日蔭ひかげ)” の例文
しなおもて大戸おほどけさせたときがきら/\と東隣ひがしどなりもりしににはけてきつかりと日蔭ひかげかぎつてのこつたしもしろえてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その間、ピラムはピラムで、もうどうする力もなく、日蔭ひかげをさがし、ちょっと寝転ねころんでは、舌をいっぱいに垂れ、呼吸をはずませている。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
日蔭ひかげの茶屋の事件があった時、早速見舞の手紙を送ると直ぐ自筆の返事をよこしたが、事件が落着してもそれぎり会わなかった。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
この女神は日蔭ひかげかづらを襷にかけ、正木まさきかづらの鉢卷をして、笹の葉を手に持ち、足拍子を取りながら扉の前で踊り出すといふ滑稽さであつた。
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
小川町の角で、はす須永すながうちまがる横町を見た時、彼ははっと例の後姿の事を思い出して、急に日蔭ひかげから日向ひなたへ想像を移した。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
食用蝸牛の養殖ようしょく一寸ちょっと面倒な事業だそうである。その養殖場には日蔭ひかげをつくるための樹林じゅりん湿気しっけを呼ぶこけとが必要である。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私の門前には先ず見るも汚らしく雨にらされた獄吏の屋敷の板塀が長くつづいて、それから例の恐しい土手はいつも狭い往来中おうらいじゅう日蔭ひかげにして
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
五月にいたりても人の手をつけざる日蔭ひかげの雪は依然いぜんとして山をなせり、いはん山林幽谷さんりんいうこくの雪は三伏の暑中にも消ざる所あり。
ある、小学校しょうがっこう運動場うんどうじょうに、一ぽんおおきなさくらがありました。えだ四方しほうひろげて、なつになると、そのしたは、日蔭ひかげができて、すずしかったのです。
学校の桜の木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
日蔭ひかげのじめじめした場所で地面にはいっぱい銭苔ぜにごけおおいついているし、十四五本ある楢木も育ちが悪くて、夏になっても葉が疎らにしか着かない。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
小さな、平凡な、退屈な村であって、しかも何となく懐かしく、記憶の藤棚ふじだな日蔭ひかげの下で、永く夢みるような村である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
日蔭ひかげの子として成長していくのが、堪えられないほど源氏はかわいそうで、これを二条の院へ引き取ってできる限りにかしずいてやることにすれば
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
きでないかあのものしづかなかけひおとを。とほりにゆき眞白ましろやまつもつてゐる。そして日蔭ひかげはあらゆるものの休止きうし姿すがたしづかにさむだまりかへつてゐる。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
だけがきずだが、至る処の堂宮どうみや寝室ねま日蔭ひかげの草はしとね、貯えれば腐るので家々の貰い物も自然に多い。ある時、安さんが田川たがわの側にひざまずいて居るのを見た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それに昇は花で言えば今を春辺はるべと咲誇る桜の身、此方こっち日蔭ひかげの枯尾花、到頭どうせ楯突たてつく事が出来ぬ位なら打たせられに行くでも無いと、境界きょうがいれてひがみを起し
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
彼は、うんと幅の広い経木きょうぎの帽子をかぶると、浴衣ゆかたに下駄をつっかけて、サナトリウムの門を抜け、ゆっくり、日蔭ひかげの多い生垣いけがきの道を海岸の方に歩いて行った。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
そのかわり暑い時、咽喉のどかわきますと、あおちいさな花の咲きます、日蔭ひかげの草を取って、葉のつゆみますと、それはもう、つめたい水を一斗いっとばかりも飲みましたように寒うなります。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
僕にむかって微笑ほほえみかけてくれる顔、僕をちょっと眺める顔、僕に無関心の顔、厚意ある顔、敵意を持つ顔、……だが、それらの顔はすべて僕のなかに日蔭ひかげ日向ひなたのある
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
巳之吉が『文身自慢ほりものじまんの會』へ出たのは、日蔭ひかげの身乍ら、あの見事な蛇の文身が見せたかつた爲で、おさんはそれを察して彫辰に十二支を描かせ、『文身自慢の會』を騷がして
また、日蔭ひかげの即ち夜の部分であるが、地球とすれば星あかり、あるいは月の光、この世の物体とすればあらゆるものの反射の光があるので、従ってここにもまた光の音階が現れる。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
それから日蔭ひかげに生まれた平民の子が急に日向ひなたに出て金箔きんはくを付けられたのがうれしくて、幾らか虚榮きよえい心に眼を眩まされた形で、虚々うか/\と日をくらしてゐた。何時の間にか中學校ちうがくかう卒業そつげふして了つた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
上野公園に行って、丁度日蔭ひかげになっている、ろは台を尋ねて腰を休めて、公園を通り抜ける、母衣ほろを掛けた人力車を見ながら、今頃留守へ娘が来て、まごまごしていはしないかと想像する。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
世人の最も恐怖していたあの日蔭ひかげの仕事に、平気で手助けしていた。その仕事の一翼と自称する大袈裟おおげさな身振りの文学には、軽蔑けいべつを以て接していた。私は、その一期間、純粋な政治家であった。
にじ松原まつばら針葉樹しんようじゅのこまかい日蔭ひかげを、白い街道かいどうがひとすじにとおっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのくらゐですからえだもおそろしくしげりひろがつてゐてあさ杵島岳きしまだけかくし、夕方ゆふがた阿蘇山あそさんおほつて、あたりはひるも、ほのぐらく、九州きゆうしゆう半分程はんぶんほど日蔭ひかげとなり、百姓ひやくしようこまいてゐたといひますが
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
日蔭ひかげかづらやきかへるのしたみち
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
日蔭ひかげりて
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
日蔭ひかげの土
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
五月にいたりても人の手をつけざる日蔭ひかげの雪は依然いぜんとして山をなせり、いはん山林幽谷さんりんいうこくの雪は三伏の暑中にも消ざる所あり。
ガードをくぐると、そこだけは、一にちじゅう日蔭ひかげで、寒気かんきがきびしく、はだしました。やみらす電燈でんとうひかりは、うすにごってぼうっとかすんでいます。
とびよ鳴け (新字新仮名) / 小川未明(著)
頂上より六七十尺も高く、こぶのように突き出ている岩塊であるが、そちらは北風が吹きつけるのと日蔭ひかげの部分が多いために、まだかなり雪が残っていた。
ちくしょう谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
墓地を出て両側のくぼみにきのこえていそうな日蔭ひかげの坂道にかかると、坂下から一幅いっぷくの冷たい風が吹き上げて来た。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
日蔭ひかげ泥濘ぬかるみところが——そらくもつてた——のこンのゆきかとおもふ、散敷ちりしいたはな眞白まつしろであつた。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そして自分と同じ日蔭ひかげの身だという事を考えると、慚愧ざんきの念よりも唯むやみになつかしい心持がし出して、その顔が見たく、そして話がして見たくてならないような心持になった。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
日蔭ひかげから出て、とんぼ返りをし、ぱっと陽に輝き、また日蔭に帰るにしても——
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
日蔭ひかげゆうに笑む白い花もあわれ、曇り日に見る花のやわらかに落ちついた色も好いが、真夏の赫々かくかくたる烈日を存分受けて精一ぱい照りかえす花の色彩の美は何とも云えぬ。彼は色が大好きである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
手を出しても足を伸ばしても、この世では届かない。まるで娑婆しゃばが違う。そのくせ暖かなほがらかな東京は、依然として眼先にありありと写っている。おういと日蔭ひかげから呼びたくなるくらい明かに見える。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
花に譬へていはゞ、類想家の作も個想家の作も、おなじ櫻なるべけれど、かなたは日蔭ひかげに咲きて、色香少く、こなたは「インスピラチオン」の朝日をうけて、にほひ常ならぬ花の如しとやいふべからむ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
我が命としほぎ草のさち草の日蔭ひかげかづらながくとをのる
長塚節歌集:3 下 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
日蔭ひかげの花
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
濁った眼を細めて対岸のいかずちにある船大工の小屋をながめたりしながら、黙って(私のノートには「こけのついた日蔭ひかげの石仏たちのように」と記してあるが)
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「まあ、このは、日蔭ひかげえていたのだね、丹精たんせいしておやり。そうすれば、ここは、もよくたるからおおきくなって、はなかないともかぎらないから。」
親木と若木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
じつ土手どて道哲だうてつ結縁けちえんして艷福えんぷくいのらばやとぞんぜしが、まともに西日にしびけたれば、かほがほてつて我慢がまんならず、土手どてくことわづかにして、日蔭ひかげ田町たまちげてりて、さあ、よし。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
あたり一面の光景は疲れた母親の眼にはあまりに色彩が強烈きやうれつすぎるほどであつた。おとよ渡場わたしばはうりかけたけれど、急におそるゝごとくびすを返して、金龍山下きんりゆうざんした日蔭ひかげになつた瓦町かはらまちを急いだ。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
汽罐車きかんしゃは、それをば平気へいきおもっている。そればかりでなく、太陽たいようが、くほど、つよらしつける。日蔭ひかげにはいろうとあせっても自由じゆううごくことができない。
負傷した線路と月 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あたり一面の光景は疲れた母親の眼には余りに色彩が強烈すぎるほどであった。お豊は渡場わたしばの方へりかけたけれど、急に恐るる如くくびすを返して、金竜山下きんりゅうざんした日蔭ひかげになった瓦町かわらまちを急いだ。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
晝間ひるま納屋なやなか鎭守ちんじゆもり日蔭ひかげばかりをうろつくやつ夜遊よあそびはまをすまでもなし。いろしろいのを大事だいじがつて、田圃たんぼとほるにも編笠あみがさでしよなりとる。炎天えんてん草取くさとりなどはおもひもらない。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
去年きょねんはるは、あの日蔭ひかげにあったが、今年ことしがよくたるので、そのいろ光沢つやがありました。
親木と若木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
さあ、この日蔭ひかげはいって、おとなしくしていな。じきに、そればかしのきずはなおってしまうだろう。はやく元気げんきになって、わたしあたまうえまで、のぼ勇気ゆうきなければならん。
学校の桜の木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
なつは、また日蔭ひかげができて、そこだけは、どこよりもすずしいかぜいたのであります。
学校の桜の木 (新字新仮名) / 小川未明(著)