それ)” の例文
勿論金峰山がどんな山であるか、それに就て少しも知る所の無い先生は、単に蔵王権現の祭ってある高い山だと教えたのみに過ぎない。
金峰山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
『なぜ、あなた、それでは、此頃そんなに悲しそうにして居らしやるの? 私はあなたを捨てゝ広島へ行くのが何だか心許ないの……』
それから井上が何か吟味に逢うて、福澤諭吉に証人になって出て来いといって、私を態々わざわざ裁判所に呼出よびだして、タワイもない事を散々たずね
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
煤煙ばいえん」が朝日新聞に出て有名になつてからのち間もなくの話であるが、著者はそれを単行本として再び世間に公けにする計画をした。
『煤煙』の序 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
いやういふところやまひは多くあるものだからな、これから一つ打診器だしんき肺部はいぶたゝいて見てやらう。登「いやそれうもあぶなうございます。 ...
華族のお医者 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
身輕手輕とそればかりをせんにしたる旅出立たびでたちなれば二方荒神の中にすくまりてまだ雨を持つ雲の中にのぼる太華山人其のさぶさを察し袷羽織あはせばおり
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
たのまでは叶ふまじといへば吉兵衞はそれは兎も角も船頭せんどうまかせなればよきやうはからひ給へとて其議に決し此所こゝにて水差をたのみ江戸まはりとぞ定めける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
頼三樹三郎らいみきさぶろう、僧月性げっしょう、又勢州の人世古格太郎せこかくたろう等と親しく交りそれより両備に游び再び京師にかへり、伊勢にいたり格太郎の家に宿す。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
僻心ひがみごころを起すのは惡い/\と思ひながら何時しかそれが癖になつたといふのがあつた。十八の歳から生活の苦しみを知つたといふのがあつた。
歌のいろ/\ (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
これと同時どうじにその論議ろんぎ具體化ぐたいくわした建築物けんちくぶつ實現じつげんさらのぞましいことである。假令たとひその成績せいせき多少たせう缺點けつてんみとめられてもそれ問題もんだいでない。
建築の本義 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
こそならべてたしとわれすらおもふに御自身ごじしんなほなるべしおよぶまじきこと打出うちだして年頃としごろなかうとくもならばなにとせんそれこそはかなしかるべきを
闇桜 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
我存在の中心を古手の思想に託して、それみずから高しとしていたのだ。が、私の別天地はたとえば塗盆ぬりぼん吹懸ふきかけた息気いきのような物だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それ、婦女子は慎しみあるを以て尊しとす。女、淫に走って自ら挑むは即ち淫婦なり、共に天を戴かずとな、女庭訓おんなていきんにも教えてあることじゃ。
もし、難かしい文章と明快な文章との価値比較をするような者があるとすれば、それは全く無用なことで、馬鹿の至りであろう。
大衆文芸作法 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
其痛みをこらえて我生血いきちに指を染め其上にて字を書くとは一通りの事にあらず、充分に顔を蹙め充分にそうくずさん、それのみか名を書くからには
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
それそばてはあぶさうもとで幾度いくたびはりはこびやうを間違まちがつていたこともあつたが、しまひには身體からだにしつくりふやうにつてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
これ、解剖學者に取ツては、一箇神聖なる物體である、今日解剖臺に据ゑられて、所謂いはゆる學術研究の材となる屍體は、美しい少女をとめそれであツた。
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
一、しや太郎も此頃ハ丈夫に相成候べしと存候。それ男児を育るハ誠ニ心得あるべし、とても御国の育方にてハ参り兼候べしと、実ニ残念ニ存候。
「筆で飯を喰ふ考は無い? ふゥむ、それぢやア汝は一生涯新聞配達をする気か。跣足はだしで号外を飛んで売つた処で一夜の豪遊のたしにならぬヮ。」
貧書生 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
がかうなつて見れや此れや此国に切支丹が容れられなかつたと云ふなあ、それが結局天主でうすの御所存ぢやつたのかも知れんてな。
獨逸之強國たる樣想像被致申候。それ故雨中も堂社だうしやに而も其中に而散歩いたし候樣承り候間、勤而つとめて醫師の申す如く相勤申候。
遺牘 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
定めし御聞込おんききこみの事とは存じそうらへども、杵屋おん家元様は死去被遊候あそばされそろそれつき私共は今日こんにち午後四時同所に相寄候事あいよりそろことに御坐候。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
此根本問題の解決は、勿論社会主義にたざる可らずと雖も、而も我等婦人は尚それ以外に、此我儘勝手なる男子閥とも戦はざる可からざるなり。
肱鉄砲 (新字旧仮名) / 管野須賀子(著)
かんがへてると隨分ずゐぶん覺束おぼつかないことだが、それでも一縷いちるのぞみつながやうにもかんじて、吾等われら如何いかにもして生命いのちのあらんかぎり、櫻木大佐さくらぎたいさ援助たすけつもりだ。
きいたってムダでしょうよ。それア、ムダに腹をへらすだけがオチですな。もっとも、夕飯がまずくなるかも知れませんや
復員殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それを考えて、「本当のお母さんか、お母さんでないかは、手に触ってみたら判る、手に触らしておくれよ」と、戸の破れ目から隻手かたてを差しだした。
白い花赤い茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
兄はそれっきり、一ごんも云わず、長榻ながいすに体をうずめたままじっと考えに沈みました。私も同じ長榻へ黙って腰を掛けながら、兄の様子を見守りました。
西班牙の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
奴隷の手でそれを食べさせて貰はなければ何うにも出来ないので、奴隷の機嫌でも損じると、餓死するより仕方がない。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
はや谷川たにかはおとくと我身わがみ持余もてあまひる吸殻すひがら真逆まツさかさま投込なげこんで、みづひたしたらさぞいゝ心地こゝちであらうと思ふくらゐなんわたりかけてこはれたらそれなりけり。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「笈摺草紙」の十二錢は自分の主觀的價格からみればおいそれと支拂つて差支へないけれども、客觀的價格からみれば成程人を馬鹿にした者に違ひない。
貝殻追放:011 購書美談 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
しかし敏感な野本氏はとっくにそれを察したらしく、恐怖に耐えぬ目で、チラリチラリと北川氏を盗み見るのであった。
恐ろしき錯誤 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
珈琲コオヒイにほひ、ボイの註文を通す声、それからクリスマストリイ——さう云ふ賑かな周囲の中に自分はにがい顔をして、いやいやその原稿用紙と万年筆とを受取つた。
饒舌 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
うして自分が其学校に通ふ事につたかと言ふと、それは自分が陸軍志願であつたからで自分の兄は非常な不平家の処から、規則正しい学校などに入つて
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
その頃からにはかに異性といふものに目がさめはじめると同時に、同じやうな恋の対象がそれからそれへと心に映じて来たが、だらしのない父の放蕩はうたうむくいで
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
あなたはあんまり丁寧すぎるのですものそれはあなたがこれまで訪問なんかを仕事にしてゐらしたその習慣があるのかもしれませんが面倒な礼儀などにうとい
されど自慢の頬鬢掻撫かいなづるひまもなく、青黛の跡絶えず鮮かにして、萌黄もえぎ狩衣かりぎぬ摺皮すりかは藺草履ゐざうりなど、よろづ派手やかなる出立いでたちは人目にそれまがうべくもあらず。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
日常生活の他の方面では、胸をクワツとさせるほど、憤慨したりする事の稀な彼も、電車の中ではよくさうした機会、或はそれに近い機会に出会でつくはす事が多かつた。
我鬼 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
それ梅田はもとより奸猾なれば余ともに志を語ることを欲せざる所なり何の密議をかなさんや」と記している。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
それから又、永い三十分が過ぎた。私は耐らなくなって、扉をあけて廊下へ出ると、恐る恐る正面の階段を上っていった。二階にも三階にも三つずつの部屋がある。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
自分はそれに追ッつかなければならぬと考えているのだが、風が激しくてどうにもけられない。モガいてもモガいても足は同じところを堂々めぐりしているのだ。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
いな大いに世の文明を進め人の智識を加うるに稗益あり、かつそれこゝろみ言語げんぎょと文章の人の感情を動かすの軽重に就て爰に一例を挙んに、韓退之かんたいし蘇子瞻そしせんの上に駕する漢文の名人
松の操美人の生埋:01 序 (新字新仮名) / 宇田川文海(著)
女の子の二人は元園町へ遊びに行つた。送つて行つたひいづは帰つて来るとまたぐ藤島さんへ行くみつと、水道橋の停車ぢやうまで一緒に行つた。天野さんが来てそれからおてるさんが来た。
六日間:(日記) (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
イエスをわたす者かれらにしるしをなしてひけるは我が接吻くちづけする者はそれなり之をとらへよ。直にイエスに来りラビ安きかと曰て彼に接吻くちづけす。イエス彼に曰けるは、友よ何の為に来るや。
接吻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
それだのにその船の煙突からは絶えず濛々たる煙りが天に冲して溢れ出てゐる。一週間止つてゐるとまた一週間航海して来る。何の為に航海し、何の為に泊つてゐるのか誰も知ない。
不思議な船 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
それ其筈そのはず一方のは横綱用の刷毛、一方はお客に使ふ素人用の刷毛だ。膚の触り具合から考へてこの硬い/\刷毛を平気で受ける大錦君の皮膚は少くとも馬より丈夫で無ければならない。
相撲の稽古 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
それ牛王ごおうを血にけがし神を証人とせしはまだゆかしき所ありしに、近来は熊野くまのを茶にしてばちを恐れず、金銀を命と大切だいじにして、ひとつきん千両なり右借用仕候段実正みぎしゃくようつかまつりそうろうだんじっしょうなりと本式の証文り置き
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
夏子さま召上りものは何がお好きぞや、この頃の病のうち無聊ぶりょうたえがたくそれのみにて死ぬべかりしを朝な夕なに訪ひ給ひし御恩何にか比せん、御礼には山海の珍味も及ぶまじけれどとて
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
それ国法はそれよりも重く、職務は忍ぶ可からざるものをも忍ばざるを得ざらしめる。仮令何程の愛着があり、何程未練のあつても、殺すべき罪科にあたるものは、殺されなければならない。
逆徒 (新字旧仮名) / 平出修(著)
空腹すきはらにおよんでさむさたへず、かくては貴殿おみさまともなひて雪をこぐことならず、さいぜんのはなしにおみさまのふところ弁当べんたうありときゝぬ、それを我にあたへたまふまじきや、たゞにはもらふまじ、こゝに銭六百あり
「だがそれにしても、——どうしての船底に隠れていた事が分ったのかね」
流血船西へ行く (新字新仮名) / 山本周五郎(著)