さが)” の例文
私より女だけに、うちの暮し向きを、こまごまと気にしている姉は、自分から母に相談して学校をさがって、煙草たばこ専売局の女工になった。
戦争雑記 (新字新仮名) / 徳永直(著)
丸多の暖簾のれんは丸の中に多の字を出してあるんですが、これには丸多の店のしるしが無く、家の定紋じょうもんさがり藤が小さく染め出してある。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
で、またとぼとぼと杖にすがって、向うさがりに、この姿が、階子段に隠れましたを、じっると、老人思わず知らず、べたりと坐った。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
本堂はそばに五重の塔を控えて、普通ありふれた仏閣よりもさびがあった。ひさし最中まんなかからさがっている白いひもなどはいかにも閑静に見えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小指は家中うちぢゆう祕藏兒ひざうつこ、泣蟲の小僧だが、始終母親の腰巾著になつて引摺られてゐるから、まるで啖人鬼女ひとくひをんなの口にぶらさが稚兒ちごのやうだ。
五本の指 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
駒平の足場は次第に下へとさがり、もはや手は上までは屆かなかつた。そこでかねての用意の畚を滑車の仕掛で引き上げることになつた。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
他の一隊は、今や帝都の上にさがろうとする毒瓦斯の煙幕えんまくよりは、更に風上に、薄紅うすあかにじのような瓦斯を物凄ものすごくまきちらして行った。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
月の暈は、土地では「月のあがりに日のさがり」と言って、これが降る前兆とされるが、——今夜は「月の下り」だから降らぬ、とYが言う。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
(文華殿の瀑布図ではない。陳宝琛ちんはうしん氏蔵の瀑布図である)が、気稟きひんの然らしむる所か頭のさがつた事を云へば、雲林の松に及ぶものはない。
支那の画 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おふさの沈んだ頸足えりあしに髮のほつれのさがつてゐるのをかこつけに、ものゝたしなみのない、自墮落な女だと言つて八釜しく叱りつけたりした。
金魚 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
地震直後ぢしんちよくごから大正たいしやう十三四ねんごろまでのやうに十ドル以上いじやうさがつたこともあるけれども、平均へいきんしてづ四乃至ないしさがつてると状況じやうきやうである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
毎年の元旦に玄関で平突張へいつくばらせられた忌々いまいましさの腹慰はらいせがやっとこさと出来て、溜飲りゅういんさがったようなイイ気持がしたとうれしがった。
權藏ごんざう其居間そのゐまとこ大島老先生おほしまらうせんせい肖像せうざうをかゝげ、其横そのよこさがつてます。これは伸一先生しんいちせんせいもとめていてもらつたのださうです。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
もつと道路どうろあるひ堤防ていぼうさがりにつて地割ぢわれをおこすこともあるが、それはたんひらいたまゝであつて、開閉かいへい繰返くりかへすものではない。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
力草ちからぐさ漸々やう/\と山へ這上はひあがりて見ば此はいかに山上は大雪おほゆきにて一面の銀世界ぎんせかいなり方角はうがくはます/\見分がたく衣類いるゐには氷柱つらゝさがしほぬれし上を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
五百の本丸をさがったのは何時いつだかわからぬが、十五歳の時にはもう藤堂家とうどうけに奉公していた。五百が十五歳になったのは、天保元年である。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お客の帰った跡の取片付けを下役に申付けまして、自分は御前をさがり、小梅のお屋敷を出ますと、浅草寺あさくさ亥刻よつの鐘が聞えます。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
惜しい夜もけた。手をきよめに出て見ると、樺の焚火たきびさがって、ほの白いけむりげ、真黒な立木たちきの上には霜夜の星爛々らんらんと光って居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
この南嶺から東にくだれば、穴太村あなふとむら白鳥坂に出るし、西にくだればまっすぐに修学院白河村——あの雲母坂きららざかさがまつの辻につながる。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四条通りを西へ幾筋目かの辻をあがつてとかさがつてとかと、道はくはしく教へられたが、もとより充分呑込めもせず、見当もつかぬ位だつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
御寝間係はそのごみを見ると、顔を真赤にしてそのまゝ御前をさがつて行つたが、一時間程経つと国王附の御寝間係を連れてまたはいつて来た。
だがそれは、大裾野を忘れているからだ。裾野は富士の物だ、富士のものを富士に返して、東海の浜にまで引きさがり、さて仰いで見たまえ。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
ならの枯枝にからみつく青々とした夕顔のつるの下には、二尺ばかりもあろうかと思われるのがいくつかさがって、白い花も咲き残っている。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
仲冬のすゑ此人居間ゐまの二階にて書案つくゑによりて物をかきてをられしが、まどひさしさがりたる垂氷つらゝの五六尺なるがあかりにさはりてつくゑのほとりくらきゆゑ
「これはあり合せ、そなたの年頃に似合うか似合わぬか、それは知らぬ、さがふじになっているはずだが、それでも差料さしりょうにさわりはあるまい」
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「は、は、は、は、人間もさがると怖いものだのう——同業切っての凄腕と言われた長崎屋、あの血迷い方は何としたものじゃ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
「そないにやにこい普請やない。裏の地形ぢぎやうさがつて、柱が開きよつた。……直ツきに元の通り出ける。何んでもない/\。」
太政官 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
しかし着実な其道そのみちの人の批判ではたとひ一円にさがつても会社経営では四五割、個人経営では六七割の利益は確かだと云つて居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
たとえば「たけに草」などもその一つで、一本の茎から幾つもさがっている形を、鈴のようだと思ってそう名づけたのである。
もとより往来しげ表通おもてどおりの事わけても雨もよひの折からとて唯両三日中には鑑札がさがりませうからとのみ如何いかなる訳合わけあいにや一向いっこう合点がてんが行き申さず。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
全体は痩せて居て、縞目も判らぬ素綿入すわたいれを着た肩は長い襟筋から両方に分れてだらりとさがつた見すぼらしいものである。
公判 (新字旧仮名) / 平出修(著)
仕立やの隣りには此辺このほとりにて余り見ぬほど立派な西洋小間物を商ふ家がありましたが、例のシヤツ、靴足袋くつたび襟捲えりまきなどが華やかにブラさがつて居るうち
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
なさらないから、いろんなものに引っかけて破れるんです。いずれおさがりはわたしのところへ来るんだから、できるだけ傷ものにしまいと思ってね
二年三年と学級が上るにつれて、席次がさがるばかりだった。三年から四年へ上る時はビリから勘定する方が早くなった。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そしてもう何カ月とかの間我慢していると、補助金がさがるという話で、皆がそれを待っていた。結局ここも一家族残して全部が引き揚げてしまった。
琵琶湖の水 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
姉ははりの端にさがっている梯子を昇りかけた。すると吉は跣足はだしのまま庭へ飛び降りて梯子を下からすぶり出した。
笑われた子 (新字新仮名) / 横光利一(著)
今わたくしの作る火は大空高くカムムスビの命の富み榮える新しい宮居のすすの長くさがるようにげ、地の下は底の巖に堅く燒き固まらして
垣根かきね胡瓜きうり季節きせつみなみいて、あさもやがしつとりとかわいたにはつちしめしておりるとなにひがんでかかげさがうり
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
いにしえこれらの賤職者を総称してさがり者ともいったのは、けだし成り下り者の義で、普通民の落伍者となって、成り下った者だとのことであります。
天井てんぜうからほねがぶらさがつてるの、セメントで内部ないぶつてるのと、高等野次馬かうとうやじうまさはぎとつたらかつた。
その前にかけ寄ってあわただしくベルを押していると、一方のエレベーターがスーッとさがって来て、鉄のドアがガラガラとき、中から一人の男が出た。
いったん控え室へさがって稽古の終るのを待ち再び迎えに行くのであるが待っている間ももう済む頃かと油断なく耳を
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
宗右衛門町から通って来る娘で、紺地に白ぬきのあがふじさがふじの大がらの浴衣ゆかたを着たのが私を恍惚こうこつとさせたものだ。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
川をわたって東岸ひがしぎしに出たところが、やはり川下へさがるか、川浦かわうらという村から無理に東の方へ一ト山越して甲州裏街道うらかいどうへと出るかの外にはみちも無いのだから
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
てて加えて、朝の薄曇りが昼少しさがる頃より雨となッて、びしょびしょと降り出したので、気も消えるばかり。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「人間一人救ふた心持は何ともいはれまへんな。これも天子樣の赤子せきしの一人やさかい、おかみから御ほうびがさがつてもよからうと思ふけれど、まだ下らん。」
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
女房のお徳は良い女だが、こいつはもと藤屋の奉公人だつたさうで、いづれ彌太郎のおさがりか何んかでせう
私等は十五のとしに女学校を卒業しましたが、南さんはそのまゝおさがりになり、私は補習科に残りましたから、淋しく物足らない思ひをすることもしば/\ありました。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
芝生しばふはしさがっている崖の上の広壮な邸園ていえん一端いったんにロマネスクの半円祠堂しどうがあって、一本一本の円柱は六月のを受けてあざやかに紫薔薇色ばらいろかげをくっきりつけ
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
三つ輪に結つてふささがつた被布ひふを着るおめかけさまに相違は無い、どうしてあの顔で仕事やが通せる物かとこんな事をいつてゐた、己れはそんな事は無いと思ふから
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)