かさ)” の例文
と小声にぎんじながら、かさを力に、岨路そばみちを登り詰めると、急に折れた胸突坂むなつきざかが、下から来る人を天にいざな風情ふぜいで帽にせまって立っている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
チラリ/\と雪が降出ふりだしましたから、かさを借り、番場の森松と云う者が番傘を引担ひっかついで供をして来ますと、雪は追々積って来ました。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
その人が玄関からはいったら、そのあとに行って見るとものは一つ残らずそろえてあって、かさは傘で一隅いちぐうにちゃんと集めてあった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
うん、うえほうには、くらげが、かさのようなかたちをして、およいでいるし、すこしした岩陰いわかげには、たこが腕組うでぐみをして、かんがんでいるしな。
海が呼んだ話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
坊主ぼうずは、たてつけのわる雨戸あまどけて、ぺこりと一つあたまをさげた。そこには頭巾ずきんかおつつんだおせんが、かさかたにしてっていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
暁雨が渋蛇しぶじゃかさをさして出たというので、その当座はしばらく渋蛇の目の傘が市中に流行したのを見ても、その人気が思いやられた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
畳紙たとうの包を取りそろえて衣裳行李いしょうごうりに入れ、それと、かつらの箱と、あの時のかさとを自動車に積んで出掛けたあと、折よく二人きりになったので
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
勝重はかさを持って、禰宜ねぎの家の方から半蔵を迎えに来た。乾燥した草木をうるおす雨は、参籠後の半蔵をき返るようにさせた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
麹町三丁目庄兵衞地借瀬戸物渡世忠兵衞同人妻とみ 其方共八ヶ年以前平川天神裏門うらもん前にて町醫師村井長庵こと雨中うちうかさもた立戻たちもどり候を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
これはらぬと力足ちからあしふみこたゆる途端とたん、さのみにおもはざりし前鼻緒まへはなをのずる/\とけて、かさよりもこれこそ一の大事だいじりぬ。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
蜈蚣むかでの、腕ほどもあるのがバサリと落ちて来たり、絶えずかさにあたる雨のような音をたてて山ひるが血を吸おうと襲ってくる。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
割り下水の方来居、相良玄鶯院の宅をあとにした篁守人は、愛刀帰雁を落とし差しに、片手にかさを傾けて、暗い裏町づたいに大川の縁へ出た。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お庄は出たり入ったりしていたが、待ちきれなくなって、かさを持ち出して、つい近所のお増の宿の前まで様子を見に行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「私に弾けなくッても困るから、やさしい物を一つやってごらん。——『わが物』がいい、かさを持ってることにして、さ」
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
然しそれは連絡に出掛けるのにかさをさして行くので、顔を他人ひとに見られることが少ないからである。私は早く夏が行ってくれゝばいゝと考える。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
この時かさをさしたる一人ひとりの男、線路のそばに立っていたのが主人あるじの窓をあけたので、ソッとけて家の壁に身を寄せた。それを主人はちらと見て
郊外 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
いざ小手こてしらべは虹渡にじわたりの独楽こま! 見物人けんぶつにんかさのご用心! そんな口上こうじょうをはりあげて蛾次郎がじろう、いよいよ独楽こままわしのげいにとりかかろうとしていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
低空におりた偵察機上にあって、塩田大尉と小浜兵曹長の見たものは、怪塔がへんなかさをきていることでありました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かさもささずに絹雨を頭からしょぼしょぼと浴びながら、しきりと町の向こうをながめながめ、右へ左へいとも必死にひねりつづけていたものでしたから
聞けば中央停車場から濠端ほりばたの電車の停留場まで、かさもささずに歩いたのだそうだ。では何故なぜまたそんな事をしたのだと云うと、——それが妙な話なのだ。
妙な話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
がらでも無く、印刷所の若いほうの職工と二人でかさをさして吉原へ遊びに行き、いやもう、ひどいめに逢いました。
男女同権 (新字新仮名) / 太宰治(著)
こゝを一應いちおう見物けんぶつするだけでも一日いちにちようしますが、入場にゆうじよう無料むりようであり、かさつゑあづかつてくれても賃錢ちんせんりません。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
鈴木君が帰ると私たちはかさをさして、ゆっくりゆっくり川ぞいの道を歩きながら街へ出た。女房の腹は、もうあと一週間で出産というところまで来ている。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
雨の降る日はかささしても間に合うまいと思いやられるのもことわり、畳はすでにこけむすばかりの有様であった。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
たとえば雨のふる日にかさをささないで往来を歩きたいと思ったとしても、なかなかそうはさせてくれない。
田園雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「行け行け。」白熊しろくまは頭をきながら一生懸命向ふへ走って行きました。象はいまごろどこかで赤いじゃの目のかさをひろげてゐるはずだがとわたくしは思ひました。
月夜のけだもの (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
もの干棹ほしざをにさしかけの茣蓙ござの、しのぎをもれて、そとにあふれたひとたちには、かさをさしかけて夜露よつゆふせいだ。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
やがて、しばらくして、この大降りの雨の中を、かさをさしてスタスタこちらへやつて来る人があります。
狐に化された話 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
八太郎は雨の降る中を、かさもさゝずに、二匹の子犬を懐の中に抱いて、山奥の村へ帰つて行きました。
犬の八公 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
村中が手分けをして探しまわった結果、隣部落と地境じざかいの小山の中腹、土地で神様松というかさの形をした松の樹の下に、青い顔をしてすわっているのを見つけたという。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
生憎あいにく前日来の雨で、到底来者きてはあるまいと思うて居ると、それでもかさをさして夕刻ゆうこくから十数人の来客らいきゃく
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
淵の魚はさぞ待っているだろうと、昭青年は網代笠あじろがさかさの代りにして淵へ生飯を持って行きました。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「いいでしょう。これを朝子さんがはいて、じゃかさをさしている姿が目に浮んできてね、こんな下駄がはける人は仕合せだと思ったわ。きれいな人は、とくね。」
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
夏目先生が千駄木せんだぎにお住居すまいであったころ、ある日夕立の降るなかを、鉄御納戸てつおなんど八間はちけん深張ふかはりかさをさして、人通りのない、土の上のものは洗いながされたような小路を
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
樫の枝は大きな/\かさのやうに広がつてその片一方がずつと淵の上の所まで伸びて居ました。
山さち川さち (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
引手を廻すと、ドアは難なくきました。室内には、隅のおおテーブルの上に、青いかさの卓上電燈が、しょんぼりとついていました。その光で見廻しても、誰もいないのです。
目羅博士の不思議な犯罪 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ここより遠からねば、此の小休をやみに出で侍らんといふを、五六あながちに此のかさもていき給へ。五七いつ便たよりにも求めなん。雨は五八更にみたりともなきを。さて御住ひはいづぞ。
二度目の揺れがややしずまってから、自分はこわごわ家に近づいて、下駄げたかさを取り出した。
地異印象記 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
しかれども春雨はるさめかさ、暮春に女、卯花うのはなに尼、五月雨さみだれに馬、紅葉もみじに滝、暮秋に牛、雪に燈火ともしびこがらしからす、名所には京、嵯峨さが御室おむろ、大原、比叡ひえい三井寺みいでら、瀬田、須磨、奈良、宇津
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そういって、ひもでくくったかさとバナナの籠を土間に置いて、より江の頭をなぜてくれました。より江はおじさんが、如何いかにもうれしそうに声をたてて笑うしろい歯をみていました。
(新字新仮名) / 林芙美子(著)
かり地震豫報ぢしんよほう天氣豫報てんきよほう程度ていどたつしても、雨天うてんおいては雨着あまぎかさようするように、また暴風ぼうふうたいしては海上かいじよう警戒けいかい勿論もちろん農作物のうさくぶつ家屋かおくとうたいしても臨機りんき處置しよち入用にゆうようであらう。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
風が強くて、雨が横から吹いて、かさがさせなかった。屋根がわらが吹き飛ぶので、まちに出られなかった。海岸部分は軒先まで浸水した。水がひくと同時に、壊崩くずれた家が無数だった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
投出なげだして、やおら、って、またかさをさして歩み出したが、最早もう何事もなく家に帰った、昔からも、よくいうが、こんな場合には、気をたしかに持つことが、全く肝要の事だろうよ。
狸問答 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
(嘿斎翁曰、これすなはち浄行じやうぎやう神人也といへり、大夫とは俚言の称也)さて当日(正月十五日)神使本社じんしほんしやいづるその行装ぎやうさうは、先挾箱さきはさみばこ二本道具台だうぐだい笠立かさたてかさ弓二張薙刀なぎなた神使侍烏帽子さむらひえばうし素襖すあう
すんほどにのびた院内ゐんない若草わかぐさが、下駄げたやはらかくれて、つちしめりがしつとりとうるほひをつてゐる。かすかなかぜきつけられて、あめいとはさわ/\とかさち、にぎつたうるほす。
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
安二郎から、はよ帰ってこいと迎えが来ると、お君は、また来まっさ、さいならと友子に言って、雨の中を帰って行った。一雨一雨冬に近づく秋の雨が、お君のかさの上を軽くたたいた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
片隅には「いのち」という字をかさの形のようにつないだ赤い友禅ゆうぜん蒲団ふとんをかけた置炬燵おきごたつ
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
優しいひんのよい提灯であります。大きさや強さの美はありませんが、平和を愛する心の現れであります。その他和紙を用いたものでは、かさ団扇うちわなどがその郷土をよく語ってくれます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
ただおとよが手に持つかさを右に左にわけもなく持ち替えてるが目にとまった。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
舟は西河岸の方にってのぼって行くので、廐橋手前うまやばしでまえまでは、おくらの水門の外を通るたびに、さして来る潮によどむ水のおもてに、わらやら、鉋屑かんなくずやら、かさの骨やら、お丸のこわれたのやらが浮いていて
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)