分別ふんべつ)” の例文
ありとあらゆる検察力を発揮はっきしないと、烏啼を引捕えることは出来ない。しかし、一体どこから手をつけていいか、分別ふんべつがつかない。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
勘次かんじはそれでも分別ふんべつもないので仕方しかたなしに桑畑くはばたけこえみなみわびたのみにつた。かれふる菅笠すげがさ一寸ちよつとあたまかざしてくびちゞめてつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その頃から見ると私も大分だいぶ大人になっていました。けれどもまだ自分で余所行よそゆきの着物を拵えるというほどの分別ふんべつは出なかったのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これまでの力をつくしながら、咲耶子をとられたものならぜひがない、いちおう、ここを退いて、またあとの分別ふんべつをつけるとしよう
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうも、このごろのまんはおかしい。はっきりとはいえぬが、ばくちをするんでないかな。」と、一人ひとりが、分別ふんべつありげにあたまをかしげると
万の死 (新字新仮名) / 小川未明(著)
所で、ウラスマルはあの野暮な、何の取り柄もない体を飾る唯一のものとして、カシミヤブーケを選んだとは何たる気の毒な分別ふんべつだらう。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
女子供では無し、分別ふんべつ盛りの四十男がそれだけの事で姿を隠そうとも思われないが、案外の小胆者で唯一途いちずに恐怖を感じたのかも知れない。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あたかも一の学説を主張するが如くにその論理を運ばするのみであって、実際問題に携わるに当って必要なる気転きてん分別ふんべつはその影すら無い。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
たとへば、吝嗇者りんしょくもののやうにたからおびたゞしうってをっても、たゞしうもちふることをらぬ、姿すがたをも、こひをも、分別ふんべつをも、其身そのみ盛飾かざりとなるやうには。
この好き嫌いをもって物を判断する標準にすると、とかく曲直きょくちょく分別ふんべつができなくなり、つまらぬことに争い、大きなことにも争いを起こす。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
葉子は何物という分別ふんべつもなく始めはただうるさいとのみ思っていたが、しまいにはこらえかねて手をあげてしきりにそれを追い払ってみた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かんがへた結果あげく、まあ年長としうへだけに女房かみさん分別ふんべつして、「多分たぶん釜敷かましきことだらう、丁度ちやうどあたらしいのがあるからつておいでよ。」とつたんださうです。
廓そだち (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
言いなり次第になってまずその手から子供を引き放し、それから警察として独自の活躍に移るというのが、この際最上の分別ふんべつではなかったか。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
いずれの中学校でも一番ぎょしがたいのは三年生である、一年二年はまだ子供らしい点がある、四年五年になると、そろそろ思慮しりょ分別ふんべつができる
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
『それは眞個ほんとう結構けつかうことだわ』とあいちやんは分別ふんべつありげにつて、『けど、それなら——それでもおなかかないかしら』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
學問がくもんなく分別ふんべつなきものすらくわだつることを躊躇ためろふべきほどの惡事あくじをたくらましめたるかをあらはすはけだしこのしよ主眼しゆがんなり。
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
ではその金はどうしたかと言えば、前後の分別ふんべつも何もなしにお松につぎこんでしまったのです。が、お松も半之丞に使わせていたばかりではありません。
温泉だより (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私が尊敬するあなたの分別ふんべつを以て、——あなたの責任ある、從屬的な地位に似合にあひの先見、用心深さ、謙遜を以て——私がイングラム孃と結婚した場合には
時には前途の思いに胸がふさがって、さびしさのあまり寝るよりほかの分別ふんべつもなかったことを覚えている。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
人事ひとごと我事わがこと分別ふんべつをいふはまだはやし、おさなごゝろまへはなのみはしるく、もちまへのけじ氣性ぎせう勝手かつてまわりてくものやうなかたちをこしらへぬ、氣違きちが街道かいだうぼけみち
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
申立るは必定ひつぢやうなりすれば我等に吟味かゝらんにより其時は如何に返答へんたふしてよかるべきや是平左衞門よき分別ふんべつ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかしながら、この永い忍苦は、姉さんにとって、決して無駄むだではなかったと思う。姉さんは、僕たちと比較にならぬほど、深い分別ふんべつをお持ちになったに違いない。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「おんとこへゐるんなら喧嘩しねえが好い。おい清公、お前も生意気をよして権八公と仲よくしねえな。その方が好いぜ。」と分別ふんべつらしい顔で一人の少年は仲裁した。
ある職工の手記 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
このおとこは三さき町人ちょうにんで、年輩としごろは三十四五の分別ふんべつざかり、それがなみだまじりにんなことをもうすのでございますから、わたくし可笑おかしいやら、どくやら、まったあきれてしまいました。
何とか他の人々にわざわいの及ばぬようなよい分別ふんべつがないものか知らん。死ということは無論どこへ行ってもまぬかれない。早く死ぬかおそく死ぬかいずれとも死ぬにきまって居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
おっかなびっくり考えたものでございますが何分その時は、変だなとは思いながらも、旦那様の御容態の方が心配でしたので、そんな分別ふんべつも出なかったわけでございます。
幽霊妻 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
今の勤めは戦場で武勇をきそいますよりも幾層倍の苦しみの上に、智慧ちえ分別ふんべつとがのうてはかないませぬけれども、それもこれも主君のおんため、天下のためと存じまして
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
主人三郎兵衞は、分別ふんべつらしい額に手を當てました。苦澁の色はおほふべくもありません。
が、かれも大事をひかえて分別ふんべつある士、そうやすやすと憤激ふんげきじょうをおもてにあらわしはしなかった。しかし、わざとしずかにきりだした低声は、彼の自制を裏ぎってかすかにふるえていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
なんともしかねる奇妙なことが起き、このまま捨ておいては、たったひとりの娘のいのちにもかかわろうという大難儀で、わしも、はやもう、悩乱のうらんして、どうしよう分別ふんべつも湧いて来ぬ。
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
くたくたになって、一歩も動けなくなって、はじめて、こう気づくのは、分別ふんべつがたりないやりかたである。じぶんたちが、まだ分別のたりない子どもであることを、みんなはしみじみ感じた。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
口をいているうちに、それがついに物争いになってしまいました。日頃、温厚を以て聞えた分別ふんべつの者までが、言葉にとげを持って、額に筋を張ってりきみ出したことは、ものにつかれたようです。
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
妾は愛に貴賤きせんの別なきを知る、智愚ちぐ分別ふんべつなきを知る。さればその夫にして他に愛を分ち我を恥かしむる行為あらば、我は男子が姦婦かんぷに対するの処置を以てまた姦夫かんぷに臨まんことを望むものなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
今夜この場のお前の分別ふんべつ一つで、お前の一生の苦楽は定るのだから、宮さん、お前も自分の身が大事と思ふなら、又貫一が不便ふびんだと思つて、頼む! 頼むから、もう一度分別を為直しなおしてくれないか。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あのしかつめらしい分別ふんべつのとりことなった
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
医者のくすりは飲まぬ分別ふんべつ 翁
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
宗助そうすけこの可憐かれん自白じはくなぐさめていか分別ふんべつあまつて當惑たうわくしてゐたうちにも、御米およねたいしてはなはどくだといふおもひ非常ひじやうたかまつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
背たけが思いきって低く、顔形も整ってはいないが、三十女らしく分別ふんべつの備わった、きかん気らしい、あかぬけのした人がそれに違いないと思った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
わたくしはもう半分は死んだ者のようにぼうとなってしまいまして、なにをどうしようという知恵も分別ふんべつも出ませんでした
半七捕物帳:02 石灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
すれば、かうなってしまうたうへは、あの若殿わかとの嫁入よめいらッしゃるがいっ分別ふんべつぢゃ。おゝ、ほんに可憐かはいらしいおかた彼方あなたくらべてはロミオどのは雜巾ざふきんぢゃ。
宴會客えんくわいきやくから第一だいいち故障こしやうた、藝者げいしやこゑかないさきに線香せんかうれたのである。女中ぢよちうなかまが異議いぎをだして、番頭ばんとううでをこまぬき、かみさんが分別ふんべつした。
木菟俗見 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
かく動揺されるときは、さなきだに思慮分別ふんべつじゅくせぬ青年はいよいよ心の衡平こうへいを失い、些事さじをも棒大ぼうだいに思い、あるいは反対に大事を針小しんしょうに誤る傾向がある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
自分じぶんのものでありながら、それを保証ほしょうする道徳どうとくのなかったこと、こんな、よいわるいの分別ふんべつがなくなるまで、社会しゃかいがくずれたかという、なげきにほかありません。
道の上で見た話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「私に考へられる範圍では、直ぐに御本人をお取りになれば、もつと賢くて、分別ふんべつあることでせう。」
この分別ふんべつそうな団栗顔どんぐりがおがこの者の特徴とは五郎もとうから知っている。分別貧乏というやつだ。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このあたり見掛みかける妖精達ようせいたちがいしてみな年齢としわかいものばかり、性質せいしつ無邪気むじゃきで、一こう多愛たあいもないが、おな妖精ようせいでも、五百ねん、千ねん功労こうろうたものになると、なかなか思慮しりょ分別ふんべつもあり
しかしそれは分別ふんべつある壯年さうねんあひだにのみ解釋かいしやく記憶きおくされた。事件じけん内容ないよう勘次かんじのおつぎにたいする行爲かうゐ猜忌さいぎ嫉妬しつととのもつ臆測おくそくたくましくするやうに興味きようみ彼等かれらあたへなかつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
最暗黒さいあんこく社會しやくわいにいかにおそろしき魔力の潛むありて學問がくもんはあり分別ふんべつある腦膸のうずいなか
「罪と罰」の殺人罪 (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
「まアそう云うものじゃないよ、黒田君」分別ふんべつあり白木しろき警部はおだやかに制して
崩れる鬼影 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一言も言わないのみならず、先方でまだ気がつかないでいるのを幸い、自分も、あの人の帰るまで、姿を見せないでいるのが分別ふんべつだと心を決めてしまったのは、全く聡明な思いやりでありました。
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)