小袖こそで)” の例文
明後日あさッて初酉はつとりの十一月八日、今年はやや温暖あたたかく小袖こそで三枚みッつ重襲かさねるほどにもないが、夜がけてはさすがに初冬の寒気さむさが身に浸みる。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
円髷まるわげに結ひたる四十ばかりのちひさせて色白き女の、茶微塵ちやみじんの糸織の小袖こそでに黒の奉書紬ほうしよつむぎの紋付の羽織着たるは、この家の内儀ないぎなるべし。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
客はあたたかげな焦茶の小袖こそでふくよかなのを着て、同じ色の少し浅い肩衣かたぎぬの幅細なのと、同じはかま慇懃いんぎんなる物ごし、福々しい笑顔。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それについておもい出しますのは父は伽羅きゃらの香とお遊さんが自筆で書いた箱がきのあるきりのはこにお遊さんの冬の小袖こそでひとそろえを
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
家中うちぢゆうで一番広い客座敷の縁先には、なくなつた人達の小袖こそでや、年寄つた母上の若い時分の長襦袢などが、幾枚となくつり下げられ
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
その着物は一枚の小袖こそで細紐ほそひもだけでは事足りず、何枚かの着物といくつもの紐と、そしてその紐は妙な形にむすばれ不必要に垂れ流されて
桜の森の満開の下 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
オペラバツグをげて、飛模樣とびもやう派手はで小袖こそでに、むらさき羽織はおりた、十八九のわかをんなが、引續ひきつゞいて、だまつてわきこしける。
雨ふり (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お里の言うとおりさ。好きな小袖こそででも造ってくれてごらん。それが何よりだよ。わたしたちの娘の時分には、お前、自分の箪笥たんすができるのを
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と源氏は自身用に作らせてあったよい直衣に、その下へ着る小袖こそで類もつけて中将の供をして来ていた侍童に持たせてやった。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
いよいよ駄目だめ観念かんねんしましたときに、わたくし自分じぶん日頃ひごろ一ばん大切たいせつにしていた一かさね小袖こそでを、形見かたみとして香織かおりにくれました。
尋常の場合では小袖こそですその先にさえ出る事を許されない、長い襦袢じゅばん派手はでな色が、惜気おしげもなく津田の眼をはなやかに照した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どうはそのとたんに死座しざから前向きにガクッとつっぷしてしまう。あの小袖こそでにつけた武田菱たけだびしもんも、しゅまって、もうビクリともしなかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、北の方はあわせ小袖こそでに、浄衣じょういを添えて差し出した。衣服を取り更えると、重衡は、今まで着ていた狩衣を差し出した。
前にも言ったように村の名は忘れたが、そこは小袖こそでという部落であった。氏族社会のような縁続きから成る十四、五軒の小さな静かな部落だった。
嚮導きょうどうをしたという山中の異人は、面赤くして長八尺ばかり、青き色の小袖こそでを着たりと、『今昔物語』には記している。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
留守の間に襟垢えりあかのこびりついた小袖こそでや、袖口の切れかかった襦袢じゅばんなどをきちんと仕立て直しておいてくれたあによめはこう言って、早く世帯を持つように勧めた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
したがって、人気役者にんきやくしゃきまとう様々さまざまうわさは、それからそれえと、日毎ひごとにおせんのみみつたえられた。——どこそこのお大名だいみょうのおめかけが、小袖こそでおくったとか。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
ここで、私が思い浮べたのは、北米ポートランド市の、シチイ・パークから遠望した、フッド火山の、においこぼるる白無垢しろむく小袖こそでの、ろうたけた姿であった。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
コノお召縮緬ちりめん小袖こそでを仕立直おさして、あれをこうしてこれをこうしてと、毎日々々かんがえてばッかいたんだ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ぽっくり死去なくなりましたので、それゆえ種々いろ/\取込んで……お小袖こそでですから間に合わん気遣いはないと存じまして、御無沙汰をいたしました、今年は悪い時候で
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
糸織いとおり小袖こそでかさねて、縮緬ちりめん羽織はおりにお高祖頭巾こそづきんせいたかひとなれば夜風よかぜいと角袖外套かくそでぐわいとうのうつりく、ではつてますると店口みせぐち駒下駄こまげたなほさせながら、太吉たきち
うらむらさき (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
侍従にもようせぬと案じ悩んでいるが……。わしが思案では、重きが上の小夜衣——きぬ小袖こそでを幾つか重ねて送れという謎かと見た。それならばと安いこと。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
きょうの獲物は何、と笑って尋ね、旅人から奪って来た小袖こそでをひろげて、これは私には少し派手よ、こんどはも少し地味なのをたのむわ、と言ってけろりとして
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それを、たとい人に負われてもよいから出て来いと云ったので、仕方なく出て来た。呼び出しておいてから、そのつぼねをさがして見ると、血のついた小袖こそでが出て来た。
女強盗 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
たけ六尺余の大男で、羅紗らしやの黒羽織の下には、黒羽二重くろはぶたへ紅裏べにうら小袖こそで八丈はちぢやう下着したぎを着て、すそをからげ、はかま股引もゝひきも着ずに、素足すあし草鞋わらぢ穿いて、立派なこしらへ大小だいせうを帯びてゐる。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そういうと、曙染めの小袖こそでたもとに顔をおしあてて泣きだした。播磨守は脇息きょうそくを押しのけてしとねから膝を乗りだし、崩れた花のようなお糸の方の襟足のあたりを、強い眼つきで睨めつけた。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「きれいな空ですこと、碧々あおあおして、本当に小袖こそでにしたいようでございますね」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「ふむ、金子きんすが少々足りないようだ。それに、拙者の小袖こそでも見当らない」
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
同じ銀杏返いちょうがえし同じあわせ小袖こそでに帯もやや似寄った友禅縮緬ちりめん、黒の絹張りのかさもそろいの色であった。蹴出けだしにすそ端折はしおって二人が庭に降りた時には、きらつく天気に映ってにわかにそこら明るくなった。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
『昔々物語』によれば、昔は普通の女が縫箔ぬいはく小袖こそでを着るに対して、遊女が縞物を着たという。天明てんめいに至って武家ぶけに縞物着用が公許されている。そうして、文化文政ぶんかぶんせいの遊士通客は縞縮緬しまちりめんを最も好んだ。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
はつ秋や小袖こそでだんすの銀の鎰 巴水
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
小袖こそでめた牡丹ぼたんはな
桜さく島:春のかはたれ (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
と云って、あの帯は昔の呉絽ごろうだとか、あの小袖こそで黄八丈きはちじょうだとか、出て来る人形の着物にばかり眼をつけて、さっきからしきりに垂涎すいぜんしている。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ろく小袖こそで一つ仕立って上げた事はなく、貴下が一生の大切だいじだった、そのお米のなかった時も、煙草たばこも買ってあげないでさ。
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
源氏は薄色の直衣のうしの下に、白い支那しな風に見える地紋のつやつやと出た小袖こそでを着ていて、今も以前に変わらずえんに美しい。
源氏物語:33 藤のうら葉 (新字新仮名) / 紫式部(著)
御稱美ごしようびありて早速御召抱おめしかゝへ成るべくとの由なれば直樣すぐさま御對面ごたいめんあらるべしついては先生の御衣服おいふくあま見苦みぐるし此段をも申上たれば小袖こそで一重ひとかさね羽織はおり一ツとを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
日頃ひごろわたくしは、ねばひいさまの形見かたみ小袖こそでせてもらって、すぐおそばっておつかえするのだなどと、口癖くちぐせのようにもうしていたのでございますが
さても伊那丸いなまるは、小袖こそでのうえに、黒皮くろかわ胴丸どうまる具足ぐそくをつけ、そまつな籠手こて脛当すねあて、黒の陣笠じんがさをまぶかにかぶって、いま、馬上しずかに、あまたけをくだってくる。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある日、葉子は、ねずみ矢筈やはずつながった小袖こそでに、地の緑に赤や代赭たいしゃ唐草からくさをおいた帯をしめて、庸三の手紙をふところにして、瑠美子をつれて雪枝を訪問した。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
其の時店先へ立止りました武士さむらいは、ドッシリした羅紗らしゃ脊割羽織せわりばおりちゃくし、仙台平せんだいひらはかま黒手くろて黄八丈きはちじょう小袖こそで、四分一ごしらえの大小、寒いから黒縮緬の頭巾をかぶ
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
シカシ生憎あいにく故障も無かッたと見えて昇は一時頃に参ッた。今日は故意わざと日本服で、茶の糸織の一ツ小袖こそで黒七子くろななこの羽織、帯も何か乙なもので、相変らずりゅうとした服飾こしらえ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
糸織の衿懸えりかけたる小袖こそで納戸なんど小紋の縮緬の羽織着て、七糸しつちん黒繻子くろじゆすとの昼夜帯して、華美はでなるシオウルを携へ、髪など撫付なでつけしとおぼしく、おもても見違ふやうに軽くよそほひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
糸織いとをりのなへたるにふらんねるをかさねし寐間着ねまき小袖こそでめさせかへ、いざ御就蓐おやすみをとりてたすければ、なに其樣そのやうふてはないとおつしやつて、滄浪よろめきながら寐間ねまへと入給いりたまふ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
小袖こそでって二日目の昼すぎ、私達は母の実家から一里足らずのところにある窪平くぼたいらという小さい町に着いた。そこからはもう一息である。けれど母はそこで足がにぶった。
宗助そうすけ同僚どうれう高木たかぎとかをとこが、細君さいくん小袖こそでとかを強請ねだられたとき、おれは細君さいくん虚榮心きよえいしん滿足まんぞくさせるためかせいでるんぢやないとつてけたら、細君さいくんがそりや非道ひど
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
出して、結納ゆいのう小袖こそでも、織り次第、京都の方へ染めにやると言ってやったくらいですよ。ごらんなさいな、織って、染めて、それから先方へ送り届けるんじゃありませんか。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夕化粧の襟足際立きわだつ手拭のかぶり方、襟付の小袖こそで、肩から滑り落ちそうなおめし半纏はんてん、お召の前掛、しどけなく引掛ひっかけに結んだ昼夜帯ちゅうやおび、凡て現代の道徳家をしては覚えず眉をひそめしめ
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
浴衣ゆかたに陣羽織という姿の者もあり、単衣ひとえを五枚重ねて着てくびに古綿を巻きつけた風邪気味と称する者もあり、女房の小袖こそでを裏返しに着て袖の形をごまかそうと腕まくりの姿の者もあり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼岸かのきしの人と聞くつらさ、何年の苦労一トつは国のためなれど、一トつは色紙しきしのあたった小袖こそで着て、ぬりはげた大小さした見所もなき我を思い込んで女の捨難すてがた外見みえを捨て、そしりかまわずあやうきをいとわず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
真綿まわたを入れた絹の小袖こそでも着たことであろうが、この絹もまた古くから我邦にあったとはいいながら、その生産高は今日の輸出時代にくらべると知れたもので、多分は百分の一にも届かなかったと思う。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)