なめら)” の例文
睡魔の妖腕ようわんをかりて、ありとある実相の角度をなめらかにすると共に、かくやわらげられたる乾坤けんこんに、われからとかすかににぶき脈を通わせる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんなことを寝たまま考えて居るうちに、いつか下の方でも起き出した気配で、なめらかな優しい此の土地特有の女達の言葉が聞えて来た。
雨の宿 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
それ故錐が鋭利といふわけではないけれど、錐の外面は常に光を放つて極めてなめらかであつた。何十枚の紙も容易たやすく突き通されたのである。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
『まだきたい。御身おみさくはだなめらかぢやらう。が、にくはあるか、れて暖味あたゝかみがあるか、木像もくざうつめたうないか。』
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
なしお待遊まちあそばせよと待遇もてなしぶりことばなめらかのひととて中々なか/\かへしもせずえだえだそふものがたり花子はなこいとゞ眞面目まじめになりてまをしてはを
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
おときも、初茸のあわい香、なめらかなようでしゃきしゃきする歯ざわり、みしめるとどこかに土のつめたさを含む味をほめた。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
が、一度近づいて見ては、そのなめらかな美しい肌の下に、ぱつちりとした黒味勝の眼の底の、温かい心を感ぜずには居られぬ。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
墓地を抜けると、一歩一歩眼界が拡がって、えた朝日はなめらかな海を明るく照らしていたが、咋夕の不快な記憶が彼れの頭から消えなかった。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
ここでも仕事は手をぬいたものが少くありません。しかし葛はなめらかでちりとどめませんから、襖地としての需用は長く続くことでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かの兼好法師に「白うるり」と書き伝えられたなにがしの僧と同じように、清く美しくなめらかに輝いた顔の持ち主であった。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
屋根の上のなめらかな白い雪の蒲団と、地面の上のややよごれた雪とに対照して、家の正面は可なり黒く、窓は一層黒く見えた。
あきらめはこの女の最も多く経験している心的作用で、かれの精神はこの方角へなら、油をさした機関のように、なめらかに働く習慣になっている。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
ロミオ このいやしいたふと御堂みだうけがしたをつみとあらば、かほあかうした二人ふたり巡禮じゅんれいこのくちびるめの接觸キッスもって、あらよごしたあとなめらかにきよめませう。
唄でもうたふ時はうぐひすのやうになめらかだが談話はなしをすると曳臼ひきうすのやうな平べつたい声をするのは、咽喉を病んでゐる証拠ださうだ。
広間の燈影ひかげは入口に立てる三人みたりの姿をあざやかに照せり。色白のちひさき内儀の口はかんの為に引歪ひきゆがみて、その夫の額際ひたひぎはより赭禿あかはげたる頭顱つむりなめらかに光れり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
もと/\やまには、たかやまひくやまなめらかなやまけはしいやまとさま/″\ありますが、日本につぽんでも、どれにも、はじめは、自然しぜんしげつてゐたのです。
森林と樹木と動物 (旧字旧仮名) / 本多静六(著)
なめらかな上方弁かみがたべんの会話が、纏綿てんめんとして進行する間に、かちゃかちゃ云うフォオクの音が、しきりなく耳にはいって来た。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そしてクリストフの室にはいりかけると、自分の素足のあしのうらに、いつものなめらかな冷たい床板の感触ではなしに、柔らかにつぶれる生暖かいちりを感じた。
それらのをのには横側よこがはゑぐりをれたものがおほいのであります。これらの石斧せきふみなよくみがいてなめらかにひかるように出來できて、非常ひじよう精巧せいこうつくかたであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
すべてはなめらかに、多少の喧噪けんそうがあったにしても根本においては何事も起らなかったかのように取り行なわれた。
それはすなわち瓦斯の栓をもっとゆるくしておくことです。彼はる日、細君が昼寝をしている時にこっそりとその栓へ油を差して其処をなめらかにしておきました。
途上 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
私はその多少、オランダ風の屋台店やたいみせの前へ立って、その金色の球のなめらかな運動の美しさに見惚みとれたものである。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
弦之丞は少し退さがって、その診察の手際てぎわを眺めていたが、女の後ろ形が、極めて痩せていることから眼をみはって、帯つきや肩の線や、瑇瑁たいまいこうがいなめらかさや
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歌であるが故に、人々口より口に伝えて事実が永く後昆こうこんに伝わるものである。歌声のなめらかに揚る処には自然に多く人が集る。即ちこれは社会的のものである。
婦人問題解決の急務 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
ここでは、何もかもが「完成せる社会制度上の定律」によって、工場の調べ革のようになめらかに運転するのだ。
なめらかな石の上に折重ねて小さなつちでコンコンたたいてくれたりした、その白い新鮮な感じのする足袋のじ紙を引き切って、甲高な、不恰好ぶかっこうな足に宛行あてがって見た。
足袋 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
敷石道の左右は驚くほど平かであって、たまの如くなめらかな粒の揃った小石を敷き、正方形に玉垣を以て限られた隅々にあかがねの燈籠を数えきれぬほど整列さしてある。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこの、寄木細工のなめらかな床の上を、樹の肌をたたいている無数の啄木鳥きつつきのように、コツコツコツコツと、不思議なリズムをなして、私達の靴音が走っています。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そうして多少得意になったらしく、今迄より一層なめらかに、原稿でも読むようにスラスラと言葉を続けた。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
うなぎの腹のようなつよなめらかさと、羊皮紙のような神秘な白い色とが、柚木の感覚にいつまでも残った。
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
二つ三つむせぶように深い息を吸い込んだりする。牛糞みたいな乳房が垂れ下がり、くろずんだチマの裾から両足はぐんなりと投げ出され、その肩はなめらかな弧を描いていた。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
そして最初になめらかそうな処をえらんで本という字を懸命に書いてみた。草履ぞうり拭物ふきものの代りをした。彼は短い白墨がって来ると上目うわめをつかって、暫く空を見ていてから
(新字新仮名) / 横光利一(著)
この流下りゆうかさいなほ多量たりよう蒸氣じようきしつゝあると、こーくすのような粗面そめん鎔岩ようがんとなるが、もし蒸氣じようき大抵たいていされてしまつたのちならば、表面ひようめん多少たしようなめらかにかたまり
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
にはか空洞からりとした燒趾やけあとかぎつてつてうしろはやしたけ外側そとがはがぐるりとれて、げたえだあをえだおほうてみきちかかつた部分ぶゞんあぶらいてきら/\となめらかにかはつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
なおくらき杉の並木、羊腸の小径は苔なめらか、一夫関に当るや万夫も開くなし、天下に旅する剛毅の武夫もののふ、大刀腰に足駄がけ、八里の岩ね踏み鳴す、くこそありしか往時の武夫
箱根の山 (新字新仮名) / 田中英光(著)
硅藻の事を俗にアカと申しますが一番上等なのは極くの清流に大きなカブラ岩が沢山あってその岩が極く緻密な質でなめらかだと青アカといって極く細かいやわらかい硅藻が附きます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
なめらかに、うるおいながら、湖面を音もなく、誰も押す人もなく、さえぎる人もないままに、ゆっくりと、心ゆくばかり漂い行くわが舟の舳先へさきを、われと見送っているうちに
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
海には大きななめらかなうねりがあった。風は南からむらなくそよそよと吹いていたので、風と潮流とには喰違いがなく、大浪はぐうっと高まってはまた砕けずに下って行った。
一首の意は、この河のほとりの多くの巌には少しも草の生えることがなく、綺麗きれいなめらかである。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
先づ底面を作り其上に紐形にしたる土を乘せ、周圍しうゐふて之を段々に螺旋状にみ上げ、内外兩面をなめらかにりて全形を仕上げ、後種々の裝飾をほどこしてけたるならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
私は指先に石の冷たさ、なめらかさ、硬さ、多少の重さをおぼえながら時に弱く、時に強く盤上に打下す。胸のすく音、はねかえる響。そして時どき冷えた指をかたわらの火鉢にかざす。
独り碁 (新字新仮名) / 中勘助(著)
こゝにはかたあやもみえず、岸も路もなめらかにみえて薄黒き石の色のみあらはる 七—九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
そうって母親ははおや子家鴨こあひるくびで、はねなめらかにたいらにしてやりました。そして
すべつた音と「今になつてチエ、何と云ふことをして呉れるんだ」といふ叫びとたふれる物音が私の注意を惹いた。人も馬も倒れてゐた。彼等は土手道をなめらかに固めた氷の上で滑つたのだ。
もし人が神の怒りにふれるようなことがあると、その家はきっと不思議なことがあって蛙がたくさんきてつくえねだいであそんだり、ひどいのになるとなめらかな壁を這いあがったがちなかった。
青蛙神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
やや遠くで錚々ちりちりと鳴る発車の電鈴ソンネット、車掌の呼び子、機関車がどしんと重く客車の緩衝機に突きあたったかと思うと、列車はなめらかに昇降場ケエをすべり出し、貨物倉庫や車輛のそばをすり抜け
知りません。しかし私自身では、丁度ちょうど限りない真理の大洋が横たわっている前で、浜辺になめらかな小石や美しい貝殻を拾って楽しげに遊んでいる一人の小児しょうにのようにしか思われないのです。
ニュートン (新字新仮名) / 石原純(著)
片側はなめらかであるが、裏側はずいぶんざらざらして荒筵あらむしろのような縞目しまめが目立って見える。しかし日光に透かして見るとこれとはまた独立な、もっと細かく規則正しいすだれのような縞目が見える。
浅草紙 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「わッはは。俄か坊主、唐瓜とうがん頭が青々と致してなめらかよ喃。風を引くまいぞ」
美しい婦人達の大理石の様ななめらかな手で、蛇の様に重みのある縮緬地ちりめんじが引揚げられたり、ぬらぬらと滑り落ちて蜷局とぐろを巻いたりして、次から次へと婦人達の貪る様な眼で検閲されて居るのである。
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)