ほとり)” の例文
旧字:
お勢母子ぼしの者の出向いたのち、文三はようやすこ沈着おちついて、徒然つくねんと机のほとり蹲踞うずくまッたまま腕をあごえりに埋めて懊悩おうのうたる物思いに沈んだ。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
げに珍しからぬ人の身の上のみ、かかる翁を求めんには山のかげ、水のほとり、国々にはさわなるべし。されどわれいかでこの翁を忘れえんや。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
むかし唐土もろこし蔡嘉夫さいかふといふ人間ひと、水を避けて南壟なんろうに住す。或夜おおいなる鼠浮び来て、嘉夫がとこほとりに伏しけるを、あわれみて飯を与へしが。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
小坂丹治たんじ香美郡かみごおり佐古村さこむら金剛岩こんごういわほとりで小鳥を撃っていた。丹治は土佐藩のさむらいであった。それは維新のすこし前のことであった。
怪人の眼 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
なるが、このうちビッグ・ベン線は延長四分の一マイルに過ぎず、軌条レールは発掘されたる石炭の山のほとりにて尽き、途中に何ものをも見ず。
冬とは云ひながら、物静に晴れた日で、白けた河原の石の間、潺湲せんくわんたる水のほとりに立枯れてゐるよもぎの葉を、ゆする程の風もない。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ちょうど池のほとりの子安神に、「姥母甲斐うばかいない」の話を持って来たと同じことで、後に幾つもの昔話をつなぎ合わせたものらしいのであります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
隣宿りんしゆく六日町の俳友天吉老人のはなしに、妻有庄つまありのしやうにあそびしころきゝしに、千隈ちくま川のほとり人、初雪しよせつより(天保五年をいふ)十二月廿五日までのあひだ
無数の水禽みずとりが湖心のほとりに一面に浮かんで泳いでいたが、船が近付くのも知らないようにその場所から他へ移ろうともしない。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
綾子夫人は、待てしばし、過日いつか狸穴まみあなほとりにて在原夫人にかかりし事あり。その時かれは病者を見棄てて大きに面目を失いぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
慶応義塾けいおうぎじゅくはこのころ、弟子いよいよすすみ、その数すでに数百に達し、また旧日のにあらず。或夜あるよ神明社しんめいしゃほとりより失火し、予が門前もんぜんまで延焼えんしょうせり。
ただ、その先の日に、あの先生と叔母さんとが、沼のほとりを一緒に歩いていたのを見たということだけが、ちょっと人の口の端に上っただけなのです。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ったことのある境地ところでございますから、道中どうちゅう見物けんぶつ一切いっさいヌキにして、私達わたくしたちおもいに、あのものすごい竜神りゅうじん湖水こすいほとりしまいました。
彼は阿武隈川あぶくまがわほとりで送った自分の幼少ちいさい時を考えた。学生時代を考えた。岩沼にある自分の生れた旧い家を考えた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
前田利家、敗走軍を追って川のほとりに来ると、鍬形打った甲の緒を締め、最上胴の鎧著けた武者一騎、大長毛の馬を流に乗入れて、静々と引退くのを見た。
長篠合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
夜業やげうの筆をさしおき、枝折戸しをりどけて、十五六邸内ていないを行けば、栗の大木たいぼく真黒まつくろに茂るほとりでぬ。そのかげひそめる井戸あり。涼気れうきみづの如く闇中あんちう浮動ふどうす。虫声ちうせい※々じゞ
良夜 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
同胞新聞の楼上なる、編輯室へんしふしつ暖炉ストウブほとりには、四五の記者の立ちて新聞をさるあり、椅子にりて手帳をひるがへすあり、今日の勤務の打ち合はせやすらん
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
こうれるのをっていました。れると、うまいて清水しみずほとりへゆきました。そして、たるのなかあぶらをすっかり清水しみず付近ふきんながしてしまいました。
神は弱いものを助けた (新字新仮名) / 小川未明(著)
片破れ月が、あがって来た。其がかえって、あるいている道のほとりすごさを照し出した。其でも、星明りで辿って居るよりは、よるべを覚えて、足が先へ先へと出た。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
お前達が自分でまことの泉のほとりまことの花を摘んでいながら、己の体を取り巻いて、己の血を吸ったに違いない。
或夜、改正道路のはずれ、市営バス車庫のほとりで、わたくしは巡査に呼止められて尋問せられたことがある。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
池のほとりを逍遥して古い石像の欠けたのなどを木立こだちの中に仰ぎ、又林の中に分入わけいつて淡紅たんこうの大理石を畳んだ仏蘭西フランス建築の最も醇化されたトリアノンの柱廊にり掛り
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
そのこびある目のほとりやうやく花桜の色に染みて、心楽しげにやや身をゆるやかに取成したる風情ふぜいは、にほひなどこぼれぬべく、熱しとて紺の絹精縷きぬセル被風ひふを脱げば、羽織は無くて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
処々に脊を出してゐる黒い岩のほとりなどには、誰も名を知らぬ白い小い花が草の中に見え隠れしてゐた。霜に襲はれた山の気がほかほかする日光の底に冷たく感じられた。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
この時アルペンおろしさと吹来て、湖水のかたに霧立ちこめ、今出でしほとりをふりかへり見るに、次第々々に鼠色ねずみいろになりて、家のむね、木のいただきのみ一きは黒く見えたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
累が淵へむしろを敷いてかねを叩いて念仏供養を致した、其の功力くりきって累が成仏得脱とくだつしたと云う、累が死んでのち絶えず絹川のほとりには鉦の音が聞えたと云う事でございますが
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あるいはキーチュ川から野辺へ引かれてある誠に清らかな小川のほとりに、子供が遊び戯れて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
それらの辻や溝のほとりのものであろう、所々は、柳、桜に染められて、にや、万葉の詞藻しそうを継いで、古今こきんの調べを詠み競う人たちの屋根は、ここにこそあるべきはず——と
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
是より五九使奉らんといへば、新宮のほとりにてあがた真女児まなごが家はと尋ね給はれ。日も暮れなん。
海峡のほとりの大地が落ち込んだためにあのような半島とこの豊後海峡が出来たという事です。
瀬戸内海の潮と潮流 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一首の意は、この河のほとりの多くの巌には少しも草の生えることがなく、綺麗きれいなめらかである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
浅草公園の瓢箪池ひょうたんいけほとりを歩きながら藤次郎は独り言を云った。然し之は胸のうちのむしゃくしゃを思わず口に出しただけで、別段やっつけることをはっきり考えたわけではなかった。
夢の殺人 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
万年草まんねんそう 御廟のほとりに生ずこけたぐひにして根蔓をなし長く地上にく処々に茎立て高さ一寸ばかり細葉多くむらがりしょうず採り来り貯へおき年を経といへども一度水に浸せばたちまち蒼然そうぜんとしてす此草漢名を
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
カナレイオのほとりの、壁画と石像との沢山ある、大きな宮殿に住んでゐた、それは一国の王宮にしても恥しくないやうな宮殿で、わし達は各々ゴンドラの制服を着たバルカロリも、音楽室も
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
車駕しやが京中に巡幸してみちひとやほとりる時、めしびとたち悲吟ひごん叫呼けうこする声を聞きたまふ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
ただ尻に孔あるばかりでは珍しゅうないがこれは兎の肛門のほとりに数穴あるをしたので予の近処の兎狩専門の人に聞くと兎は子を生むとたちまち自分の腹の毛を掻きむしりそれで子を被うと言った。
われ此等これらの風情を見て何となく不審に堪へず。一めぐりして庫裡くりほとりより、又も前庭に出で行かむとする時、今の籬のうちなる手水鉢のあたりに物音して人の出で来る気はひあり。この寺の和尚にやあらん。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
色と動と音と千変万化の無尽蔵たる海洋のほとり。野にいた彼には、此等のものが時々まぼろしの如く立現われる。然しながらかりにサハラ、ゴビの一切水に縁遠い境に住まねばならぬとなったら如何どうであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
お前、ほとりに漂っているな。招き寄せた霊奴れいめ。475
「え、狼が、こんなニエヴル河のほとりに?」
我も死してほとりせむ枯尾花かれおばな
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そのほとりの一軒長屋
夜明の集会 (新字新仮名) / 波立一(著)
主人あるじは火鉢に寄っかかったままで問うた。客は肩をそびやかしてちょっと顔をしがめたが、たちまち口のほとり微笑ほほえみをもらして
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
滝太郎はさも面倒そうに言い棄てて、再び取合わないといった容子を見せたが、俯向うつむいて、足に近い飛石のほとりきっと見た。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そは皆各所の山に分れて、おのが持場を守りたれば、常には洞のほとりにあらずただやつがれとかの黒衣のみ、旦暮あけくれ大王のかたわらに侍りて、かれが機嫌をとるものから。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
或る日同じ淵のほとりぎて町へ行くとて、ふと前の事を思い出し、ともなえる者に以前かかることありきと語りしかば、やがてそのうわさは近郷に伝わりぬ。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
牧之ぼくしおもへらく、鎮守府将軍ちんじゆふしやうぐん平の惟茂これもち四代の后胤かういん奥山おくやま太郎の孫じやうの鬼九郎資国すけくに嫡男ちやくなん城の太郎資長すけながの代まで越後高田のほとり鳥坂とりさか山に城をかまへ一国にふるひしが
わずかに女らしい繊細な趣味を机のほとりにとどめたような、その部屋の簡素なことが、かえって岸本を楽ませた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
けれど、はがけのほとりっていましたので、みなはしいとおもっても、ることができませんでした。
葉と幹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そして、その物語では女は二階堂左衛門尉政宣にかいどうさえもんのじょうまさのぶ息女そくじょ弥子いやことなり、政宣が京都の乱に打死うちじにして家が衰えたので、わらわ万寿寺ばんじゅじほとりに住んでいると荻原に云った。
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)