なか)” の例文
紫玉は我知らず衣紋えもんしまった。……となえかたは相応そぐわぬにもせよ、へたな山水画のなかの隠者めいた老人までが、確か自分を知っている。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
室から室を忍び歩く足の感じと時折照す懐中電燈の光だけで、スパイダーはうちの中の様子をあらまし頭のなかにたたみ込んだ。
赤い手 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
明けられる「まど」は少し位無理をしたって開けっぱなして客があったらすっかりなかが見える様にしたまんま書物かきものをして居た。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
何を見てもしづむ光彩くわうさいである。それで妙に氣がくづれてちつとも氣がツ立たぬ處へしんとしたうちなかから、ギコ/\、バイヲリンをこする響が起る。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
すると何処ともなく天外てんがいになつかしい声が聞えて、さわさわと木の葉が揺れるかと思うと、日頃恋い慕っていた姉が、繁みのなかから出てきたのである。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
其処そこの篠田さんナ、彼様あんな不用心な家見たことがいぜ、暗いうちに牛乳ちゝを配るにナ、表の戸を開けてなかへ置くのだ、あれでく泥棒が這入はひらねエものだ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
名鉄の電車を乗り捨てて、差しかかつた白い白い大鉄橋——犬山橋——の鮮かな近代風景のなかのことである。
白帝城 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
乳呑児ちのみごを抱いたまま健三の前へ出た彼女は、寒いほおを赤くして、暖かい空気のなかしり落付おちつけた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
孫恪は別に目的もなかったが、その前を通りかかったので、ちょっとした好奇心から覗いてみると、門番も何人たれもいない。で、門のなかへ入ると、青いすだれを垂れた小房こざしきがあった。
碧玉の環飾 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
母親は華麗はで御暮おくらしや美しい御言葉のなかに私をひとり残して置いて、柏木へ帰ってしまいました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
動物は無意識に単純に、天地間の無量光、無辺光、無対光、不断光、難思光、清浄光のなかに暮している。たとえ見た姿は体裁よからずとも、彼らは兎に角、光明裡に在る。ほのぼのとした光を
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
紫玉は我知われしらず衣紋えもんしまつた。……となへかたは相応そぐはぬにもせよ、へたな山水画のなかの隠者めいた老人までが、確か自分を知つて居る。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
で由三は些と若いいきでも吹込まれたやうな感じがして、フラ/\となかはいツた。かすかに手先を顫はしながら、額を取上げて、左見右とみかう見してゐて
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
自分は奇麗にしずとも美くしいものを見、美くしいなかに生きて居たい千世子が友達に花の様な人のあってしいと思ったのはそう突飛な事でもなかった。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
其様そんな家の内の光景ありさまなどを一々いちいち覗き込んで、町の中程になっている按摩あんまの家を訪ねた——家は九しゃくけんなかは真暗である——私は「今晩は。」といって入った。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
斯う我に帰ると同時に、苦痛くるしみは身を離れた。しかし夢のなかの印象は尚残つて、覚めた後までも恐怖おそれの心が退かない。室内を眺め廻すと、お志保も居なければ、文平も居なかつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
そうして彼女もこんな冷たい夜具を引きかつぎながら、今頃は近い未来にせまる暖かい夢を見て、誰も気のつかない笑い顔を、なか天鵞絨びろうどえりなかうずめているだろうなどと想像した。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
人の形が、そうした霧のなかに薄いと、可怪あやしや、かすれて、あからさまには見えないはずの、しごいてからめたもつれ糸の、蜘蛛の幻影まぼろしが、幻影が。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くすのきの若葉が丁度あざやかに市の山手一帯を包んで居る時候で、支那風の石橋を渡り、寂びた石段道を緑のなかへ登りつめてゆく心持。長崎独特の趣きがある。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
二郎は種々いろいろな空想を浮べていた……合歓の木の下にしげっている蔦葛つたかずらなかで、虫が鳴いている。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
雨でも降るとスッカリ雨戸を閉切しめきツて親子微暗ほのぐらなかに何がなしモゾクサしていじけ込むてゐる。天気の好い日でも格子戸の方の雨戸だけは閉切しめきツて、臺所口から出入してゐる。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
それは文字を白く染抜いた紫の旗で、外に記念の賞を添えまして、殿下の御前おんまえ、群集の喝采かっさいなかで、大佐から賜ったのでした。源の目は嫉妬しっとの為に輝いて、口唇は冷嘲あざわらったように引ゆがみました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その襖越しにぼんやりとあかりが届く、蚊帳のなかの薄暗さをお察し下さい。——鹿を連れた仙人の襖の南画も、婆と黒犬の形に見える。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
静かに育った頭と上品な話し振で、家庭の辛いなかに育った人とは思われない様な調子であった。
千世子(二) (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私は礦場のなか彼処此処かしこここと見廻ったけれど不思議に一人の影すら見えなかった。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
板戸の節穴からのぞきますとな、——何と、六枚折の屏風びょうぶなかに、まくらを並べて、と申すのが、寝てはいなかったそうでございます。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、出ると大きく成つて、ふやけたやうに伸びて、ぷるツと肩を振つて、継ぎはぎの千草ちぐさ股引ももひき割膝わりひざで、こくめいに、枯蘆かれあしなかにかしこまる。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
寸刻すんこくはや轉地てんちを、とふのだつたさうである。わたしは、いまもつて、けつしてけんちんをはない。江戸時代えどじだい草紙さうしなかに、まつもどきと料理れうりがある。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「うむ、見せえ、大智識さ五十年の香染こうぞめ袈裟けさより利益があっての、その、嫁菜の縮緬ちりめんなかで、幽霊はもう消滅だ。」
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……淡いあぶらも、白粉おしろいも、娘の匂いそのままで、はだざわりのただあらい、岩に脱いだ白足袋のなかに潜って、じっと覗いていたでしゅが。一波上るわ、足許あしもとへ。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一呼吸ひといきを置いて、湯どののなかから聞こえたのは、もちろんわが心がわが耳に響いたのであろう。——お米でないのは言うまでもなかったのである。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
た※渺々べう/\としてはてもない暗夜やみなかに、雨水あめみづ薄白うすじろいのが、うなぎはらのやうにうねつて、よどんだしづかなみが、どろ/\と線路せんろひたしてさうにさへおもはれる。
銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
それとも、唯、心で見る迷いで、大蚊帳のなかの模様は実際とまるで違っているかも知れない。それならば、まよいだけで、気が違うのではないであろう。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「寂しいとこ行きたい、誰も居やはらんとこ大好きどす。」すかしほろなかから、白木蓮はくもくれんのような横顔なのです。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私ゃお祖父さんのことばかり考えて、別に何にも良人さきの事は思わないもんだから、ちょいと見たばかりで、ずんずん葛籠つづらなかへしまいこんで打棄うっちゃっといたわ。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さかんなるかな炎暑えんしよいろ蜘蛛くもまぼろしは、かへつ鄙下ひなさが蚊帳かやしのぎ、青簾あをすだれなかなる黒猫くろねこも、兒女じぢよ掌中しやうちうのものならず、ひげ蚊柱かばしら號令がうれいして、夕立ゆふだちくもばむとす。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
鍵を、もし、じょうがささっていれば、扉はかない、と思ったのに、格子は押附けてはあるが、合せ目が浮いていた。なかの薄暗いのは、上の大樹の茂りであろう。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
爺さんは、とかく、手に取れそうな、峰の堂——絵馬のなかへ、銑吉を上らせまいとするのである。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
軒端のきばに草の茂った、そのなかに、古道具をごつごつと積んだ、暗い中に、赤絵あかえの茶碗、皿のまじった形は、大木の空洞うつろいばらの実のこぼれたような風情ふぜいのある、小さな店を指して
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
台所の薬鑵ゆわかしにぐらぐらたぎったのを、銀の湯沸ゆわかしに移して、塗盆で持って上って、(御免遊ばせ。)中庭の青葉が、緑の霞に光って、さし込むなかに、いまの、その姿でしょう。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人間のわびしい住居すまいというより、何やら、むさくるしい巣のようななかから、あんたは、小僧に——
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
唐花からはなの絵天井から、壁、柱へ、あやにしきと、薄暗く輝くなかに、他国ではちょっと知りますまい。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
道を挟んで、牡丹と相向う処に、亜鉛トタンこけらの継はぎなのが、ともに腐れ、屋根が落ち、柱の倒れた、以前掛茶屋か、中食ちゅうじきであったらしい伏屋の残骸ざんがいが、よもぎなかにのめっていた。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
瑠璃色るりいろに澄んだ中空なかぞらの間から、竜が円い口を張開いたような、釣鐘の影のなかで、そっと、美麗なおんなの——人妻の——写真をた時に、樹島きじまは血が冷えるように悚然ぞっとした。……
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大砲を打込むばかり、油の黒煙を立てるなかで、お誓を呼立つること、矢叫びに相斉あいひとしい。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うそまことか、本所ほんじよの、あの被服廠ひふくしやうでは、つむじかぜなかに、荷車にぐるまいたうまが、くるまながらほのほとなつて、そらをきり/\と𢌞まはつたとけば、あゝ、そのうま幽靈いうれいが、くるま亡魂ばうこんとともに
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お腹のなかで、動くのが、動くばかりでなくなって、もそもそとうような、ものをいうような、ぐっぐっ、とおおきな鼻が息をするような、その鼻がめるような、舌を出すような
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その中に、ひさしに唐辛子、軒にだいだいの皮を干した、……百姓家の片商売。白髪の婆が目を光らして、見るなよ、見るなよ、と言いそうな古納戸めいたなかに、字も絵も解らぬ大衝立おおついたてを置いた。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手箪笥てだんす抽斗ひきだし深く、時々思出おもいだして手にえると、からなかで、やさしいがする。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
早や乾いた蒸気いきれなかに、すきなく打った細いくいと見るばかり、幾百条とも知れない、おなじような蛇が、おなじようなさまして、おなじように、揃って一尺ほどずつ、砂の中から鎌首をもたげて
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)