年月としつき)” の例文
が、かれ年月としつきつとともに、此事業このじげふ單調たんてうなのと、明瞭あきらかえきいのとをみとめるにしたがつて、段々だん/\きてた。かれおもふたのである。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
われは初めて北米に遊びてよりこの年月としつき語るに友なき境涯に馴れ果て今はひて人を尋ねもとむる心もおのづからに薄らぎゐたりしかば
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
いままでの、なが年月としつきに、おばあさんは、たくさんの大根だいこんたけれど、いまだにこんなおおきなのをたことがなかったのです。
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
彼は事件の断面を驚くばかりあざやかに覚えている代りに、場所の名や年月としつきを全く忘れてしまう癖があった。それで彼は平気でいた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが年月としつきるにしたがつていしくづれたり、そのなかたねちてしたりして、つかうへ樹木じゆもくしげつてたのであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
さういふてん世界せかいにとゞくやうな、空気くうき稀薄うすいところでは、あれあれといふもなく、千ねんぐらゐ年月としつきながれてしまふさうだ。
火を喰つた鴉 (新字旧仮名) / 逸見猶吉(著)
ひたすらにあしき世を善に導かんと修行に心をゆだね、ある山深きところに到りて精勤苦行しゐたりけるが、年月としつきたち一旦いったん富みし弟の阿利吒ありた
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
まあまあ、そう気がみじこうては、自身のからだをやつれさすばかり、それではなが年月としつきに、わが子をさがそうという巡礼じゅんれいたびがつづきません。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今思出でつと言うにはあらねど、世にも慕わしくなつかしきままに、余所よそにては同じ御堂みどうのまたあらんとも覚えずして、この年月としつきをぞすごしたる。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、明治二十年、七十二歳のとき、本所南二葉町にうつるまで、狂言作者としての四十余年の年月としつきを、そこで送った。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
墓碑には詩人の半身像を、墓の上には詩人の臨終のぐわ像を刻し、ぐわ像の台石に小さく詩人の名と生歿の年月としつきとを記しただけで、外には何も書いて無い。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
多遅摩毛理たじまもりはかしこまって、長い年月としつきの間いっしょうけんめいに苦心して、はてしもない大海おおうみの向こうの、遠い遠いその国へやっとたどり着きました。
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
長の年月としつき、この私が婦人おんなの手一ツで頭から足の爪頭つまさきまでの事を世話アしたから、私はお前さんを御迷惑かは知らないが血を分けた子息むすこ同様に思ッてます。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
おうさまや、ぼうさんや、貴族きぞくや、商人しょうにんなどがてるものは、ごくわずかの年月としつきしか、つづかないものだと思います。
此二人の申込を拒絶せしに依りて思ふに、妻は富めるにもあらず、美しくもあらざる小生の約束を重んじて、永き年月としつきを待ち居りしこと疑ひなかるべく候。
たけなかからひろつてこの年月としつき大事だいじそだてたわがを、だれむかへにようともわたすものではない。もしつてかれようものなら、わしこそんでしまひませう
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
彼女あれも——またその頃のわしも——北塔で永い年月としつきがたたぬ前のことだ、——ずっとずっと昔のことだ。優しい天使さん、あなたの名前は何というのですか?
その顔は可也かなり長いあひだ、彼の心に残つてゐた。が、年月としつきの流れるのにつれ、いつかすつかり消えてしまつた。
鬼ごつこ (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
すると、前の話手は、ついとそっぽを向いて、にわかに冷淡になってしまう。それが人間の会話の常態じょうたいであることを悟るまでに、彼は長い年月としつきを要した程である。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
表面うわべは平和だったが、下には長い年月としつきのなやみがひそんでいた。クリストフはもういきもつかず、身体からだを動かすことも出来できないで、感動のあまりつめたくなっていた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
この年月としつき二人で打っていながら一度もそのシンミリとその呪いの音をきいた事がないではありませんか。
あやかしの鼓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
長い年月としつき——さうして過した長い年月としつきを、この墓守のぢゝは、一人さびしく草をつて掃除してたのだ。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
ちぎりはふか祖先そせんえんかれてかし一人子同志ひとりこどうし、いひなづけのやく成立なりたちしはおたかがみどりの振分髮ふりわけがみをお煙草盆たばこぼんにゆひむるころなりしとか、さりとてはながかりし年月としつき
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「もう五年と相成るか」と帯刀は憮然ぶぜんとしてその五ヶ年の年月としつきをふりかえっているようであったが
くろがね天狗 (新字新仮名) / 海野十三(著)
勿論、彼にも落度はあるが、さまでに厳しい仕置きをせずともよかったものをと、その当時にもいささか悔む心のきざしたのを、年月としつきの経つにつれて忘れてしまった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
黒吉は、長い年月としつき、探し求めていた宝石ほうぎょくに、やっと手を触れた時のように、興奮し、感激していた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
長き/\年月としつきの後まで動かぬかはらぬまことのなさけ、まことの道理に私あこがれ候心もち居るかと思ひ候。この心を歌にて述べ候ことは、桂月様お許し下されたく候。
ひらきぶみ (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
なるるべくはなし筋道すじみちとおるよう、これからすべてを一とまとめにして、わたくしなが年月としつきあいだにやっとまとめげた、守護霊しゅごれいかんするおはなし順序じゅんじょよく申上もうしあげてたいとぞんじます。
図らずお柳の懐妊の年月ねんげつが分ったので、幸兵衛が龜甲屋へ出入を初めた年月としつきたゞすと、懐妊した翌月よくつきでありますから、長二は幸兵衛のたねでない事は明白でございますが
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
其夜そのよ詩集ししふなどいだして読みしは、われながら止所とめどころのなき移気うつりぎや、それ其夜そのよの夢だけにて、翌朝よくあさはまた他事ほかのこと心移こゝろうつりて、わすれて年月としつきたりしが、うめの花のくを見ては毎年まいとし
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
どうかこうかここまでぎつけて来た、長い年月としつきの苦労を思うと、迂廻うねりくねった小径こみちをいろいろに歩いて、広い大道へ出て来たようで、昨日きのうまでのことが、夢のように思われた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
遮莫さもあらばあれ永い年月としつき行路難こうろだん遮莫さもあらばあれ末期まつご十字架のくるしみ、翁は一切いっさいを終えて故郷ふるさとに帰ったのである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この私こそその六郎左衛門入道なのだと名のってやろうかと思いましたが、いや/\それでは長の年月としつきの修行が無駄になってしまうと考え直して、まあ、ほんとうに有難い事です
三人法師 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
この物凄い大賊が、世界中を荒らし廻ることをやめてから、なが年月としつきがたっていた。
しかし彼が芸人附合つきあいを盛んにし出して、今紀文と云われるようになってから、もう余程の年月としつきが立っている。察するに飾磨屋は僕のような、生れながらの傍観者ではなかっただろう。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今御身が相を見るに、世にもまれなる名犬にして、しかも力量ちから万獣ばんじゅうひいでたるが、遠からずして、抜群の功名あらん。某この年月としつき数多あまたの獣に逢ひたれども、御身が如きはかつて知らず。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
こんなふうにしてとうさんは自分じぶんうまれたふるさとを幼少ちひさ時分じぶんたものです。それからなが年月としつきあひだいては、木曾きそかへつてますと、そのたびにあのやまなかかはつてました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
カピ妻 にくや、かなしや、あさましや、うらめしや! やすもなう𢌞めぐなが年月としつきあひだにも、またと、こんななさけないがあらうかいの! たゞ一人ひとりの、可愛かはゆ一人ひとりの、大事だいじの/\祕藏兒ほんそごをば
思へばこの永の年月としつきいつも裸にして傷つき易く激し易かりし吾が心の木地きぢ
展望 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
己も永え年月としつき過して来て、今になって大馬鹿野郎めに己の面先つらさきで生意気な真似をさせておくと思うか? 手前たちだってやり方は心得てるんだ。みんな自分じゃ分限紳士のつもりなんだからな。
ながい年月としつきそっと秘めてきた心の手筺てばこともいえよう、蓋を明けたい気持はあっても、むざと鍵に手をかけられないのは当然だったかも知れない、こうして春も過き、夏も終りかけた或日のことだった。
菊屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その日がまためぐってくる年月としつきのながさを
其處そこに十五年の年月としつきがあつた。——
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
年月としつきなれ
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
が、かれ年月としつきつとともに、この事業じぎょう単調たんちょうなのと、明瞭あきらかえきいのとをみとめるにしたがって、段々だんだんきてた。かれおもうたのである。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
西東にしひがし長短のたもとを分かって、離愁りしゅうとざ暮雲ぼうん相思そうしかんかれては、う事のうとくなりまさるこの年月としつきを、変らぬとのみは思いも寄らぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さう決心して昭和十七年の暮に手蔓を求め軍屬になつて滿洲へ行き、以前入營中にならひ覺えた自動車の運轉手になり四年の年月としつきを送つた。
羊羹 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
なが年月としつきあいだはなしをする相手あいてもなく、いつもあかるいうみおもてをあこがれて、らしてきたことをおもいますと、人魚にんぎょはたまらなかったのであります。
赤いろうそくと人魚 (新字新仮名) / 小川未明(著)
なが年月としつきあひだ雨風あめかぜにさらされてこはれてしまひ、完全かんぜんのこつてゐるものがきはめてすくないのは殘念ざんねんなことであります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
彼が十年という長い年月としつき、切ない恋を打開うちあけないでいたのも、この様な犯罪事件のかげに隠れて、彼女の弱身につけ込んで、その思いをとげようとしたことも
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)