編笠あみがさ)” の例文
と、思わず立ちどまると、女の方でも、はッとしたらしく、ついと編笠あみがさのつばへ手をやって、急に、そ知らぬ振りをするかに見えた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
心に編笠あみがさを冠る思いをして故国を出て来たものがこの眼に見えない幽囚はむしろ当然のことのようにも思われた——孤独も、禁慾も。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
松山に渡った一行は、毎日編笠あみがさを深くして、敵の行方ゆくえを探して歩いた。しかし兵衛も用心が厳しいと見えて、容易に在処をあらわさなかった。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
日本づつみ編笠あみがさ茶屋まで行くと、——これから先は町人共でさへ顏を隱す者が多いくらゐだから、御身分の方がお顏をさらしては通りにくい。
着流しに長脇差ながわきざし、ひとつ印籠いんろうという異様な風態ふうていだったので、人目をひかぬはずもなかったが、尾張おわりの殿様も姫路の殿様も、編笠あみがさなしの素面すめん
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
つい十年ほど前の、旧幕時代には、芝居者は河原乞食といやしめられ、編笠あみがさをかぶらなければ、市中を歩かせなかったという。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「や、いかにも。これはこれは、人違いに相違ございません」あわててとったは編笠あみがさである。そこで殷懃いんぎんに小腰をかがめ
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼は深い編笠あみがさをかぶって、白柄しろつかの大小を横たえて、この頃流行はや伊達羽織だてばおりを腰に巻いて、はかま股立ももだちを高く取っていた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
鬼怒川きぬがは徃復わうふくする高瀬船たかせぶね船頭せんどうかぶ編笠あみがさいたゞいて、あらざらしの單衣ひとへすそひだり小褄こづまをとつておびはさんだだけで、あめはこれてかたからけてある。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
旅館の主人、馬を勧め、剛力がうりきを勧め、ござを勧め、編笠あみがさを勤む、皆之をしりぞく、この極楽の山、たゞ一本の金剛杖こんがうづゑにて足れりと広舌くわうぜつして、朝まだき裾野をく。
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
そこには、小さい組み立ての机、筮竹ぜいちく算木さんぎで暮す、編笠あみがさの下から、白いひげだけ見せた老人が、これから、商売道具を並べ立てようとしているのであった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
種々いろ/\考えました処が、江戸には親類もありますから、何卒どうぞ江戸へ参りいと思いまして、故郷こきょうが懐かしいまゝ無理に離縁を取って出ましたが、手振り編笠あみがさ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
竜之助は脇差を奪い、刀を取って腰に差し、編笠あみがさを拾ってかぶるなり縁側からふいと表へ出てしまいました。
赤紐で白いあごをくゝつてあし編笠あみがさを深目にかぶつた雪子の、長い袖をたを/\と波うたせ、若衆の叩く太鼓に合せて字村あざむらの少女たちに混つて踊つてゐる姿など
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
夫婦づれで編笠あみがさをかぶって脚絆きゃはんをつけて歩いて行くホウカイぶし、七色の護謨風船ごむふうせんを飛ばして売って歩くおやじ、時には美しく着飾った近所の豪家の娘なども通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
不生の域に達すれば、もとより美と醜とは争いを失ってしまう。いつも巡礼の編笠あみがさには十字型にこう記す
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
いずれも編笠あみがさふかかおかくしたまま、をしばたたくのみで、たがいに一ごんはっしなかったが、きゅうなにおもいだしたのであろう。羽左衛門うざえもんは、さびしくまゆをひそめた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
わたくしが急いで近寄って編笠あみがさの中をのぞくと、彼はせぐり上げせぐり上げして来る涙を、胸のあえぎだけでは受け留めかねて、赤くした眼からたらたら流している。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
重政がこの絵本にはその他なほ楽屋裏の新道しんみち編笠あみがさ深き若衆形わかしゅがたの楽屋入りを見せ、舞台のうしろに囃子方はやしかた腰かけて三味線きゐるかたわらに扮装せる役者の打語うちかたれるあり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
編笠あみがさかぶって白い手甲てっこう脚袢きゃはんを着けた月琴弾げっきんひきの若い女の休んでいる汚ない茶店の婆さんに同じといをかけたら、婆さんは案外にもすぐそこだと容易たやすく教えてくれたので
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
弟はこまって、又何べんも片方の眼だけをパチ/\させて、「故里の方はとても嵐だって!」と繰りかえしたところが、お前が編笠あみがさをいじりながら、突然奇妙な顔をして
母たち (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
青い軍服を着た海軍士官の一隊が——彼の眼には編笠あみがさをかむって珠数繋じゅずつなぎになっている囚人の姿に見えてくる。こうした憂鬱ゆううつに沈みきって、悄然しょうぜんとむなしい旅から戻って来た。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
人間というやつは、昔々から、生れついた生地きじの顔を、人前にさらすことを、ひどくはにかむ傾向がある。日本では頭被かつぎ編笠あみがさ頭巾ずきんの類が、その時々の人間の顔を隠してきた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
『瀧口が庵は此處ながら、浮世の人にはる/″\訪はるゝ覺えはなきに』と言ひつゝ訝しげなる顏色して門を開けば、編笠あみがさぎつゝ、ツと通る件の旅人、僧は一目見るより打驚き
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
昔の鳥追いがかぶっているような編笠あみがさを被って、少し俯向うつむいて歩いているその女の襟足えりあしが月明りのせいもあろうけれど、驚くほど真白である。若い女でなければあんなに白いはずがない。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
晝間ひるま納屋なやなか鎭守ちんじゆもり日蔭ひかげばかりをうろつくやつ夜遊よあそびはまをすまでもなし。いろしろいのを大事だいじがつて、田圃たんぼとほるにも編笠あみがさでしよなりとる。炎天えんてん草取くさとりなどはおもひもらない。
一席話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
江戸の鳥追とりおひといふは非人ひにん婦女ふぢよ音曲おんきよくするを女太夫とて木綿もめん衣服いふくをうつくしくなし、かほよそほひ、編笠あみがさをかむり、三弦さみせん胡弓こきうなどをあはせ、賀唱めでたきうたをおもしろくうたひ、門々かど/\に立て銭をふ。
太田は編笠あみがさを少しアミダにかぶってまだふらふらする足を踏みしめながらその後に従ったが、——そうしてやがて来てしまったここの一廓は、これはまたなんという陰気に静まりかえった所であろう。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
日本づつみ編笠あみがさ茶屋まで行くと、——これから先は町人共でさえ顔を隠す者が多いくらいだから、御身分の方がお顔をさらしては通りにくい。
ここを有名な女影おなかげの里の迷路であると知ッたなら、彼も、もう一層ゆッくりと編笠あみがさひもでも解いて、そこらの草叢くさむらにどっかりと腰を下ろし
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
男は皆な頬冠ほつかぶり、女は皆な編笠あみがさであつた。それはめづらしく乾燥はしやいだ、風の無い日で、汗は人々の身体を流れたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
はまだほんのりとあかるかつたので勘次かんじはそつちこつちとから草刈籠くさかりかご背負せおつたまゝあるいた。かれれでも良心りやうしん苛責かしやくたいして編笠あみがさかほへだてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
編笠あみがさはまるでフランスの女たちの持ち物のようにさえ見える。草で編んで左右のはしがいたくそる。縁を黒のびろうどでとり、それに五色の色糸で美しいかがりをする。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
それからう、ソコでおまへさんは施主せしゆことだからはかまでもけるかい。金「ナニ夜分よることでげすから襦袢じゆばんをひつくり返して穿きます。「デモ編笠あみがさかぶらなければなるまい。 ...
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
同じく小さい編笠あみがさ藁草履わらぞうりを棺に入れた。昨日きのうの夕方まで穿いていた赤い毛糸の足袋たびも入れた。そのひもの先につけた丸いたまのぶらぶら動く姿がすぐ千代子の眼に浮んだ。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いま頂上の見晴らしのよいところへ来て、深い編笠あみがさをかたげて、甲州路のかたを見廻しました。
脚袢きゃはん手甲てっこうがけ、編笠あみがさかぶった女の、四人五人、高箒たかほうきと熊手を動し、落葉枯枝をかきよせているのをば、時々は不思議そうに打眺うちながめながら、摺鉢山すりばちやまふもとを鳥居の方へと急いだ。
曇天 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
野袴のばかま穿き、編笠あみがさをかむった、立派なみなりのお侍様五人が、半僧半俗といったような、まるめたおつむ頭巾ずきんをいただかれ、羅織うすもの被風ひふをお羽織りになられた、気高いお方を守り
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
青い着物を着、青い股引ももひきをはき、青いふんどしをしめ、青い帯をしめ、ワラ草履ぞうりをはき、——生れて始めて、俺は「編笠あみがさ」をかぶった。だが、俺は褌まで青くなくたっていゝだろうと思った。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
外記は編笠あみがさをぬいで縁にあがった。お時は迎い火を消して、同じく内にはいった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その中に二銭にせん団洲だんしゅうと呼ばれた、和光わこう不破伴左衛門ふわばんざえもんが、編笠あみがさを片手に見得みえをしている。少年は舞台に見入ったまま、ほとんど息さえもつこうとしない。彼にもそんな時代があった。……
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
江戸の鳥追とりおひといふは非人ひにん婦女ふぢよ音曲おんきよくするを女太夫とて木綿もめん衣服いふくをうつくしくなし、かほよそほひ、編笠あみがさをかむり、三弦さみせん胡弓こきうなどをあはせ、賀唱めでたきうたをおもしろくうたひ、門々かど/\に立て銭をふ。
「私の気のせいかも知れませんが、ちらと、人浪をくぐって逃げた編笠あみがさの男が、どうも日本左衛門のように思われたんです」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
平次は巴屋を飛び出すと、編笠あみがさ茶屋の裏の小料理屋、當り屋へ行つてをりました。四十五六の女房が一人、商賣物の料理の支度をしてをりましたが
その身内のものが手錠、腰繩こしなわの姿で、裁判所の庭を通り過ぎようとした時、かぶっていた編笠あみがさのかげから黙って彼に挨拶あいさつした時のことを思出すことが出来る。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かれさらくりしげつたあひだからはりさきくやうにぽちり/\とれてひかりけていつものごと藺草ゐぐさ編笠あみがさかぶつて、あさひもあごでぎつとむすんである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その他編笠あみがさの類や、竹笊たけざるほうきなどにも、大変面白い形のものを見かけます。子供のもてあそぶ太鼓にも珍らしい出来のがあり、また女の児が遊ぶ手毬てまりにも美しいものを見かけます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
かつては六尺町ろくしゃくまちの横町から流派りゅうは紋所もんどころをつけた柿色の包みを抱えて出て来た稽古通いの娘の姿を今は何処いずこに求めようか。久堅町ひさかたまちから編笠あみがさかぶって出て来る鳥追とりおいの三味線を何処に聞こうか。
伝通院 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
わっちの妹に違いないのだ、此の間の火事に母親おふくろに放れ、行方も知れねえから段々様子を聞くと、此所ここに居る事が分り、路銀を遣い、此様こんな山の中まで尋ねて来て、手ぶり編笠あみがさけえられましょうか
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
編笠あみがさをいだいている上に、向こうを向いているところから、顔の形はわからなかったが、半白の切下げの長髪が、左右の肩へ振りかかって、歩調につれて揺れるのが、一種の特色をなしていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)