“轟(とゞろ)” の例文
こゝに信州(しんしう)の六文錢(ろくもんせん)は世々(よゝ)英勇(えいゆう)の家(いへ)なること人(ひと)の能(よ)く識(し)る處(ところ)なり。はじめ武田家(たけだけ)に旗下(きか)として武名(ぶめい)遠近(ゑんきん)に轟(とゞろ)きしが、勝頼(かつより)滅亡(めつばう)の後(のち)年(とし)を經(へ)て徳川氏(とくがはし)に歸順(きじゆん)しつ。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
さて展覽會(てんらんくわい)の當日(たうじつ)、恐(おそ)らく全校(ぜんかう)數百(すうひやく)の生徒中(せいとちゆう)尤(もつと)も胸(むね)を轟(とゞろ)かして、展覽室(てんらんしつ)に入(い)つた者(もの)は自分(じぶん)であらう。※畫室(づぐわしつ)は既(すで)に生徒(せいと)及(およ)び生徒(せいと)の父兄姉妹(ふけいしまい)で充滿(いつぱい)になつて居(ゐ)る。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
瀧口時頼が發心(ほつしん)せしと、誰れ言ふとなく大奧(おほおく)に傳はりて、さなきだに口善惡(くちさが)なき女房共、寄ると觸(さは)ると瀧口が噂に、横笛轟(とゞろ)く胸を抑(おさ)へて蔭ながら樣子を聞けば
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
風は門を蔽うた大木に高く轟(とゞろ)いてゐた。しかし道路は目路(めぢ)の限り右も左もしんとして物の影もなかつた。
四条通りの方に面した例の薬屋の店の前を態(わざ)と通り越して、橋の上まで行つて、遠くから姉はそれを指して眺めさせた。私は胸を轟(とゞろ)かせながらその建物を見上げた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
是(これ)に因(よつ)て越前守と任官(にんくわん)し大岡越前守藤原忠相(ふぢはらのたゞすけ)と末代までも名奉行(めいぶぎやう)の名を轟(とゞろ)かしたるは此人の事なり將軍家には其後も越前は末代の名奉行なりと度々上意(じやうい)ありしとかや
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
頓(やが)て海底戰鬪艇(かいていせんとうてい)が、いよ/\秘密造船所(ひみつざうせんじよ)を出(い)づる可(べ)き筈(はづ)の午前(ごぜん)九時(くじ)になると、一發(いつぱつ)の砲聲(ほうせい)が轟(とゞろ)いた。
鏡子はふと晨坊はどうしたであらうと思つて胸を轟(とゞろ)がせた。今縁側の傍迄行つた時に、晨が書棚の横の五寸と一尺程のひこんだ隅に立つて居た事に気が附いたのである。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
提香爐(ひさげかうろ)を打ち振りても、街にありて、叫ぶ賈人(あきうど)、轟(とゞろ)く車の間に立ちても、聖母の像と靈水盛りたる瓶の下なる、小(ちさ)き臥床(ふしど)の中にありても、たゞ詩をおもふより外あらざりき。
平八郎は難波橋(なんばばし)の南詰(みなみづめ)に床几(しやうぎ)を立てさせて、白井、橋本、其外若党(わかたう)中間(ちゆうげん)を傍(そば)にをらせ、腰に附けて出た握飯(にぎりめし)を噛(か)みながら、砲声の轟(とゞろ)き渡り、火焔(くわえん)の燃(も)え上がるのを見てゐた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
日本に居る頃から心配して居たワルシヤワの乗替は十八日の午前十一時頃に無事に済んだのであるが、ボオイが来てもう二十八円出さなければ成らないと云はれた時私は胸を轟(とゞろ)かした。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
と一生懸命に口の中(うち)で念仏を唱えまする途端に、ドウ/\と云う車軸を流すような大雨、ガラ/\/\/\/\と云う雷鳴頻(しき)りに轟(とゞろ)き渡るから、知らぬ土地で人を殺し、殊(こと)に大雨に雷鳴(かみなり)ゆえ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
延命院(えんめいゐん)で艶名を轟(とゞろ)かしたのも谷中の舞臺です。
滊車は今、橋に轟(とゞろ)く。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
此(こ)の峰(みね)、此(こ)の谷(たに)、恁(かゝ)る思(おもひ)。紅(くれなゐ)の梢(こずゑ)を行(ゆ)く汽車(きしや)さへ、轟(とゞろ)きさへ、音(おと)なき煙(けむり)の、雪(ゆき)なす瀧(たき)をさかのぼつて、輕(かる)い群青(ぐんじやう)の雲(くも)に響(ひゞ)く、幽(かすか)なる、微妙(びめう)なる音樂(おんがく)であつた。
魔法罎 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
轟(とゞろ)く胸を抑(おさ)へつゝ、朱雀(すざく)の方(かた)に來れば、向ひより形(かたち)亂(みだ)せる二三人の女房の大路(おほぢ)を北に急ぎ行くに、瀧口呼留めて事の由を尋ぬれば、一人の女房立留りて悲しげに
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
もう一人の叔母の家がその二三町先にありまして、私は其処(そこ)へ行つた帰りを龍源へ寄るのが例でした。黒くなつた大きい酒屋看板を遠くから見て私の小い胸は先づ轟(とゞろ)いたものです。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
種々に糺(たゞ)されける所さしも世に轟(とゞろ)く明奉行(めいぶぎやう)の吟味故其言葉(そのことば)肺肝(はいかん)を見透(みすか)す如くにて流石(さすが)の平左衞門も申掠る事能はずと雖も奸智(かんち)に長(たけ)たる曲者(くせもの)ゆゑ忽(たち)まち答への趣意を變じて其身の罪(つみ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
刻(こく)は、草木(くさき)も眠(ねむ)る、一時(いちじ)と二時(にじ)との間(あひだ)、談話(だんわ)暫時(しばし)途絶(とだ)えた時(とき)、ふと、耳(みゝ)を澄(すま)すと、何處(いづこ)ともなく轟々(ごう/\)と、恰(あだか)も遠雷(えんらい)の轟(とゞろ)くが如(ごと)き響(ひゞき)、同時(どうじ)に戸外(こぐわい)では、猛犬稻妻(まうけんいなづま)がけたゝましく吠立(ほえた)てるので
矢張(やつぱ)りロダン先生が此処(ここ)で仕事をされるのであると思つた時自分の胸は轟(とゞろ)いた。半(なかば)から腕の切り放されてある裸体の女は云ひ様もない清い面貌(おもわ)をして今や白𤍠の様な生命(いのち)を与へられやうとして居る。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛、与謝野晶子(著)
と云(い)ふ処(ところ)へガラ/\/\(轟(とゞろ)く音(おと))婆
明治の地獄 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
母(はゝ)がまだ存生(ぞんじやう)の時(とき)だつた。……一夏(あるなつ)、日(ひ)の暮方(くれがた)から凄(すさま)じい雷雨(らいう)があつた……電光(いなびかり)絶間(たえま)なく、雨(あめ)は車軸(しやぢく)を流(なが)して、荒金(あらがね)の地(つち)の車(くるま)は、轟(とゞろ)きながら奈落(ならく)の底(そこ)に沈(しづ)むと思(おも)ふ。
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
轟(とゞろ)かし末世(まつせ)奉行の鑑(かゞみ)と成たる明斷(めいだん)に因(ちなみ)て忠相ぬしが履歴(りれき)とその勳功(くんこう)の大略(あらまし)とを豫て傳へ聞(きゝ)異説(いせつ)天一坊(ばう)さへ書記(かきしる)して看客(かんかく)の覽(らん)に供(そな)ふるなれば看客此一回を熟讀(じゆくどく)して忠相ぬしが人と成り腹(はら)にを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
矢張りロダン先生が此處で仕事をされるのであると思つた時自分の胸は轟(とゞろ)いた。半から腕の切り放されてある裸の女は云ひ樣もない清い面貌(おもわ)をして今や白熱の樣な生命(いのち)を與へられようとして居る。
巴里の旅窓より (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
閃(きらめ)くは電(いなづま)か、轟(とゞろ)くは雷(いかづち)か。 砲火(ほうくわ)閃々(せん/\)、砲聲(ほうせい)殷々(いん/\)。
今(いま)は其(そ)の頼(たの)みと云(い)ふのを聞(き)かないわけには行(ゆ)かなく成(な)つた—……聞(き)かう、と唯吉(たゞきち)は胸(むね)を轟(とゞろ)かす。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
と幾度も繰り返した榮子の気の強さを思つて、其(その)子が叔母の愛の前に幅を拡(ひろ)げて晨は陰の者になつて居るのではないかと胸が轟(とゞろ)いた。早く晨を抱いて遣らねばならないと思はず鏡子の身体(からだ)は前へ出た。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
蚊遣(かやり)の煙(けむり)古井戸(ふるゐど)のあたりを籠(こ)むる、友(とも)の家(いへ)の縁端(えんばた)に罷來(まかりき)て、地切(ぢぎり)の強煙草(つよたばこ)を吹(ふ)かす植木屋(うゑきや)は、年(とし)久(ひさ)しく此(こ)の森(もり)に住(す)めりとて、初冬(はつふゆ)にもなれば、汽車(きしや)の音(おと)の轟(とゞろ)く絶間(たえま)、凩(こがらし)の吹(ふ)きやむトタン
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
突然、入港の号砲を轟(とゞろ)かせて
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
私(わし)は耐(たま)らず真逆(まツさかさま)に瀧(たき)の中(なか)へ飛込(とびこ)んで、女瀧(めたき)を確(しか)と抱(だ)いたとまで思(おも)つた。気(き)がつくと男瀧(をたき)の方(はう)はどう/\と地響(ぢひゞき)打(う)たせて、山彦(やまびこ)を呼(よ)んで轟(とゞろ)いて流(なが)れて居(ゐ)る、あゝ其(そ)の力(ちから)を以(もつ)て何故(なぜ)救(すく)はぬ、儘(まゝ)よ!
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
花子の胸は轟(とゞろ)いた。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
殆(ほとん)ど形容(けいよう)の出來(でき)ない音(おと)が響(ひゞ)いて、炎(ほのほ)の筋(すぢ)を蜿(うね)らした可恐(おそろし)い黒雲(くろくも)が、更(さら)に煙(けむり)の中(なか)を波(なみ)がしらの立(た)つ如(ごと)く、烈風(れつぷう)に駈𢌞(かけまは)る!……あゝ迦具土(かぐつち)の神(かみ)の鐵車(てつしや)を驅(か)つて大都會(だいとくわい)を燒亡(やきほろぼ)す車輪(しやりん)の轟(とゞろ)くかと疑(うたが)はれた。
露宿 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
声(こゑ)の調子(てうし)の掠(かす)れるまで、園(その)は胸(むね)が轟(とゞろ)いたのである。が、婿君(むこぎみ)は潔(いさぎよ)く
続銀鼎 (新字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)