布子ぬのこ)” の例文
手織縞ておりじまのごつごつした布子ぬのこに、よれよれの半襟で、唐縮緬とうちりめんの帯を不状ぶざまに鳩胸に高くしめて、髪はつい通りの束髪に結っている。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かくてもあられねばつまたる羽織はおりをつとくびをつゝみてかゝへ、世息せがれ布子ぬのこぬぎて父の死骸しがいうでをそへてなみだながらにつゝみ脊負せおはんとする時
白粉おしろいのところげになった顔が、寒気立ち、ほこりまみれの髪を茫々にしたままで、老人の物を直したらしい縞目のわからない布子ぬのこを着ていた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
湯のような美女の涙が、布子ぬのこを通して太股に流れるのを、権次は手の付けようの無い心持で、我慢しました。それは、実に恐ろしい魅惑です。
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
広い土間へ入って、かまちのそばに切ってある大きな爐に手をかざしていた盲縞の布子ぬのこを着ている五十格好のお神さんに、一夜の宿をお願い申した。
酒徒漂泊 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
あらわにした胸に並んで見える肋骨の併列と、布子ぬのこともかたびらともつかない広袖の一枚を打ちかけた姿と言い、誰が見ても三途さんずの川に頑張って
庄三郎は織色おりいろの羽織をまして、二子ふたこの茶のくろっぽいしま布子ぬのこに縞の前掛に、帯は八王子博多を締めて、商人然としている。
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
茶に染返そめかへしたる布子ぬのこなり是は取置とりおけと申付られやがて火もしづまりしかば皆々火事場をひかれけり扨又喜八はあやふくも袖を切て其の場を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そこを付け入って更にかれの袖を引っつかむと、男はもう絶体絶命になったらしく、着ている布子ぬのこをするりと脱いで、素裸のままでまた駈け出した。
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あかじみた木綿布子ぬのこにつつまれた小男の——一体どこに、そんな魅力があったかといえば、黙って、大地から嘉兵衛を見上げている日吉の眼だった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人の情通露見したる時に、朋輩勘十郎の奸策かんさく同時に落ち来りて、清十郎が布子ぬのこ一枚にて追払はるゝ段より、お夏の愛情は一種の神韻を帯び来れり。
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
高座では若手の落語家はなしか橘家圓太郎が、この寒さにどんつく布子ぬのこ一枚で、チャチな風呂敷をダラリと帯の代わりに巻きつけ、トボけた顔つきで車輪に御機嫌を伺っていた。
円太郎馬車 (新字新仮名) / 正岡容(著)
老婆はその花束を裏の縁側へ置いて、やっとこしょと上へ昇り、他処よそ往きの布子ぬのこに着更え、幅を狭くけた黒繻子の帯を結びながら出て来たところで、人の跫音がした。
地獄の使 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
背丈せいが五尺と一寸そこらで。年の頃なら三十五六の。それが頭がクルクル坊主じゃ。眼玉落ち込み歯は総入歯で。せた肋骨あばらが洗濯板なる。着ている布子ぬのこが畑の案山子かかしよ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
布子ぬのこの下の襦袢じゅばんから、ポチリと色めた赤いものが見えるので、引っぱりだして見ると、黒ちりめんに牡丹ぼたんの模様の古いのだった。ぎで、大きな二寸もある紋があった。
先刻さっき内々戸のすきから見たとは違って、是程までに美しいそなたを、今まで木綿布子ぬのこ着せておいた親のはずかしさ、小間物屋もよばせたれば追付おっつけくるであろう、くしかんざし何なりとすきなのを取れ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
二人を送り出して、今まで徳さんの息子が着ていた磯臭いボロ布子ぬのこを身につけると、私は小屋の窓際にうずくまって、障子の蔭から目ばかり出して、小舟の行手を見守っていた。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
うちへ帰る途中にも、折々インヴァネスの羽根の下に抱えて来た銘仙のつつみを持ちえながら、それを三円という安いで売った男の、粗末な布子ぬのこしまと、赤くてばさばさした髪の毛と
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いわゆる布子ぬのことしては信州秋山の例のように、これらの繊維のくずを綿のようにほごして中に入れたろうと思うことは、今でも麻の屑をヲグソと謂って、それに使っているのからも想像せられる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一巻のブックをふところにして、嘉平治平かへいじひらはかま焼海苔やきのりつづれる如きを穿うがち、フラネルの浴衣ゆかたの洗ひざらして垢染あかぞめにしたるに、文目あやめも分かぬ木綿縞もめんじま布子ぬのこかさねて、ジォンソン帽の瓦色かはらいろに化けたるを頂き
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
膝きりの布子ぬのこを着、足首まで水に這入って静かに糸を垂れている。
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
夏たちて布子ぬのこの綿はぬきながらたもとにのこる春のはながみ
楽屋にては小親の緋鹿子ひがのこのそれとは違い、黒き天鵞絨びろうど座蒲団ざぶとんに、蓮葉はすはに片膝立てながら、繻子しゅすの襟着いたるあら竪縞たてじま布子ぬのこ羽織りてつ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
饅頭形まんじゅうがたの編笠をかぶり、尻端折しりっぱしょりをした布子ぬのこの下に、ほっそりした紺の股引ももひきをはいた脚が、いかにもいなせなように見えた。
へちまの木 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
子持縞こもちじま布子ぬのこを着て、無地小倉の帯を締め、千住の河原の煙草入を提げ、不粋ぶすい打扮こしらえのようだが、もと江戸子えどっこだから何処どっか気が利いて居ります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
さう思つて見ると、成程物置の裏の井戸端に、大きいたらひに漬けたまゝ、泥の附いた、薄汚い布子ぬのこのあるのを、平次はしやがみ込んで見て居ります。
結びて手拭かぶたへ布子ぬのこすそ端折はしをり片手かたてふるびし岡持下げ足元輕く立歸る老婆らうばは長屋の糊賣のりうりお金營業仕舞て這入來はひりく姿すがた
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
寒いはずだ、膝行袴たっつけばかま筒袖つつそで布子ぬのこ一枚、しかし、腰の刀は身なりにも年にも似あわぬ名刀のしろがねづくり。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
○秋山に夜具を持たる家は此おきなの家とほかに一軒あるのみ。それもかのいらにておりたるにいらのくずを入れ、布子ぬのこのすこし大なるにて宿とまきやくのためにするのみ也とぞ。
お時は一張羅いっちょうらの晴れ着をぬいで、ふだん着の布子ぬのこと着替えた。それから大事そうに抱えて来た大きい風呂敷包みをあけて、扇子や手拭や乾海苔やするめなどをたくさんに取り出した。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
汚ない布子ぬのこを着て、手によごれた風呂敷包を抱え込んでいましたが、案内もなくはいって来て、それをとがめられる前に、早くも関守氏の前の庭先へ、ピタリと土下座をきってしまい
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
どんつく布子ぬのこの袖組み合はせ、腕拱きつゝ迂濶〻〻うか/\歩き、御上人様の彼様あゝ仰やつたは那方どちらか一方おとなしく譲れと諭しの謎〻とは、何程愚鈍おろかおれにも知れたが、嗚呼譲りたく無いものぢや
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
瀬戸物せとものぼたんいた白木綿しろもめん襯衣しやつて、手織ておりこは布子ぬのこえりから財布さいふひもたやうななが丸打まるうちけた樣子やうすは、滅多めつた東京とうきやうなど機會きくわいのないとほやまくにのものとしかれなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
植木屋の布子ぬのこの肩に、手を柔かに掛けた、弱腰もたわむと見える帯腰に、もの優しい羽織の紋の、藤の細いは清葉であった。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
揉みあっているうちに着崩れたものか、縞目しまめもわからないような古布子ぬのこの前がはだけ、平べったい胸や、さら木綿もめんを巻いた腹があらわになっていた。
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
淺葱あさぎ股引もゝひきに木綿布子ぬのこわらしべで髮を結つた、非凡の無頓着さで、江戸の中でこんなのを見るのは——場所が場所だけに、錢形平次にも異樣な感じです。
フヽヽ桟留縞さんとめじま布子ぬのこに、それでい、はかま白桟しろざん御本手縞ごほんてじまか、へんな姿だ、ハヽヽ、のう足袋たびだけ新しいのを持たしてやれ。弥「ぢやアつてまゐります。 ...
にゆう (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
そして、それからの一冬を、木綿布子ぬのこ一枚の彼が、寒空に針など売って、何処をどう彷徨さまよった果てかは知れないが——年も明けて、翌天文てんもんの二十二年、桃の花のさかり頃。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに引変えやぶれ褞袍おんぼう着て藁草履わらぞうりはき腰に利鎌とがまさしたるを農夫は拝み、阿波縮あわちぢみ浴衣ゆかた綿八反めんはったんの帯、洋銀のかんざしぐらいの御姿を見しは小商人こあきんどにて、風寒き北海道にては、にしんうろこ怪しく光るどんざ布子ぬのこ
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
くれと聲をかけしかば喜八ハイと答へて揚戸あげどあげときたもとはす引裂ひきさけてあるゆゑ軍平はとめて見るに縞柄しまがらも昨夜の布子ぬのこ相違さうゐなければすぐに召捕んとせしが取迯とりにがしては一大事と然有さあらていにて煙草を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
瀬戸物のボタンの着いた白木綿しろもめん襯衣シャツを着て、手織のこわ布子ぬのこえりから財布のひもみたような長い丸打まるうちをかけた様子は、滅多めったに東京などへ出る機会のない遠い山の国のものとしか受け取れなかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
幅狭き布子ぬのこ上掻うわがえ引張ひっぱり合せて、膝小僧を押包み、煮染めたような手拭てぬぐいにて、汗をき拭きかしこまり、手をつきて美人の顔、じっと見詰むる眼に涙。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……包が出来ると、お祖父さんに起きて貰い、布子ぬのこを二枚重ねた上から綿入半纏わたいればんてんをさらに二枚着せ、頭巾をかぶらせた。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
木綿物らしい貧しい布子ぬのこ、油氣のない胡麻鹽の頭、不潔ふけつらしさはないにしても、何んといふ凄まじい身扮みなりでせう。
それじゃア此の布子ぬのこを貸せと云ってはア何でも持出して遣い果したあとで、何うにも斯うにも仕方が無いが、まア真実のおいだからと云って文吉も可愛がって居たゞが
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
人は待春まつはるとか年暮くれとかいえ、源内兵衛げんないひょうえは秋からの布子ぬのこ一袖。はなたれの子、しらくも頭の子、ひかんみの子、乳の出ぬ乳に泣く子と吠える女房などの住むあばから、この布令ふれを知ると飛び出して
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれ坂井さかゐして、うちかへ途中とちゆうにも、折々をり/\インヷネスの羽根はねしたかゝへて銘仙めいせんつゝみへながら、それを三ゑんといふやすつたをとこの、粗末そまつ布子ぬのこしまと、あかくてばさ/\したかみ
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
くから、出しなには寒かったで、布子ぬのこ半纏はんてんを着ていたのが、その陽気なり、働き通しじゃ。親仁殿は向顱巻むこうはちまき大肌脱おおはだぬぎで、精々せっせっっていたところ
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その男は五十年配で、綿入の布子ぬのこに綿入の半纏はんてんを重ね、あかじみた毛糸の衿巻えりまきを頭からくびへぐるぐる巻きつけていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
金はうなるほど持つて居るに違ひない癖に、よれ/\の布子ぬのこ一點づつ、お百などは腰切半纒こしきりばんてん二布ふたのを引つかけて、髮の毛などは雀の巣よりも淺ましい姿です。