おほ)” の例文
私の眼はおほはれ閉ぢられてあつた。渦卷く闇が私のまはりを流れるやうに思はれ、反省が黒い混亂した流れのやうに這入り込んで來た。
吃驚びつくりして、つて、すつとうへくと、かれた友染いうぜんは、のまゝ、仰向あふむけに、えりしろさをおほあまるやうに、がつくりとせきた。
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
むかしはそんなに樹木じゆもくえてゐたわけでなく、たいていそれらのつかうへには、まる磧石かはらいしせて、全體ぜんたいおほうてをつたものでありました。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
院長ゐんちやうなにがしなかだちをしたのだといふうはさもあつた。人々ひと/″\はたゞ彼女かのぢよよわをんなであるといふことのために、おほみゝおほうて彼女かのぢよゆるした。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
伊賀屋源六が大地を這ひ廻る後ろから、六つ七つの提灯は一ぺンに集まつて、駕籠の中をおほふところなく照らし出したのです。
シェードにおほはれた光線が恰度ちやうどそのひたひのところまで這ひ上り、そこの黄色を吸ひとつて石のやうに白く光らせてゐる。道助はそれを見てゐた。
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
石の橋の上には、刈つたが並べて干してあつて、それから墓地の柵までのあひだは、笠のやうな老松らうしようが両側からおほひかゝつた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
野原をおほうた旗差物が、にはかに波立つたと見てあれば、一度にどつとときをつくつて、今にも懸け合はさうずけしきに見えた。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
大佐たいさいへは、海面かいめんより數百尺すひやくしやくたか斷崖だんがいうへたてられ、まへはてしなき印度洋インドやうめんし、うしろ美麗びれいなる椰子やしはやしおほはれてる。
かれらまたその表衣うはぎにて乘馬じようめおほふ、これ一枚の皮の下にて二匹の獸の出るなり、あゝ何の忍耐ぞ、こらへてこゝにいたるとは。 一三三—一三五
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
今日こんにちですら日本全土にほんぜんどの七十パーセントは樹木じゆもくもつおほはれてをり、やく四十五パーセントは森林しんりんづくべきものである。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
従つて之を地から抜き取る際には、昔から犬を連れて来て犬に縛り附けて置いて、人々は耳をおほつて遠くに居り、しかのち犬を走らしめたのである。
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
彼の女は半白の髪を平らにでつけ、白いレースで胸をおほひ、恐ろしく大きい出眼を早く動かしながら、三人を一瞬の内に見廻して這入つて来た。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
彼は家を出ると、途中でボロ自動車を一台拾つて飛乗つたが、走り出すと両方のおほひの無いことに気がついた。三月の寒い夜風が強く頸や顔に当つた。
ある夜 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
くさおほはれたをかスロープ交錯かうさくし合つておだやかなまくのやうに流れてゐた。人家じんかはばう/\としたくさのためにえなかつた。
美しい家 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
醜き人たちは如何に着飾らんともその醜きをおほあたはざるが如く、彼は如何に飾らざるもその美きを害せざるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
功利と文学との関係は正当には如何に解すべきかは此に論ぜずとするも、単なる勧懲主義、単なる教訓主義は以て文学の真意義をおほひ得べしとするか。
国民性と文学 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
雖然其の運命は悲慘な幕におほわれる。父は、お房が十二の年に世間からはくたばツたと謂はれて首をくゝツて死んだ。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
見物がまたさわぐ。真黒まつくろりたてた空の書割かきわり中央まんなかを大きく穿抜くりぬいてあるまるい穴にがついて、雲形くもがたおほひをば糸で引上ひきあげるのが此方こなたからでもく見えた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
千登世は兩手を彼の肩にかけたまゝ、亂れ髮におほはれた蒼白い瓜實顏うりざねがほを胸のあたりに押當てて、しやくりあげた。「ほんたうに苦勞させるわね。すまない……」
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
雲が天をおほふといふやうなこともまれでないが、満洲の天は前後左右が唯渺漠としてゐて雷雲が天に充満するなどといふことは、実に容易ならぬことである。
雷談義 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
この作の表現形式へうげんけいしき構圖こうづの不統一な事をげて、作のテエマの效果エフエクトうすいと云ひ、私は作の構圖こうづ形式けいしきに對する缺點けつてんおほふ丈けに、作の内容がふかめに
三作家に就ての感想 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
されどいつも雨雲におほはれたるハツバス・ダアダアが面に、ちとの日光を見んと願ふものは、先づ草稿を出して閲を請ひ、自在に塗抹せしめずてはかなはず。
やがて雪が降りつもつて、庭中をおほうて仕舞つた。その小松の緑は真白の雪の中に一層愛らしく美しく見えた。
(新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
彼は卑しき者より使徒を撰み挙げたまひしのみか、常に卑賤いやしきものをあはれみたまひし跡、おほふ可からず。
トルストイ伯 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
左様さうです、人生の不可解がし自殺の原因たるべき価値あるならば、地球はたちまち自殺者の屍骸しがいを以ておほはれねばなりませんよ、人生の不可解は人間が墓に行く迄
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
驚くべき事は、これと同時に、現在の我が天地をおほひ尽して儼存げんそんしてゐるといふ確実な事実である。
点頭録 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
藥草類やくさうるゐってをったが、かほ痩枯やせがれ、眉毛まゆげおほかぶさり、するどひんけづられて、のこったはほねかは
港灣かうわんに掃除の行はるる時、人夫等の黒き集團は埠頭ふとうおほひて、船舶せんぱくかたへ立騷たちさわぐ如く
頌歌 (旧字旧仮名) / ポール・クローデル(著)
戸外そとには正月の寒い風が吹いてゐて、暗く空がおほひかぶさつてゐるやうな夜だつた。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
其ノ荊州けいしゆうヲ破リ、江陵ヲ下リ、流レニしたがツテ東スルヤ、舳艫じくろ千里、旌旗せいき空ヲおほフ、酒ヲソソイデ江ニのぞミ、ほこヲ横タヘテ詩ヲ賦ス、マコトニ一世ノ雄ナリ、而シテ今いづクニカ在ル哉
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
勘次かんじ二人ふたりくはへていきほひづけられた敏活びんくわつうごかして、まだあたゝまつて蒲團ふとんへそつと卯平うへいよこたへた。卯平うへいつめたい身體からだには、落葉おちばでおつぎがあぶつた褞袍どてらそれから餘計よけい蒲團ふとんとがおほはれた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
人間の樹の中央まんなかにつけたせいこのみおほふのは
南洋館 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
海を越え、空をおほひ、とどろ來るもの
新頌 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
ああ、げにおほはれたるわが心かな。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
くるひまつはり、からまつて、民子たみこはだおほうたのは、とりながらもこゝろありけむ、民子たみこ雪車そりのあとをしたうて、大空おほぞらわたつてかりであつた。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
妹のお絹によく似た細面ほそおもて、化粧崩れを直すよしもありませんが、生れ乍らの美しさは、どんなきたな作りをしても、おほふ由もなかつたのでせう。
砂利と落葉とを踏んで玄関へ来ると、これもまた古ぼけた格子戸かうしどほかは、壁と云はず壁板したみと云はず、ことごとつたおほはれてゐる。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかして月天の運行が、たえずなぎさをば、おほふてはまたあらはす如く、命運フィオレンツァをあしらふがゆゑに 八二—八四
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
暁天に近い信濃の国は一めんの雪でおほはれ、それを烈風が時々通過ぎて、吹雪の渦を起させてゐるのであつた。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
人の気勢けはひに驚きて宮の振仰ぐ時、貫一は既にそのかたはらに在り。彼はあわてて思頽おもひくづをるる気色けしきおほはんとしたるが如し。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
顔の丸い、髪の前額ひたひおほつた二十一二の青年で、これは村でも有数の富豪の息子であるといふ事であつた。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
彼はそれを腰に廻し、貧しい子供の上着をもつて、生ける子にするが如くその背をおほうてやつた。
嘘をつく日 (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
この大きい絵看板ゑかんばんおほ屋根形やねがたのきには、花車だしにつけるやうなつくばなが美しく飾りつけてあつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
私は自分の感情をおほひ隱さねばならぬことも、望みを握り潰さねばならぬことも、あの方が大して私に氣を留めてゐる筈のないことを忘れてはならぬことも知つてゐる。
われは覺えずはだへあは生ぜり、われもアヌンチヤタが色に迷ひし一人なれども、そのざえの高く情の優しかりしをば、わが戀愛におほはれたりし心すら、猶能く認め得たりき。
えい、ものものしや、神聖しんせいなる甲板かんぱんは、如何いかでか汝等なんぢらごとけがれたる海賊かいぞく血汐ちしほむべきぞ。とかんます/\ふるふ。硝煙せうゑんくらうみおほひ、萬雷ばんらい一時いちじつるにことならず。
私はハンカチーフで鼻腔びかうおほひながら松風の喧囂けんがうに心を囚へられてゐると、偶然、あの
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
... 僕は全くあざむかれて居ました——」吾妻はハンケチもて眼をおほひつ「僕が諸君の罵詈ばり攻撃をさへ甘んじて敬愛尊信した彼は——諸君、——売節漢であつた、うたがひもなき間諜かんてふであつた」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
れ真に神を見て信ずるものの信念は、宇宙の中心より挺出ていしゆつして三世十方をおほふ人生の大樹なる乎。生命いのちの枝葉永遠に繁り栄えて、劫火ごふくわも之れをく能はず、劫風も之れをたふす能はず。
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)