こまや)” の例文
彼はその後も彼の異様な恋情をてなかったばかりか、それは月日がたつに従って、愈々いよいよこまやかに、愈々深くなりまさるかと思われた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
瀧口が顏愈〻やつれ、頬肉は目立つまでに落ちて眉のみ秀で、凄きほど色蒼白あをみてこまやかなる雙の鬢のみぞ、愈〻其のつやを増しける。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
去る者日々にうとしとは一わたりの道理で、私のような浮世の落伍者はかえって年と共に死んだ親を慕う心が深く、厚く、こまやかになるようだ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
其処そこには鹿島槍ヶ岳が空翠こまやかなる黒部の大谷の上、蒸し返す白雲をしとねに懐しみのある鷹揚さをもって、威儀儼然げんぜんと端座している
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
あなたにも覚えがあるでしょう、生れた所は空気の色が違います、土地のにおいも格別です、父や母の記憶もこまやかにただよっています。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
テイトは確かイギリス人だということであったが、それにしては、フランスの歌になじみ切った態度で、そのこまやかさにはなんの不安もない。
一日あるひ、学校の帰りを一人さびしく歩いた。空は晴れて、夕暮れの空気のかげこまやかに、野にはすすきの白い穂が風になびいた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
径路けいろせまきところは、一歩を留めて、人に行かしめ、滋味じみこまやかなるものは、三分を減じて人にゆずりてたしなましむ、これはれ、世をわたる一の極安楽法ごくあんらくほうなり」
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
それから、りのある賣女屋ばいぢよやまへかさかたむけて、狐鼠々々こそ/\かくれるやうにしてとほつたが、まだ何處どこきてはない、はるこまやかにもんとざして、大根だいこんゆめ濃厚こまやか
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「香染の単衣ひとえくれないこまやかなる生絹すずしの袴の、腰いと長く、衣の下よりひかれたるも、まだ解けながらなめり。」
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
真白に塗られた自分の襟や顔の白ぼたんのおしろいの香が蚊帳の裾が大きくあおられる度に一層こまやかに自分の鼻へ通って来るのにうっとりとして居るのである。
かやの生立 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
境遇を同じうし思想趣味を同じうし、相理会するいよいよ深ければ深い程同情は益々こまやかになる訳である。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
あの何にも比するもののない程こまやかだった友情の名に於て、あなたはどうか私の云う事を信じて下さい。
悪魔の弟子 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
それが日を經る、月を越すに從つて段々と重くこまやかになつて、頭の中を攪亂かきみだし引つ括めやうとする。軈がて周三は、此の考に取ツ付いてゐるのが苦しくなつて來た。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
この歴史上厄急やくきゅうの時にあたって世界最大国民たるの一助たらしめよ、余は知る誤解のために離別せし夫妻が再びもとの縁に復するやその情愛のこまやかなる前日の比にあらざることを
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
私はかの即興詩人時代の情趣こまやかなM博士がなつかしい。かのハルトマンの哲学を抱いて帰朝なすった頃の博士が慕わしい。思えば独歩の夭折ようせつは私らにとって大きな損失であった。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
世高もその風習に感化せられて、功名の念がすくなく、詩酒の情がこまやかであった。
断橋奇聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これ実に彼が二十五歳の時にものしたるもの、その深き言外の真情はいうも愚か、その用意の懇切周到なる、如何に国家を懐うの彼は、かくまで家庭の事にこまやかなる思いをこらしたるぞ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
新夫婦は式後愛情まことこまやかに、一ヵ月と二十何日というもの絶対に引き籠っていた。余り念が入った所為せいか、清之介君はその揚句初めて出勤する時、ネクタイの結び方を忘れてしまった。
女婿 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
我に馴れたる小鳥ありて、その情はいとこまやかなれど、この頃はすこし濃かなるに過ぎて厭はしくなりぬ。思ふに汝には氣に入るべし。こよひ我と共に來よ。親友の間には隱すべきことなし。
つまりは木綿の採用によって、生活の味わいが知らず知らずの間にこまやかになって来たことは、かつて荒栲あらたえを着ていた我々にも、毛皮をかぶっていた西洋の人たちにも、一様であったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
而巳しかのみならず近代の新しいそして繊細な五官の汗と静こころなき青年のこまやかな気息に依て染々しみじみとした特殊の光沢を附加へたいのである。併し私はその完成された形の放つ深い悲哀を知つてゐる。
桐の花とカステラ (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
二人ふたりなかはとてもこまやかで、わかれるなどはさらになかったのでございますが、そのころなによりも血筋ちすじおもんずる時代じだいでございましたから、お婿むこさんは無理むり無理むり、あたかも生木なまきくようにして
紅梅の花が開ききって、なおこまやかな色を保っているというのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
こまやかに生茂おひしげれる庭の木々の軽々ほのかなる燥気いきれと、近きあたりに有りと有る花のかをりとを打雑うちまぜたる夏の初の大気は、はなはゆるく動きて、その間に旁午ぼうごする玄鳥つばくらの声ほがらかに、幾度いくたびか返してはつひに往きける跡の垣穂かきほ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
これら凡てこまやかなる自然の布置ふちまことに愛すべきものあり。
松浦あがた (新字旧仮名) / 蒲原有明(著)
まるで別物のやうな風味のこまやかさを感じさせてくれる。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
恐らくは音もにおいも、触覚さえもが私の身体からだから蒸発してしまって、煉羊羹ねりようかんこまやかによどんだ色彩ばかりが、私のまわりを包んでいた。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
菜の花はくに通り過して、今は山と山の間を行くのだが、雨の糸がこまやかでほとんど霧をあざむくくらいだから、へだたりはどれほどかわからぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
冠木門の内にも、生垣の内にも、師匠が背戸にも、春は紫のすだれをかけて、由縁ゆかりの色はこまやかながら、近きあたりの藤坂に対して、これを藤横町ともいわなかったに。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それが、日本の樹木の優雅なたたずまいや、葉のこまやかさの裏表に似つかわしく添って建っているのだ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこに住んでいる人たちにも、またそこらを歩いている女たちにも、何処か昔の江戸らしい粋なところがあって、何となくこまやかな空気の渦を巻いているようなところだったのである。
日本橋附近 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
夕霞は音もなく川面かわもをこめてその辺はもうたそがれの色がこまやかになって居ります。
悪人の娘 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
面白いというのは其処に人生の味がこまやかに味わわれるいいである。社会現象のうちでも就中なかんずく男女の関係が最も面白そうだが、其面白味を十分に味わおうとするには、自分で実験しなければならん。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
何れ劣らぬ情のこまやかさに心迷ひて、一つ身の何れをそれとも別ち兼ね、其れとは無しに人の噂に耳を傾くれば、或は瀧口が武勇ひとすぐれしをむるもあれば、或は二郎が容姿すがたかたちの優しきをたゝふるもあり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
情がこまやかなのではないか、私なら私一人を守って、すべての愛情という愛情を私一人に注ぎつくして、可愛がって下さるのではないか、などと
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
まして立ち上がる湯気の、こまやかなる雨におさえられて、逃場にげばを失いたる今宵こよいの風呂に、立つを誰とはもとより定めにくい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
門長屋の兵六老爺ひょうろくおやじ、大手を開けに朝く起出でて、眼と鼻をこすりながら、御家の万代よろずよを表して、千歳ちとせみどりこまやかなる老松おいまつの下を通りかかれば、朝霜解けた枝より、ぽたり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこには最早や緑葉のアーチなどはなくて、生い茂るに任せた枝葉が、地上までも垂れ下り、闇は一層こまやかになって、殆ど咫尺しせきを弁じ難いのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
其所そこ叮嚀ていねいみがいた。かれ歯並はならびいのを常に嬉しく思つてゐる。はだいで綺麗きれいむね摩擦まさつした。かれ皮膚ひふにはこまやかな一種の光沢つやがある。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
いはのあたりは、二種ふたいろはなうづむばかりちてる……其等それらいろある陽炎かげらふの、いづれにもまらぬをんな風情ふぜいしたなかに、たゞ一人いちにんこまやかにゆきつかねたやうな美女たをやめがあつて
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
其所で叮嚀ていねいに歯を磨いた。彼は歯並はならびいのを常にうれしく思っている。肌を脱いで綺麗きれいに胸とを摩擦した。彼の皮膚にはこまやかな一種の光沢つやがある。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
例の事件があってから、愛之助の妻に対する関心が、というよりは愛着が、日一日こまやかになって行くのは事実だった。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
みどりいよ/\こまやかにして、夏木立なつこだちふかところやまいうさとしづかに、しかいまさかりをんな白百合しらゆりはなはだへみつあらへば、清水しみづかみたけながく、眞珠しんじゆながれしづくして、小鮎こあゆかんざし宵月よひづきかげはしる。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
雨滴あまだれ絶間たえまうて、白い爪が幾度かこまの上を飛ぶと見えて、こまやかなる調べは、太き糸のと細き音をり合せて、代る代るに乱れ打つように思われる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
だが、二人の情熱は、時がたつに従って、衰えるどころか、愈々こまやかになって行ったので、そうした曖昧な状態を、いつまでも続けることは出来なかった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
母親はゝおや墳墓おくつきは、やまあるをかの、つき淺茅生あさぢふに、かげうすつゆこまやかにじやくとある。
月夜車 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
今こうして筆をって見ると、その文箱も小掻巻に仕立直された紅絹裏の裲襠同様に、若い時分の母の面影おもかげこまやかに宿しているように思われてならない。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
闇の森に囲まれた底なし沼の、深くこまやかな灰色の世界に、私の雪白せっぱくはだえが、如何いかに調和よく、如何に輝かしく見えたことであろう。何という大芝居だ。何という奥底知れぬ美しさだ。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
店頭みせさきかまに突込んで諸白の燗をする、大きな白丁はくちょうの、中が少くなったが斜めに浮いて見える、上なる天井から、むッくりと垂れて、一つ、くるりと巻いたのは、たこの脚、夜の色こまやかに
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)