良人をつと)” の例文
鏡子は気にかゝ良人をつとの金策の話を此人にするのに、今日けふだ余り早すぎると下臆病したおくびやうな心が思はせるので、それは心にしまつて居た。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
亡くなつた良人をつとが辞書などを著した学者であつただけに婆さんも中中なか/\文学ずきで、僕の為にいろんな古い田舎ゐなかの俗謡などを聞かせてくれる。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
憎んでも憎み足りない私であつても八年の間良人をつとと呼んだのだから、憎んでもにく甲斐がひなく、悪口言つて言ひ甲斐もないことなのである。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
私はあの子の母が何時いつも嫌ひだつたのさ。何故かと云へば、彼女あれは私の良人をつとのたつた一人の妹で、おまけに大變なお氣に入りだつたから。
「まあ、さうなの。」女房かないは皿をとりあげて、ちらと中をあらためて見てゐたが、すぐ目をあげて胡散うさんさうに良人をつとの顔を見た。
事の起りは、エルアフイ夫人がアムステルダムの良人をつとから託送して来たオランダ土産みやげ刺繍ししうのある布地をジッド夫人に届けた事からである。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
以前は此の造船場に勉めてゐたのであるが、兄といふのが独力で小資本の工場を始めてから彼女の良人をつとも其の方へ行つて一緒にやることになつた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
良人をつとたんの觀念くわんねんなにとしてゆめさら/\あらんともせず、たのしみは春秋はるあき園生そのふはな、ならば胡蝶こてふになりてあそびたしと、とりとめもなきことひてくらしぬ
たま襻 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
細君は「虎」にこだわる良人をつとの心持とは違つて、「よそへ行くより」と云ふ言葉に、一種の意味を持たせて賛成した。
(新字旧仮名) / 久米正雄(著)
じつこの音色ねいろたくはへてなどといふは、不思議ふしぎまうすもあまりあることでござりまする。ことに親、良人をつとたれかゝはらず遺言ゆゐごんなどたくはへていたらめうでござりませう。
世辞屋 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
昨夜芝公園は山木紳商の奥室に於て、機敏豪放を以て其名を知られたる良人をつとをば、小僧同然どうやう叱咤しつた操縦せるお加女かめ夫人にてぞありける、昨夜の趣にては
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
今や、この一隊は紙衣の神官でもなければ行列でもなく、見物人達の良人をつとであり、父親であり、主人であつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
其事実は四年間良人をつとに別れ居りし妻、一男子なんしを生みしが、其女は始終良人と同衾する夢を見居りし由に候。
わたくしが子ープルスのいへかへつて、なみだながらに良人をつと濱島はまじま再會さいくわいしたときには、弦月丸げんげつまる沈沒ちんぼつうわさ大層たいそうでした。何事なにごと天命てんめいあきらめても、本當ほんたうかなしう御坐ござんしたよ。
しかも良人をつとのあだかたきなる、二人の為に身をけがされて、調戯なぐさみものとなれる事、もともといかなる悪業ぞや。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
何故なぜだらうと思つて聞いて見ると、この奥さんの良人をつと逗子づしの別荘にやまいを養つてゐた時分、奥さんは千枝ちえちやんをつれて、一週間に二三度づつ東京逗子間を往復したが
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ひとみが、たゝみかけた良人をつと禮服れいふくもんはなれて、元二げんじ懷中ふところほんうつつたのであつた。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
『操縱されてるやうに見える良人をつとなんて、煮ても燒いても食べられるのぢやない。』
こんな二人 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
彼はそんなときになると、きつと良人をつとの顔が目の先にちらついてくることを感ずる。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
して歸りし後にて心付し處油屋の見世にありし百兩の金が紛失ふんじつしたるに付良人をつとぬすみ取たるにちがひなし然なければ一文もらひの貧窮ひんきう浪人らうにんが十三兩三分と云しちをすら/\うけ出す筈がないと云るゝにより其しち
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
モリエエルは年若な妻に対する誘惑の多い事を感じて人知れず煩悶する。細君にむかつて其れとなく「自重せよ、良人をつとの愛を反省せよ」
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
良人をつとを置いて一人この人等の傍へ寝に帰らうとは、立つ前のの悲しい思ひの中でも決して決して鏡子は思はなかつたのであつた。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
一度ならず、私がまどろんでゐると、十五年前にくなつた私の良人をつとが這入つてきて私の傍に坐つてゐるやうな氣がするのです。
岩野氏夫妻がまだ大阪にゐた頃、良人をつとの泡鳴氏が新聞社に出掛けると、清子女史は時々良人の監督だといつて、自分も新聞社へ出掛けたものだ。
我が良人をつと今宵こよひも帰りのおそくおはしますよ。我が子は早くねむりしに、帰らせ給はゞきようなくやおぼさん。大路おほぢの霜に月こほりて、踏む足いかに冷たからん。
軒もる月 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「あんた、此の方は丸田さんて方よ。兄さんと同じ工場に出てゐなさる方よ。」と彼女は良人をつとに丸田を引き合せた。此の瞬間丸田は何となく妙な気持がした。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
貴嬢あなただから何ももお話しますがネ——矢張有るんですよ——つまり、私の不束ふつつか故に、良人をつとに満足を与へることが、出来ないのですから、罪は無論私にありますけれど
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
慇懃いんぎんに礼を施していはく、「あなたはソオシアル・ダンスをおやりですか?」佐佐木夫人の良人をつと即ち佐佐木茂索、「あいつは一体何ものかね」と言へば、何度も玉に負けたる隆一
病牀雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
一寸ちよつと横顏よこがほ旦那だんなはう振向ふりむけて、ぐに返事へんじをした。細君さいくんが、またたゞちに良人をつとくちおうじたのは、けだめづらしいので。……西洋せいやうことわざにも、能辯のうべんぎんごとく、沈默ちんもくきんごとしとある。
山の手小景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
良人をつとはたうとうひかれて行つた。十日や十五日は夢のやうにすぎてしまつたが、女房は良人をつとの消息をきかうとも思はなかつた。どう云ふ手続でどう云ふ順序で良人がお仕置になるのであるか。
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
『あら、父君おとつさん單獨ひとり何處どこへいらつしやつたの、もうおかへりにはならないのですか。』と母君はゝぎみ纎手りすがると春枝夫人はるえふじん凛々りゝしとはいひ、女心をんなごゝろのそゞろにあはれもよほして、愁然しゆうぜん見送みおく良人をつと行方ゆくかた
きゝ道理もつともの願なりゆるし遣はすへだたれば遲速ちそくあり親子三人一間ひとまに於て切腹せつぷくすべければ此所へ參れとの御言葉に用人はかしこまり此旨このむね奧方おくがたへ申上げれば奧方には早速さつそく白裝束しろしやうぞくあらためられ此方の一間へ來り給ひなみだこぼさず良人をつとそばざして三人時刻を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
其れを知らぬ程の良人をつとでは無いが、持前もちまへ負嫌まけぎらひな気象と妻をいたはる心とから斯う確乎きつぱりした事を云ふのであると美奈子は思つて居る。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
午後生田いくたさんが見えた。煙草たばこのいろいろあるのを私と同じ程面白がつて飲んで下すつた。良人をつとの異父兄の大都城だいとじやうさんがしうさんと一緒に来た。
六日間:(日記) (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それ處か、彼女が生きてゐる限り私は他の妻、もつとい妻の良人をつととなることは、斷じて不可能だといふこともわかつてゐる。
花嫁は自分の存在を証明するやうに、わざと邪慳に良人をつとかひなをとつた。発明家の花聟はひきずられるやうにいて往つた。
御座ございますけれどわたし其時そのとき自分じぶんかへりみかんがへはませぬゆゑ、良人をつとのこゝろをさつすること出來できませぬ、いやかほあそばせば、それがさはりまするし
この子 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
としも暮れに近づいた。或る日彼女の良人をつとの兄といふのが所用で大阪へ行つた帰りとかで立ち寄つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
「松島さん、感謝致します——私には既に誓つた良人をつとがあるので御座いますから——」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
此品これをとられてしまつてはすぐ食ふことが出来ない、自分と、三人の子供の命のくらは、今自分が座つて居る莚の下にある、生きたいと云ふ一念で、良人をつとは恐しい土蔵破りをまでした、その一念で
夜烏 (新字旧仮名) / 平出修(著)
何所どこへ參りしぞととはれしかば女房何事か出來しゆつたいしたかと驚き今日は商賣用しやうばいようにて栗橋くりはしまで參りました故申刻過なゝつすぎには大方おほかたもどりませうしかし御役人樣へ申上ますわたくしの良人をつとは當年六十に相成りますが近所きんじよでもほとけ林藏と申て何も惡事は是迄これまですこしも致しましたことは御座りませんが些少さゝいなことは
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
夫人のうして居られるのは自身の姿が不朽の芸術品として良人をつとに作られたその喜びを何時いつ迄もあらはして居られる様にも思はれるのであつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
そのおさへて居ると云ふのは喜びに伴ふ悲哀でもんでもない、良人をつとと二人で子の傍へ帰つて来る事の出来なかつたのがあからままに悲しいのである。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
良人をつとの収入のそくにと思つて手内職をしようにも、「奥さん」と呼ばれてみると、さうもならず、つい小猫を相手にぶらぶら日を送る事になる。
貴君あなたお聞遊しましたかと良人をつとに向ひていまはし気にいひける、娘は俄にしほれかへりしおもてに生々とせし色を見せて、あのそれ一昨年をととしのお花見の時ねと言ひいだ
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
今はむかし、朝鮮総督長谷川好道氏が、どこかで旅団長を勤めてゐた頃、ある日の事、夫人が良人をつとの書斎へ入つて来た。
此の文庫の中を開けさへすれば永劫変らぬ二人の若々しい本体は何時いつでも見られるものだとめて、良人をつとにも手を触れさせぬ程大切にして居るのである。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
あのやうな愚物樣ぐぶつさま良人をつとたてまつつて吉岡よしをかさんをそでにするやうなかんがへを、何故なぜしばらくでもつたのであらう、わたしいのちかぎり、とほしましよれますまい
うらむらさき (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
松本さんははいつて来た時に大きい背丈の人だと今日けふも思つた。昨日きのふの仮装会の帰りだと云つて阪本さんが車夫姿で来たから驚いた。良人をつとの手紙が配達された。
六日間:(日記) (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
矮身せいひくで、おそろしく近眼ちかめな、加之おまけに、背広のせなをいつも黄金虫こがねむしのやうにまろめてゐた良人をつとに、窮屈な衣冠を着けさせるのは、何としても気の毒であつた。