとおうらい長谷寺はせでら牡丹ぼたんときのめでんがく及びだるま
私は他人の綺羅きらをうらやむ気はありません。私は心に目に見えぬにしきを着ていると信じていますから。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
いくらでも売れるから、次第に勢いに乗じて、さまざまの奢侈ぜいたく品を作り出すのである。そこで田舎いなかにいて米を作るべき人も、都会に出てにしきを織るの人となる。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
午後四時発の列車にて赴任する事をも知るを得しかば、余所よそながら暇乞いとまごひもし、二つには栄誉のにしきを飾れる姿をも見んと思ひて、群集くんじゆに紛れてここにはきたりしなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
二人は燃え立つ紅葉のにしきうずまっている、小涌谷こわくだにの旅館に落ちついたが、どうせそのうちに低気圧は来るものとして、今日の日は今日の日だとはらをきめている庸三も
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あやを盗めば綾につけ、にしきを盗めば、錦につけ、思い出すのは、ただ、おばばの事じゃ。それから十年たち、十五年たって、やっとまたおばばに、めぐり会ってみれば——
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
此の倫子の羽翼はがいの蔭に人となったことは、如何ばかり右衛門をして幸福ならしめたか知れないが、右衛門の天資がすぐれていなければ、中々豪華驕奢きょうしゃの花の如くにしきの如く
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
雪のように白い白紋綸子りんず振袖ふりそでの上に目も覚むるような唐織にしき裲襠うちかけた瑠璃子の姿を見ると、彼は生れて初めて感じたような気高さと美しさに、打たれてしまって
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
というにしき御旗みはたが、握りしめていた手からすっぽりと引っこ抜かれ、がっちり両手で握っていたものの正体がじつは透明な空白だったことに否応いやおうなく気づかされたぼくは
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
では行っておでなさいまし、貴郎あなたのお留守中は確かにお引き受けしました、どうか、にしきを着て故郷へお帰りなさるよう、私は三年を楽しみにして待っておりますとの事に
東側のガラス障子を透かして、秋の空高く澄み、にしきに染まれる桜山は午後の日に燃えんとす。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
肥桶のたがを黄金で造ると言うたそうであるが、天国もそのとおりで、エスキモーの天国にはにしきのごときアザラシが泳いでい、インドの天国には車輪のような蓮花れんげが咲いている。
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
まあ、大へん綺麗なものがあるね、これは短刀かえ、にしきの袋なんぞに入ってさ。これがお金の包み、まあ驚いた小判だね。それではお前、このうちを二両だけ借りておきますよ。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
毅堂はきゅうを負うて江戸に出でてより二十年にして始めてにしきて故郷に還ったのである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
夏の葉盛りには鬱青うっせいの石壁にもたとへられるほど、蔦はその肥大な葉をうろこ状に積み合せて門を埋めた。秋より初冬にかけては、金朱のいろのにしきみのをかけ連ねたやうに美しくなつた。
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
酩酊めいていせる笑い上戸じょうごの猛獣共、毒蛇の蛇踊り、その間をねり歩く美女の蓮台、そして、蓮台の上には、にしききぬに包まれたこの国々の王様、人見廣介の物狂わしき笑い顔があるのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
紅葉は木の葉ばかりでなく、足もとの草の葉の一枚一枚を皆貴重品にする。まったくにしきをふんで歩く外ない。平常つまらないと思っていたあわれな蔓草つるくさまでも威厳をもって紅葉する。
山の秋 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
東京には箪笥たんす町とか鍛冶かじ町とか白銀しろがね町とか人形にんぎょう町とか紺屋こんや町とかゆみ町とかにしき町とか、手仕事にちなんだ町が色々ありますが、もう仕事の面影おもかげを残している所はほとんどなくなりました。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
みぎ御神剣ごしんけんもうすのは、あれは前年ぜんねんわざわざ伊勢いせまいられたときに、姨君おばぎみからさずけられたにもとうと御神宝ごしんぽうで、みことはいつもそれをにしきふくろおさめて、御自身ごじしん肌身はだみにつけてられました。
精出せいだして立派な関取におなり、辛いことがあったら、その薄情な親類どもの顔を思い出して、一所懸命おやり、出世したら故郷へにしきを飾って、薄情揃いの奴等に、土下座どげざさせておやり
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
奇樹きじゆきしよこたはりてりようねふるがごとく、怪岩くわいがんみちふさぎてとらすにたり。山林さんりんとほそめにしきき、礀水かんすゐふかげきしてあゐながせり。金壁きんへきなら緑山りよくざんつらなりたるさま画にもおよばざる光景くわうけい也。
征西将軍が拝受したる菊桐きくきりの大勲章よりもその身にとってありがたかるべし、今や故郷ににしきかざり、早や閭樹りょじゅ顕われ村見え、己が快楽の場なりし勇蔵が家またすでに十歩の近きにありて
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
やがて道人は壇の上に坐ってかじを書いて焼いた。と、三四人の武士がどこからともなしにやって来た。皆きいろな頭巾ずきんかぶって、よろいを着、にしき直衣なおしを着けて、手に手に長いほこを持っていた。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
どういう理由わけで翻訳されなかったかというに、いったい翻訳というものは、詩人のいうごとく、原語に対する一種の叛逆はんぎゃくです。よくいったところで、ただにしきの裏を見るに過ぎないのです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)