たよ)” の例文
小僧こぞうさんの三郎さぶろうといって、田舎いなかから、この叔父おじさんをたよってきたのです。そして、いまの製菓工場せいかこうじょう見習みなら小僧こぞうはいったのでした。
波荒くとも (新字新仮名) / 小川未明(著)
やがてほかの連中も、そんな私の後から一塊ひとかたまりになって、一の懐中電気をたよりにしながら、きゃっきゃっと言って降りて来た。……
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そんなとき、あっしの目印になるのが、あの木でしてね、あいつをたよりにして行くからこそ、海にもはまりこまねえですむってもんでさ。
すると店の灯も、町の人通りも香水こうすいの湯気を通して見るようになまめかしく朦朧もうろうとなって、いよいよ自意識をたよりなくして行った。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「倒れかかっている甲賀家の喬木きょうぼく、この世にたよのないお千絵様——、それをささえる力、救うお方は、あなたのほかにはございません」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「こんな調子だから、たよりないこと此上もなしだが、猫の子よりは役に立つだらう。今日中に形が付かなかつたら、明日は俺が行つて見るよ」
だが、正太には、警察のさがしかたが、なんだかたいへんたよりなくおもわれた。マリ子は、一体どこへいったのであろうか。
人造人間エフ氏 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「はい、江戸には叔母に当る人もあるのでございますから、それをたよって、あちらで暮らしてみたいと思っておりまする」
私は、すつかり、その方のお力におまかせしてゐるのよ、そして何もかも、その方のおいつくしみにたよつてゐるわけなのよ。
履歴書も四五十通以上は書いたろう、あらゆる友人をたよって迷惑めいわくな手紙も随分書いたが、頼んだ友人達自身が何等なんらの職もなく弱っている者が多かった。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
あにはたゞ手前勝手てまへがつてをとこで、ひまがあればぶら/\して細君さいくんあそんでばかりゐて、一向いつかうたよりにもちからにもなつてれない、眞底しんそこ情合じやうあひうすひとぐらゐかんがへてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
これはお若の父も亡くなり、間もなく母も世を去ってたよりなき孤児みなしごとなったので、引き取り養女としたのであった(お若は金谷善蔵夫婦からはめいに当る)
十人まで首にされて愈々恐慌きょうこうきたした残りの番士たちは、この上は源助町にたよって身を守るよりほか仕方がない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
私が伯父をたよつて、能登のとの片田舎から独り瓢然と京都へ行つたのは、今から二十年前、私の十三の時であつた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
「けっきょく、ひとはたよりにならんとわかった。いよいよこうなったら、おれひとりのちからでやりとげるのだ。」
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
ははゝゝそれはね 天たいを見るには機械きかいにばかりたよらないで『見るのに合ひのいい調子てうし』にしておくことだよ
俳優はいゆうとして舞台に立つこともかなえられず、持って生れた美声をたよりに志望した声楽家にもなることができないままに、いくどか絶望のどん底におちいった。
絵のない絵本:02 解説 (新字新仮名) / 矢崎源九郎(著)
「まア、そのほうがいいな。こっちが彼奴きゃつばかりにたよっているように思われるのは、ばかげているからな。」
疲労 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
道々みちみちててある木のえだたよりにしてあるいて行きますと、なが山道やまみちにもすこしもまよわずにうちまでかえりました。
姨捨山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
その頃波蘭ポーランドの革命党員ピルスウツキーという男が日本へ逃げて来て二葉亭をたずねて来た。その外にも二葉亭をたよって来た露国の虚無党亡命客が二、三人あった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
知人をたよって西宮まで訪ねて行きましたところ、針中野というところへ移転したとかで、西宮までの電車賃はありましたが、あと一文もなく、朝から何も食べず
馬地獄 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
惜しくてもったいなくて、家も財産も捨ててたよりにしてよい息子むすこにも娘にも別れて、今ではかえって知らぬ他国のような心細い気のする京へ帰って来たのですよ。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
さぐてた油差あぶらさしを、雨戸あまど隙間すきまからかすかにひかりたよりに、油皿あぶらざらのそばまでってったまつろうは、中指なかゆびさきつめたい真鍮しんちゅうくち加減かげんしながら、とッとッとと
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
軍服をて、役所の帰りに女にいには行かれません。それにくらべると主人は気楽ですから、千住ではたよりにして、しきりにすがられます。父は性質として齷齪あくせくなさいません。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
只一日の如く甲斐々々かひ/″\しく看護みとり仕つりし其孝行を土地ところの人も聞傳きゝつたへてほめ者にせられしが遂に其甲斐かひなく十四歳のみぎり右母病死びやうし仕つり他にたよるべき處もなきにより夫より節を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
余はかかる暗黒時代の恐怖と悲哀と疲労とを暗示せらるる点において、あたかも娼婦しょうふすすり泣きする忍びを聞く如き、この裏悲うらがなしくたよりなき色調を忘るる事あたはざるなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
無い縁は是非が無いで今に至ったが、天のこころというものはさて測られないものではあると、なんとなく神さまにでもたよりたいような幽微かすかな感じを起したりするばかりだった。
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
時重博士ときしげはくしがいってくれた「どうとかなるだろう」をたよりにわずかに安心するほかはなかった。
老獣医 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
子路がたよるのは孔子という人間の厚みだけである。その厚みが、日常の区々たる細行の集積であるとは、子路には考えられない。もとがあって始めて末が生ずるのだと彼は言う。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「ほんまの親一人子ひとりのたよりない身どすさかい、どうぞよろしゅうお願いいたします」
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
中学の英語教師を勤めている遠縁の壮助が、彼等のせめてものたよりとする唯一人だった。
生あらば (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
彼は家の外に出てくるまの姿を待った。冷えて降りだしそうな暗い空に五位鷺ごいさぎが叫んでとおりすぎる。そうして待ちびていると、ふと彼は遠いたよりない子供の心に陥落されていた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
一度銀行で彼の組織力がほめられたことがあったが、まったくひとりになって自分だけにたよらなければならない今では、それを極度にためしてみる絶好の機会を示すものだった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
さびしい顔立が、人混ひとごみにまれ、船がはなれて行けば、いっそうたよりなげに見える、そのぼんやりした瞳に、ぼくが、テエプを抛ろうとすると、その瞳は、急にれてみえるほど
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
またこの家族は、たよるべき親戚しんせきや知り合いが鳥取とっとりの町中に一人もありませんでした。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
ほしのやうなをうろ/\させてS、H夫人ふじんが、たよりなさゝうにしてゐるので、M、H夫人ふじんと、N夫人ふじんをもんで電話でんわでもかゝつてないかいなかをボオイにいたりしたが
微笑の渦 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
すなはやま背面はいめんには、きし沿ふ三すみさんの小船こぶねがある。たゞそのひとたよりであつた。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ね、貢さん、阿母さんや此の脊中せなか桃枝もヽえたよりにするのはお前一人ひとりだよ。阿父おとうさんはあんなかただからうちの事なんかかまつて下さら無い。此の下間しもつまうちを興すもつぶすもお前の量見ひとつに在る。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
ひと奧樣おくさまたまわたしにはお兄樣にいさまとお前樣まへさまばかりがたよりなれど、れよりもわたしはお前樣まへさまきにて、何卒どうぞいつまでもいまとほ御一處ごいつしよりたければ、成長おほきくなりておやしき出來できとき
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
屋根よりおちて骨を挫きし時医師に行かずして祈祷にたよるは愚なり、不信仰なり、神は熱病をいやさんがために「キナイン」剤を我らに与え賜えり、人これあるを知てこれを用いざるは罪なり
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
たよって自分の頭を働かさないからいけない。と、内藤はこう見ている。もっともだ。私もそう思っている。安斉先生と相談して、これから勉強の方針を変えるから、そのつもりでいなさいよ
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「ふふん、それでおまえは東京に出て来て、どこにもたよる人はないのか。」
清造と沼 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
で、芳子はほとん喧嘩けんかをするまでに争ったが、矢張だんとしてかぬ。先生をたよりにして出京したのではあるが、そう聞けば、なるほど御尤ごもっともである。監督上都合の悪いというのもよく解りました。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
僧三 たよりに思う御子息善鸞ぜんらん様はあのようなふうでございますしね。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しかし、目弱王まよわのみこは、私ごとき者をもたよりにしてくださって、いやしい私のうちへおはいりくださっているのでございますから、私といたしましては、たとえ死んでもお見捨みすて申すことはできません。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
しかし、いまつたとほり、どういふ書物しよもつつたところが、たれでもれをみさへすれば、かならめになるといふ書物しよもつは、出版書肆しゆつぱんしよし廣告以外くわうこくいぐわい存在そんざいするはずはないのだから、はなはたよりのないものである。
読書の態度 (旧字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そんなたよりにならない偶然を頼りにするやつもないでしょう
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただなる燈火ともしびぞのぼりゆく……孤児みなしごたよりなきか。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
かなしみはよわよわしいたより気をなびかしてゐる。
藍色の蟇 (新字旧仮名) / 大手拓次(著)
はなやぐこわねのあやに、——かつてたよ
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)