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掻撫
見送りもせず、夫人はちょいと根の高い
円髷の
鬢に手を
障って、
金蒔絵の
鼈甲の
櫛を抜くと、
指環の宝玉きらりと動いて、後毛を
掻撫でた。
されど自慢の頬鬢
掻撫づる
隙もなく、青黛の跡絶えず鮮かにして、
萌黄の
狩衣に
摺皮の
藺草履など、よろづ派手やかなる
出立は人目に
夫と
紛うべくもあらず。
箒を堂の
縁下に差置き、
御手洗にて水を
掬い、
鬢掻撫で、清き
半巾を
袂にし、階段の下に、
少時ぬかずき拝む。静寂。きりきりきり、はたり。
何処ともなく
機織の音聞こゆ。
食国の
遠の
御朝廷に、
汝等が
斯く
罷りなば、平らけく吾は遊ばむ、
手抱きて我は
御在さむ、
天皇朕がうづの
御手もち、
掻撫でぞ
労ぎたまふ、うち撫でぞ
労ぎたまふ、
還り来む日
相飲まむ
酒ぞ