かり)” の例文
雲井くもいかりと中将の結婚を許せということなのであろうか、もう長くおいでになれない御病体の宮がぜひにとそのことをお言いになり
源氏物語:29 行幸 (新字新仮名) / 紫式部(著)
床柱とこばしらけたる払子ほっすの先にはき残るこうの煙りがみ込んで、軸は若冲じゃくちゅう蘆雁ろがんと見える。かりの数は七十三羽、あしもとより数えがたい。
一夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫婦ふうふはこれに刎起はねおきたが、左右さいうから民子たみこかこつて、三人さんにんむつそゝぐと、小暗をぐらかたうづくまつたのは、なにものかこれたゞかりなのである。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ちとご不便でございましょうが、おしで極く正直者という船頭に金を与え、かりの松の下へ、舟を廻しておくように申しつけて参りました。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つい先日、私の方の皇帝が、狩に出て、空飛ぶかりを矢をはなって射落したら、雁の足に、白い布に墨で書いたものがしばりつけてあった。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
あまとぶかり小夜さよの枕におとづるるを聞けば、都にや行くらんとなつかしく、あかつきの千鳥の洲崎すさきにさわぐも、心をくだくたねとなる。
かりの童子とっしゃるのは。」老人は食器しょっきをしまい、かがんでいずみの水をすくい、きれいに口をそそいでからまた云いました。
雁の童子 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
明るい探険電灯で、高い銀杏のこずえをてらしてもみたが、老浮浪者の姿はなく、あるのはかりのような形をした葉ばかりだった。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ちょうど秋になってかりは天を飛んでいる。それは誰がってもよい。しかしその雁を捕ることはむずかしいことであります。
後世への最大遺物 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
こんなことを話し合つてゐる中に、千代松は莖ばかりのかりといふ煎茶を丁寧に入れて、酒の出るまでと道臣に進めた。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
二年、三年、男が同志社を卒業するまでは、たまさかのかり音信おとずれをたよりに、一心不乱に勉強しなければならぬと思った。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
(三嶋郡とする説もあり)家持やかもちの哥に「ゆきかへるかりのつばさをやすむてふこれや名におふうら長浜ながはま」▲名立なだち 同郡西浜にしはまにあり、今は宿しゆくの名によぶ。
「里のしょあけのほだされやすくたれにひとふでかりのって、そのかりいので、へっへ、ぶつりとね、へえ、雷門の糸が——どうも嫌な顔をしましてな」
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
すみからすみまでからりとあかるく、ひろそらつてゐるあき光線こうせんのさしてゐるうちに、かりわたつてくといふうたです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
幸子は両手をついたまま嗚咽おえつをのんだ、太宰の膝に置いた手もぶるぶるとふるえた。かりがわたるのであろう、更けた夜空を高くき過ぎる声が聞えた。
日本婦道記:尾花川 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
月黒うしてかり飛ぶこと高しで、どんなみじめな日が来ても、元々裸身ひとつ故、方法はどのようにもなるだろう。
生活 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
奴国の月は田鶴たずのように冠物かぶりものを冠っている。爾は奴国の月を眺めて、我とともに山蟹やまがにかりとをくらえ。奴国の山蟹は赤い卵をはらんでいる。爾は赤い卵を食え。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ちらと見ると、浅黄色のちりめんに、銀糸のすすきが、かりの列のように刺繍ししゅうされてある古めかしい半襟であった。
火の鳥 (新字新仮名) / 太宰治(著)
漢の天子が上林苑じょうりんえん中で得たかりの足に蘇武の帛書はくしょがついていた云々うんぬんというあの有名な話は、もちろん、蘇武そぶの死を主張する単于ぜんうを説破するためのでたらめである。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
お光の心は如何様に涼しく感じたであろう。秋になる。万頃ばんけいの蘆一斉にそよいで秋風の辞を歌う。蘆の花が咲く。かりが鳴く。時雨しぐれが降る。蘆は次第に枯れそめる。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
不忍しのばずの大きな池は水あかりにぼんやりと薄く光って、弁天堂の微かな灯が見果てもない広い闇のなかに黄いろく浮かんでいた。寒そうなかりの声も何処かできこえた。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
赭色たいしゃになりてはすの茎ばかり情のう立てる間に、世を忍びげの白鷺しらさぎがそろりと歩む姿もおかしく、紺青色こんじょういろに暮れて行くそらにようやくひかり出す星を背中にって飛ぶかり
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それにつけても未練らしいかは知らぬが、門出なされた時から今日までははや七日じゃに、七日目にこう胸がさわぐとは……打ち出せば愚痴めいたと言われ……おおかりよ。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
雁来紅けいとうむを相図に、夜は空高くかりがする。林の中、道草の中、家の中まで入り込んで、虫と云う虫が鳴き立てる。早稲が黄ろくなりそめる。蕎麦の花は雪の様だ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今朝けさあさかりがねきつ春日山かすがやまもみぢにけらしがこころいたし 〔巻八・一五二二〕 穂積皇子
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
下界の人は山頂も均しく長閑のどかならんと思うなるべし、の三保の松原に羽衣はごろもを落して飛行ひぎょうの術を失いし天人てんにんは、空行くかりを見て天上をうらやみしにひきかえ、我に飛行の術あらば
楼の柱の両側に「二十五げん弾月夜」「不堪清怨却飛来」と、一対のれんかかっている。裏は月にかりの列を現わしたかたわらに「雲みちによそえる琴の柱をはつらなる雁とおもいけるかな
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
東叡山とうえいざん寛永寺かんえいじ山裾やますそに、周囲しゅういいけることは、開府以来かいふいらい江戸えどがもつほこりの一つであったが、わけてもかりおとずれをつまでの、はすはな池面いけおも初秋しょしゅう風情ふぜい
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
碧空へきくう澄める所には白雲高く飛んで何処いづこに行くを知らず、金風きんぷうそよと渡る庭のおもには、葉末の露もろくも散りて空しくつちに玉砕す、秋のあはれはかり鳴きわたる月前の半夜ばかりかは
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
寛文かんぶん九年の秋、一行は落ちかかるかりと共に、始めて江戸の土を踏んだ。江戸は諸国の老若貴賤ろうにゃくきせんが集まっている所だけに、敵の手がかりを尋ねるのにも、何かと便宜が多そうであった。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
よく晴れた今日は九月××日で、坪庭つぼにわでは萩と木犀と菊と、うめもどきと葉鶏頭と山茶花さざんかとが、秋のお祭りを行ってい、空ではかりが渡来したばかりの、元気のよい声でうたっていた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しぐれ降る浅茅あさじはらの夕ぐれに二こえ三声かりがねの、便り待つ身の憂きつらさ——。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
日光を遮断しやだんする鉄塀はひとしく彼女をも我より離隔して、かりの通ふべき空もなし、夢てふもの世にたのむべきものならば、我は彼女と相談あひかたる時なきにあらず、然れどもその夢もはかなや
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
鶴御成というのは、十月の隅田川、浜御殿のかり御成、駒場野のうずら御成、四月の千住三河島せんじゅみかわしまきじ御成とともに将軍鷹狩のひとつで、そのうちにも鶴御成はもっとも厳重なものとされていた。
顎十郎捕物帳:09 丹頂の鶴 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
油紙で張った雨傘にかど時雨しぐれのはらはらと降りかかるひびき。夕月をかすめて啼過なきすぐかりの声。短夜みじかよの夢にふと聞く時鳥ほととぎすの声。雨の夕方渡場わたしばの船を呼ぶ人の声。夜網よあみを投込む水音。荷船にぶねかじの響。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
またある時、天皇豐のあかりしたまはむとして、日女ひめに幸でましし時に、その島にかり生みたり。ここに建内の宿禰の命を召して、歌もちて、雁の卵生める状を問はしたまひき。その御歌
淡彩たんさいで、かりを描いた老中のたまりの間にいた信祝のぶときは、越前が登城したと聞くと
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
何でも襖障子ふすましやうじ一面に葦とかりとをき、所々にかり羽叩はばたきして水を飛揚とびあがつてゐるのをあしらつた上、天井にはかりの飛ぶのを下から見上げた姿に、かりの腹と翼の裏をいてつたといふので名高かつた。
秋告鳥あきつげどりかり鳴き渡る葦間あしまのあたり、この世をわが世に泰平顔な太公望のつり船が、波のまにまに漂って、一望千金、一顧万両、伝六太鼓がいっしょにいたら、どんな鳴り音をたてて悦に入るか
雁字といふのは雁の群れて列をなして居る処を文字にたとへたのであつてと支那で言ひ出しそれが日本の文学にも伝はつて和歌にてかりといふ題にはしばしばこの字のたとえみこんであるのを見る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
旅人の心は朦朧もうろうとしていたけれど、彼はあたりの野らや、丘や、木立ちや、晴れわたった空を高く飛び過ぎるかりの群れなどを、むさぼるように見入るのであった。と、急に彼は心がさわやかになった。
頭の上でかりの声がした。亀田先生は待ちくたぶれてしまつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
かりよそよわがさびしきは南なりのこりの恋のよしなき朝夕あさゆふ
みだれ髪 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
山消えて沙のみ白き野のなかの我が車をば横ぎれるかり
熊岳城ゆうがくじやうかりわたるなり仰臥あふぶしに春寒きの砂湯にぞをる
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
雲とへだつ友かやかりの生わかれ
桃の雫 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
もいがてにかり多く聴く
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
寒温を秋のかりけ難し
かりが啼き啼きたちました
別後 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
湖もこの辺にしてかり渡る
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)