片隅かたすみ)” の例文
第二の世界のうちには、こけえた錬瓦造りがある。片隅かたすみから片隅を見渡すと、向ふの人の顔がよくわからない程に広い閲覧室がある。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
私は義兄に見舞を云おうと思って隣室へ行くと、壁のち、柱の歪んだ部屋の片隅かたすみに小さな蚊帳がられて、そこに彼は寝ていた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
いほりのなかはさつぱりと片附かたづいてゐました。まんなかに木の卓子テーブルがあつて、椅子いすが四つ並んでゐました。片隅かたすみにベッドがありました。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
ぢいやは御飯ごはんときでも、なんでも、草鞋わらぢばきの土足どそくのまゝで片隅かたすみあしれましたが、夕方ゆふがた仕事しごところから草鞋わらぢをぬぎました。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
或朝、万太夫座の道具方が、楽屋の片隅かたすみはりに、くびれて死んだ中年の女を見出みいだした。それは、紛れもなく宗清むねせいの女房お梶であった。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
男性は巧みにも女性を家族生活の片隅かたすみに祭りこんでしまった。しかも家族生活にあっても、その大権は確実に男性に握られている。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
片隅かたすみに隠れて一人で苦しむために、帰るのを急いだ。途中でオリヴィエが彼に出会った。オリヴィエはその土色の顔つきにびっくりした。
ある日のこと、重吉じゅうきちはなにを思ったか、お父さんが大切にしまっていたものを、そっと取り出して、台所の片隅かたすみにかくしてしまいました。
とんまの六兵衛 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
しかし、すぐにまた向き直り、ゆったりと車の片隅かたすみによりかかって、誰か相手を求めようとする試みさえもしはしなかった。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
本尊ほんぞんは、まだまたゝきもしなかつた。——うちに、みぎおとが、かべでもぢるか、這上はひあがつたらしくおもふと、寢臺ねだいあし片隅かたすみ羽目はめやぶれたところがある。
人魚の祠 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
何時の間にか、船長や雑夫長や工場代表が室の片隅かたすみの方へ、固まり合って棒杭のようにつッ立っていた。顔の色がなかった。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
と、小玉君がささやいたので、それじゃお父さんにお願いして、しばらくその事務所の片隅かたすみをかりようということになった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ああ、よし、よし。」と言って、それを受取って穴の片隅かたすみにねじ込みながら、ふと誰かを埋葬しているような気がした。
薄明 (新字新仮名) / 太宰治(著)
或者は裾踏み乱したるまま後手うしろでつきて起直おきなおり、重箱じゅうばこの菓子取らんとする赤児あかごのさまをながめ、或者はひと片隅かたすみの壁によりかかりて三味線をけり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
お昼の御馳走ごちそうに生卵を貰ったと見えて、きれいに食べ尽した御飯のお皿と、卵のからとが、新聞紙に載せて部屋の片隅かたすみに寄せてあり、又その横には
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
袋棚ふくろだなと障子との片隅かたすみ手炉てあぶりを囲みて、蜜柑みかんきつつかたらふ男の一個ひとりは、彼の横顔を恍惚ほれぼれはるかに見入りたりしが、つひ思堪おもひたへざらんやうにうめいだせり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
あの音は……風ね? ツルゲーネフに、こういうところがあるわ、——「こんな晩に、うちの屋根の下にいる人は仕合せだ、暖かい片隅かたすみを持つ人は」
私はもう一年ちかくも住んでおり、かれらともおよそ顔見知り程度になっていたので、心の片隅かたすみではひとかどの土地者であるような誇りを持っていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ふとだれやら自分を呼ぶ声がしますから、振り返つてみますと、暗い片隅かたすみに、白いおひげの長く垂れたおぢいさんが、蝙蝠傘かうもりがさを手にもつて、立つて居りました。
夢の国 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
皆の者は怖しさに片隅かたすみに押しかたまり、蒲団ふとんかぶって様子を伺っていると、かの者はずかずかと板のに上って来たようであったがその後の事はわからず。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しかし東京でも専門的でない、平生へいぜいオモチャ店であるのが、節句前になって急に雛店に変ずるというような所は、片隅かたすみになお多少のオモチャが割拠している。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ひとりになってからも梶は、広すぎる二人寝台の、それも二台も連ったその一つの片隅かたすみにこっそりと寝た。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
間もなく、私達は段々大胆になって行った。帰宅を少しおくらせて、事務所に近い日比谷ひびや公園に立寄り片隅かたすみのベンチに、短い語らいの時間を作ることもあった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
其処そこには私たちの他に、もう一組、片隅かたすみの長椅子に独乙人らしい一対の男女が並んでりかかりながら、そうしてときどきお互の顔をしげしげと見合いながら
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
こんな能なしは人の世の片隅かたすみに、こつそり生かしてもらふより仕方がない。こつそり片隅に生かして貰はう。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
ひかけてふがい、なんなら此處ここへでもび給へ、片隅かたすみつてはなしの邪魔じやまはすまいからといふに
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
下手の方、路の片隅かたすみによりて月色うずをなし、陰地には散斑ばらふなるあおき光、木の間をれてゆらめき落つ。風の音時ありて怪しき潮のごとく、おののける々の梢を渡る。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
入道はこう妻と娘に言ったままで、室の片隅かたすみに寄っていた。妻と乳母めのととが口々に入道を批難した。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
おつたは幾年いくねん以前まへ仕立したてえる滅多めつたにない大形おほがた鳴海絞なるみしぼりの浴衣ゆかた片肌脱かたはだぬぎにしてひだり袖口そでぐちがだらりとひざしたまでれてる。すそ片隅かたすみ端折はしよつてそとからおびはさんだ。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
庸三は部屋の真中にある黒い卓の片隅かたすみで、ぺらぺらと原稿紙をめくって行った。原稿は乱暴な字で書きなぐられてあったが、何か荒い情熱が行間にほとばしっているのを感じた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
片隅かたすみ焜炉こんろで火をおこして、おわんしるを適度に温め、すぐはしれるよう膳をならべて帰って行く。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
かれはいきなり立ちあがって、部屋の片隅かたすみにつみ重ねてあった細長い食卓しょくたくの一つを、陽あたりのいい窓ぎわにおくと、走るようにして空林庵くうりんあんに朝倉先生をむかえに行った。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
其は庭の片隅かたすみに、坊主ぼうずになる程られた若木わかぎ塩竈桜しおがまざくらであった。昨年次郎さんが出京入学して程なく、次郎さんの阿爺が持って来てくれたのである。其時は満開であった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
前に述べたとおり、プティー・ピクプュスのベルナール・ベネディクト修道女らは、昔彼女らの組合の所有地だったその墓地の特別な片隅かたすみに夕方埋葬さるることが許されていた。
母の乳房ちぶさにつけるころに見たり聞いたり、または感じたりしたことは、われわれの心の、いわば片隅かたすみかくれ、わすれられているらしく思われるが、必ずしも消滅し去るものでない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
故国を離れてから三日目、ぼくははずかしい白状をしなければなりません。無暗むやみに淋しくなったぼくはスモオキング・ルウムの片隅かたすみで、とても非常識な手紙を書こうとしていたのです。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
しながら片隅かたすみへより何か密々ひそ/\はなあひついと半四郎のそばへより是もし息子むすこさん御前は是から何處へ行つしやると云に半四郎は何心なくわたしは是から夜通しに松山迄參りますと云つゝ胴卷どうまき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それでも生れて始めて題目をもらって、自分で研究を始めるのであるし、実験台の片隅かたすみを自分の机とすることも出来るので、一同はすっかり物理学者の卵になった気持で有頂天であった。
その列車の三等車の、片隅かたすみの座席に、クルミさんは固くなって座っているのだ。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
何時いつまでかんがへてつたとて際限さいげんのないことつは此樣こんなかすのは衞生上ゑいせいじやうにもきわめてつゝしことおもつたのでわたくしげん想像さうぞう材料ざいりようとなつて古新聞ふるしんぶんをば押丸おしまろめて部室へや片隅かたすみ押遣おしや
そのくら部屋へや片隅かたすみへ、いましもおせんが、あたりくばりながら、むねぱいかかしたのは、つい三日前みっかまえよる由斎ゆうさいもとから駕籠かごせてとどけてよこした、八百お七の舞台姿ぶたいすがたをそのままの
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
あっちの片隅かたすみ、こっちの片隅と自分の机をうつして行くのだが、こんな大きな家で案外安住の書斎がない。時に台所の台の上で書いたり、茶の間で書いたりして旅へ出たような気でいたりした。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
墓地のへいの近くの片隅かたすみに、自殺者はめられました。そこには、やがていらくさがはびこることでしょう。墓掘はかほりの男はほかの墓からき取ったいばらや雑草を、そこに投げすてることでしょう
そしてわれわれはそれによってある気位きぐらいを自分自身で感じていたものだった。先ず鞭声粛々べんせいしゅくしゅく時代といえばいえる。東洋的大和魂やまとだましいがまだわれわれの心の片隅かたすみに下宿していたといっていいかも知れない。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
全く鼻をつままれても解らないほどであった、ふいと私は氏の門を出て、四五けん行くと、その細い横町の先方さきから、低く草履ぞうりの音がして、道の片隅かたすみを来るものがある、私は手に巻煙草まきたばこを持っていたので
青銅鬼 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
汗じめるわが帳面ちやうめん片隅かたすみにブルンボアンとしるしとどむる
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
その片隅かたすみうすあかり、そびらにうけて
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その片隅かたすみにつらなれる島島しまじまの上に
一握の砂 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
へや片隅かたすみ放擲はうてきして置いた。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
割合楽に席の取れそうな片隅かたすみえらんで、差し向いに腰をおろした二人は、通した注文の来る間、多少物珍らしそうな眼を周囲あたりへ向けた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)