せなか)” の例文
お庄はせなかもものあたりにびっしょり汗を掻きながら、時々蓄音機の前や、風鈴屋の前で足を休めて、せなかで眠りかける子供を揺り起した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
がたぴしする戸ばかりをあつかい慣れている彼れの手の力があまったのだ。妻がぎょっとするはずみにせなかの赤坊も眼をさまして泣き出した。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
母様おっかさんに逢いに行くんだ。一体、私のせなかんぶをして、目をふさいで飛ぶところだ。構うもんか。さ、手をこう、すべるぞ。」
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「なかなか冷えるね」と、西宮は小声に言いながら後向きになり、せなか欄干てすりにもたせ変えた時、二上にあがり新内をうたうのが対面むこうの座敷から聞えた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
と見ればあと小舎こやの前で、昇が磬折けいせつという風に腰をかがめて、其処に鵠立たたずんでいた洋装紳士のせなかに向ッてしきりに礼拝していた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「此所に温順おとなしくしておいで、ね、賢い児だから……」と言つて、お母さんは黒ちやんのせなかを優しくたたいてやりました。
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
とん、と一つ、軽くせなかを叩かれて、吃驚びっくりして後を振返って見ると、旦那様はもうこらえかねて様子を見にいらしったのです。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「親方、早く私にせなかの刺青を見せておくれ、お前さんの命を貰った代りに、私はさぞ美しくなったろうねえ」
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、其処に鍵を掛け忘れた切戸でもいていたと見えて、ギギーというかすか軌音きしりねと共に、其戸にせなかを持たせかけたまま彼の体は建物の中へまことに自然に辷り込んだ。
人間製造 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
子供こども兩足りようあしとらへてさかさにつるし、かほそとけて、ひざもてせなかくとふのですさうすれば、かつての實驗じつけんよつるから、これツてれと熱心ねつしんすゝめました
人夫がふきの葉やよもぎ熊笹くまざさ引かゞってイタヤのかげに敷いてくれたので、関翁、余等夫妻、鶴子も新之助君のせなかから下りて、一同草の上に足投げ出し、梅干うめぼしさい握飯にぎりめしを食う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「おい何うかしたの? ……何処か悪いの?」と言って、掌でせなかをサアッ/\と撫でてやった。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
すなはち地にも倒れつべし、されども秀郷、天下第一の大剛の者なりければ、更に一念も動ぜずして、かの大蛇のせなかの上を、荒らかに踏みて、しずかに上をぞ越えたりける、しかれども大蛇もあへて驚かず
あまり咳が出るので、せなかをたたいてやりながら
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
お雪は剥くものを剥いてしまうと、それを目笊めざるに入れて、水口にいる女中の方へ渡した。そして柱にせなかもたせて、そこにしゃがんでいた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小児等しばらく逡巡しゅんじゅんす。画工の機嫌よげなるを見るより、一人は、画工のせなかいだいて、凧を煽る真似す。一人は駈出かけだして距離を取る。その一人いちにん
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丘の所に大きなゐのしし一疋いつぴきの可愛い坊やと一緒にてゐました。おツ母さんは、坊やのせなかたたきながら
熊と猪 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
次郎さんは鼻血をらしつゝ、弟の泣くかたへ走せ寄って吾をわすれて介抱かいほうした。父は次郎さんを愛してよくせなかおぶったが、次郎さんは成丈なるたけ父のせなを弟にゆずって自身は歩いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
馬がいばりをする時だけ彼れは不性無性ふしょうぶしょうたちどまった。妻はその暇にようやく追いついてせなかの荷をゆすり上げながら溜息をついた。馬が溺りをすますと二人はまた黙って歩き出した。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
女は黙ってうなずいて肌を脱いた。折から朝日が刺青のおもてにさして、女のせなかは燦爛とした。
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
奥山の秋のことですから、日中ひるなかとは違いましてめっきり寒い。山気は襲いかかって人のせなかをぞくぞくさせる。見れば樹葉きのはれる月の光が幹を伝って、流れるように地に落ちておりました。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
産婆が赤いせなかの丸々しい産児を、両手でつかねるようにして、次のの湯を張ってある盥の傍へ持って行ったのは、もう十時近くであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小児等こどもらしばらく逡巡しゅんじゅんす。画工の機嫌よげなるを見るより、一人は、画工のせなかいだいて、凧を煽る真似す。一人は駈出かけだして距離を取る。其の一人いちにん
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
秋のはじめから、奥様は虫歯の御煩おわずらいで時々ひど御苦痛おくるしみをなさいましたのです。はげしくなると私を御離しなさらないで、切ないような目付をなさりながら、私のせなか御頭おつむりを押しつけておいでなさる。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ある時、高等小学の修身科で彼は熱心に忍耐を説いて居たら、生徒の一人がつか/\立って来て、教師用の指杖さしづえを取ると、突然いきなりはげしく先生たる彼のせなかなぐった。彼はしずかに顧みて何をると問うた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
お増は押入れから自分の着物を出して来て、せなかけたり、火鉢の抽斗ひきだしから売薬を捜して飲ませたりしたが、磯野の腹痛は止まなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
可恐おそろしい早さだ、放すな!」と滝太郎はせなかをお雪に差向ける。途端にすさまじい音がして、わっという声が沈んで聞える。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「こんな時に顔を出しておきましょうと思って、方々歩きまわって来たよ」おとらは行水をつかいながら、せなかを流しているお島に話しかけた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
枝折戸しおりどの外を、柳の下を、がさがさとほうきを当てる、印半纏しるしばんてんの円いせなかが、うずくまって、はじめから見えていた。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お今に自分が浅井のせなかを流さしておいた湯殿の戸の側へ、お増はそっと身を寄せて行ったり、ふいに戸を明けて見たりした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
われ想像さうざうつて、見惚みとれたたまはだえせなかとほして、坊主ばうずくろ法衣ころもうつる、とみづなか天守てんしゆうつばり釣下つりさげられた、姿すがたけものおそふ、おもかげ歴然あり/\た。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
笹村が持ち込んで来た行李に腰かけて、落着きのない家を見廻していると、岡田の細君は、せなかで泣く子をゆすりながら縁側をぶらぶらしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
(可いから、可いから。)と、低声こごえでおっしゃってね、せなかを撫でて下さるもんだから、仕方なしに下りて行くと、お客はもう帰っていてね、嫌な眼でにらまれたよ。
化銀杏 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
急に落胆がっかりして毎日の病院通いも張合いが脱け、せなかや腕にぴったり板を結び着けられた自由の利かぬ体を、二階の空間に蒲団をかぶって寝てばかりいた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
横手の土塀際の、あの棕櫚しゅろの樹の、ばらばらと葉が鳴る蔭へ入って、黙ってせなかでなぞしてな。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
他人の中に育ってきたお蔭で、誰にもかゆいところへ手のとどくように気を使うことに慣れている自分が、若主人のせなかを、昨夜も流してやったことが憶出おもいだされた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
突当つきあたり煉瓦れんがの私立学校とせなか合せになっている紋床もんどこの親方、名を紋三郎といって大の怠惰者なまけもの、若い女房かみさんがあり、嬰児あかんぼも出来たし、母親おふくろもあるのに、東西南北、その日その日
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「笹村君は、これでもう何年になるいな。」と、健啖家けんたんかのT—は、肺病を患ってから、背骨の丸くなったせなかを一層丸くして、とめどもなくわんを替えながら苦笑した。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そういえば用が用、仏像を頼みにくのだから、と巡礼染じゅんれいじみたも心嬉しく、浴衣がけで、草履で、二つ目へ出かけたものが、人のせなかで浪を渡って、船に乗ろうとは思いもかけぬ。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
せなかいだくように背後うしろに立った按摩にも、床几しょうぎに近く裾を投げて、向うに腰を掛けた女房にも、目もくれず、じっと天井を仰ぎながら、胸前むなさきにかかる湯気を忘れたように手でさばいて
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お今は何の気もつかぬらしい顔をして力一杯せなかこすっていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
山家やまがものには肖合にあはぬ、みやこにもまれ器量きりやうはいふにおよばぬが弱々よわ/\しさうな風采ふうぢや、せなかながうちにもはツ/\と内証ないしよう呼吸いきがはづむから、ことはらう/\とおもひながら、れい恍惚うつとり
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お手の指が白々と、こうやぼねの上で、糸車に、はい、綿屑がかかったげに、月の光で動いたらばの、ぐるぐるぐると輪が廻って、じじいどののせなかへ、荷車が、乗被のっかぶさるではござりませぬか。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いい心持に、すっと足をのばす、せなかが浮いて、他愛たわいなくこう、その華胥かしょの国とか云う、そこへだ——引入れられそうになると、何の樹か知らないが、萌黄色もえぎいろの葉の茂ったのが、上へかかって
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
熊のせなかが、たたずんだ婦人おんなのあたりへ、黒雲のようにかかると、それにつれて、一所に横向きになって歩行あるき出しました。あとへぞろぞろ大勢小児こどもが……国では珍らしいけものだからでしょう。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一時ひとしきりは魔の所有もの寂寞ひっそりする、草深町くさぶかまちは静岡の侍小路さむらいこうじを、カラカラといて通る、一台、つややかなほろに、夜上りの澄渡った富士を透かして、燃立つばかりの鳥毛の蹴込けこみ、友染のせなか当てした
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
旅客は腕車くるまを見送りながら、お鶴のちりを払ったあとを、せなか一つ撫でて離れ
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ボーンと飛んで、額、頸首えりくびせなか、手足、殿たちの身体からだにボーンと留まる、それを所望じゃ。物干へ抜いて、大空へって帰ろう。名告なのらしゃれ。蠅がたからば名告らしゃれ。名告らぬと卑怯ひきょうなぞ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
山をくつがえしたように大畝おおうねりが来たとばかりで、——跣足はだし一文字いちもんじ引返ひきかえしたが、吐息といきもならず——寺の門を入ると、其処そこまで隙間すきまもなく追縋おいすがった、灰汁あくかえしたような海は、自分のせなかから放れてった。
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やまくつがへしたやうに大畝おほうねりたとばかりで、——跣足はだし一文字いちもんじ引返ひきかへしたが、吐息といきもならず——てらもんはひると、其處そこまで隙間すきまもなく追縋おひすがつた、灰汁あくかへしたやうなうみは、自分じぶんせなかからはなれてつた。
星あかり (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)