“天子(てんし)” の例文
なんでも夜中(よなか)すぎになると、天子(てんし)さまのおやすみになる紫宸殿(ししいでん)のお屋根(やね)の上になんとも知(し)れない気味(きみ)の悪(わる)い声(こえ)で鳴(な)くものがあります。
鵺 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
けれど、昔(むかし)から百年(ねん)と長(なが)くこの世(よ)の中(なか)に生(い)きていたものがありませんので、天子(てんし)さまはこのことを、ひじょうに悲(かな)しまれました。
不死の薬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
このおれさまはどうだ! 日本中クロを乗りまわしてきて、いまは、天子(てんし)さまと同じ都(みやこ)の土をふんでいるんだ。九重(ここのえ)の都をよ!
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
待(また)ず夫々(それ/″\)へ奉公すべし兩刀(りやうたう)を帶(たい)する者は皆々天子(てんし)の家來なるぞ必ず忠臣二君に仕へずとの言葉(ことば)を用ゆるな浪人(らうにん)を致して居て越前の行末(ゆくすゑ)かと後指(うしろゆび)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
天子(てんし)の御料(ごりよう)の、畑(はたけ)のある山里(やまざと)に蒔(ま)いた青菜(あをな)も、そこの吉備(きび)の國人(くにびと)と、二人(ふたり)で摘(つ)んでゐると、氣(き)がはれ/″\とすることよ、といふ意味(いみ)のことをいはれたのです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
一合から一合五勺(しゃく)の休み茶屋、そこを出ると、雲の海は下になって、天子(てんし)ヶ岳の一脈、その次に早川連巓の一線、最後に赤石山系の大屏風(だいびょうぶ)が、立て列(つら)なっている。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
富「いえ仮令(たとい)お上屋敷から参りましても、天子(てんし)将軍から参りましても此の水飴は富彌屹度(きっと)棄てます」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
天気吉(よし)。茂吉直吉おみゑ上山(かみのやま)行。九銭茂吉筆代。十月廿一日。天気吉(よし)。七銭茂吉下駄代(げただい)。廿二日。天気吉。広吉茂吉は半郷学校え天子(てんし)様のシヤシン下るに付而行(ついてゆく)。熊次郎紙つき。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
朝鮮(ちようせん)の北(きた)の方(ほう)は、今(いま)から千九百年(せんくひやくねん)ほど前(まへ)滿洲(まんしゆう)の方(ほう)からかけて、漢(かん)の武帝(ぶてい)といふ強(つよ)い天子(てんし)が攻(せ)めて來(き)てそこを占領(せんりよう)し、樂浪郡(らくろうぐん)などゝいふ支那(しな)の郡(ぐん)を四(よつ)つも設(まう)けたところであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
同君は冬休に天子(てんし)山脈の西毛無(にしけなし)山(大方(おおがた)山)に登られ、南アルプスの壮観に刺激されて、飽(あく)まで緊張した神経で、天文台の上から纔(わずか)に開けた西方の木の間に白い雪の山を見付け出した。
望岳都東京 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
散々(ちりぢり)になって、このあたりの村々で亡くなった、それを神に祭って「后(きさき)の宮(みや)」と崇(あが)めてあること、帝が崩御(ほうぎょ)あそばした時、神となって飛ばせ給うところの山を「天子(てんし)ヶ岳(たけ)」と呼び奉ること
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
北には身延嶽(みのぶたけ)天をいただき、南には鷹取(たかとり)が嶽(たけ)雲につづき、東には天子(てんし)の嶽日(たけひ)とたけをなじ、西には又、峨々(がゝ)として大山つづきて白根(しらね)の嶽(たけ)にわたれり。猨(さる)のなく音(こゑ)天(てん)に響き、蝉のさえづり地にみてり。
だつて天子(てんし)さま
歌時計:童謡集 (旧字旧仮名) / 水谷まさる(著)
天子(てんし)さまはたいそう頼政(よりまさ)の手柄(てがら)をおほめになって、獅子王(ししおう)というりっぱな剣(つるぎ)に、お袍(うわぎ)を一重(ひとかさ)ね添(そ)えて、頼政(よりまさ)におやりになりました。
鵺 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
昔(むかし)、支那(しな)に、ある天子(てんし)さまがあって、すべての国(くに)をたいらげられて、りっぱな御殿(ごてん)を建(た)てて、栄誉(えいよ)・栄華(えいが)な日(ひ)を送(おく)られました。
不死の薬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
いいなア、いいなア、さすがに天子(てんし)さまの都だけあるなあ。オーむこうに見えるのが御所(ごしょ)の屋根だな。霞(かすみ)をひいて絵(え)のとおりだ。二条(じょう)、三条、四条、五条。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは御存(ごぞん)じの醍醐天皇(だいごてんのう)の御代(みよ)に出來(でき)たもので、普通(ふつう)、天子(てんし)の仰(おほ)せでつくつた歌集(かしゆう)の第一番(だいゝちばん)のものだといふことになつてゐます。かうした歌集(かしゆう)を敕撰集(ちよくせんしゆう)といひます。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
一品親王(ほんしんわう)なり夫一品の御位は官外にして日本國中三人ならではなし先(まづ)天子(てんし)の御隱居遊されしを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
また一方(いつぽう)には古(ふる)くからある圓(まる)い塚(つか)から、だん/\變化(へんか)して四角(しかく)な形(かたち)の古墳(こふん)も出來(でき)て來(き)ましたが、この四角(しかく)の形(かたち)の塚(つか)は、支那(しな)では古(ふる)く秦(しん)や漢(かん)の時代(じだい)から天子(てんし)の墓(はか)などにあつたもので
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
ところどころ日のさしている富士川の流(ながれ)が脚の下に俯瞰されるのみで、午下(ひるさがり)の空には積雲がむくむくと湧き上り、富士川を始め御坂(みさか)山塊や天子(てんし)山脈の山という山は、既に雲に掩われていた。
天子(てんし)さまはその歌(うた)をおよみになって、かわいそうにお思(おも)いになり、頼政(よりまさ)を四位(しい)の位(くらい)にして、御殿(ごてん)に上(のぼ)ることをお許(ゆる)しになりました。
鵺 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「それはそうさ、天子(てんし)さまも不死(ふし)の薬(くすり)を飲(の)むことができなかったから、やはり年(とし)を老(と)って死(し)んでしまいなされたろう。」
不死の薬 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「なにもくそもあるものか、きさまこそ、餓鬼(がき)のぶんざいで、この松明(たいまつ)をなんにつかう気だ、文句(もんく)はあとで聞いてやるから、とにかく天子(てんし)ヶ岳(たけ)のふもとまでこい」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
麓の部落から天子(てんし)山脈の最高峰大方(おおがた)山に攀じ登り、全山霧氷に飾られた樹林の間から、南アルプスの雪山の壮観を眺め、三尺の積雪を踏んで尾根伝いに本栖湖畔に下ったまでは無難であったが
冬の山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
為義(ためよし)はもう七十の上を出た年寄(としよ)りのことでもあり、天子(てんし)さま同士(どうし)のお争(あらそ)いでは、どちらのお身方(みかた)をしてもぐあいが悪(わる)いと思(おも)って
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
この見地から農商務省出版の甲府図幅を拡げ、展望台として恰好と思われる山を物色して二つを選み出した、一は河口湖の東北に在る毛無(けなし)山で、他は本栖湖の南に在る天子(てんし)山脈の最高峰毛無山である。
春の大方山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
その勢(いきお)いで天子(てんし)さまの体(からだ)にお病(やまい)がおこるのだ。だからあの蛇(へび)と蛙(かえる)を追(お)い出(だ)してしまわないうちは、御病気(ごびょうき)は治(なお)りっこないのだよ。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
と思(おも)いました。そこで天子(てんし)さまに願(ねが)って、自分(じぶん)が御褒美(ごほうび)を頂(いただ)く代(か)わりに、宗任(むねとう)はじめ敵(てき)のとりこを残(のこ)らず許(ゆる)してやりました。
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「きっとこれはだれかが天子(てんし)さまに讒言(ざんげん)したにちがいない。天子(てんし)さまには、間違(まちが)いだからといって、よく申(もう)し上(あ)げてくれ。」
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
中納言(ちゅうなごん)はさっそく天子(てんし)さまの御所(ごしょ)へ上(あ)がって、大事(だいじ)な娘(むすめ)が大江山(おおえやま)の鬼(おに)に取(と)られたことをくわしく申(もう)し上(あ)げて、どうぞ一日(にち)もはやく鬼(おに)を退治(たいじ)して
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
太子(たいし)が六歳(さい)の時(とき)でした。はじめて朝鮮(ちょうせん)の国(くに)から、仏(ほとけ)さまのお経(きょう)をたくさん献上(けんじょう)してまいりました。するとある日(ひ)太子(たいし)は、天子(てんし)さまのお前(まえ)へ出て
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
と大きな声(こえ)で名(な)のりました。するとそれなりすっと魔物(まもの)は消(き)えて、天子(てんし)さまの御病気(ごびょうき)はきれいになおってしまいました。
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
天子(てんし)さまはたいそうおおどろきになり、伊豆(いず)の国司(こくし)の狩野介茂光(かののすけしげみつ)というものにたくさんの兵(へい)をつけて、二十余艘(よそう)の船(ふね)で大島(おおしま)をお攻(せ)めさせになりました。
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
長持(ながもち)のふたをあけると、なるほど赤(あか)と白の猫(ねこ)が二匹(ひき)飛(と)び出(だ)しました。天子(てんし)さまも役人(やくにん)たちも舌(した)をまいて驚(おどろ)きました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ある時(とき)宰相(さいしょう)は、天子(てんし)さまの御用(ごよう)を勤(つと)めて手柄(てがら)を立(た)てたので、ごほうびに大和(やまと)、河内(かわち)、伊賀(いが)の三箇国(かこく)を頂(いただ)きました。
鉢かつぎ (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「京都(きょうと)は天子(てんし)さまのいらっしゃる日本一(にっぽんいち)の都(みやこ)ですし、おもしろいしごとがたくさんあります。わたくしはそこへ行って、運(うん)だめしをしてみようと思(おも)います。」
一寸法師 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
田村麻呂(たむらまろ)は今更(いまさら)仏(ほとけ)さまの御利益(ごりやく)のあらたかなのにつくづく感心(かんしん)して、天子(てんし)さまから頂(いただ)いたお金(かね)を残(のこ)らず和尚(おしょう)さんにあずけて、お寺(てら)をりっぱにこしらえました。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そこで天子(てんし)さまは阿倍(あべ)の晴明親子(せいめいおやこ)をお呼(よ)び出(だ)しになり、御前(ごぜん)で術(じゅつ)比(くら)べさせてごらんになることになりました。
葛の葉狐 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ある時(とき)、天子(てんし)さまの御所(ごしょ)に毎晩(まいばん)不思議(ふしぎ)な魔物(まもの)が現(あらわ)れて、その現(あらわ)れる時刻(じこく)になると、天子(てんし)さまは急(きゅう)にお熱(ねつ)が出て、おこりというはげしい病(やまい)をお病(や)みになりました。
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
天子(てんし)さまはたいそうおよろこびになって、頼光(らいこう)はじめ保昌(ほうしょう)や四天王(てんのう)たちにたくさん御褒美(ごほうび)を下(くだ)さいました。
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
天子(てんし)さまの仰(おお)せ付(つ)けを受(う)けますと、田村麻呂(たむらまろ)はかしこまって、さっそく兵隊(へいたい)を揃(そろ)える手(て)はずをしました。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
そこで天子(てんし)さまは、ある時(とき)、一寸法師(いっすんぼうし)をお召(め)しになってごらんになりますと、なるほど気高(けだか)い様子(ようす)をしたりっぱな若者(わかもの)でしたから、これはただ者(もの)ではあるまいと
一寸法師 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「いや、わたしたちは天子(てんし)さまのおいいつけで、鬼(おに)を退治(たいじ)に来(き)たのだから、安心(あんしん)しておいでなさい。」
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
天子(てんし)さまはたいそう御心配(ごしんぱい)になって、度々(たびたび)兵隊(へいたい)をおくって高丸(たかまる)をお討(う)たせになりましたが、いつも向(む)こうの勢(いきお)いが強(つよ)くって、そのたんびに負(ま)けて逃(に)げて帰(かえ)って来(き)ました。
田村将軍 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その蓮花(れんげ)を明(あ)くる朝(あさ)天子(てんし)さまが御覧(ごらん)になって、そこに橘寺(たちばなでら)というお寺(てら)をお立(た)てになりました。
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
一寸法師(いっすんぼうし)が宰相殿(さいしょうどの)のお姫(ひめ)さまを連(つ)れて、鬼(おに)が島(しま)から宝物(たからもの)を取(と)って、めでたく帰(かえ)って来(き)たといううわさが、すぐと世間(せけん)にひろまって、やがて天子(てんし)さまのお耳(みみ)にまで入(はい)りました。
一寸法師 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
またある時(とき)、太子(たいし)は天子(てんし)さまの御前(ごぜん)で、勝鬘経(しょうまんきょう)というお経(きょう)の講釈(こうしゃく)をおはじめになって、ちょうど三日(みっか)めにお経(きょう)がすむと、空(そら)の上から三尺(じゃく)も幅(はば)のあるきれいな蓮花(れんげ)が降(ふ)って来(き)て
夢殿 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)