しぼ)” の例文
「ほら、ざつとしぼつて乾かして置いてくんな、——心配するなつてことよ、そんなくさつた單衣なんざ、お邸へ歸りや何枚でもあらア」
ひきしぼったつるをぷつんと切って放った。——矢は、崖下の山寺をおおっている木立のこずえを通って、後に四、五葉ひらひら舞わせていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だが、あたしの弱かつたのはお灸のせゐだといまでは思つてゐる。なぜならば、膏汗あぶらあせ精根せいこんを五ツ六ツのころからしぼりつくしてゐるのだ。
お灸 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
ざつみづけて、ぐいとしぼつて、醤油しやうゆ掻𢌞かきまはせばぐにべられる。……わたしたち小學校せうがくかうかよ時分じぶんに、辨當べんたうさいが、よくこれだつた。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「今のやうなことは無かつたやろが、年貢の外に、運上や冥加金やいふて、兎角百姓と洗濯もんは、しぼられるもんや。昔しから。……」
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「まるでこりゃ、青や赤やのしぼりのきれみたような」といいながら本を手にとり上げ、腕の長さいっぱいにさしだして眺め入った。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
宿やどじつとしてゐるのは、なほ退屈たいくつであつた。宗助そうすけ匆々そう/\また宿やど浴衣ゆかたてゝ、しぼりの三尺さんじやくとも欄干らんかんけて、興津おきつつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「おちやおあがんなせえね」おつぎは勘次かんじしりいてすこ聲高こわだかにいつた。おつたはぎりつとしぼつた手拭てぬぐひひらいてばた/\とたゝいた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
二人は肩を並べながら、力一ぱい弓を引きしぼつて、さうして同時に切つて離した。矢は波立つた荒野の上へ、一文字に遠く飛んで行つた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その間にしぼれるだけ賄賂を絞り上げ、つまり賄賂の多少によって早く旅行券を出すとか出さぬとかめるのであろうと思われる。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
鼠はその間にふすまを伝わって天井のすみの壁のくずれの穴へ入ってしまいましたが、郁太郎の泣き声は五臓からしぼり出すようです。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夜風よかぜやぶ屏風びやうぶうち心配しんぱいになりてしぼつてかへるから車財布ぐるまざいふのものゝすくなほど苦勞くらうのたかのおほくなりてまたぐ我家わがやしきゐたか
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と、漢青年は胸のなかでつぶやいた。寝台の下でガーゼをしぼっている医師の目は、何事かを彼に訴えるかのように、動いていた。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しぼり掛け/\てこゝろみしに何れも血は流れて骨に入ずかゝる所へ挑灯ちやうちんひかりえしかば人目に掛り疑ひを受ては如何と早々さう/\木立こだちなかへ身をぞひそめける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
自分は今天覧の場合の失敗を恐れて骨をけずはらわたしぼる思をしているのである。それに何と昔からさような場合に一度のあやまちも無かったとは。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
直ぐ瀟洒せうしやな露路庭を控へた部屋に案内された。良家の若い奥様といつた風の、おとなしやかな女が、お香の匂つた煙草盆やしぼりなどを運んで来た。
町の踊り場 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
寺田屋をいつまでもこの夫のものにしておくためなら乾いた雑巾ぞうきんから血をしぼりだすような苦労もいとわぬと、登勢の朝は奉公人よりも早かったが
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
さてさらしやうはちゞみにもあれ糸にもあれ、一夜灰汁あくひたしおき、あけあした幾度いくたびも水にあらしぼりあげてまへのごとくさらす也。
伴藏は懶惰なまけものにて内職もせず、おみねは独りで内職をいたし、毎晩八ツ九ツまで夜延よなべをいたしていましたが、或晩あるばんの事しぼりだらけの蚊帳かや
第三十五 ホウレン草のスープ はホウレン草の青い葉だけよくやわらか湯煮ゆで一旦いったんしぼって水を切って擂鉢すりばちでよく擂ります。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
下女は盥の中の単衣ひとえしぼってお婆さんに見せた。それが絞られるたびじれた着物の間から濁った藍色あいいろの水が流れた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
二階い上って大急ぎで箪笥たんすの中からそろいの着物や何やかんやと、夫が余所行よそゆきの時着る絹セルの単衣ひとえと羽織としぼりの三尺とを出して、風呂敷に包んで
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
オオ父上かと、人前をも恥じず涙にめる声を振りしぼりしに、皆々さこそあらめとて、これも同情の涙にむせばれぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
つまり、その陰険な技巧と云うのは、今も云った角度を作ることと、それから、人手をらずに弓をしぼり、さらにまた、この緊張を緩めることでした。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
アスピリンを飲み、大汗をしぼって、ようよう四時過ぎごろに蒲団を出て、それから書けても書けなくても、自分は一時間余り机に向わなければならない。
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
「それはサラダをしぼりましたので。」一帖の半紙を一枚めくると矢つ張り下にも俺の真紅な顔が泣つ面をしてゐる。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
さて一昨日おとといの晩その文一君の勉強部屋で共々数学に脂汗をしぼっていると、お客に来ていたお婿さんがヌッと入って来た。僕は早速かしこまって一礼した。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
いかにして国運を恢復かいふくせんか、いかにして敗戦の大損害をつぐなわんか、これこの時にあたりデンマークの愛国者がその脳漿のうしょうしぼって考えし問題でありました。
劇場の飾灯が、雪解けのもやに七色の虹を反射させていた。入口にシイカの顔が微笑んでいた。鶸色ひわいろの紋織の羽織に、鶴の模様が一面にしぼり染めになっていた。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
それにヂリヂリと上から照り附けられるとまの中も暑かつた。盲目めくらの婆さんは、襦袢じゆばん一つになつて、ぬらしてしぼつて貰つた手拭を、しわの深い胸の処に当てゝ居た。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
「吹竹を吹く見たいに幾ら力一杯吹いたつて鳴りはしないよ、斯う唇をしぼめて、先に唇を鳴しながら——」
南風譜 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
おれは、一にちじゅうひとかおさえれば、あわれっぽいこえせるだけしぼして、あたまげられるだけひくげてたのんでみたが、これんばかりしかもらわなかった。
石をのせた車 (新字新仮名) / 小川未明(著)
(二)にはいわゆる清水掛しみずがかり、すなわち筑波嶺つくばねしずく田居たいなどと称して、山からしぼり出す僅かな流れを利用するもので、源頭の小山田というものから始まって
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
お蘭は冷水でしぼった手拭てぬぐいを持って来てやったり、有り合せの蕨餅わらびもちに砂糖をかけて出してやったりした。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
桂川の水音かすかに聞えて、秋の夜寒よさむに立つ鳥もなき眞夜中頃まよなかごろ、往生院の門下に蟲と共に泣き暮らしたる横笛、哀れや、紅花緑葉の衣裳、涙と露にしぼるばかりになりて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
それに第一からだじゅうの力という力がしぼり尽されて、これ以上の抵抗はまったく不可能であった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
白蛇はくじゃのような奸智かんちしぼって、彼は計をめぐらした。最近に妻を寝取ねとられた一人の男がこのくわだてに加わった。シャクが自分にあてこするような話をしたと信じたからである。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
そのタオルを水に浸して、少ししぼると、彼は見るも物凄い工合にそれをたたんで頭の上にのっけて、卓子テーブルに向って腰を掛け、それから言った。「さあ、用意が出来たぞ!」
元気の無ささう顔色かほいろをして草履を引きずり乍ら帰つて来た貢さんは、裏口うらぐちはいつて、むしつた、踏むとみしみしと云ふ板ので、雑巾ざふきんしぼつて土埃つちぼこりの着いた足を拭いた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
こゝだけ新しくつけ足したものと見えて、二十畳敷位の板の広間は、木の香も新しく、三面の祭壇には、紫の幕がしぼつてあつた。幕の後には、三日月型の鏡が光つてゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
すると突然とつぜん、はッはッはと、はらそこからしぼしたようなわらごえが、一どう耳許みみもとった
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
一字一句、最大の効果を収めようと、うんうんうなって、しぼり出したような名文だ。こんなにお金のかかる文章は、世の中に、少いであろう。なんだか、気味がよい。痛快だ。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
おお、私はかかる声が器の底からしぼり出る時、どうして私の手をそれに触れずにいられよう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
肩に継布つぎぬのの当ったあわせ一枚に白木しらきの三じゃく、そろばんしぼりの紺手拭で頬かむりをして、大刀といっしょに両膝を抱き、何かを見物するように、ドッカリ腰を押しつけているのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
精三 天網恢々てんもうかいかいですかな。そういうのは一つ見せしめのために大いにしぼってやるんですよ。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
メリーのおなかは日ましにふくれてきた。同時に乳房も膨れてきて、ちゃんと乳首が出来てきた。試みに乳首をしぼってみると、白いお乳がじわじわと、わき出すように出てくる。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
そしてこの紫根染しこんぞめも茜染あかねぞめもいろいろの模様もようを置くことができず、みなしぼめである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
力をきはめて押し付くるを、梅子は絶えなんばかりの声振りしぼりつ、「——人道の敵ツ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
その内に始まった饗応きょうおうの演芸が、いかにも亜米利加三界まで流れてきたという感じの浪花節なにわぶしで、虎髭とらひげはやした語り手が苦しそうに見えるまで面をゆがめて水戸黄門様の声をしぼりだすのに
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
強盜がうとう間違まちがへられた憤慨ふんがいまぎれに、二人ふたりはウン/\あせしぼりながら、一みちさかい停車場ていしやばで、其夜そのよ汽車きしやつて、品川しながはまでかへつたが、新宿しんじゆく乘替のりかへで、陸橋ブリツチ上下じやうげしたときくるしさ。