にほひ)” の例文
それよりも彼がそれ程に苦心をした飯は、何か用具について居たのか、彼の手にあつたのか、とにかく石油のにほひが沁み込んで居た。
かれはどつかりすわつた、よこになつたがまた起直おきなほる。さうしてそでひたひながれる冷汗ひやあせいたが顏中かほぢゆう燒魚やきざかな腥膻なまぐさにほひがしてた。かれまたあるす。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
鉄平は戸口をつと這入はひつて、正面にある離座敷はなれざしきの雨戸を半棒はんぼうたゝきこはした。戸の破れた所からは烟が出て、火薬のにほひがした。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
勘次かんじ小屋こや卯平うへい鹽鮭しほざけにほひいでは一しゆ刺戟しげきかんずるととも卯平うへいにくむやうな不快ふくわいねんがどうかするとつひおこつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
其處そこには墓塲のくされたる如きにほひち/\て、新しき生命ある空氣は少しだになく、すまへる人また遠くこの世を隔てたるにはあらずやと疑はる。
秋の岐蘇路 (旧字旧仮名) / 田山花袋(著)
綺麗きれいといひて見返勝みかへりがち、のんきにうしろ歩行あるきをすれば、ならぬにほひほそみちを、肥料室こやしむろ挾撃はさみうちなり。ねむつて吶喊とつかんす。すでにして三島神社みしまじんじやかどなり。
弥次行 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
代助は斯んな話を聞くたびに、いさましいと云ふ気持よりも、まづ怖い方が先につ。度胸を買つてやる前に、なまぐさいにほひ鼻柱はなばしらを抜ける様にこたへる。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
中には保存して置いてもいが、も少し香料でも余計に附けて手入れを好くしてしい。一般に仏蘭西フランスの男のひげは悪いにほひがすると云ふ答もあつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
此故このゆゑなまぐさにほひせて白粉おしろいかをりはな太平たいへい御代みよにては小説家せうせつか即ち文学者ぶんがくしやかず次第々々しだい/\増加ぞうかし、たひはなさともあれど、にしん北海ほつかい浜辺はまべ
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
炭火は赤く爐に燃え、燭は煙つてだらだらと蝋を流し、皿の中からは春さきのどぶのやうなにほひが立つ。
サバトの門立 (旧字旧仮名) / ルイ・ベルトラン(著)
かういふ風に僕は郊外に住んでゐるから余計よけいそんな感じがするのだが、十一月のすゑから十二月の初めにかけて、夜おそく外からなんど帰つて来ると、かうなんともしれぬ物のにほひが立ちめてゐる。
一番気乗のする時 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
のちには晝の日なかにも蒼白い幽靈を見るやうになつた。黒猫の背なかからにほひの強い大麥の穗を眺めながら、さきの世の母を思ひ、まだ見ぬなつかしい何人なにびとかを探すやうなあどけない眼つきをした。
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
街はまた意外に大きくも賑かでもないらしく、少し歩いてゐるうちに間もなく其處等中魚のにほひのする漁師町に入り込んだ。鰹の大漁と見え、到るところ眼の活きた青紫の鮮かなのが轉がしてある。
熊野奈智山 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
さだめてくさりかけてゐるであらうし、また眞夜中まよなか幾時いくときかは幽靈いうれいるといふ……えゝ、どうしょう、めたら?……いやらしいそのにほひと、けば必然きっと狂亂きちがひになるといふあの曼陀羅華まんだらげびくやうな
「あの地藏樣を嗅いで見ると全く湯屋の湯槽ゆぶねにほひがしたよ」
外から砂鐵さてつにほひを持つて來る海際の午後
メランコリア (旧字旧仮名) / 三富朽葉(著)
そはあやしきにほひを放てり。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
最初さいしよに見出し候者はわたくせがれ甚之助に御座候其仔細そのしさいは同日の夕刻ゆふこく雪も降止ふりやみ候に何となくあやしにほひ致せば近所の者共表へ穿鑿せんさく致し候に何時いつも何事にても人先に出て世話せわいたし候お三ばゞのみ一人相見え申さざれば私しせがれ甚之助不審ふしんに存じかれが家の戸を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
「生活のえるにほひだ!」
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
けた玉菜たまなや、ランプのいぶりや、南京蟲なんきんむしや、アンモニヤのにほひこんじて、はひつたはじめの一分時ぷんじは、動物園どうぶつゑんにでもつたかのやうな感覺かんかく惹起ひきおこすので。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
おつぎはランプをいて勘次かんじがしたやうにはなてゝにほひいでたり、ひだりだけをそでとほしてたりした。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
宗助そうすけんなあたらしい刺戟しげきもとに、しばらくは慾求よくきう滿足まんぞくた。けれどもとほふるみやこにほひいであるくうちに、すべてがやがて、平板へいばんえだしてた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
思ひも懸けぬ細いみちが、更に思ひもかけぬ汚い狭いおとろへた町を前にひろげた。どぶの日に乾くにほひと物の腐るにほひと沈滞したほこりまじつた空気のにほひとがすさましく鼻をいた。
父の墓 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
屋根板やねいたにほひぷんとする、いぢかりまたの、腕脛うですねふしくれつた木像女もくざうをんななにる! ……わるこぶしさいたせて、不可思議ふかしぎめいた、神通じんつうめいた、なにとなく天地あめつち
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
石油のにほひ新らしく人は去る、流行はやり背広せびろの身がるさよ。
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
身體からだわりにしちやえな」と鍛冶かぢ微笑びせうした。てつにほひのする唐鍬たうぐはげて勘次かんじまた土手どてはしつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
勿體もつたいないが、ぞく上潮あげしほから引上ひきあげたやうな十錢紙幣じつせんしへい蟇口がまぐち濕々じめ/\して、かね威光ゐくわうより、かびにほひなはつたをりから、當番たうばん幹事かんじけつして剩錢つりせん持出もちださず、會員くわいゐん各自かくじ九九九くうくうくうつぶそろへて
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
奥迄行つて二階へのぼつて、それから三階へのぼつて、本郷より高い所で、生きたものを近付ちかづけずに、紙のにほひぎながら、——読んで見たい。けれども何を読むかに至つては、別に判然した考がない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
シヤツはながし、ヅボンしたみじかし、上着うはぎさかないたにほひがする。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
そのなかの賣藥の版木と、硝石のにほひと、…………
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
このときも、さいはひ何處どこまど閉込とぢこんでたから、きなつくさいのをとほして、少々せう/\小火ぼやにほひのするのが屋根々々やね/\ゆきつてげて、近所きんじよへもれないで、申譯まをしわけをしないでんだ。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ねばれる蛇の卵見ゆ、かつはにほひのくさければ
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
及び腰してひとすぢに土のにほひいでゆく
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
湿しめつた胡瓜と茄子の鄙びた新らしいにほひ
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)