おろか)” の例文
弱くおろかなる人で無いことはたしかに信ずると篠田さんは言うてでしたよ、——姉さん篠田さんは貴嬢をくまであつく信じて居なさいますよ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
他の文芸を知らず、ただ俳句のみを知って、それで他の文芸の長所とする所をも真似まねて見ようとするのはおろかなことではあるまいか。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
だが、おろかな私は、彼がその時、私以上に何事を悟っていたか、何がかくも彼を興奮させたか、その辺の事には、まるで気がつかなんだ。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
このごろは体がだるいと見えておなまけさんになんなすったよ。いいえ、まるでおろかなのではございません、何でもちゃんと心得こころえております。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こりゃ平太夫、その方が少納言殿の御恨おうらみを晴そうと致す心がけは、成程おろかには相違ないが、さればとてまた、神妙とも申されぬ事はない。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
けつしておろかなる船長せんちやうふがごとき、怨靈おんれうとかうみ怪物ばけものとかいふやう得可うべからざるものひかりではなく、りよくこう兩燈りようとうたしかふね舷燈げんとう
また、こう乱れた気持で武蔵と剣のあいだに相見ることは、避けるほうが賢明で、当ってゆくのはおろかであると考えたからである。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし私はおろかにもこの結婚を有意義ならしめ出来得る限り愛と力とをこの中に見出して行きたいと期待し、かつ努力しようと決心しました。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
二十餘年の御恩の程は申すもおろかなれども、何れのがれ得ぬ因果の道と御諦おんあきらめありて、なが御暇おんいとまを給はらんこと、時頼が今生こんじやうの願に候
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
彼我に、あゝおろかなる人々よ、汝等を躓かすは何等の無智ぞや、いざ汝この事についてわがいふところのことを含め 七〇—七二
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
まして市郎は、最初はじめからのお葉という女を意中はおろか、眼中にも置いて居なかったのであるが、今日の一件に出逢っていささか意外の感をした。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのみずかかんじた不愉快ふゆかいのこと、おろか人々ひとびと自分じぶん狂人視きょうじんししているこんなまちから、すこしでもたらば、ともおもうのであった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
どこの級にも、頓智とんちがあってたいへん口が軽く、気の利いたことを言っては皆を笑わせることの好きなおろかな生徒が一人や二人はあるものです。
大きな蝙蝠傘 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
みんなが無表情なおろかな目付きをしていた。そうしてまるで凍えかかった魚のように赤や黄や青のドロップをしきりに嘗めた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
たとえば手拭てぬぐいはどう持つものとか、尺八はどうすとか、帯はいかに結ぶとか、語尾はいかに発音するかというがごとき、おろかなことではあるが
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
辰男は幾度もくさめをした。寒さにえられなくなるし、妹のおろかな言草に興も起らないので、言葉の切れ目にその側を離れて、自分の寝床へ入った。
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
深く時勢に感ずる所があったと見えて、平素学生に向っては、今の世の中に漢文学の如き死文字を学ぶほどおろかな事はない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
町人は剃刀を持つた儘、魚のやうなおろかな眼つきをして相手の顔を見た。面師は包みからおあつらへの面を取り出した。そして
けつしてこゝろよく解決かいけつされるはずでないことをつて人々ひとびといくおろかでもみづかこのんで難局なんきよくあたらうとはしないのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
受持ちを聞いてみると別段むずかしい事もなさそうだから承知した。このくらいの事なら、明後日はおろか明日あしたから始めろと云ったって驚ろかない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
富めるものはおほくおろかなりといふは、しん三七石崇せきそう唐の三八王元宝わうげんぱうがごとき、三九豺狼さいらう蛇蝎じやかつともがらのみをいへるなりけり。
横眼でにらんでは舌舐したねぶりをする(文三は何故か昇の妻となる者は必ずおろかで醜い代り、権貴な人を親に持った、身柄みがらの善い婦人とのみ思いこんでいる)
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ところが家來けらいたちは主人しゆじんおろかなことをそしり、たまりにくふりをして、めい/\の勝手かつてほうかけたり、自分じぶんいへこもつたりしてゐました。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
生家さとなる鴫沢しぎさわにては薄々知らざるにもあらざりしかど、さる由無よしなき事を告ぐるが如きおろかなる親にもあらねば、宮のこれを知るべき便たよりは絶れたりしなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しかし、見かけほど悲劇的な性格もなく、どこかのん気でおろかなところがあつて、情操的にものを突き詰めては考へられなく、うきくさの浮いたところがあつた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
自分わしの同門に松浦おろかという少年が居った。こいつは学問は一向出来でけん奴じゃったが、名前の通り愚直一点張りで、勤王の大義だけはチャント心得ておった。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
其れはまだ人々が「おろか」と云う貴い徳を持って居て、世の中が今のように激しくきしみ合わない時分であった。
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
わたくしは誰よりもおろかで、物分りが悪かつたかと存じます。わたくしは有る丈の物を皆使つてしまひました。
ほんとうにいままで自分はおろかで、教わった原本にないからとて、どの噺のなかでもいっぺんも歌うことなしにきていました。これはとんでもない宝の持ち腐れ。
初看板 (新字新仮名) / 正岡容(著)
しかしそれは問屋が強いるおろかな分類に過ぎない。私はしばしば黒ずんだものにはるかに美しいものを見た。
雲石紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
さては薄荷はっか菊の花まで今真盛まっさかりなるに、みつを吸わんと飛びきたはちの羽音どこやらに聞ゆるごとく、耳さえいらぬ事に迷ってはおろかなりとまぶたかたじ、掻巻かいまきこうべおおうに
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
三田は自分の手の中に、何時迄もその感觸をとゞめて置き度かつたが、もとよりおろかな願ひだつた。兒戲に類するとは思ひながら、その手の甲を唇に持つて行つた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
つめ聞居きゝゐたり斯くとも知らず元來もとよりお菊はおろかなれば小袖金子を見てたちま心迷こゝろまよひ何の思慮しりよもなく承知をぞなしたりける又長助はとくと樣子を聞濟きゝすまし早々又七に右の事故ことがら
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
故に女は男に比るにおろかにて、目前もくぜんなるしかるべきことをも知らず、又人の誹るべき事をも弁えず、我夫我子の災と成るべきことをも知らず、とがもなき人をうらみいか呪詛のろ
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
現に苦しみつつある我がおろかあわれまない訳に行かない。われに千四五百円の余財があらば、こんな所に一日も居やしないが、千四五百の金は予の今日では望外の事である。
大雨の前日 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
それほど大事なものをくするなんて実におろかな話だが、旅行中は虎の子の信用状や現金の英貨——旅行に持って歩くには、五ポンド乃至十ポンドのいぎりすの紙幣が一番いい。
この火急の場合におろかなことを尋ねてはいかん。星は年がら年中空にあるが、日が暮れぬと、われわれの眼には見えんだけのことだ。隕ちたけりゃ、昼だって隕ちるさ。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
う庄馬鹿が言つた。小児こどものやうに死を畏れるといふ様子は、其おろかしい目付にあらはれるのであつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
しの「エヽ馬鹿な奴のいう事を取上げて余計なことを云わねえがえ、恭太もまた何もいうな……此んなおろかな者のいう事だから、何もわれが小言をいうにゃア及ばねえ」
私はかう信ずると共に、いさゝか自ら慰めた。然しながら其反面に於いて、私は父が時勢を洞察することの出来ぬ昧者まいしやであつた、おろかであつたと云ふことをも認めずにはゐられない。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
わしの様に烈しく恋をした者は此世に一人もゐない程、恋をした——おろかな、すさまじい熱情を以て——わしは寧ろその熱情がわしの心臓をずたずたに裂かなかつたのを怪しむ位である。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
これこそわれから死を求むる、火取虫ひとりむしよりおろかなるわざなれ。こと対手あいては年経し大虎、其方は犬の事なれば、縦令たと怎麼いかなる力ありとも、尋常にみ合ふては、彼にかたんこといと難し。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
雛罌粟色ひなげしいろ薔薇ばらの花、雛形娘ひながたむすめ飾紐かざりひも雛罌粟色ひなげしいろ薔薇ばらの花、ちひさい人形にんぎやうのやうに立派なので兄弟きやうだい玩弄おもちやになつてゐる、おまへは全體ぜんたいおろかなのか、こすいのか、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
そして、二三にちそのつかれのらないのに今更いまさら自分じぶんおろかさをいたやうな始末しまつだつたが、支那人しなじんが二も三たゝかひつづけて平氣へいきだといふのは、ひとつはたしか體力たいりよくのせゐにちがひない。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
……そんなことは何うでもいいとして、その手前が何処がよくて惚れたのか、総司に惚れて、討つはおろか、介抱にかかっているからにゃア、らちがあかねえ。……お力、総司は俺が今夜斬るぜ!
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
君はそれに手を触れた! 今一息、それでよかったんだ……が君は発見すべく余りにおろかだ。我輩をして一敗地にまみれしむべく、君以上の発見をし得るものはまずない。あわれフランス! 
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
こゝろざしは行ふものとや、おろかしき君よ、そはうゑはしるに過ぎず。志はたゞ卓をたゝいて、なるべく高声かうせいに語るにとゞむべし。生半なまなかなる志を存せんは、存せざるに如かず、志は飯を食はす事なければなり。
青眼白頭 (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
また妻が信仰放棄を勧むるに会しても「なんじの言う所はおろかなる女の言う所に似たり、我ら神より福祉さいわいを受くるなれば災禍わざわいをも受けざるを得んや」(二の十)と述べてしずかに信仰の上に堅立している。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
弟子たち何ぞおろかしく顔見合すや。「目を挙げて観よ」、田は現に色づきて刈入時となりぬ、東の方狭き谷より向山むかふやまの頂かけて熟せる麦一面夕日に黄金こがねの波をうたすを見ずや。あゝ二千年何ものぞ。
また眠られぬ夜など、自分の耳にひそひそ入って来る声は、おろかな迷信にたより、父の霊魂を引きとめようとして瀕死ひんしの父の枕元まくらもとのども破れよと父の名を呼んだ、あのあさましい自分のわめき声である。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)