退しりぞ)” の例文
さて、屋根やねうへ千人せんにんいへのまはりの土手どてうへ千人せんにんといふふう手分てわけして、てんからりて人々ひと/″\退しりぞけるはずであります。
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
身こそ西山せいざん退しりぞいて、藩政の一切を、嫡子の綱条つなえだや重臣たちに委しているが、決して、その自覚からのがれているわけではなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、俺たちの為すところは、退しりぞいて見ると、如法にょほうこれ下女下男の所為しょいだ。あめしたに何と烏ともあらうものが、大分権式けんしきを落すわけだな。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
イエス彼にいいけるはサタンよ退しりぞけ主たる爾の神を拝しただこれにのみつかうべしとしるされたり、ついに悪魔かれを離れ天使てんのつかいたち来りつかう。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
幸兵衛夫婦の素性を取調べる手懸りを御相談になったので、ほゞ探索の方も定まりましたと見え、駒二郎は御前を退しりぞいて帰宅いたし
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
早々申上御安堵ごあんどさせ奉つらんと一※に存じこみ君臣のれいを失ひ候段恐入奉つり候よつて兩人は是より差控仕さしひかへつかまつる可と座を退しりぞかんとするを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
しかはあれ、汝己が翼を動かし、進むと思ひつゝ或ひは退しりぞなからんため、祈りによりて、恩惠めぐみを受ること肝要なり 一四五—一四七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
僕はさほど気が進まなかったけれどもせっかくだから、やりましょうと答えて、叔父と共に別室へ退しりぞいた。二人はそこで二三番打った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二十五年間ねんかん教育きょういくつくしてしょく退しりぞいたのち創作そうさくこころをうちこんで、千九百二十七ねんになくなるまで、じつに二十かん著作ちょさくのこした。
身体検査 (新字新仮名) / フョードル・ソログープ(著)
「よろしい」こういって警部は平岡を退しりぞかせ、鬼頭の訊問をするために朝井刑事を招いた。朝井刑事はうれしそうな顔をしてはいって来た。
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「いえ、母上様の思召しでございました。兄上玄蕃げんば様御手討になった上は、退しりぞいて志賀家の跡を断やさないのが祖先への孝行と申しまして」
また退しりぞいて再考すれば、学者先生の中にもずいぶん俗なる者なきに非ず、あるいは稀には何官・何等出仕の栄をもって得々とくとくたる者もあらん。
学問の独立 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
その先客は、だらしなく卓子テーブルもたれたまま眠りこけていた。僕は、そのうしろに廻って、静かに抱き起こすと、別室に退しりぞいた。
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
心を調ととのえてこの朝を考え見よ。朝とはどのようなものであるか。闇さえ退しりぞければおのずから朝が来る。眠りさえ打払えば眼はおのずと覚める。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
既に見よ、海浜に近づいて却って怯々として悲しく泳ぎ、恐れてもぐり、驚いて退しりぞきつつ、ひたすらに上陸するすきを窺うて容易に果せぬ成牝カウ
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
相手が下手したでから出ると、ついホロリとしてしまう瑠璃子であったが相手が正面からかゝってれゝば、一足だって踏み退しりぞく彼女ではなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
蝋燭をとると、入口の方へ退しりぞきましたの。ちやうど私の傍まで來るとその姿は立止つて、ギラ/\した眼で私を睨むのです。
警官の姿を見た二人が別室に退しりぞいたアトで、交通巡査から委細の話を聞いた山口少年は、眼を光らして頭を左右に振った。
衝突心理 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
為朝ためともは、おもしろくおもいませんでしたけれど、むりにあらそってもむだだとおもいましたから、そのままおじぎをして退しりぞきました。そしてこころの中では
鎮西八郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
続いて吉川君の持ち出した紳士協定は瀬戸君の退しりぞけるところとなった。その為めに、吉川君と瀬戸君の間に議論が起った。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
さりとて三八男だつ者もつれざるぞいと三九はしたなるわざかなと思ひつつ、すこし身退しりぞきて、ここに入らせ給へ。雨もやがてぞみなんといふ。
いかに繁劇はんげき生涯しょうがいを送る人でも、折々いわば人生より退しりぞいて黙想するの必要あることは、たがいの経験で明らかであろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
すでにして大夫たいふ鮑氏はうしかうこくぞくこれみ、景公けいこうしんす。景公けいこう穰苴じやうしよ退しりぞく。しよやまひはつしてす。田乞でんきつ田豹でんへうこれつてかうこくうらむ。
二三歩退しりぞいて、彼は黒い洋服の隠しの中から時計を出した。白銀に灰色の光線が映じて鈍色に光った。三時……二十分。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
尼ッちょなんてものは阿Qとしては若草の屑のように思っているが、世の中の事は「一歩退しりぞいて考え」なければならん。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
これらの人々即ち国民の中等階級、知識ある階級が政治から退しりぞけば、到頭とうとう劣悪なる一種の政治的商売が起るのである。
憲政に於ける輿論の勢力 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
若し自ら迷はゞ粋の価直既に一歩を退しりぞくやの感あり。迷へば癡なるべし、癡なれば如何にして粋を立抜たてぬく事を得べき。
昇如き者の為めに文三が嘲笑されたり玩弄されたり侮辱されたりしても手出をもせず阿容々々おめおめとして退しりぞいたのを視て
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
かれ地上ちじやうたふれ、次々つぎ/\に×(6)き×(7)されるじう×(8)もとに、うしほ退しりぞくやうに全身ぜんしんからけてちからかん
忽ち、兵士たちの鉾尖は、勾玉まがたまの垂れた若者の胸へ向って押し寄せた。若者は鉾尖の映った銀色の眼で卑弥呼を見詰めながら、再び戸外へ退しりぞけられた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
間もなく——一人ふたりと女髪兼安を喰らって白い花を赤く染めて断末魔のもがきに草の根を掴む者、痛手を押さえて退しりぞき、花のあいだに胡坐あぐらを組む者。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
この日は巡査じゅんさ背中せなかを向けて行ってしまった。親方はぼうしを手に持ってこしを曲げたまま、にやにやしながら、はたいて退しりぞてきに向かって敬礼けいれいした。
そうおもって、一退しりぞいて見直みなおしますと、良人おっと矢張やはもととおりはっきりした姿すがたで、切株きりかぶこしかけてるのです。
もし貴下が職を退しりぞかれて堅気となる事でもあらば、それがしをお訪ね下されたし、某は貴下とお会ひしたき心なり
殿との、早々、御城おしろへお退しりぞきなされませ。拙者せっしゃ朝月あさづき先登せんとうつかまつります。朝月、一の大事、たのむぞ」
三両清兵衛と名馬朝月 (新字新仮名) / 安藤盛(著)
現在の日本ほど為すべき事の多くしてしかも容易な国は恐らくあるまい。しかしそういう風な世渡りをいさぎよしとしないものはよろしく自ら譲って退しりぞくよりほかはない。
まもなく、砲弾で盲目にされて後部へ退しりぞいた。この失明の帰還兵にだけは、マタ・アリもいくぶん純情的なものを寄せて、さかんに切々たる手紙を書いている。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
それが遺品によって決定し得られぬとすれば、我々は一歩を退しりぞいて少なくともこの仕事が当時のシナ日本を含む東亜文化圏内での仕事であることを認めればよい。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
それで三にん相談さうだんするやうかほをして、一端いつたん松林まつばやしまで退しりぞき、姿すがた彼等かれら視線しせんからかくれるやいなや、それツとばかり間道かんだう逃出にげだして、うらいけかたから、駒岡こまをかかた韋駄天走ゐだてんばしり。
ものすることいといぶかしきに似たりといえどもまた退しりぞいて考うればひとえおじのぶる所の深く人情のずい穿うがちてよく情合じょうあいを写せばなるべくたゞ人情の皮相ひそうを写して死したるが如き文を
怪談牡丹灯籠:01 序 (新字新仮名) / 坪内逍遥(著)
打揃いながら別室へ退しりぞいていったかと思われましたが、程経てそこに再び立ち現れた京弥の女装姿は、まこと、女子にしても満点と言った折紙すらもが今は愚かな位です。
そのうち跡部の手が平野橋ひらのばしの敵を退しりぞけたので、堀は会所を出て、内平野町うちひらのまちで跡部に逢つた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
退しりぞいてはこれを悔ゆるも、又折に触れて激すれば、たちまち勢に駆られて断行するをはばからざるなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
アア妾は今めたるか、覚めてまた新しき夢に入るか、妾はこの世を棄てん、この世妾を棄つる乎。進まん乎、妾に資と才とあらず。退しりぞかん乎、おそうてかんとは来らん。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
後世謂うところの践祚大嘗祭せんそだいじょうさいのことと思った人もあろうが、もしも是が『延喜式』第七巻に列記せられたような大規模のものだったならば、同じ日に大臣たちが家に退しりぞいて
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
爾來じらい數年すねん志村しむらゆゑありて中學校ちゆうがくかう退しりぞいて村落そんらくかへり、自分じぶんくにつて東京とうきやう遊學いうがくすることゝなり、いつしか二人ふたりあひだには音信おんしんもなくなつて、たちまち又四五年つてしまつた。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「あら、さう。——」女は一歩退しりぞいて一寸眼を伏せた。「妾、随分、心配してゐたのよ。」
甲寅こういんの歳より壬戌じんじゅつの歳まで天下国家の事をいわず、蘇秦、張儀の術をなさず、退しりぞいては蠧魚とぎょり、進んでは天下を跋渉ばっしょうし、形勢を熟覧し、以て他年報国の基をさんのみ。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
支那しなでも政界の混沌こんとんとしている時代は退しりぞいて隠者になっている人も治世の君がお決まりになれば、白髪も恥じずお仕えに出て来るような人をほんとうの聖人だと言ってほめています。
源氏物語:14 澪標 (新字新仮名) / 紫式部(著)
やがて余が其傷を洗いて夫々それ/″\の手術を施し終れば目科は厚く礼を述べ「いや是くらいの怪我で逃れたのはまだしもです。しかし此事は誰にも言わぬ様に願います」との注意をのこして退しりぞきたり
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)