夜着よぎ)” の例文
「これでもう天井の落ちる心配もなくなつた。」書庫が出来上ると、犬養氏は夜着よぎのなかで、安心してかはづのやうに両脚を踏み延ばした。
宗助そうすけこたへなか夜着よぎしたからた。そのこゑこもつたやう御米およねみゝひゞいたとき御米およねまないかほをして、枕元まくらもとすわつたなりうごかなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
致せと云ながら直樣すぐさま自宅に立歸りお花が部屋に這入はひればお花はハツト仰天ぎやうてんして友次郎を夜着よぎの中に手早くかくそばに有し友次郎が脇差わきざし
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
昨夜ゆふべの収めざるとこの内に貫一は着のまま打仆うちたふれて、夜着よぎ掻巻かいまきすそかた蹴放けはなし、まくらからうじてそのはし幾度いくたび置易おきかへられしかしらせたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
従兄の白木しらき位牌いはいの前には燈心とうしんが一本火を澄ましていた。そのまた位牌を据えた机の前には娘たちが二人夜着よぎをかぶっていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夜着よぎ引きかぶればあり/\と浮ぶおたつの姿、首さしいだしてをひらけば花漬、とずればおもかげ、これはどうじゃとあきれてまたぞろ眼をあけば花漬
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いまはたしかにそれよと疑はずなりて、のたまふままにうなずきつ。あたりのめづらしければ起きむとする夜着よぎの肩、ながくやわらかにおさへたまへり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
家付の我儘娘、重二郎は学問にって居りますから、ふすまを隔てゝふけるまで書見をいたします。お照は夜着よぎかぶって向うを向いて寝てしまいます。
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
阿爺おとっさんが天狗になってお囃子はやしってるのじゃないかと思うと、急に何だか薄気味うすきび悪くなって来て、私は頭からスポッと夜着よぎかむって小さくなった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
すなわ煙草たばこ盆、枕屏風まくらびょうぶ船底枕ふなぞこまくら夜着よぎ赤い友染ゆうぜん、などといったものが現われて来るのだ、そして裸の女が立っていれば如何にも多少気がとがめる事になる
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
寢息ねいきもやがて夜着よぎえりしろ花咲はなさくであらう、これが草津くさつつねよるなのである。けれどもれては何物なにものなつかしい、吹雪ふゞきよ、遠慮ゑんりよなくわたしかほでゝゆけ!
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
夜着よぎえりよごれていた。旅のゆるやかな悲哀ひあいがスウイトな涙をさそった。かれはいつかかすかにいびきをたてていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「どういたしまして、燃えるような緋縮緬ひぢりめん夜着よぎがありますよ」二人の洋盃コップにビールが無くなっているので、山西はかわりを注文して、それに口をけながら
水魔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……何でもその時に女中部屋の時計がコチーンコチーンと二時を打つのを夜着よぎの中で聞いたというがね
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と云ったきり、涙をぽろ/\こぼしているばかりであったが、父もまり悪そうに下を向いて何も云わず、こそ/\と部屋へ逃げ込んで、夜着よぎに顔を埋めてしまった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこへ、優しい聲をして玉が來て、渠の夜着よぎの裾へもぐり込まうとしたので、渠は氣味が惡くなり
泡鳴五部作:03 放浪 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
洗面せんめんだらいは、こなごなにこわれていました。夜着よぎもまくらも、寝台しんだいからころげおちていました。
のばし、夜着よぎの畳んである方に頭を向けて、うつぶしになっております。これは犯人が、被害者の座っている後ろから抱きついて短刀で心臓部を刺し、それから、背部を
現場の写真 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
そんなことを思う傍らで、まだ移転ひっこしの日のつづきを思い出しているのだった。翌日に着いた泡鳴の荷物は、荷車に二台の書籍と、あとは夜着よぎと、鉄の手焙てあぶりだけだった。
遠藤(岩野)清子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ブウー、ウー、ウー、警笛けいてきこえです。まず、ねむりからさまされたのが、あにしん一でした。まだねむりがまぶたにのこっていて、かお夜着よぎのえりにめたままみみをすましていました。
火事 (新字新仮名) / 小川未明(著)
あの匂いが、女の匂いが、あの夜追われて、かくれて、はからずも嗅いだ肌の匂いが、髪の匂いが、女の移り香が、枕からか、夜着よぎえりからか、かすかに匂って来たのである。
流行暗殺節 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
藤十郎の心にそうした、物狂わしい颷風ひょうふうが起っていようとは、夢にも気付かないらしいおかじは押入れから白絖しろぬめ夜着よぎを取出すと、藤十郎の背後に廻りながら、ふうわりと着せかけた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
玄庵げんあんは、夜着よぎしたれて、かるく菊之丞きくのじょう手首てくびつかんだままくびをひねった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
薪を入れ足し、夜着よぎを直して、今は私を見つめる力もなくなつて了つてゐる彼女をしばらく私は眺めてから、窓際の方へ歩いて行つた。雨はひどく窓硝子に打ちつけ、風も強く吹いてゐる。
しら綾に鬢の香しみし夜着よぎの襟そむるに歌のなきにしもあらず
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
すべ肌着はだぎ日々ひゞあらひ、夜着よぎは六七にちごとすべきこと
養生心得草 (旧字旧仮名) / 関寛(著)
夜着よぎみぢかしながし。
桜さく島:春のかはたれ (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
是は粗相千万そさうせんばん、(中略)と後先あとさき揃はぬ事を云ふて、又もと夜着よぎへこそこそはいつて、寝るより早く其処そこを立ち退き、(下略げりやく
案頭の書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
夜着よぎを掛けるとおますは重い夜着や掻巻かいまきを一度にはね退けて、蒲団の上にちょんと坐り、じいッと伴藏の顔をにらむから
暗いなかをなお暗くするために眼をねむって、夜着よぎのなかへ頭をつき込んで、もうこれぎり世の中へ顔が出したくない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぬすみ取んと彼曲者かのくせものは半四郎が寢たる夜着よぎわきより徐々そろ/\と腹のあたりへ手を差入さしいれければ後藤は目をさましはてきやつめが來りしぞと狸寢入たぬきねいりをしてひそかにそばの夜具を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
火鉢ひばちあかいのも、鐵瓶てつびんやさしいひゞきに湯氣ゆげてゝゐるのも、ふともたげてみた夜着よぎうらはなはだしく色褪いろあせてゐるのも、すべてがみなわたしむかつてきてゐる——このとし
日の光を浴びて (旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
写真で、被害者がよく太っていることと、夜着よぎが畳んだままになっているのを見たとき、被害者がお湯に行ったことと考え合わせて、按摩を雇ったのでないかと思いました。
現場の写真 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
宗吉と同じ長屋に貸蒲団の一ツ夜着よぎで、芋虫ごろごろしていた処——事業の運動に外出そとでがちの熊沢旦那が、お千さんの見張兼番人かたがた妾宅の方へ引取って置くのであるから
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その声は急にさわがしく、相争あひあらそ気勢けはひさへして、はたはたと紙門ふすまひしめかすは、いよいあやしと夜着よぎ排却はねのけて起ち行かんとする時、ばつさり紙門の倒るるとひとしく、二人の女の姿は貫一が目前めさきまろでぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
かう言ひながら、時々思ひ出したやうにかねを鳴らしたものだ。媼さんはお蔭で亡くなつた爺さんが浄土に生れ代つたもののやうに涙を流して喜んだ。そして暖いかゆと暖い夜着よぎとを恵んでくれた。
冬川は千鳥ぞ来啼きな三本木さんぼんぎべにいうぜんの夜着よぎほす縁に
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
さむくなった。今年ことし夜着よぎつくらねばなるまい。」
火を点ず (新字新仮名) / 小川未明(著)
孔生はまだ夜着よぎにくるまって寝ていた。
嬌娜 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
お熱の工合ぐあいでお悪くなると、ころりと横になる。ひどく寒い、もそっと掛けろよと御意があると、綿の厚い夜着よぎを余計に掛けなければなりません。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すると夜具の中へもぐって返事もしないんですもの。こっちは心配だから二度目にまたおこすと、夜着よぎそでから何か云うのよ。本当にあきれ返ってしまうの
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
持て我が寢所ねどころへ來りし故怪敷あやしくおも片蔭かたかげかくれてうかゝひしに夜着よぎの上より我をさし候樣子に付き取押とりおさへて繩をかけしなり此儀このぎ公邊おかみうつたへ此者を吟味ぎんみ致さんと云ひけるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
お蓮は酒臭い夜着よぎの襟に、冷たいほおうずめながら、じっとその響に聞き入っていた。こうしている内に彼女の眼には、いつか涙が一ぱいに漂って来る事があった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それでも親の慈悲や兄のなさけうかして学校へもく様に真人間にしてりたいと思へばこそ性懲しやうこりけよう為に、昨夜ゆうべだつて左様さうだ、一晩裸にして夜着よぎせずに打棄うつちやつて置いたのだ。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
さばかり間遠まどほなりし逢瀬あふせなるか、言はでは裂けぬる胸の内か、かく有らではあきたらぬ恋中こひなかか、など思ふに就けて、彼はさすがに我身の今昔こんじやくに感無き能はず、枕を引入れ、夜着よぎ引被ひきかつぎて、寐返ねがへりたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
晋齋も心中しんちゅうを察していると見え、心持がわるくば寝るがいゝと許しますので、お若はとこをとって夜着よぎ引っ被りましたが、何うして眠られましょう
圧制されてやむをえずに出す声であるところが本来の陰欝、天然の沈痛よりも一層いやである、聞き苦しい。余は夜着よぎの中に耳の根まで隠した。夜着の中でも聞える。
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思へば好事よきことには泣くとぞふなる密閉室あかずのまの一件が、今宵誕辰たんしんの祝宴に悠々いう/\くわんつくすをねたみ、不快なる声を発してその快楽を乱せるならむか、あはれむべしと夜着よぎかぶりぬ。眼は眠れどもしんは覚めたり。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
十一月の事で寒いから二つの布団の上に小蒲団を敷き、藤掛鼠ふじかけねずみ室着へやぎの上へぬいもようの掻巻袍かいまきどてらを羽織り、寒くなると夜着よぎをかける手当が有りまする。
車に寒く、湯に寒く、はては蒲団にまで寒かったのは心得ぬ。京都ではそでのある夜着よぎはつくらぬものの由を主人からうけたまわって、京都はよくよく人を寒がらせる所だと思う。
京に着ける夕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)