竹藪たけやぶ)” の例文
お椀ははじめ、まつすぐに黒く飛んでいきましたが、きらりと光つたかと思ふと向きをかへて、竹藪たけやぶの中へななめに落ちこみました。
百姓の足、坊さんの足 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
三人の男たちは路の向うの竹藪たけやぶを背戸に持っている、床屋の二階の飯田さんをさそって、裏の丘へたけのこを盗みに出掛けて行った。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
野原に出て行って稲架はさの間などで遊ぶ時の声と、夕方ねどこにしている木や竹藪たけやぶに戻って、騒ぎ立てるものとはよほどよく似ている。
深い雑木林が、絶えずあおりを喰って、しなやかなその小枝を揺がし、竹藪たけやぶからすいすいした若竹が、雨にぬれた枝を差し交していた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大きな竹藪たけやぶのかげに水たまりがあって、睡蓮すいれんの花が白くいているようなところを見ながら、朝風を切って汽車が走るのであった。
蝗の大旅行 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
隣りの地内の奥まったあたりで、竹藪たけやぶぎたてるような音がしていたが、そのうちに、よく通る声で、だれかがこちらへ呼びかけた。
あなたも私も (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
へびの話をしようかしら。その四、五日前の午後に、近所の子供たちが、お庭のかき竹藪たけやぶから、蛇の卵を十ばかり見つけて来たのである。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかもお雪が宿の庭つづき竹藪たけやぶ住居すまいを隔てた空地、直ちに山の裾が迫る処、その昔は温泉湧出わきでたという、洞穴ほらあなのあたりであった。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
江曾原えそはらへ着くと、いちじるしく眼につく門構えと、土の塀と、境内けいだいの森と竹藪たけやぶと、往来からは引込んでいるけれども、そこへ入る一筋路。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
子供らは旗をこしらえて戦争の真似まねをした。けれどがいして田舎は平和で、夜はいつものごとく竹藪たけやぶの外に藁屋わらやあかりの光がもれた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
まだその比の早稲田は、雑木林ぞうきばやしがあり、草原くさはらがあり、竹藪たけやぶがあり、水田があり、畑地はたちがあって、人煙じんえん蕭条しょうじょうとした郊外であった。
雑木林の中 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
もつともと一面いちめん竹藪たけやぶだつたとかで、それをひらとき根丈ねだけかへさずに土堤どてなかうめいたから、存外ぞんぐわいしまつてゐますからねと
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それから忠寛は木小屋に仮に造った座敷ろうへ運ばれた。そこは裏の米倉の隣りで、大きな竹藪たけやぶを後にして、前手まえでには池があった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そんなことはどっちでもいいが、家のうしろに小さな丘があり、その丘を越したところに、竹藪たけやぶに囲まれて小さな池があった。
五瓣の椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして街はずれの竹藪たけやぶそばの水車の前まで来ると、その風呂敷包ふろしきづつみをしっかりと私に背負わせ、近所の菓子屋から駄菓子を買って私にくれた。
けた少時しばし竹藪たけやぶとほしてしめつたつちけて、それから井戸ゐどかこんだ井桁ゐげたのぞんで陰氣いんきしげつた山梔子くちなしはな際立はきだつてしろくした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
竹藪たけやぶがざわざわ鳴っていた。崖に挟まれた赤土路を弟妹きょうだい達が歩いている。跣足はだしになっているのも、靴を穿いているのもいた。
秘められたる挿話 (新字新仮名) / 松本泰(著)
竹藪たけやぶのある所へ来ると、トロッコは静かに走るのをめた。三人は又前のように、重いトロッコを押し始めた。竹藪は何時か雑木林になった。
トロッコ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
紋服を着であの竹藪たけやぶの間を歩いたものだろうかなどと、当時の様子を想像しかねて居たが、母の話のおかげでこうした疑問がすっかり解けた。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
やがて私はまた竹藪たけやぶに沿うた坂を下って、田圃たんぼそば庚申塚こうしんづかのある道や、子供の頃ささを持ってほたるを追い回した小川の縁へ出て来ましたが
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
井戸から東へ二間ほどの外は竹藪たけやぶで、形ばかりの四つ目垣がめぐらしてある。藪には今藪鶯やぶうぐいすがささやかな声に鳴いてる。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
駒形堂こまかたどうの白壁に日脚ひあしは傾き、多田薬師ただのやくし行雁ゆくかり(中巻第七図)に夕暮迫れば、第八図は大川橋の橋袂はしたもとにて、竹藪たけやぶ茂る小梅の里を望む橋上きょうじょうには行人こうじん絡繹らくえきたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
崖の根を固めている一帯の竹藪たけやぶかげから、じめじめした草叢くさむらがあって、晩咲おそざきの桜草さくらそうや、早咲きの金蓮花きんれんかが、小さい流れの岸まで、まだらに咲き続いている。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
道の傍らには小さなあざがあって、そこから射して来る光が、道の上に押しかぶさった竹藪たけやぶを白く光らせている。竹というものは樹木のなかで最も光に感じやすい。
闇の絵巻 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
僕の住居は矢張り今の林町だったが、まだあの辺一帯は田畑や竹藪たけやぶで道の両側は孟宗竹もうそうちくが密生していた。
美術学校時代 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
もしこのはさまると、人畜じんちく牛馬ぎゆうば煎餅せんべいのようにつぶされるといはれ、避難ひなん場所ばしよとしては竹藪たけやぶえらべとか、戸板といたいてこれをふせげなどといましめられてゐる。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
ほんとうの讃岐さぬき造麻呂みやつこまろといふのでしたが、毎日まいにちのように野山のやま竹藪たけやぶにはひつて、たけつて、いろ/\のものつくり、それをあきなふことにしてゐましたので
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
五十銭の原稿料でも、原稿料のでる雑誌などは、大いにめずらしかったほど、不景気な時代であった。五冊ほどで、つぶれた。私は「竹藪たけやぶの家」というのを連載した。
二十七歳 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
しかし、戸外の竹藪たけやぶに隠れた者のなかには、蕃害は避け得たが、恙虫つつがむしに刺されて命を落した者もいる。犠牲者の総数は内地人百三十四名、本島人二名の多きに達した。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
二階の窓からは竹藪たけやぶや木立や家屋が、ゆったりと空間を占めて展望された。ぼんやり机の前に坐っていると、彼はそこが妻と死別した家のつづきのような気持さえした。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
あれは五年前の八月の晩だったわ。お母さまとお風呂ふろへいったのよ。その帰り路、竹藪たけやぶのそばを
ふしぎ国探検 (新字新仮名) / 海野十三(著)
老人らうじんさきたつくので若者わかもの其儘そのまゝあとき、つひ老人らうじんうちつたのです、砂山すなやまえ、竹藪たけやぶあひだ薄暗うすぐらみちとほると士族屋敷しぞくやしきる、老人らうじん其屋敷そのやしきひとつはひりました。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
こつそりとおばあさんのゆめ にすゞめがしのびこんでて、そしてとほくのとほくの竹藪たけやぶの、自分等じぶんらすゞめのお宿やどにつれてつておばあさんをあつくあつく饗應もてなしたといふことです。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
演奏がおわってから、勝三郎らは花園をることを許された。そのはなはだ広く、珍奇な花卉かきが多かった。園を過ぎて菜圃さいほると、そのかたわら竹藪たけやぶがあって、たけのこむらがり生じていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
本堂の右に沿うて、折り曲がった細い坂路をだらだらと降りると、片側は竹藪たけやぶに仕切られて、片側には杉の木立の間から桑畑が一面に見える。坂を降り尽くすと、広い墓地に出た。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その人はある年の夏逗子ずしに出かけ、一人にて荒れ果てたる農家の座敷を借りていたそうだ。その家は寺と境を接し、一面に墓所と竹藪たけやぶに取り囲まれて、白昼でもさびしいほどである。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
が、真中の道が一番近いと思ったのは、とんだ思違おもいちがいであったと見え、二里歩いても三里歩いても道の両側には竹藪たけやぶばかりが続いていて、淋しい田舎道がどこまで来ても絶えません。
三人兄弟 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ひろびろと相隔あいへだたった両岸の松とやなぎ竹藪たけやぶと、そうして走る自転車の輪の光。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
たとえば裏の竹藪たけやぶに蛇が出たとか、ひきが鳴いてるとか、ありの山が見つかったとか、うめの花が一輪いたとか、夕焼が美しく出ているとかいうようなことを、だれか家人の一人が発見すると
こんなせまっくるしい竹藪たけやぶん中で遊んだって、ちっとも面白かねえや! 都へ行きゃ、綺麗きれい御所車ごしょぐるまが一杯通ってるんだぞ! 偉い人はみんな車に乗って御殿に行くんだ! 綺麗きれいな着物を着て
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
柵外さくぐわいの道路を隔てた小川の縁の、竹藪たけやぶにかこまれた藁屋根わらやねでは間断なく水車が廻り、鋼鉄の機械鋸きかいのこが長い材木を切り裂く、ぎーん、ぎん/\、しゆツ/\、といふ恐ろしい、ひどく単調な音に
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
足に任せて小篠堤に來掛る頃は早北斗ほくと劔先けんさきするどく光りゴンとつき出す子刻こゝのつかねひゞきも身にしみいと物凄ものすごく聞えけり折柄をりからつゝみかげなる竹藪たけやぶの中よりおもてつゝみ身には黒裝束くろしやうぞくまとひし一人の曲者くせものあらはいでもの
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そういえばところどころに竹藪たけやぶの多い村落のけしき、農家の家のたてかた、樹木の風情ふぜい、土の色など、嵯峨さがあたりの郊外と似通にかよっていてまだここまでは京都の田舎いなかが延びて来ているという感じがする。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし、村とはいうものの、竹藪たけやぶの中にぽつんぽつんと小さな家が茅葺かやぶきの屋根をうかべているだけで、戸数は合せて四五十戸もあろうか、——どの家にも低い土塀どべいにかこまれた細葉の垣根があった。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
竹藪たけやぶに伏勢を張ッている村雀むらすずめはあらたに軍議を開き初め、ねや隙間すきまからり込んで来る暁の光は次第にあたりの闇を追い退け、遠山の角にはあかねの幕がわたり、遠近おちこち渓間たにまからは朝雲の狼煙のろしが立ち昇る。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
竹藪たけやぶの中で、大きな音がした。竹をった音である。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と金原はかなたの竹藪たけやぶを指さした。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
こはあやしやと不気味ながら、その血の痕を拾いくに、墓原を通りて竹藪たけやぶくぐり、裏手の田圃たんぼ畦道あぜみちより、南を指して印されたり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうかと云ってこの人造世界に向って猪進ちょしんする勇気は無論ないです。年来の生活状態からして、私は始終しじゅう山の手の竹藪たけやぶの中へ招かれている。
虚子君へ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
弟はまた弟で、えのきの実の落ちた裏の竹藪たけやぶのそばの細道を遊び回るやら、橿鳥かしどりの落としてよこす青いの入った小さな羽なぞをさがし回るやら。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)