けが)” の例文
のちに僕の死んでゐるのが、そこで見出されるだらう。長椅子に掛けてある近東製のかもを、流れ出る僕の血がけがさないやうにするつもりだ。
不可説 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
それでも自分自身がけがれた色町へ踏み込むよりは、いっそ半九郎に頼んだ方がしであろうと思い返して、彼は努めて丁寧に言った。
鳥辺山心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
けがれた境界や周囲から自分を救おうための緊張と努力と苦しい涙、仕方のない屈辱、急流のように生涯の総勘定が体験されていった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
「何だい、乞胸ごうむねの親方なんか、そんなに持ち上げる奴があるものかい。金公、ちっと気を利かして口をきいておくれ、席がけがれるよ」
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あわれ、何しに御身おんみはだえけがるべき。夫人はただかつてそれが、兇賊きょうぞくの持物であったことを知って、ために不気味に思ったのである。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
汝今より後いふべし、ローマの寺院は二の主權を己の中に亂せるにより、泥士におちいりて己と荷とを倶にけがすと。 一二七—一二九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
考えるだけでもけがらわしいことだ! お前を犠牲にして、自分の難儀を助かろうなどと、そんなさもしいことを考える父だと思うのか。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「あの若者わかもの毎日まいにちつっしたきり、ものべずにいる様子ようすだが、あのままいてかつえにになれでもしたら、おてらけがれになる。」
一本のわら (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
いまこそ彼女かのぢよは、をつとれい純潔じゆんけつ子供こどもまへに、たとへ一時いつときでもそのたましひけがしたくゐあかしのために、ぬことが出來できるやうにさへおもつた。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
故郷の親達は、学生の身で、ひそかに男と嵯峨に遊んだのは、既にその精神の堕落であると云ったが、決してそんなけがれた行為はない。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
、この人間共に仰有って下さったら、いいじゃありませんか! けがらわしい、こんな木っ端役人にかかって、こんな浅ましい目に遭って
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「女の夢は男の夢よりも美くしかろ」と男が云えば「せめて夢にでも美くしき国へ行かねば」とこの世はけがれたりと云える顔つきである。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こたびとてもまた同き繰言くりごとなるべきを、何の未練有りて、いたづらに目をけがし、おもひきずつけんやと、気強くも右より左に掻遣かきやりけるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「断然このけがれたる内地を去って、北海道自由の天地に投じようと思いましたね」と言った時、岡本は凝然じっと上村の顔を見た。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
われ夫人の気高く清らかなるをずれば、いよいよ夫人をけがさまく思い、かえってまた、夫人を汚さまく思えば、愈気高く清らかなるを愛でんとす。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「この頭とこの世界とはどうもシックリ合わんもうさらばだ。やれかぎ煙草だの、やれけがされた祈祷だの、やれなんだのだって」
西洋歴史にていうならクロムエルのごときは、彼をにくむ人の言が世に伝わり、いかにも悪党なるかのごとく、数百年間英国の歴史をけがした。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
こと浮世うきよ罪穢つみけがされていない小供こども例外れいがいなしにみなそうで、そのめこのなども、帰幽後きゆうごすぐにわし世話せわすることになったのじゃ。
残さねば、武士としてもまことの武士ならず、人間としてはなおさら口惜しい限りです。名はお互いに、けがしたくないものですな
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この土地はおさんにインゲボルクがいたり、小間使にエッダがいたりする。それがそういう立派な名をけがすわけでもない。
冬の王 (新字新仮名) / ハンス・ランド(著)
いな、一だいのうちでも、いへ死者ししや出來できれば、そのいへけがれたものとかんがへ、しかばね放棄はうきして、べつあたらしいいへつくつたのである。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
不品行は人の体面をけがすに足らざるのみならず、最も磊落、最も不品行にして始めてく他を圧倒するに足るものの如し。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「無理もない、女、おんな——最も危険の多い煩悩を受け持ったのだからな。その女の毒気に身も心もけがれはてて——。」
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ロミオ このいやしいたふと御堂みだうけがしたをつみとあらば、かほあかうした二人ふたり巡禮じゅんれいこのくちびるめの接觸キッスもって、あらよごしたあとなめらかにきよめませう。
しかし黄金は砂中しやちゆうに在つて人間の手に触れない方が黄金の質をけがさないで好い。詩は詩人の心に生きてさへ居れば満足であらうとヌエはつけ足した。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
見ると婦人の手にした短刀が立派なので、慾心がきざした。で、血で短刀をけがさないうちにと思って、いきなり婦人を斬り殺して短刀を掠奪した。
掠奪した短刀 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうして美しさの頂点に達したときに一度に霜に殺されるそうである。血の色にはけがれがあり、焔の色には苦熱があり、ルビーの色は硬くてもろい。
札幌まで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
大人の柾木が大人の文子を眺める目は、最早もはや昔の様に聖なるものではなかった。彼は心に恥じながらも、知らずらず舞台の文子をけがしていた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
で、それだけになお、彼女をけがすような仕方で、あるいもてあそぶような態度で、最初にその事に触れたくないと思っていました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
芸妓買げいしやがひはなさる、昨年あたりはたしか妾をかこつてあると云ふうはささへ高かつた程です、だ当時黄金かねがおありなさると云ふばかりで、彼様あんなけがれた男に
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
『吉原百人斬』のうち、宝生栄之丞住居の一席、尊いお耳をけがしましたが、この辺で、終りを告げることにいたします
吉原百人斬り (新字旧仮名) / 正岡容(著)
緑翹は額の低い、おとがいの短い猧子かしに似た顔で、手足は粗大である。えりや肘はいつも垢膩こうじけがれている。玄機に緑翹を忌む心のなかったのは無理もない。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
わたくしだまつて點頭うなづくと夫人ふじんしづか立上たちあがり『皆樣みなさまのおみゝけがほどではありませんが。』とともなはれてピアノだいうへのぼつた。
そういう一面から、また一方、極めて高くけがれないその理想主義に至るまでのはばの広さを考えると、子路はウーンと心の底からうならずにはいられない。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「そのつもりではいるわ。大きな口は利けないけど……。あたしは、まだ、けがれてはいないつもり、心だけは……」
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
ただ反蒭者にれはむものと蹄の分れたる者のうち汝らのくらうべからざる者は是なり即ち駱駝らくだうさぎおよび山鼠やまねずみ、是らは反蒭にれはめども蹄わかれざれば汝らにはけがれたる者なり。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
鼻をぎ耳を斬って馴染だから御免とそれで済むか無礼至極な奴、女の足に刀を踏まれては猶更なおさらけがれた、浄めて返せ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
まかしける妾々めかけてかけも同樣にて末代まつだいまでも家名のけがれ娘持身は殊更に婿むこむかへるか嫁にやるなさねば成ぬはうまれし日より知てを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
『唖娘、お前は、けふ野原でけがれた果物を喰べたにちがひないよ、あんなに清い唇が、けがれてしまつてゐる。』
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
古藤の心の中のいちばん奥深い所がけがされないままで、ふと目からのぞき出したかと思われるほど、その涙をためた目は一種の力と清さとを持っていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
大金を扱ひなれた金之助も、血潮のけがれを洗つたばかりの部屋に、小山ほど積んだ小判には、何んか知ら異状なものを感じないわけに行かなかつたでせう。
銭形平次捕物控:311 鬼女 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
あか摘取つみとると、すぐそれがけがれてしまひ、ちよいと草木くさき穿ほじつても、このくとしぼんでゆく。
かなひたりとも邪道じやだうにて正當せいたうひとよりはいかにけがらはしくあさましきとおとされぬべき、れはさても、殿とのをば浮世うきよそしらせまゐらせんことくち
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
老いたる侍 不孝の罪はまだしもあれ、けがらはしき異国の邪法に迷ひ、あまつさへ、猥りに愚人を惑はすとは……
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
戸浪は、探偵小説家の名をけがし、彼の変態的な純情(?)にじゅんじた、とでも結んで置きますか、ねえ帆村さん
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あさ須原峠のけんのぼる、偶々たま/\行者三人のきたるにふ、身には幾日か風雨ふううさらされてけがれたる白衣をちやくし、かたにはなが珠数じゆづ懸垂けんすゐし、三個の鈴声れいせいに従ふてひびきた
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
さうしてつたところ始終しゞふそとで、たま其下宿そのげしゆくつたこともあつたけれど、自分じぶん其様そん初々うひ/\しいこひに、はだけがすほど、其時分そのじぶん大胆だいたんでなかつたとふことをたしかめた。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
あなたは、けがれた記憶を持つてゐることは、絶えざる害毒がいどくだと仰しやいました。私にはかう思はれます。
燈明に菜種油を用いるのは罪悪のように——罪悪とまでは思わんでも仏をけがすという考えを持って居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
金はそこでまたこの女は隣の不身持な女だろうと思いだしたので、自分の品性をけがされるのを懼れて
五通 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)