“匂(にほ)” の例文
幸ひ子供心にも、匂(にほ)ひを嫌つて食べなかつたから助かつたものの、さうでもなければ、一たまりもなくやられて了(しま)つたところでせう。
二人は中甲板へ降りて、うまさうな匂(にほ)ひの放散してゐるコック部屋の側を通つて、薄暗い裸の蝋燭(らふそく)の灯の見える機関室へ降りて行つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
それを雨(あめ)のために、匂(にほ)ひが和(やは)らげられて、ほとんど、あるかないかのように、しんみりとしたふうに香(かを)つて來(く)る、と述(の)べてゐます。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
若やかな声で鶯(うぐいす)が近いところの紅梅の梢(こずえ)で鳴くのがお耳にはいって、「袖(そで)こそ匂(にほ)へ」(折りつれば袖こそ匂へ梅の花ありとやここに鶯ぞ啼(な)く)
源氏物語:34 若菜(上) (新字新仮名) / 紫式部(著)
落(ち)り過(す)ぎたる紅葉(もみぢ)に庭(には)は淋(さび)しけれど、垣(かき)の山茶花(さゞんか)折(をり)しり顏(かほ)に匂(にほ)ひて、松(まつ)の緑(みどり)のこまやかに、醉(よ)ひすゝまぬ人(ひと)なき日(ひ)なりける。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
その時、突然、私の鼻を打つたものは、若葉の匂(にほ)ひから明確に分離してゐる、あのカシミヤブーケの高い香(かを)りであつた。
アリア人の孤独 (新字旧仮名) / 松永延造(著)
B うゝ、それはマア双方(さうはう)の間(あひだ)にキナ臭(くさ)い匂(にほ)ひぐらゐしてゐたのだらう。其中(そのうち)、女(をんな)が國(くに)に歸(かへ)つて、暫(しばら)くしてから其(そ)の手紙(てがみ)をよこしたんだ、さうだ。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
酒屋では、酒樽(さかだる)がずらりと列(なら)んでゐる、うす暗い酒蔵の中へ案内された。一足はいると、むつと酒の匂(にほ)ひが迫つて来た。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
お舟のやうなお皿には、じやがいもと、莢(さや)ゑんどうと、人蔘(にんじん)との煮付が盛られ、赤い椀(わん)には、三ツ葉と鶏卵(たまご)のお汁(つゆ)が、いい匂(にほ)ひを立ててゐるのです。
母の日 (新字旧仮名) / 槙本楠郎(著)
うるはしき風わが額の正中(たゞなか)にあたれり、我は神饌(アムプロージャ)の匂(にほ)ひを我に知らしめし羽の動くをさだかにしれり 一四八—一五〇
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
この空想は鎌倉の姉が來て結婚のはなしを匂(にほ)はせてからいよ/\烈しくなり、深夜奧の間で姉夫婦がひそ/\はなしをしてゐるのにふと目を覺す時など
或夜 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
富豪(ものもち)の家(いへ)では蟲干(むしぼし)で、大(おほ)きな邸宅(やしき)はどの部屋(へや)も一ぱい、それが庭(には)まであふれだして緑(みどり)の木木(きゞ)の間(あひだ)には色樣々(いろさま/″\)の高價(かうか)なきもの が匂(にほ)ひかがやいてゐました。
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
朗(ほがらか)に秋の気澄みて、空の色、雲の布置(ただずまひ)匂(にほ)はしう、金色(きんしよく)の日影は豊に快晴を飾れる南受(みなみうけ)の縁障子を隙(すか)して、爽(さはやか)なる肌寒(はださむ)の蓐(とこ)に長高(たけたか)く痩(や)せたる貫一は横(よこた)はれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
山の秋色は漸く輝きを加へ、空氣はシヤンパンのやうに匂(にほ)ひ、夜の何ともいへない凉しさは、人々をイーグル・ハウスの温い毛布の下に快くもぐり込ませた。
水車のある教会 (旧字旧仮名) / オー・ヘンリー(著)
焼いてる匂(にほ)ひがプンプンしてんだよ。早く、遊びに行けば、きつと、分け前がもらへるよ。さ、早く早く。
ねずみさんの失敗 (新字旧仮名) / 村山籌子(著)
彼は又、その家の周囲(まはり)に薫(かん)ばしい匂(にほ)ひを放ついろいろの草花を植えた。彼の部屋の、書卓(テーブル)を据(す)ゑてある窓へ、葡萄棚(ぶだうだな)の葉蔭を洩(も)れる月の光がちら/\と射(さ)し込んだ。
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
と、床(とこ)なる一刀スラリと拔きて、青燈の光に差し付くれば、爛々たる氷の刃に水も滴(したゝ)らんず無反(むそり)の切先(きつさき)、鍔を銜(ふく)んで紫雲の如く立上(たちのぼ)る燒刃(やきば)の匂(にほ)ひ目も覺(さ)むるばかり。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
大きな森もあれば、えもいはれぬ色や匂(にほ)ひのする花の一ぱいに生えた大きな/\野原もありました。
虹猫の大女退治 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
湧(わ)き出る湯の量が多いから、町の洗湯のやうに垢汚(あかよご)れのしてゐることはありません。こぼ/\と湯尻(ゆじり)の落ちる音からして、いかにも新らしい匂(にほ)やかなこゝろもちです。
狐に化された話 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
狹(せま)い庭(には)の垣根(かきね)に黄色(きいろ)な蝶(てふ)が幾(いく)つも止(とま)つて頻(しき)りに羽(はね)を動(うご)かして居(ゐ)るやうに一つ/\にひらり/\と開(ひら)いては夜目(よめ)にもほつかりと匂(にほ)うて居(ゐ)る月見草(つきみさう)は自分等(じぶんら)の夜(よる)が來(き)たと
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
『さうぢやない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行つて見よう、あゝいゝ匂(にほ)ひだな』
やまなし (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
が、湿つぽい匂(にほ)ひの泌(し)みこんだ同じやうに汚ならしい六つ七つの室(へや)は、みんなふさがつてゐた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
差込(さしこみ)死し居たり匂(にほ)ひの此處より發(おこ)りしなれば大いに驚(おど)ろき一同へ告(つ)げ親(おや)甚左衞門へも此事を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
与平治(よへいじ)茶屋附近虫取撫子(なでしこ)の盛りを過ぎて開花するところより、一里茶屋に至るまで、焦砂(せうさ)を匂(にほ)はすに花を以てし、夜来の宿熱を冷(ひ)やすに刀の如き薄(すゝき)を以てす、雀(すゞめ)おどろく茱萸(ぐみ)に
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
久吉が暗い台所から持ち出して来た盆からは餓(う)ゑたお幸に涙を零(こぼ)させる程の力のある甘い匂(にほ)ひが立つて居ました。お幸は弟の好意を其儘(そのまま)受けて物も云はずその焼芋を食べてしまひました。
月夜 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
髮油の匂(にほ)ひ、香水の匂ひ、強い酒のやうな年増(としま)の匂ひが、耐(たま)らなく鼻を衝(つ)いた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
雨(あめ)には惱(なや)み、風(かぜ)には傷(いた)み、月影(つきかげ)には微笑(ほゝゑ)んで、淨濯明粧(じやうたくめいしやう)の面影(おもかげ)を匂(にほ)はせた。……
春着 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
花に譬へていはゞ、類想家の作も個想家の作も、おなじ櫻なるべけれど、かなたは日蔭(ひかげ)に咲きて、色香少く、こなたは「インスピラチオン」の朝日をうけて、匂(にほ)ひ常ならぬ花の如しとやいふべからむ。
柵草紙の山房論文 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
色変はる秋の菊(きく)をば一年(ひととせ)にふたゝび匂(にほ)ふ花(はな)とこそ見(み)れ
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
哀れ、さは光(ひかり)匂(にほ)はぬ色(いろ)もなく声(こゑ)もなき野に
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
匂(にほ)ひ香(か)なきにうらびれて、一日(ひとひ)は洞(うろ)に
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫、薄田淳介(著)
だつて いい匂(にほ)ひがするんだもの
日(ひ)の本(もと)に匂(にほ)ふ旭日(あさひ)はヒマラヤの
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
桂枝(けいし)の匂(にほ)へるを咎むる勿れ。
三つのなぜ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
寄藻(よりも)の花(はな)も匂(にほ)はざる。
友に (新字旧仮名) / 末吉安持(著)
夢薫(かを)り、現(うつゝ)は匂(にほ)ふ今
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
新しきインクの匂(にほ)ひ
悲しき玩具 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
乱れて匂(にほ)ふ傘のうち
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
影(かげ)は幾重(いくへ)に匂(にほ)へども
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
四月頃(しがつごろ)には、野茨(のばら)の花(はな)が咲(さ)くものです。この匂(にほ)ひがまた非常(ひじよう)によろしい。風(かぜ)などにつれて匂(にほ)つて來(く)ると、なんだか新鮮(しんせん)な氣(き)のするものです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
越後屋の主人金兵衞は、恐らくこの潮の匂(にほ)ひのするやうな健康と大空のやうな寛達さに打ち込んで、江戸へ連れて來る氣になつたものでせう。
遠くの山脈には、まだ雪がかむさつてゐたが、路(みち)は草履でも歩かれる程乾いてゐた。そこらに梅がほのかに匂(にほ)つてゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
之(これ)だけ讀(よ)んだので此(こ)の言葉(ことば)の意義内容(いぎないよう)が私(わたし)の頭(あたま)の中(なか)にハツキリして來(き)た。大和魂(やまとだましい)を表象(へうしやう)する、朝日(あさひ)に匂(にほ)ふ山櫻(やまざくら)がコスモポリタン植物(しよくぶつ)でない事(こと)は無論(むろん)である。
今朝(けさ)は平素(ふだん)よりも激(はげ)しく匂(にほ)ひわたる線香(せんかう)の烟(けむり)が風(かぜ)になびいて部屋(へや)の中(なか)まで流(なが)れ込(こ)んでくるやうにも思(おも)はれた。
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風、永井壮吉(著)
「まあ、好(よ)い景色ですことね! 富士が好く晴れて。おや、大相木犀(もくせい)が匂(にほ)ひますね、お邸内(やしきうち)に在りますの?」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
嬶(かゝあ)や子(こ)ども等(ら)のひきづツてゐるぼろ をみると、もうやめよう、もうやめようとは思(おも)ふんですが、またすぐ酒屋(さかや)の店先(みせさき)をとほつて、あのいいぷうんとくる匂(にほ)ひを嗅(か)ぐと
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
經文(きやうもん)の讀誦(どくじゆ)に抹香(まつかう)くさくなりて、娘(むすめ)らしき匂(にほ)ひは遠(とほ)かるべしと思(おも)ひしに、其(その)やうの氣(け)ぶりもなく、柳髮(りうはつ)いつも高島田(たかしまだ)に結(むす)ひ上(あ)げて、後(おく)れ毛(げ)一(ひ)と筋(すぢ)えりに亂(み)ださぬ嗜(たしな)みのよさ
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
そこへ近所の犬さんが通りかかつて、匂(にほ)ひでかぎわけてくれたので、お父さんやお母さんたちは、どれが自分の子供だか、やつと分つたさうです。二匹は胸をなで下しました。
お猫さん (新字旧仮名) / 村山籌子、古川アヤ(著)
お餅(もち)のやけるかうばしい匂(にほ)ひをかぐと、三郎はもう小僧のことなど忘れてしまひました。
大寒小寒 (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
取繕(とりつくろ)ひ何喰(なにくは)ぬ顏して有しに其日の夕暮(ゆふぐれ)に何とやらん怪(あや)しき匂(にほ)ひのするに近所(きんじよ)の人々寄集(よりあつま)りて何の匂(にほひ)やらん雪の中にて場所も分らず種々(さま/″\)評議に及び斯(かゝ)る時には何時(いつ)も第一番にお三ばゝが出來(いできた)り世話(せわ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)