いま)” の例文
しかしわたしはいまだかつて感得したことが無い。わたしは長くここに住んでいるから「芝蘭しらんの室に入れば久しうしてその香を聞かず」
鴨の喜劇 (新字新仮名) / 魯迅(著)
工務課の人たちの意志によつて彼はいまだ動かせぬ足を持つて下宿へ帰された。兄弟よ。われ等は算盤玉ですつかり弾き出されるのだ。
工場の窓より (新字旧仮名) / 葉山嘉樹(著)
竜池は涓滴けんてきの量だになかった。杯は手に取っても、飲むまねをするに過ぎなかった。またいまだかつて妓楼に宿泊したことがなかった。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
この刀は外国から買ったものですが、人を殺すにいまだ一度だって、いとすじうるおしたことがありません。私で三代これをつけております。
田七郎 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
電信柱のごうごうと云ううなりも蓮沼のカサカサと云う音も聞えなくなって、ただ海のとどろきばかりがいまだに地響きをさせて鳴っている。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
法王インノセント十世が、いまだパンフィリオ僧正と呼ばれていた頃、バルベリニ僧正と二人で、デュムーチエを訪問した事があった。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
彼等の墓も寺と一しよに定めし同じ土地に移転してゐるであらう。が、あのじめ/\した猿江さるえの墓地はいまだに僕の記憶に残つてゐる。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
三人かくはたちならびしが、いまだものいわむとする心も出でず。呆れて茫然と其方そなたを見たる、楓の枝ゆらゆらと動きて、大男の姿あり。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よって此間じゅうよりギボン、モンセン、スミス等諸家の著述を渉猟しょうりょう致し居候おりそうらえどもいまだに発見の端緒たんしょをも見出みいだし得ざるは残念の至に存候ぞんじそろ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
山木は頭掻きながら「ハ、いまだ何時と確定致す所にも運び兼て居りまする様な次第で——何分にも時局の解決が着きませぬでは——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
由「そう/\おっかさんが来ておい/\泣いて居た時には、流石さすがわっちも気の毒に思いましたが、おたきの死骸はいまだに知れませんかえ」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
家族は七重ななえと申す妻とふたり残念ながらいまだ子にめぐまれておりません、もっとも右はすでに御奉行役所へ届け出たとおりでございます
薯粥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
きみばかりでない、ぼく朋友ほういううち何人なんぴといま此名このな如何いかぼくこゝろふかい、やさしい、おだやかなひゞきつたへるかの消息せうそくらないのである。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
特務曹長「しかるに私共はいまだ不幸にしてその機会を得ず充分じゅうぶん適格に閣下の勲章を拝見するの光栄を所有しなかったのであります。」
饑餓陣営:一幕 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
いまかならずしも(六四)其身そのみこれもらさざるも、しかも((説者ノ))((適〻))かくところことおよばんに、かくごとものあやふし。
天上の最もあきらかなる星は我手わがてに在りと言はまほしげに、紳士は彼等のいまかつて見ざりしおほきさの金剛石ダイアモンドを飾れる黄金きんの指環を穿めたるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
吾人は今少なくとも有史以来の『得意』の舞台に大踏歩しつゝあり、と共に又いまかつて知らざる大恐怖の暗雲をはらみ来りつゝあり。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
かゝるおそろしい現象げんしようはこれまでみぎのプレー噴火ふんか經驗けいけんせられたのみであつて、其他そのた火山かざんおいてはいまだかつて經驗けいけんされたことがない。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
鰻の筋とはどんなものだか、それから四十年を経過した今日に到ってもいまだに解し得ない深い謎として私の胸中に滓沈しちんされている。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
今や英夷えいい封豕ほうし長蛇ちょうだ、東洋を侵略し、印度インド先ずその毒を蒙り、清国続いでその辱を受け、余熖よえんいままず、琉球に及び長崎に迫らんとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
私は其時始て文士になろうと決心した、トサのちには人にも話していたけれど、事実でない。私は生来いまだ曾て決心をした事の無い男だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
君子に三ツの戒めあり、少之時わかきときは血気いまだ定まらず、戒しむること色にありス、酒に次いでは色の方をつつしまずんばあるべからず
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
心當こゝろあてに助十樣と御尋おたづね申せしと始終はじめをはりを物語りけるに兩人は思はず涙を流し偖々さて/\いまだ年も行ぬ身を以て百餘里のみちくだ親公おやごほね
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
二人は社にむかってゆく、空はいまだ全く暗くなってはしまわぬ、右手の農家の前では筒袖をきて手拭をかぶった男が藁しべなどを掃いている
八幡の森 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
われいまだ生を知らず、いずくんぞ死を知らん、といった孔子の言葉も、この支那人の性格を背景にして実感がにじみ出てくるようである。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
婦女子の精神いまだ堅固ならざる者を率いて有形の文明に導くは、そのきょを変ずるものなり。その居すでに変じてそのはいかに移るべきや。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
勿論もちろん今日こんにちおいても潜水器せんすいき發明はつめいいま充分じゆうぶん完全くわんぜんにはすゝんでらぬから、この手段しゆだんとて絶對的ぜつたいてき應用おうようすること出來できぬのはまでもない。
敬の著すところ、卓氏たくし遺書五十巻、予いまだ目をぐうせずといえども、管仲かんちゅう魏徴ぎちょうの事を以てふうせられしの人、其の書必ずきあらん。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
しかるを、論者その本を極めず、一概にその末を取て咎を今日の子弟に帰す。余いまだその可なる所以を知らざるなり(大喝采)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
然し渡場わたしばいまこと/″\く東京市中から其の跡を絶つた訳ではない。両国橋りやうごくばしあひだにして其の川上かはかみ富士見ふじみわたし、その川下かはしも安宅あたけわたしが残つてゐる。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
いまかつて自制の人でないのはなく、何れも皆自己に割り当てられたる使命の遂行に向って、畢生ひっせいの心血をそそぐを忘れなかった。
毎年に一度の祭りあるごとに、生贄いけにへをぞ供へけるが、その生贄は、国人くにびといまとつがざる処女をとめをば、浄衣じやういに化粧してぞ奉りける。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時にはまだ私も気が附いていたのだが、さて将監橋を渡り切る頃には、如何どうしたものか、それからきは、いまだに考えてみても解らない。
死神 (新字新仮名) / 岡崎雪声(著)
重明も野村もいまだ死という事がよく呑み込めなかったので家の中の騒ぎも他所よそに、二人は庭で遊んでいた。そうしたら乳母にひどく叱られた。
えうするに世間せけんいま固有名こゆうめいなるものゝ意味いみ了解れうかいしてをらぬのであらう。固有名こゆうめい普通名ふつうめいどう程度ていどてゐるのであらう。
誤まれる姓名の逆列 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
テイラー博士「しかし余のこの報告が終了する頃までには、余の助手がここへ持参じさん出来る筈であったが、どうしたものか、いまだに姿が見えぬ」
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「黄金いまきょいでず——その中に五千両なかったら、——八、どうしよう、首をやるのは痛いが、不味まずい酒ぐらいは買うぜ」
それはちょうど、彼女が南京玉なんきんだまへ糸を通すように、これこそれっこになっていて、いまかつて見当をはずしたことはないのだ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
頃は長月ながつき中旬なかばすぎ、入日の影は雲にのみ殘りて野も出も薄墨うすずみを流せしが如く、つきいまのぼらざれば、星影さへもと稀なり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
親戚の者より同医にはかる所ありしに、義侠ぎけふに富める人なりければ直ちに承諾し、おのいま一子いつしだになきを幸ひ、嫡男ちやくなんとして役所に届出とゞけいでられぬ。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
「尾ノ道の地由来文化なし、いはんや文政をや。ここを以て殷賑の市いまだ一つの図書館だになし、あに恥じざるべけんや……」
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
彼の歌想は他の歌想に比して進歩したるところありとこそいうべけれ、これを俳句の進歩に比すればいまだその門墻もんしょうをもうかがい得ざるところにあり。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
と私も肯定こうていした通り、お互はいまだに親友だ。始終往来ゆききをしている。何方どっちも成功しないから、殊に話が合うのかも知れない。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「まずいと言うのはこれだ。この済南事変のため支那全土に排日の波がまきおこった。五・三済南虐殺事件と言って、いまだに憤激を忘れてない」
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
日本はおろか、支那でも、西洋でも、いな、世界開闢かいびゃく以来、いまかつ何人なんぴとによっても試みられなかったであろうと、僕はおおいに得意を感ぜざるを得ない。
恋愛曲線 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
けれどもいまだ人生に対して経験もなく辛酸もめないで、つまり若い時分から俳句を作っているために、わけも分からずに人生を俗世界とののしって
俳句の作りよう (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
晝間ひるまの暑き日の熱のほてり、いまだに消えやらぬまき草間くさまに横はり、あゝこのゆふべのみほさむ、空が漂ふ青色あをいろのこの大盃おほさかづきを。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
黎元れいぐわん撫育むいくすることやや年歳としを経たり。風化ふうくわなほようして、囹圄れいごいまむなしからず。通旦よもすがらしんを忘れて憂労いうらうここり。頃者このごろてんしきりあらはし、地しばしば震動す。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
不思議にもこの異郷の客舎で、岸本の心はいまかつて行ったことの無いほど近く父の方へ行くように成った。父の声はた彼の耳の底に聞えて来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、世人のいまだに信じているクロイゲルの自殺は実は虚報であったのだ。このようなうそなどは真相以上に真実な姿をとるものと梶は思っている。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)