鬼神きじん)” の例文
雲仙にはあざみ谷、鬼神きじん谷のような、上から見下みおろして美しい渓谷はあるが、渓谷それ自らの内部にこれほどの美を包容する渓谷はない。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
昔は煙客翁がいくら苦心をしても、この図を再びることは、鬼神きじんにくむのかと思うくらい、ことごとく失敗に終りました。
秋山図 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これが節分せつぶんばんである。大都會だいとくわい喧騷けんさう雜音ざつおんに、その、そのまぎるゝものは、いつか、魔界まかい消息せうそく無視むしし、鬼神きじん隱約いんやく忘却ばうきやくする。……
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひるむところを付け入つてる、このこつはまことに手に入つたもので、錢形の平次といふと、年は若いが惡黨仲間から鬼神きじんの如く恐れられたものです。
有王 (俊寛をきかかえたるまま)ご主人様、お気をおたしかに! あゝ、いたわしや。あまりに苦しみがすぎました。鬼神きじんもおあわれみくだされい。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
鬼神きじんのようなの男は、なにもかも知ってしまった。二人の身辺しんぺんから、歴然たる証拠もつかんだのだった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
身は十重二十重とえはたえに縛りつけられ、二挺のピストルは胸の前に筒口を揃えている。鬼神きじんにあらぬ明智小五郎、如何にして、この絶体絶命の大危難を逃れ得るであろうか。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「ほん当にそうじゃなもし。鬼神きじんのおまつじゃの、妲妃だっきのお百じゃのててこわい女がりましたなもし」
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「え。殺されてもどきません!」お妙は、さながら鬼神きじんにでもかれたように、壁辰と喬之助の間にぴったり坐って、じりり、膝頭ひざがしらで板の間をきざんで父に詰め寄った。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
こえおうじて、いへのこつてつた一團いちだん水兵すいへい一同みな部室へやからんでた。いづれも鬼神きじんひしがんばかりなるたくましきをとこが、いへ前面ぜんめん一列いちれつならんで、うやうやしく敬禮けいれいほどこした。
うれきである。男泣きである。戦場に立っては、鬼神きじんもひしぎ、家庭にあっては、平素でも、泣くことを知らないといわれている人々が、ほとんど、手放しで、慟哭どうこくしていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鬼の女房にょうぼ鬼神きじんたとえ、似たもの夫婦でございまして、仙太郎の女房にょうぼうお梶は誠に親切者でございまするから、可愛相な者があれば仙太に内証ないしょで助けて遣りました者も多くあります。
四方よもの壁と穹窿まるてんじょうとには、鬼神きじん竜蛇りょうださまざまの形をえがき、「トルウヘ」といふ長櫃ながびつめきたるものをところどころにゑ、柱にはきざみたるけものこうべ、古代のたて打物うちものなどを懸けつらねたる
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
黙阿弥の劇中に見られるやうな毒婦は近松にも西鶴にも春水しゆんすゐにも見出みいだされない。馬琴ばきんに至つて初めて「船虫ふなむし」を発見し得るが、講談としては已に鬼神きじんまつ其他そのたに多くの類例を挙げ得るであらう。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「まるで鬼神きじんでござります」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
四方しはうよる鬼神きじんをまねき
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
谷をのぼって峰がまた転ずると、今度はあざみ谷と共に雲仙の二大渓谷であり、また同じ旧噴火口であるところの鬼神きじん谷の真上に出る。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
昔は、川柳せんりゅうに、熊坂くまさかすねのあたりで、みいん、みいん。で、すすきすそには、蟋蟀こおろぎが鳴くばかり、幼児おなさごの目には鬼神きじんのお松だ。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わしはあなたをなぐさめたい心で一ぱいになっている。鬼神きじんも今のあなたの姿すがたを見てはあわれみを起こすだろう。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
倭将わしょう鬼神きじんよりも強いと云うことじゃ。もしそちに打てるものなら、まず倭将の首をってくれい。」
金将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
風太郎だつて鬼神きじんではないでせうから、あの塀を越すにはどうしても一度千兩箱を下へ置くか、塀の上へ載せるか、向う側へ投り出すかしなければなりませんが
武村兵曹たけむらへいそう、おまへ鬼神きじんゆうがあればとて、あの澤山たくさん猛獸まうじうたゝかつてなにになる。』と矢庭やにわかれ肩先かたさきつかんでうしろ引戻ひきもどした。此時このとき猛犬稻妻まうけんいなづまは、一聲いつせいするどうなつて立上たちあがつた。
その鬼神きじんのような力に、元気な一郎だったが、たちまちどうと振りとばされてしまった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
水道門のせきをきって、間道かんどうのなかへ濁水だくすいをそそぎこめ、さすれば、いかなる天魔てんま鬼神きじんであろうと、なかのふたりがおぼれ死ぬのはとうぜん、しかも、味方にひとりの怪我人けがにんもなくてすむわ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
茶舟ちゃぶねの船頭で五斗俵ごとびょうかつぐと云う程の力の人でございます、其処そこ姐御あねごは至極情け深い人で、う云う強い人の女房でございますから鬼の女房にょうぼ鬼神きじんたとえ、ものゝ道理の分った婦人で有りますから
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
そういうところをぬけ、つめたい氷のような風の吹出ふきだしている二、三ヶ所の風穴かざあなの前を通ったりして、鬼神きじん谷の上へ出るとそこで元来た旧道にがっする。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
隣郷りんがう津軽つがる唐糸からいとまへぢずや。女賊ぢよぞくはまだいゝ。鬼神きじんのおまつといふにいたつては、あまりにいやしい。これをおもふと、田沢湖たざはこ街道かいだう姫塚ひめつかの、瀧夜叉姫たきやしやひめうらやましい。
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
又六は——あの普賢菩薩の尊像を二代目勘兵衛からって、下品な色などをつけて見世物にした罰で、形の見えぬ鬼神きじんに殺された、——死んだ二代目勘兵衛ののみで刺されたのは
けれど、彼方かなた天魔てんま鬼神きじんあざむ海賊船かいぞくせんならば一度ひとたびにらんだふねをば如何いかでか其儘そのまゝ見遁みのがすべき。
僕は鬼神きじんのような冷徹さでもって、ミチミの身体をんだ空虚からの棺桶のなかを点検した。そのとき両眼に、けつくようにうつったのは、棺桶の底に、ポツンと一としずく、溜っている凝血ぎょうけつだった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
鬼神きじんが鬼神に遇うたのじゃ。父上の御身おみに害がなかったのは、不思議もない。」と、さも可笑おかしそうに仰有おっしゃいましたが、その後また、東三条の河原院かわらのいんで、夜な夜な現れるとおるの左大臣の亡霊を
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
一書をしたためておいたから、これを携えて、一度城中に彼をい、彼、後藤基国をして、その主君別所長治によく利害を説かせ、大勢の帰するところをさとしたなら、長治とて、よも鬼神きじんではなし
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
千本の内一本でも中国あたりの浜にでも着いて心ある人に拾われたら、きっと清盛きよもりの所へ送ってくれるだろう。清盛だって鬼神きじんでもあるまい。あのさびしい歌を読んで心をうごかさぬことはあるまい。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「はて魔の者にしたところが、鬼神きじん横道おうどうはないといふ、さあ/\かたげてやすまつしやれいの/\。」
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
鬼神きじんのような男ですが、家の中の取締りはあまりよく行き届きません。
駈け出すことができるという鬼神きじんのお松そっちのけの人造人間である。
人造物語 (新字新仮名) / 海野十三(著)
将門は一心不乱の鬼神きじんになった。そして、直接、敵兵に触れ、悍馬のあしもとに蹴ちらしながら、長柄の刃が血でなまるほど、縦横無尽に、いで行った。そして、ついに、主将の陣へ、迫りかけた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とて越中ゑつちうかしらでゝしたあかくニヤリとわらひ、ひとさしゆび鼻油はなあぶらひいて、しつぺいはらんと歯噛はがみをなし立上たちあがりし面貌つらがまへ——と云々うんぬんかくてこそ鬼神きじん勇士ゆうし力較ちからくらべも壮大そうだいならずや。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
剛勇ごうゆうにして鬼神きじんもさけるほどの人物
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すで鬼神きじん感応かんおうある、芸術家げいじゆつかたいして、坊主ばうず言語げんご挙動きよどうは、なんとなくぎたやうにおもはれたから……のまゝかたそびやかして、かゞやほしつて、たゞちにひたひかざ意気組いきぐみ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
息子むすこせいぜんにして、鬼神きじん横道わうだうなしといへども、二合半こなからかたむけると殊勝しゆしようでなくる。
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
不満足ふまんぞくたしたのであらう——いかさまにもひとのこつたひとみれば、おうらそれよりなさけ宿やどさぬ、つゆびぬ、……手足てあしすでまつたうしてをのもつくだかれても、対手あひて鬼神きじんでは文句もんくはないはづ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
... 働く鬼の女房にょうぼに、」源「枕探しの鬼神きじんとやら、」菊「そういうお主が度胸なら、明日あすが日ばれて縄目にあい、」源「お上のお仕置受ければとて、」菊「ひまゆく駒の二人づれ、」源「二本のやり二世にせかけて、」菊「離れぬ中の紙幟かみのぼり、」源「はては野末に、」菊「身は捨札、」源「思えば果敢はかない、」
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)