われ)” の例文
そんな事を考えまわしているうちに、いつの間にか、雪の光りに包まれたような寒さを感じ初めたので、彼はハッとしてわれに帰った。
笑う唖女 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だから、一時的にはわれは海尊と名乗って、実歴風に処々の合戦や旅行を説くことは、いずれの盲法師めくらほうしも昔は通例であったかと思うが。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
種々な小禽ことりの声が、ひのきの密林にきぬいていた。二人の頭脳は冷たく澄み、明智あけちしょうを落ちて来てから初めてまことわれにかえっていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十六日の口書くちがき、三奉行の権詐けんさわれ死地しちかんとするを知り、ってさらに生をこいねがうの心なし、これまた平生へいぜい学問のとくしかるなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
昔は孔子のいわく、富にして求むべくんば執鞭しつべんの士といえどもわれまたこれをさん、もし求むべからずんばわが好むところに従わんと。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
ほおの色つやもめつきり増し、白毛しらがも思ひのほかふえ申さず、朝夕の鏡にむかふたびに、これがわが顔かとわれながら意外の思ひを……」
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
文芸ということを聞いた八十助は愕然としてわれに帰った。そうだ、八十助の原稿は常に売れなくても彼の生命は文芸にあったのである。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
右を下にした、左を下にした、仰向あおむいても見た、時々はわれ知らず足を伸ばして、薪木を蹴り火花を散し、驚いて飛起きたこともあった。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
俄然がぜんとして死し、俄然としてわれかえるものは、否、吾に還ったのだと、人から云い聞かさるるものは、ただ寒くなるばかりである。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
辞世の歌の「限りあれば吹かねど花は散るものを心短き春の山風」の一章は誰しも感歎かんたんするが実に幽婉ゆうえん雅麗で、時やたすけず、天われうしな
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
当時の丹絵漆絵紅絵を蒐集しゅうしゅうしこれら古代俳優の舞台姿をば衣裳いしょう紋所もんどころによりて考証穿鑿せんさくするはわれ好事家こうずかに取りて今なほ無上の娯楽たり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
武士は声をかけられて初めてわれに返った。そこには一ちょう山籠やまかごを据えて籠舁かごかきが休んでいた。武士は一刻も早く鬼魅きみ悪い場所を離れたかった。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
(四) 曾子そうし曰く、われ日に三たび吾が身をかえりみる、人のためにはかりて忠ならざるか、朋友と交わりて信あらざるか、習わざるを伝うるかと。
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
すなわ殿騰戸あみおかのくみとより出で迎えます時、伊邪奈岐命いざなぎのみこと語りたまはく、愛しき我那邇妹命わがなにものみことわれなんじと作れりし国未だ作りおわらず、れ還りたまふべしと。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
陽炎かげろうのたち昇る春の日に、雲雀ひばりさえずりをききつつ、私のいつも思い出すのは、「春の野に菫摘まむと来しわれぞ野をなつかしみ一夜宿にける」
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
人なみ/\の心より、思へばなれはこの我を、憎きものとぞうらむらん、われも斯くこそ思ひしが、のりの庭にてなれにあひし、人のことの葉きゝけるに
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ある時、県令の臨場りんぢやうの際に人足に寝そべつてゐる者のあるのを役人がとがめると、『人としてねぶたきことはあるものをわれにはゆるせ三島県令』
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
われく、むかし呉道子ごだうし地獄變相ぢごくへんさうつくる。成都せいとひと一度ひとたびこれるやこと/″\戰寒せんかんしてつみおそれ、ふくしうせざるなく、ために牛肉ぎうにくれず、うをかわく。
聞きたるまゝ (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「父よ、われも人の子なり——」と法水は、その一行の羅甸ラテン文字を邦訳して口誦くちずさんだが、異様な発見はなおも続けられた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
われ毛虫けむしたりし時、みにくかりき。吾、てふとなりてへばひとうつくしとむ。人の美しと云ふ吾は、そのかみの醜かりし毛虫ぞや。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
かくて二年ふたとせ過ぎぬ。この港の工事なかばなりしころわれら夫婦、島よりここに移りてこの家を建て今の業をはじめぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ゆうよ。われ汝に告げん。君子がくを好むはおごるなきがためなり。小人楽を好むはおそるるなきがためなり。それだれの子ぞや。我を知らずして我に従う者は。」
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
衛門 (ふと、われに返って)旦那様! 手前、これからちょっと婆さんの所に知らせに行ってやろうと存じます。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
われにしたがひて物学ばむともがらも、わが後に、またよき考へのきたらむには、かならずわが説にななづみそ。わがあしきゆえを言ひて、よき考へをひろめよ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
『そ、そんなにつよいのですか。』と彌次馬やじうま士官しくわん水兵すいへいわれも/\とやつてたが、成程なるほど武村たけむらすね馬鹿ばかかたい、みな一撃いちげきもと押倒おしたをされて、いたい/\と引退ひきさがる。
せきたりりょうたり。独立して改めず。周行してあやうからず。もって天下の母となすべし。われその名を知らず。これをあざなして道という。いてこれが名をなして大という。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
鮑叔はうしゆくわれもつたんさず、まづしきをればなりわれかつ鮑叔はうしゆくめにことはかり、しかうしてさら窮困きうこんす。鮑叔はうしゆくわれもつさず、とき不利ふりるをればなり
パノラマ館には例によって人を呼ぶ楽隊の音面白そうなればわれもまた例によって足を其方そちらへ運ぶ。
半日ある記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
すなわち眼を閉じ頭顱かしらを抱えて其処そこへ横に倒れたまま、五官を馬鹿にし七情のまもりを解いて、是非も曲直も栄辱も窮達も叔母もお勢も我のわれたるをも何もかも忘れてしまって
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
われらのいる前後数町の間は、かつて、測量員すら逡巡して通行しなかったところ、案内者も、今回が初対面、岩角にすがり綱を手繰たぐり、または偃松を握りなどし、辛くも
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
と助七は一時いちじお島の言葉に立止りましたが、さては長二の奴も、先祖の位牌を入れる仏壇ゆえ、遠慮してわれが打つまいと思って、斯様かような高言をいたに違いない、憎さも憎し
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
雨戸あまどをさすもなく、いままでとほくのはやしなかきこえてゐたかぜおとは、巨人きよじんの一あふりのやうにわれにもないはやさでかけて、そのいきほひのなかやまゆきを一んでしまつた。
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
そしていやしくもそれが真理であり、科学的の事実でさえあれば、一切の先入的偏見を排除して、千万人といえどもわれ行かんのがいもって、宇宙間の隠微いんびを探るべく勇往邁進する。
ああ彼は今明日の試験準備に余念ないのであろう。彼はわれが今ここに立っているということは夢想しないのであろう。彼と吾とただ二重ふたえの壁に隔たれて万里の外のおもいをするのである。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
上がらなくとも喜んでいたい。いな下がっても喜びたい。であるから、いわゆる立身したとて、たちまち、「われは得たり、成功したり」と考えるのはまことに望ましからぬことである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
手洟てばなをかむもあり、いずれ劣らぬ浜育ちの、おのがじし声高なる子供自慢、毛並から眼の色、耳の穴まであげつらって、これぞ今日の第一等賞プレミエ・プリと、人はいえばわれもまた、そうはならぬと
先生せんせいを他国の人と眼解みてとりあざむきてたばこの火をかりたるならん、可憎々々にくむべし/\否々いや/\にくむべからず、われたばこの火をかして美人にえん(烟縁)をむすびし」と戯言たはふれければ、岩居を拍て大に笑ひ、先生あやまて
或時あるときにね、カンタイといふ人が、孔子様を憎んで、をの斬殺きりころさうとしたのさ。所が孔子様は、(天、徳をわれせり、カンタイわれ奈何いかん。)とおつしやつて、泰然自若としてすわつていらしたんだ。
愚助大和尚 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
声を焦立いらだたせようとすると、われながらそれが感傷的に震へるのだ。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
海の鰐を欺きて言はく、われいましと競ひてやからの多き少きを計らむ。
『汝は決してわれを知らないであろう』と彼は書いて来ました。
いそがはしくわれを育ててわが母や長閑のどに桜も見できませしか
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
主の声に驚かされて、彼はたちまちその事を忘るべきわれかへれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「口重きわれにもあらず今日はまたあらぬ世辞言ひ心曇りぬ」
睡蓮 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ゆふがすみ西の山のつつむ頃ひとりのわれは悲しかりけり
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
われまたたらん、いとしき者よ、またたらん……。
真砂まさごなす数なき星のその中にわれに向ひて光る星あり
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
百姓弥之助は、その光景をじっと見てわれに返った。
激しく頭を振って、源吉は、ようやわれかえった。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
われとわがるにこそ、りがひはあれ。
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)